体が勝手に動いた、あの人の刀を抜いて斬った。
にとりんも戸惑ってるし、あいつも戸惑ってるし、私も戸惑ってる。
体が動かないはずなのに動く、私は動かせないのに、勝手に動く、動かされる。私の意思とは関係なしに。
「その刀……それに動かされてるのか」
考える暇もなく体が勝手に動いて、そいつに斬りかかる。
寸前で避けられるが、身体がとんでもない速度で動いた。妖力も循環させていないのに。
明らかにリミッターの外れた動きで、私の足が既にぐちゃぐちゃになっていた。
足に妖力を流して再生、ついでに腕もイカれていたので再生、体に妖力を循環させる。体は動かないが、再生はできるみたいだ。
傷が治った途端にまた身体が勝手に動く。
「身体が動かないから好き放題できると思ったわたしの感動を返してよー」
「知るかボケ」
斬り上げ、薙ぎ払い、突き。どれもどこかで見たことがある動き。私はできないような動き。
「おっとっと…その動き、その刀がやってるの?それとも君?いずれにせよ厄介な太刀筋だね」
私じゃない、この刀だ。
外した隙を狙って攻撃されても、無理矢理体勢を変えて防いでいるから関節がどんどんイカれていく。
妖力を自分の周りにドーム状を出され、体を引いたところを掴まれ投げ飛ばされる。そんな中でも私の体はあいつに切り傷をつけていたが。
「よっと……腕一本丸々再生するのは時間かかるからね、くっつけないと」
「くっつけてすぐに治るのかよ、化け物が」
「一瞬で腕を生やす君に言われたくはないなあ」
また一瞬で近寄ってくる敵。
力も速さも、私を上回ってるだろう。こっちの再生力の方が高いだろうが、向こうもちょっとした傷ならすぐに回復するだろう。
どこに隠し持ってたのか、白狼天狗が持っているのと同じ刀を取り出して斬りかかってくる。
それを私は刀で受け流し、そのままそいつを蹴った。
「守ってても隙はつけず、攻めても受けられる……厄介すぎるなあ」
そうだ、これはあいつにとってとても厄介。
さっきまでの私とは動きがまるで違う上に、剣の腕も立つ。基本力任せだった私の動きに加えて技も一緒になって襲いかかってくる。
さらに自傷を厭わない動き、普通じゃありえない動きを繰り返す。
りんさんだ、動きが全部りんさんなんだ。
ずっとりんさんはこの刀を振ってきた。それこそ死ぬ直前まで。そもそも化け物じみてたりんさんが、ずっと殺意を込めて、命を刈り取ってきた刀。なにか残留意思のようなものが宿っていてもなんらおかしくない。
そしてなにより落ち着かない。
このりんさん特有の危なっかしさ。それが丸々自分に降りかかってきたようで全く安心できない。
けどまあ、それを含めて少し嬉しい。
ずっと預けてたっていうのに、この暴れっぷりだ。私が刺されてもおかしくないと思ってたのに、実際は目の前の敵に対して動いている。
「何嬉しそうにしてるのさ。楽しくないなぁ」
「お前の不満そうな顔が私にとっては楽しいさ」
この刀の中にりんさん本人が宿ってるわけではない。この中にあるのは、ただ自分の嫌いな奴を斬るという本能。
奇しくも、私と同じだ。
「身体は任せた」
「何言ってるのか、な!」
妖力弾の壁が押し寄せてくる。
全部私が作り出すやつと同じくらいの威力はあるだろう、それを私の身体は、刀に妖力を込めて斬撃を飛ばしてかき消した。
斬撃はそいつの首を刎ねることなく、山の木々を薙ぎ倒していった。
「うわぁ……当たったら真っ二つだよあれ……」
「真っ二つが嫌なら細切れにしてやるよ」
「やれやれ、自分より強い相手とはやり合いたくないんだけどな!」
距離を詰めて首を狙うが、向こうの持っていた剣で防がれる。普通の剣なら容易く折れるはずだが、向こうも妖力を流し込んで硬くしているらしい。
私は私の意思ではない動きで、あいつを攻撃し続けていた。
面倒
ただそれだけだった。
恐らくこの白い髪の奴はあの黒い刀に体の所有権を握られている。
いや、取り返そうと思えば取り返せるか。自分の得になることを理解して、わざとあの刀に所有権を明け渡している。普通そんなことになれば混乱するはずだが、この一瞬で自分に何があったか理解して信用することにしたんだ。
