「あぁ〜帰りて〜」
「突っ伏してないで用意手伝ってくださいよ柊木さん、せっかくみんなで騒ぐ機会なんですから」
「騒ぐのお前らだけだろ、どうせ酒飲んで酔って暴れた挙句寝るんだろ。それで唯一まともに動ける俺が全部片付けするんだろ。もうわかってんだよ、それでいいから用意は文とそいつでやれ」
「発言が絶望に染まってるぅ………」
「あぁ?」
「目付きも怖い!」
ただでさえにとりさんも毛糸さんもいないのに、こんな知り合い以上友達未満の人達と一緒の空間で、目付きも怖い人に睨まれて……帰りたいぃ……
「まあ確かに後片付けを全部押しつけてしまっているのは申し訳ないと思いますが……そうだ、柊木さんもいっそ酔ったらどうです?あまり柊木さんが酔ってるところ見たことありませんし、気になります!」
「お前……俺まで落ちたら誰がお前らを寝床に帰らせる手筈を整えるんだ………」
諦めてる、完全に自分が自由に飲むことを諦めてるよこの人!他人が暴れるからって自制してるんだ……
「俺は始まるまで寝てるし始まってもどうせお前らに振り回される。申し訳ないと思うならお前らが自制しろ、話は終わりだ。じゃあな!」
「………今日はいつもより荒れてますね?」
「残念な結末が見えてるからな!」
この人のことあまり知らなかったけど、この一瞬ですごく哀れに思えてきた……
「あ、あはは……そうだ、るりさんはお酒飲みますか?」
「へはひぃ!えあ、えっと、げ、下戸ですぅ……」
「そ、そうなんですねぇ…すみません、驚かせる気はなかったんですけど」
「ああの大丈夫なので、私のことなんかその辺にある石ころとでも思っててくださいいぃ……」
「驚くというか、怯えてしまってるような……」
私は石ころ私は柱私は床私は土私は机私は空気…
「ふぅ、ふぅ……」
「私、ここまで怯えられるようなことしましたっけ……?」
(早く毛糸さんとにとりさん来てくれないかなぁ……なんでこんな二人と一緒にするのおぉ………)
(早くお二人を連れてきてくださいよ椛……なんとかこの場の空気を変えないと……この席だけ他に比べて静かなんですよ……)
(あー帰りてー)
「オラァ主役が来たぞオラァコラァ!」
「そんな風に乗り込んでくる主役があるかい!」
「オラコラ系主人公じゃオラコラァ!」
うん!宴会場の個室とか取ってるのかと思ってたけど思いっきりオープンな場所だね!風通しバッチリだね!
「待ってましたよ毛糸さん、ささ、席について」
「おい待てクソ鴉こら」
「くそ鴉……?」
「てめこの前私のこと埋めただろ、あん?」
「そんなこと私は………あっ」
「オラァ………コルァ……」
「あ、あはは……まあ他の方もこの場所使うので、その件はまた今度に……」
「覚えてろよこのやろう」
確かに公共の場で暴れるわけにもいかないので、ここは落ち着いて文に言われた通りに席に着く。
右隣に突っ伏してる柊木さん、左隣に椛だ。向かいに文とにとりんとるりが座っている。
白髪三人が並んでるのは偶然か?
「おーい柊木さん起きろー」
「このまま夜を明かしたい……起きたら地獄が待ってる……そっとしておいてくれ……」
「うーわひどい絶望具合」
「ちょっと毛糸さんどいてくださいね。ふんっ!」
「いってぇ!!」
あらやだ暴力、これがパワハラってやつか。やっぱ組織はこえーわ、フリーでよかった。
「おぉ……いつものよりいてぇ……加減を考えろよお前なぁ…」
「いつものってのが出来るほどやられてるのに驚きなんだけど、どういう関係なんだよ二人はさぁ」
「柊木さんはただの体術の練習台ですよ」
「うわぁ」
「うわぁ」
「うわぁ」
「うわぁ………」
「ほらみろ全員引いてるだろうが。そろそろやめろよ本当に」
「今に始まったことじゃないので」
柊木いずサンドバッグ。
「ではでは、全員集まったことですし始めましょうか!」
「生き生きしてんなぁお前」
「当たり前でしょう!正当な理由で取った休みでする宴会ほど楽しいものはありませんよ!」
「文さんいつも仕事抜け出して遊んでますよね」
「乾杯!ほら乾杯しましょう!ね!」
誰も乾杯しなかった。
「これも日頃の行いってやつですか……」
「重度の引きこもりのるりだって働きはするんだ、そりゃそうなるよ文。これを機に真っ当に働きな」
「失敬な!私だって働いてますよある程度は!」
ある程度ってどの程度だよ。与えられた仕事はこなしてから遊べばいいじゃん。
まあ仕事なんてやればやるほど与えられるけど。
「好きなことで生きていきたいんですよ!私は!」
「お前さっき自制しろって言ったの忘れたのか?飛ばすの早いって…」
うーん、酒臭いね!すっごい酒臭い!
