毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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呼ばれ方に悩む毛玉

「さて」

「はい」

「改めて、お久しぶりですね」

「そうだねぇ」

「元気そうで何よりです」

「元気………うん、すこぶる元気だったよ、うん」

 

ここ最近は確かに元気だったけれども……

 

「………あぁ、藍さんに焼かれましたか。でもそれ自分から火に飛び込んでますよね」

「喧嘩ふっかけてきたのあっちだし……」

 

あの戦いはうん………トラウマにはなってるかな。あの時は冷静な判断できないくらい追い詰められてたけど、今になって思い返すと無茶したなあと。

まあ死にそうになっても紫さんが止めてくれるとは思ってたけど。

 

「というか、藍さんのこと知ってるんだ」

「誰が地獄をこんなとこに持ってきたと思ってるんですか」

「あぁなるほど」

 

つまり紫さんとも会ったことあるのね。

いやいや、地獄を移動させるって何とんでもないことやってんのあの人。さすが妖怪の賢者って呼ばれるだけある……賢者ってなんだっけ。

 

「さぁ……まあ、賢者と呼ばれる人たちは皆、普通の妖怪とは一線を画した力を持っているのは確かですね」

 

………ん?賢者って複数人いるの?

 

「いますよ、まあ、八雲紫以外知名度は低いですけどね」

「はえぇ、そーなんだ」

 

あんな変人たちが何人もいるとかちょっとやばいっす。

 

「そんな変人たちをさらに超越した存在がいるんですよね……」

「えぇ……神かなんか?」

「神といえば神ですが、まあ普通の神なんて足元にも及ばないくらい」

「どんだけなん」

「知らない方が幸せですよ」

 

どんだけ恐ろしいんだよ………

 

「……それで、あの事の踏ん切りはつきましたか?」

「聞く必要ある?」

「以前会った時は相当引きずっていたので」

 

私の中ではついてるつもりである。

まあ結構思い出したりするけど、それについて悩んだりすることはもうなくなった。

 

「地上ではこいしに会わなかったみたいですね」

「こいし?あぁうん。まあ普通の妖怪は寄り付かないような場所にずっといたからね。まだ変な動物持って帰ってきてんの?」

「えぇまぁ。今度はもじゃもじゃじゃなくて禿げた感じの動物たちを………え?怒らないのか?もちろん怒りますよ。ただ……」

「ただ?」

 

何故か言い淀むさとりん。

 

「……体験してもらった方が早いですね」

「何がって、お?」

 

って、部屋の扉が突然開いたと思ったら……あらこいし。

 

「お姉ちゃんただいま!あ、しろまりさんだ!」

「ぐふぇ、しろまりッ」

 

そういえばそんな呼び方されてたなあ!どういう思考回路してたらそんな名前になるんだろう……

 

「見てお姉ちゃん!毛の生えてない猫だよ!」

「ヘアレスキャット!?」

「へあれす?なんですかそれ」

「あ、いやなんでもない」

 

いたのそんなやつ、この日本に……どこで見つけてきたの……

 

「こいし、毛糸さ……しろまりさんから話があるそうよ」

「は?え?なに?私?何が?」

「ほら、私に怒らないのって聞いてくるならそっちがやって見せてくださいよ」

 

小声で、ほらいけ、って感じの手の動きと共に言われた。

別に私ここの人間……いや人間じゃないけど、とりあえず私関係ないし……まあやるけど。

 

「なあこいし」

「なに?しろまりさん」

「珍しい動物見つけたら持って帰りたいのはわかるけどさ、それだとさとりんが困っちゃうでしょ?」

「…うん」

「だからさ、これからはそんなことしないよう……に………」

「………」

 

え、なにやだ、なんでそんなに暗い顔して……やめろ、そんな目を私に向けてくるな。やめろ、やめろって!

 

「…ごめんなさい」

「………っうぅ!いやいいんだよ謝らなくて!さとりんには私から言っとくからさ!」

「ほんと?ありがとしろまりさん!」

「うん………」

 

あー……こういうことかぁー………

 

 

 

 

 

「ね?わかったでしょう?」

「うん……あれは無理だわ……」

 

こいしが部屋の外に出て行ったのを確認してから話を続ける。

 

「何あの目……しょんぼりしてるのはわかるけどさ……なんでこんな、こっちが凄まじい罪悪感を感じるわけ?」

「そうでしょうそうでしょう、我が妹ながら恐ろしい……」

 

お宅の妹さんちょっと落ち込むの早くない?そして立ち直るのも早くない?