さっきまでのとは違う攻撃的な立ち回り、自傷も厭わない無茶な動き、消える気配、巧みな剣術。
はっきり言って、こいつは戦いの素人だと思っていた。いや、それは間違ってなかったと思う。
妖力の強大さで言えば同等、再生力を加味すればこちらが不利といった感じだったけど、毒が効いたり、向こうは河童二人を守らなきゃいけなかったりと、さっきまでは優位に立っていたはずだった。
それがあの刀の一本で全て狂わされた。
吹っ切れる限界だったはずの彼女の精神が一瞬にして安定し、まったく違う動きでわたしを翻弄してくる。
もっと会ったのが早ければとっくに死んでいたかもしれない、今のわたしの力は多くの妖怪を殺したことによるものだから。
さらにあの刀、あれの攻撃を受けるたびにこっちの精神がすり減るような感覚に陥る。
まるで魂そのものを削がれているような、そんな焦りを与えてくる。それはただの切り傷だというのに。
あの黒刀からは怨恨の念が感じられる。それも膨大な量の。
きっとたくさんの妖怪をそれで殺してきたのだろう、持ち主は彼女ではなく別の誰かだろうけど。
恐怖、絶望、憤怒、憎悪、殺意、いろんな感情が渦巻いている。同じように沢山の妖怪を殺して、その感情を感じてきたわたしにしか感じられないであろうそれが、生きているものに恐怖を与えている。
「それの持ち主は一体どんな奴だったんだよ」
「お前とは違って話が通じる人だったさ」
「それだけの悪意があるのに?」
「お前如きが推し量れるような人じゃないんだよ」
ものすごい信頼だ。その者の恨みや衝動がそのままその刀に宿っている可能性だってあるというのに。
この刀は、りんさんは、今私のために動いてくれている。
私の体を使い潰すようなやり方をしているあたり、遠慮なしで流石はりんさんと言ったところだろうか。
何がどうしてこうなったのかは知らない。でもそれは今考えるべきことじゃない。
本当はすっごい暴走したりしないかなとか、突然にとりんの方に斬りかかったりしないかなとか色々と不安なんだけど、気にしてもしょうがない。
「やれやれ、これだけはしたくなかったんだけどな。反動すごいし」
「したくないならするなよ、そのまま首をもらう」
「そっちの方が嫌なんだけどな」
反動がすごい、つまりさっきもやった自分の体を破壊するほどの力を出すってことだ。
こっちも常に体を壊し続けているため妖力の消費が洒落にならないところまできている。早く終わらせたいけど、なかなか決定打にならない。
「そろそろ増援も怖くなってくるしね。じゃあ行くよ」
恐らく残っている妖力のほとんどを使ったのだろう、奴の体からとんでもないほどの妖気が発せられる。
同時に体が吹っ飛んだ。腕から骨が飛び出ているところを見る限り、私の体がなんとか反応したけど、刀で防いでそのまま吹っ飛んでしまったらしい。
それを受けて私の体は完全に勝手に行動を始めた。
向こうと同じように、残っている妖力の殆どを全身に巡らせる。私じゃなくて、この刀の意思だ。
続けてきた追い討ちに、毛玉になることで回避して、すぐに戻って刀を振る。
向こうが妖力を纏わせた状態は硬く、刃が音を立てて止まってしまった。流石に硬い。
このままじゃ斬れないと思ったのか、私の体から妖力が刀に吸われた。
だけど、刀を塞がれた一瞬の隙に首を掴まれ地面に叩きつけられた。反撃に妖力弾を至近距離で放ったが、煙を上げただけで効いていない。
身体能力の一時的なブースト、わたしより素の身体能力が遥かに高い分その上昇量は凄まじいものになっている。
刀を握っていた右腕が引きちぎられた。
「これで厄介な刀とはおさらば。そして」
腹に奴の腕がめり込み、貫通した。
それで止まることなく、私の体は全力の殴打を叩き込まれ、何一つ動かせない状態になった。
「………」
「痛みがないってのは便利だね……」
ここで反動がきたのか、向こうも全身から血が噴き出す。
何故私の再生力が高いのか。それは単純に、肉体が貧弱だから、再生に必要な妖力が少なく済むからだ。
なら肉体が強ければどうなるか。己の肉体を破壊するほどの力を出したとき、その力は凄まじいが再生には時間がかかる。
今回の場合、私は力で完全に負けている。すぐに再生できるほどの妖力もほとんど残っていない。