「そんなことよりさ文、言ってた奴ってこれだろ?」
「あそうでした!みなさん、今日は焼肉の予定なんですけどね?」
なんで焼肉……?あ、私が前に焼肉パーリィとか言ってふざけてたからか。
「普段は厄介な私の上司が、今回ばかりは毛糸さんの功績に感謝したってことで、特上の肉をくれたんですよ!ほら見てくださいこれ!」
「うっ…」
「うっ…」
開けられた箱の中の生肉を見て、私とにとりんが同時に口元を抑える。
「ん?どうしました?」
「なんでもない……なんでもないよなっ!」
「う、うん、なんでもないよ、気にしないで…」
自分の下半身がミンチになった後にみる生肉は吐き気を催すぜ。
………他のものだけ食べとこ。
「いやぁ、普段はめんどくさくて厄介でうるさい人なんですけど、こういうことされちゃうと見直しちゃいますよ〜」
「めんどくさくて厄介でうるさいのはお前のせいだろ」
「柊木さん、例えそれが本当のことであっても、言ってはいけないことはあるんですよ」
「………?」
柊木さんがマジで意味がわからないって顔してら。
「それじゃ、焼いていきますよー」
「ねえ柊木さん?」
「なんだよ」
「椛がちょっと席を外すって言ってもう結構時間経ってね?」
「そうだな」
「なんかあったよね?」
「そうかもなぁ」
結局にとりんと私はろくに食べ物に口をつけていない。というか、寧ろ吐き気を催しているんだけど。
そのせいかにとりん酒も呑んでないし……いくら向こうが悪かったとはいえ、気分悪そうにしてるの見てると申し訳なくなってくるな。
というか、今はそんなこと置いといて。
「なんかあったのかな?」
「可能性としては、酔って倒れて寝てる、誰かに絡みに行ってる、吐いてる、このどれかだ」
「わぁ全部ありそう」
「他の奴もいるんだから、今日くらいは問題起こさないで——」
直後、柊木さんの頭に酒瓶が直撃した。
「柊木さあああん!?」
「……………はっ、どのくらい寝てた!?」
「復帰はえーなおい!」
「酒追加で取りに行ってましたー」
「酒取りに行ってたんかい!そしてとんでもねえ量の酒瓶!あと酒くっせ!こっち向くな臭い!」
「おやおや毛糸さん、女性に向かって臭いだなんて言っちゃだめですよ〜?」
「お前も臭いわ!」
うわぁ既に酔ったら面倒くさい奴らが酔ってるよ……こんな環境でるりはだいじょ……ばない!
「おいにとりんるりが泡吹いてるぞ!」
「えっあっほんとだ!まずい早くしないと……」
そう言ってにとりんは毛布を取り出し、るりをグルグルと巻き始めた。
「いや、あの、えぇ?あ、え、何してんの?」
「るりは慣れない場所で気絶すると、こうしておかないと発作を起こすんだ」
「ごめん口から泡が出てる方気にしてあげて!?」
「いや、いつものことだから」
いつものことなんだ……えぇ?
「文さん、とびきり強い酒持ってきましたよ」
「そ、それはなかなか手に入らないと話題の……一体それをどこで」
「向こうでなんか偉そうな奴に喧嘩売られたので軽く相手して奪ってきました」
「おい偉そうな奴って大丈夫!?大天狗とかじゃねーの!?」
「大丈夫だ安心しろ、どうせ全員酒呑んでてろくに覚えてない」
「おかしいだろ天狗って奴はよぉ!」
正直酒の呑みっぷりに関しては地底の鬼たちを見てるからそこまでだけど、それ以外もなかなかに酷いぞ天狗ってやつは!
