ふぅ………
あれ?やっぱり私影薄い?
起きてもずっと簀巻きなんだけど、忘れられた?忘れられちゃった系?
うむ、じゃあもう抜け出してもいいよね。
毛玉の状態をイメージして………よし抜けた。
ちょっと時間はかかるけど問題なくできるか。
今日はあんまり風吹いてないみたいだし、しばらくこの状態でいるかな。
お二人さんはまた湖のほうに行ったっぽいし………放置か………よし、腹減った。
毛玉状態で腹も何もないけどお腹が空いた。
多分人の状態になったらお腹すごい鳴ると思う。
しかし妖精は気が向いたときにしか物を食べないし………私の食べるものなんてあるのか?
いや、ないと断定したほうがいいか。
この時代だと野生の植物なんて食べれるかわからないし、食べる気もないし。
狩りでもするかな。
今の私は襲われる側ではなく襲う側、逃走者ではなくハンター。
一狩りいこうぜ?
ところで、毛玉から人になっても服はそのままらしい。
変わるたびに裸族になるとかだったら私もう毛玉になってやんない絶対。
それはさておき、どうやって獣をおびき寄せようか。
罠は作れる技能もないし、そもそも道具がないし………
じゃあ何かを餌にするしかない訳だ。
ならば答えは簡単それは………
私自身が、餌となることだ!!
毛玉状態の私が獣に襲われやすいのはもう分かっている、現に2回襲われてるからね。
木に囲まれた場所で、ひたすら佇む、
心を無にして、世界と一つに………じゃなくて。
これ、獣さん襲ってくるまで暇すぎるわ。
ちょっと霊力垂れ流してみたり………
なんか後ろの方で音が聞こえたんだけど。
来るの早くない?襲ってくるまで暇とは言ったけど早く来いとは言ってない。
猪辺りだったらうれしいな………
背後から何かが突進してくるのを感じる。
できるだけ引き付けて一気に上空へと上がり、人の形になって足元の獣を踏んづけた。
すかさず首を手で掴んで頭を押さえる。
うん、猪だった。
やったぜ、捕獲完了!
さて、捕まえたのいいけどこっからどうしよう。
………いや、本当にどうしよう!
道具とかないから解体もできないし、縄とかもないから生捕もできないし。
そもそも、ちょっとしたホラゲーでも夜寝れなくなる私が解体作業なんてできるのか?
否、できるはずがありませんっ!!
お行きなさい、猪くんよ、せいぜい長生きするんじゃぞ。
さぁて、振り出しに戻ったなぁ。
お腹鳴るし………なんか食べたいなぁ。
「えっと、確かこの道で………ん?」
湖から少し離れたところにある道、そこで一人の大きな荷を背負った青年が歩みを進めていた。
何かの気配を感じ取ったのか、腰にある短剣に手を掛ける。
あたりを少し見渡したあと、気のせいかと短剣から手を離そうとしたとき。
「へいあんちゃん、なんか食いもんもってなぁい?腹減って死にそうなの」
「っ!?」
突然背後から女性の声がした。
振り向くと、えらく派手な頭をした質素な装いの背の低い女の子のようなものがそこに立っていた。
見た目は少女であっても、その気配、感じ取れる力は妖怪そのものだった。
反射的に、その青年は手に持っていた短剣をその少女に投げた。
「ふぇ?あっ——ぶな!ちょ、話聞こうよあんちゃん、私お腹空いてるだ——あぶな!?」
間髪入れずにもう一本の短剣で斬りかかるが、ギリギリで回避される。
「おいあんちゃん、人の話聞かんかい!」
「来るな!化け物め!」
「化け………」
突然突っ込んできた少女。
攻撃をくらうと思って身を固めると、手から短剣を奪い取られた。
「刃物を人に向けてはいけませんって習いませんでしたか!?」
「あ…あ………」
短剣を失い、明らかに怯えてしまった青年、しかし少女は近づいてくる。
「ったくもう、こっちは食べ物あったら分けてくださいって言おうとしてるだけって………泡吹いて気絶してる………あ、いっけね、妖力漏れてたや」
そういうと少女の気配が全く違うものになった。
「うん………とりあえず荷物だけ漁らせてもらおうかなぁ」
あ、干し肉ゲットー。
二つだけもらっておくとしよう、この人がのたれ死んだらダメだし。
他にめぼしいものは………ないな。
それにしても、なんでこんな人気のない道通ってたんだ?この人、獣とかに襲われるだろうに。
まぁ襲ってんの私だけどなー。
短剣も一本もらっておくとしよう、二本あるんだし一本くらいいいよね?