「君はもう動けないだろうけど、私はまだ動ける。彼女が撃ってくる鉄の弾も、まあこの状態でも受け止められる」
「………」
「正直腹に穴開けられても生きてるのが不思議なんだけど」
意識が朦朧としてくる、全身が凹んでいる上に腹には穴が空いている。そんな状態でも生きてるあたり私はゴキブリなのかもしれない。
「今回は逃げるよ。今は君の殺し方を考える余裕も、それを楽しむ時間もない。その刀がある限り、それも難しそうだ」
逃げる、か。
「それでも諦めた訳じゃないよ?君の絶望した顔、想像しただけでも興奮してくる。何度でも、君に会いにくるよ」
「………き、しょ……」
突然、何か体が熱くなってきた。
ここで逃していい奴じゃない
今ここで、殺しておかなければ
そんな考えで、頭の中が埋め尽くされる。
「じゃあね、名前も知らないけど、また会おう」
いろんな奴を殺しておきながら、こいつはまだ生きながらえようとしている。
去ろうとするそいつをただ見つめているわけにはいかなかった。
領域を維持するほどの妖力も残っていない、このままここに居れば、多数の天狗によって殺されるだろう。
山の外に向かって歩き出す。今はゆっくり休んで、また力を蓄えよう。彼女を圧倒できるくらい。その心をぐちゃぐちゃにできるくらいの力をつけよう。
「……あれ」
右脚が動かない。
それどころか左脚も、右腕も、左腕も。
「…蔦?」
地面から生えた蔦が、わたしの四肢を絡め取っていた。
期待を込めて、後ろを振り向く。
「あぁ……いい……その顔、最高だよ……」
憎悪だ
あの河童とは比較にならないほどの真っ黒な感情。
強すぎる憎悪に隠れて、憤怒、殺意、嫌悪もある。
「君のその顔を見てはっきりわかった。絶望した顔なんかよりずっとその方がいい。作られた憎悪の顔じゃない。君は、今心の底からわたしを殺したいと思っている、そうだろう?」
腹に穴が空いて、体もまともに動かないはずなのに、ゆっくりと身体が起き上がってくる。
それだけの憎悪、それだけの殺意、それだけの執念を私に向けてくれている。
あぁ……なんていい顔なんだ……
さっきまで私がずっと抱いていた感情は嫌悪だった。
それが今、憎み、殺したいという気持ちでいっぱいになっている。
「もっと、もっとその顔を近くで見せて!」
「………」
さっきまでなら黙ってろ、とか気持ち悪い、とかの言葉が出てきたはずなのに、今は何も出てこない。
ただ、こいつを殺したいという思いが私の中を駆け巡る。
無意識的に植物を操って奴の体を拘束していた。
さらに足から氷漬けにしていく。腹に穴が空いているというのに、それが今はまったく気にならなかった。
「あぁ……その顔だけで何十年でも生きていけそうだよ……でも、その顔を見て死ねるならこれ以上ない幸せだ」
氷の剣を作って奴の体で唯一凍っていない頭を切り飛ばすために、首に押し付ける。
「さあ斬って!君に殺されることがわたしの望みだ!」
頭の中が真っ黒に染まっている。
奴を殺すために、剣を振った。
「ねえどうしてやめたんだよ!殺したいんだろう!?」
「……うるさ」
「なっ………なんであの顔やめたんだよ!」
剣を振ったが、首を切り飛ばす前に剣を消した。
真っ黒だった頭の中が真っ白に塗り替えられた。
奴を殺したいと思っていた気持ちが、跡形もなくなっていた。
「合わないんだな、私には」
「そんな馬鹿な……あれだけの憎悪、そう簡単に取り除くことはできない、ましてや自分では」
「はいはい、望み通り殺してやるから黙って待ってろ」
そいつのこめかみに散弾銃が押しつけられる。
「もっとも、やるのは私じゃないけどな」
「なっ………」
向こうも、氷を壊すほどの力は残っていない。
王手だ。
「認めない、君以外の奴に殺されるなんて、認めない!」
「散々殺してきたやつが死に方を選べるなんて思うなよ?」
自分でも顔がニヤついてるのがわかった。
こいつが取り乱しているのを見てると気分が良くなってくる。
「ふざけるな!そんな顔を見せるな!」
「じゃあなクソ野郎。私の精一杯の笑顔を見て死んでくれ」
「…まさか、君は————」
にとりんの散弾銃が、そいつの頭を吹き飛ばした。