「これが日常だ、お前も早く慣れろ」
「慣れろって、別に私この山の人じゃないんだけども」
というか慣れたくないわこんな生活……
「うわぉ…」
私とにとりんが棄権、るりが早々にリタイアしたとはいえ、それなりにあった量をほぼ文と椛だけで食べよった……途中から柊木さん焼き専になってたし。
「ふふっ…」
「あだっあだだだ」
「えへへぇ」
現状を説明すると、椛が柊木さんに固め技、文が笑い上戸化。
るり起床、恐怖を感じ取っている。
にとりんと私、達観。
「毛糸さんはちっさくて可愛いらしいですねぇ」
「おいやめろクソ鴉翼もぐぞ、頭ぽんぽんするのやめろマジで」
「おいお前らぁ!見てねえで早くこいつを止めっ、おあああ!!」
「これでよし、と」
「腕が……腕が動かなくなった……」
関節でも外れたんか?そして椛何してるんだよ。
るりが起きた瞬間から起こっているこの状況に怯えてにとりんにすり寄っている。
「にとりさぁん……早く帰りましょうよぉ……命の危険を感じます………ひぃっ!?こここっち見てるうぅ」
「貴女って小さくなって怯えて、まるで小動物みたいですよね……ふふっ」
「にとりさん!早く!あの白狼天狗の人あたしを見てます!次の標的を見つけたって感じの顔してますううう!!」
「いやーははっ、私も酔うといつもこんなになってたのかなって考えると頭が痛くなってくるね……」
「あ、駄目だこの人、あたしを助ける気ない……毛糸さん!」
「骨は拾ってやる」
「なんでこんな目にいいいぃい!!あっ」
あーあ、気絶しちゃった。
「まあ、さすがに私も相手は選びますよ」
「あぁそう、酔ってても意外とれいせ……おい何こっち見てんの」
「相手は選ぶって言いましたよね?貴女はいくら関節外しても大丈夫そうですし……ふふっ」
「お、おい待て、こっちにくるな」
席を立って椛から距離を取ろうとする私に文がしがみつく。
「おまっ、文テメェ!」
「さぁ椛、この毛玉の関節を外して毛糸さんのあられもない姿を私に見せてください!絵に描いて後で見るので!」
「ちょ、待てって、話せばわかああああああああっー!!!」
全身関節外された………動けなくなった私の周りに文の出した紙切れが散乱している。
「よっこらせ」
「おはぁん!?ちょ、にとりん、関節入れるんなら入れるって言ってよびっくりするなぁもう」
「ごめんごめん」
とりあえず関節を元に戻して立ち上がる。
さーてまぁ……ここまでやられて黙ってるわけにはいかないよなぁ?
「おい椛、いい加減お前らの、毛糸さんならすぐ治るから何してもいいよねー、みたいな思考正してやる」
「へぇ、いいでしょう、受けて立ちますよ」
「そして文、その紙破く」
「嫌です!これは毛糸さんを脅すときの交渉材料にするんです!」
「ざけんな!」
まず文から紙を奪うために一歩踏み出した。
そして文の紙きれを踏んづけて滑って頭から床に転んだ。
「これも計算の内かジョ……っぺっぺ!なんか口ん中に入ったんだけど………」
足元を見てみると割れた酒瓶、そこから漏れ出た酒………
あー、やべー……
頭ぼんやりしてきた……
「……凄く嫌な予感がするんだけど」
「同感だ」
「……その関節入れてあげようか?」
「……頼む」
あいつは確か散々酒が飲めない飲めないって言ってきたはず。それが少しとはいえ口に入った。
普通ならちょっと口の中に酒が入るくらいじゃどうにもならないはずだ。だが相手はあの毛玉。
「……ケヒヒ…」
何も起こらないはずがなく……
瞬間、床が沈む速さで文に近寄って腕を握った。
「ちょはやっ、寒っ冷たっ!ちょ毛糸さん凍ります、凍りますって!」
「ウェッヘッヘ………」
「おぉ、いくら酔ってるとはいえ、あの文に先手を取った。そしてそのまま行動不能に……やるね毛糸」
なんでこいつは冷静に分析してるんだ……
まあ本当に恐ろしいのはここからなんだが……
「ウェヒヒッ、次はお前の番だワンコロぉ……吠え面かかせたるでぇ………」
「吠え面をかくのはそっちですよ……ふふっ、楽しくなってきましたねぇ……」
あぁ、始まっちまった。
酔った状態だろうと、吐き気がなければいつもと同じように行動できる椛。
そもそも酔った状態が未知数な毛糸。
この宴会場壊れるかもなぁ……
「ヘヘッ」
「ふふっ」
二人の取っ組み合いが始まってしまった。
酔っ払いどうしの喧嘩とは、基本ふざけ半分であることが多い。
そして天狗には、そのふざけ半分の喧嘩に自ら乗っかっていく奴が多い……
「そこの気絶してる河童連れて先に帰っておくことをお勧めする」
「言われなくてもそうするけど……あんたはどうするの?」
「俺はまぁ……誰かがこの場の後始末しないといけないしな」
「………ご愁傷様」
既に厄介な気配を感じ取った他の天狗たちも帰っている。
つまり今ここに残っているのは………
「おっ楽しそうなことやってんじゃねえか!俺たちも混ぜてくれよ!」
「俺も俺もー!」
馬鹿だけである。
「んぅ…………んー?…あれ、私何してたっけ」
記憶がない……まず自分の体を確認してみる。
うん、腕の形がおかしくなってるね。変形しちゃってるね。
そして周りの状態を確認してみる。
死体のように転がっているボロボロの天狗たち、その中には文と椛、柊木さんがいた。
途端に蘇ってくる記憶。
酔って、変なテンションになって、文を冷凍して椛と殴り合いして、他の参戦してきた天狗どももぶっ飛ばして………
やらかした、という焦りがやってくる。
「やべぇどうしよどうしよどうしよ………」
散々迷った挙句、私は………
帰った。