「それじゃ早速………いただきます」
そのなんの肉かもわからない干し肉を口の中へと突っ込み噛み切る。
うぇ………美味しくない………いや、あたりまえなんだけどさ?
こんな時代なんだから、普通の人なんて食べれればそれでいいって感じだろうし。
そもそも干し肉は保存食で、美味しさを求める方が間違っているんだ。
でもこれで味覚もちゃんと機能してることがわかった
もしかしてこの体、毛玉からなってるからどっかおかしいところあったりしないかなぁ?と思ってたけど、そんなことなくてよかったよかった。
強いて言えば貧弱だけど。
そう言えば私この人に下手したらやられてるんだよね………生きてるって素晴らしいや。
で、この人どうしようか。
結局この人は何しにきたんだろう。
思えばこの世界で初めて見る普通の人間なんだけど………
この道の先に、何かあるのかな?
ちょっと気になるなぁ。
「………ん……ん?あれ、なんで俺こんなところで寝て…あ!」
何かを思い出したかのようにあたりを見渡し始めるその青年、挙動不審かな?
まぁ多分私のこと探してるんだけど、私は今君の真上だよ。
「あれ、おかしいな………あ、もうすぐで日が暮れる、急がないと」
そう言って駆け足で道に沿って走っていくその青年。
やっぱりこの先に何かしらあると思っていいかな………大丈夫、道に沿えば湖へは辿り着ける。
そう思って上空からその青年を見下ろして後をついて行く。
ありゃ………人里ってあれのことかな?
あのあんちゃんあそこへ入って行ったけど、他にも人いるのかな?
まぁ私みたいなのとか、妖精、妖怪とかは人間からしたら危険なやつ扱いだし、近寄らないほうがいいんだろうけど………
毛玉とはいえ、私は心は一般ピーポー、普通の人間がいるなら敵対とかはしたくないもんだ。
えっと………なんだっけ、あれ。
すぐに呼びましょおんみょーじ?
あ、そうだ陰陽師だ陰陽師、妖狩りさんだ。
実際にいるらしいね、陰陽師、怖いね。
現代にそういった、非科学的な存在はいない訳だけど、この時代にある。
単に似ているようで違う世界って可能性もあるけど、もしここが私のいた現代の過去だとすると現代では妖怪や妖精やらがいなくなったことになる。
そういう存在がいなければ陰陽師も必要ないだろうし、一般的には妖怪なんて二次元でしか存在しないからなぁ。
となると、私たち非科学的存在はそのうち存在が抹消され………こわっ。
まぁ言うて現代まであと数百年はあるし、気長に行こうか。
あれ、毛玉って寿命どれくらいなの………?
妖怪はすごく長命、妖精はほぼ不死の存在、じゃあ毛玉は?いや、毛玉かどうかもはや怪しい存在になった私の寿命は?