それにしてもあの目……ビー玉のように透き通った目をしていて、さらに瞳の奥には何も考えていないような無機質なものが感じられて……なのにあんな悲しそうな顔をして、こっちに罪悪感を感じさせてくるんだからもう……

 

「魔性の子……」

「人の妹に失礼ですね」

「その妹に惑わされてる姉はどこの誰かなー?」

「私ですけど、なにか」

 

開き直ったー。

 

「自分の妹が可愛いのは当然でしょう」

「うんまあそうでしょうけども……

 

考えてみれば、私の知り合いに姉妹とかいるのこの二人くらいだな。妖怪自体兄弟とかあんまりいないのだろうか。それとも私の知り合いには本当は兄弟とかいるけど、私が知らないだけ?

 

「まあ妖怪自体寿命が長くて、人間と比べて繁殖力が低いというのもあるでしょうね。でも神の姉妹とかいますし、結局のところは私にもわかりません」

 

姉妹の神様かぁ。そりゃあ八百万の神とか言われるし、探せばいるだろうな。

 

「そうだ、せっかくだし温泉にでも入りますか?」

「…温泉?」

 

温泉って……あの温泉?

 

「その温泉であってますよ」

「マジか……確か地霊殿って灼熱地獄の蓋になるように建てられてるんだよね?」

「熱さが心配ですか?流石に普通の人間が入れるくらいの熱さになるようには調整してますよ。多分」

「多分?その多分で私死んだらどうすんの?」

「心臓刺されても生きてそうですし、なんとかなるでしょう」

「茹で毛玉をそんなに見たいか」

「案内はさせるので、気になるならさっさと入ってきたらどうです?」

「大衆浴場は嫌だからね」

「わかってますよ」

 

わかってるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー……おー!」

「見るのは初めてなのかい?」

「初めてじゃないけど……興奮するだろこれ」

 

目の前に広がるのは岩ばかりの光景。そんな中に、湯気と独特の匂いを放つ温泉……

別に特別温泉が好きなわけじゃないけど、前世ぶりだからどうしても興奮してしまう。

 

「あたい濡れるのそんなに好きじゃないからなあ」

「そっか、猫だもんな」

 

温泉かぁ……温泉……妖怪の山にもあるんじゃね?

 

「ここの温泉は地下の溶岩じゃなくて、灼熱地獄の熱を放出して温められた地下水ですけど、地上にも源泉はあると思いますよ」

「私の知らないとこでみんな入ってたりするのかね……」

 

 

 

 

 

 

さっそく服を脱いできた。

驚くことに、ここ地底にはタオルがある。ちゃんとしたやつが。だが私は騙されない、どうせ河童だろ、河童なんだろ。

 

温泉に足先をつけて熱さを確認……うん、まあ、いけるか。

本当は結構熱いんだけど、さっさと入りたすぎてもう入ってしまった。

 

「ふぅ………」

「湯加減はどうだい?ぬるかったらもっと熱くするけど」

「私を茹でる気か。これ以上熱くするなら凍らすぞ」

「鬼は熱いお湯に入って我慢大会とかしてるよ」

「優勝は?」

「言わなくてもわかるだろ」

 

ですよねー。

温泉ねぇ……いざ入ってみて冷静になってみると、そこまで温泉好きでもなかったな私。

むしろ人がいっぱいいるってイメージがあったから結構嫌っていたような……でも今回はさとりんが他の人がいないところを選んでくれたみたいだし、気にする必要はないだろう。

 

「……あれ、さとりんは?」

「帰ったよ、仕事でね」

「忙しいんだなぁ……じゃあなんでお燐いるの」

「あたいがいなきゃ帰り道わかんないだろう?」

「否定できないなぁ……」

 

地下空間なのに、ここやたらと広いからなぁ……山の面積くらいはありそうだけど。

 

「あぁー、気持ち良すぎて溶けるぅー」

「前々から気になってたんだけどさ」

「はい?」

「その髪の毛って濡れるとどうなんの?」

「どうなるって……普通に降りるけど」

「そんなにもじゃもじゃしてるのに?ちょっと想像できないなぁ」

「言っておくけど、濡れたら当然髪の毛は降りるからな?その乾いたあとがすごいボッサボサになるんだけどさ」

 

だから乾かし方には気を使っている。まあ当然だろうけど、私の場合は変な乾かし方すると、そのままの形で型がつくから、とんでもないことになりかねない。

まあ寝癖をそのままにしても違和感ないのは楽だけどな!

 

「ねえ毛糸さん」

「んー?」

「なんで人が居ないところがいいって言ったんだい?」

「なんでって……なんでだろうね」

「まだそんなにあんたのこと知ってるわけじゃないけどさ、他人を嫌うような性格じゃないだろ?」

 

他人を嫌うというよりかは……自分かなあ?

 

「他に人がいるとさ、落ち着かないんだよね。どうしても他人の目線を気にしちゃってゆっくりできないとか」

 

まあ自分でもよくわからないけど。賑やかなところは好きだけど、人の視線を気にするような所はあんまり好きじゃないって感じかな。

 

「じゃああたいは外で待ってたほうが良い?」

「いやいいよ、話し相手になるしちょうど良いから」

「そりゃよかった」

 

 

 

 

 

ちょっと熱くなってきたなぁ。

 

「なぁお燐や」

「ん?なんだい?」

「なんでみんな私のこと毛糸さんって言うんだろうね」

「敬称の話かい?」

「うん」

「そうだねぇ……」

 

そう、思えば私は、かなり『さん』付けで呼ばれている。

仲の良い人達の中でも、私を『毛糸』と呼ぶのはチルノ、にとりん、柊木さん、アリスさん、幽香さんくらいだろう。

知り合いってなると、紫さんや藍さん、慧音さんに妹紅さんとかか。

 

「なんかみんな他人行儀じゃない?気軽に毛糸って呼んでくれてもいいのに、それなりに仲が良い人でも『さん』を付けてくるし、私が仲良いって思ってるだけなのかなとか、色々考えちゃうんだけど」

「悩んでるんだねぇ……」

 

特に大ちゃんとか……今更だけど、大ちゃんって私の名付け親みたいなもんだよ?それなのに毛糸『さん』って……それに関しては気にしてないけどさ。そういう性格だし。

 

「あたいが『さん』を付けるのは、まああたいの中では来客って感じだからかな?」

「そっかあ」

 

喋り方がですますな文はみんな『さん』付けてるかと思ったけど、椛には付けてないんだよね。

でも椛は文を文さんって呼んでるしあの二人はそういうもんなんだろうな。

 

「多分だけどさ……いややっぱり……」

「あ?なに?言うてみ?怒らんから」

「怒るというより傷つきそうなんだけど……まあいいか。あたいが思うに、毛糸さんはどこか浮いてるんだよ」

「……そりゃ毛玉だもん」

「あーいや、そうじゃなくて」

「わかってるよそんなこと」

 

私は、この幻想郷においては、それこそ世界から浮いた存在だと言ってもいい。

何故か毛玉に転生し、何故か幽香さん程の強大な妖力を持ち、その上で妖精のような霊力を持っている。こんな歪な存在、どこ探しても私くらいなんじゃないかな、断言はしないけど。

 

「それに持ってる力も強いだろう?そのせいもあって、気軽には接することができないんじゃないかな?その人の性格とかにもよるだろうけどね」

「それもそうか……」

 

でもなあ、やっぱり少し距離を感じるってのは寂しいんだよな。

 

「例えばさ、普段『さん』を付けてる人が突然名前で呼んできた時のこと考えてみなよ」

「んー?」

 

お燐にそう言われ私の頭の中には文の顔が浮かんできた。

 

例えば文が『毛糸さーん遊びに来ましたよー』とか言ってくるとしよう。

それが『毛糸ー遊びに来ましたよー』になるわけだ。

 

「あ、あれおかしいな、お湯に入ってるのに寒気がしてきた……」

「大体想像はつくけど、どうだった?」

「距離が近くなりすぎてダメだった……」

 

なんでだ、文だからダメなのか?

じゃあ椛なら……ダメだ違和感しかねえ!

最終手段でるり……あいつもダメだ!椛とるりに関しては全員に対して『さん』をつけてるし!

 

あーこれあれだ、『さん』を付けられるのに慣れすぎて、急に変えても違和感しか感じられなくなってる。

みんな、私との距離感を絶妙なところで保っててくれてるんだな……

 

「毛糸さんはさ、若いし体小さいのに中身が幼くないから」

「さとりんもお燐とか以外には敬称付けてるもんな……性格って面も大きいかぁ」

 

言うて私も結構敬称使ってるしな……

 

「あ、頭くらくらしてきた、上がるわ」

「はいよ、外で待ってるから着替え終わったら送っていくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……冬の温泉って冷静に考えて最高じゃねーかおい」

「今年の冬は特別寒いしね、春が待ち遠しいよ」

 

ちゃんと四季あるんだね……地底なのに…原理が全くわからんけど。

 

「この後はどうするんだい?」

「んー、湖には寒すぎて帰れないし、地底にずっといるのも本当はマズイし……まあ上に帰るには帰るよ」

「そっか、また来なよ」

「いやだから本当は私来ちゃマズイんだって……」

「何を今更言ってるんだか」

 

まあほんと今更だけど。

山にでも寄るかなぁ………

 

 


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