これは大変なことだぞ………現代を迎えるまでに寿命で死ぬ可能性が………
やだ怖い。
いやでも、妖怪は長寿なんだから、私も長寿と考えて………
あれ?さとりんって何歳だ?もしかしてさとりん、ロリバ——。
そもそも、私は耐久力が豆腐に毛が生えた程度なんだよ、寿命の前に死ぬ可能性大だよ。
そんな耐久力で陰陽師なんぞに遭遇したら人生終了のお知らせが来ちゃうね、帰ろう。
あー………そうだよ今夜じゃん。
夜といえばあれよ?やれ魔物がでるやら、ゾンビが動き始めるやら………とりあえず夜に生きるものが活発になるんだよ。
夜になったら出歩かないって、ファンタジーの基本中の基本じゃないかーやっちゃったなー。
後ろに二匹、前に一匹、上に二羽………まっず。
狼さんと、なんかの野鳥さん。
しかもただの野生動物じゃない、妖力を持っている、これが噂の妖怪ってやつか。
あれ、妖怪ってだけならとびきりやばいのに会ってるよね?
じゃあ別にまずくないや、もっとやべー奴に会ってたわ、もう何も怖くない………!
「ぐるあぁ!!」
「前言撤回!怖いですっ!」
いや、正確には口に出してないから撤回する必要もないのか?
とりあえずフラグ立てちゃったけど、○ミりたくはないので全力で逃走するとしよう。
ジョー○ター家に伝わる伝統的な戦いのうんたら、使わせてもらうぜ!
逃げるんだよォ!スモー○ー!!
体を宙に浮かせ、霊力を後ろへ放出しながら妖怪からの包囲網を突き抜ける。
正面にいた狼は驚いたのか、横に飛び退いて私の突進を回避する。
即座に地に足をつけて走り出す、ただひた走る。
後ろの狼とは距離が空いたけど、上の鳥にずっとストーキングされている。
どうにかしようかと少し立ち止まり、体を浮かせて飛び上がろうとする。
その瞬間横から狼が飛び込んできて、私の右腕にその牙を食い込ませた。
鋭い痛みが脳へと伝わる。
右腕を振り払おうとするけど、痛みでうまく動かせない。
左手で狼の下顎を掴み、霊力を使って顎を凍らせ、さらに腹を蹴って狼を引き剥がす。
無理に牙が腕から外れて傷が広がる。
右腕を抑えようとするけど、嫌な予感がしてすぐにその場をしゃがんだ。
頭上を狼が一匹飛びかかってきた。
後ろ足をつかんで霊力を流しこみ、適当にぶん投げる。
そしたら次は首に鋭い痛みがやってきた、あぁもうキリがない。
完全に牙が食い込み、生温かい何かが出ていく感覚がやってくる。
顎を凍らせた狼が足にも噛み付いてきた。
どうすればいいか、とっさに考える。
完全に身動きが取れない、でも動かなくたってできることはある。
足に噛み付いている奴に、足から霊力を流し込んで、首のやつには右手と左手の両手で霊力を流し込む。
私も浮いて、噛み付いているやつと一緒に宙に浮く。
宙に浮いても絶対に噛みつくことはやめない、さらに血が出てきて、体の中がえぐれるような痛みがやってくる。
歯を食いしばるけど、すごく痛い、泣きそうだ、泣き叫びそう、つか泣きたい。
飛んでた二羽の鳥もやってくる。
お前らがいなかったら上から逃げれたんだよ畜生め。
同時にやってきたそいつらの嘴を掴み、まず凍らしてから浮かしてやった。
絶対に手は離さない、凍らすのもやめない。
羽まで凍ったのを確認したら、私以外の全員の浮遊状態を解除する。
そのまま真っ逆さまに落ちていく鳥と顎を凍らされた狼、もう一匹の狼だけは、まだ首に噛み付いている。
じゃあ一緒に落ちようじゃないか。
私の浮遊状態も解除する。
狼をちゃんと下敷きにして、地へと落ちた。
すぐにもう一度飛び上がる。
体の中で散らばっていた妖力を手に集める。
月に負けんばかりに光る黄色い玉。
全力で飛び上がりながら、その黄色い玉を真下へ向かって投げた。
今度は、ちゃんとした速度で飛んで行った。
地面が眩い光に包まれて、それを直視してしまった。
目が見えるようになり、やっと地面へと着いた。
そして一言
「いったあああああああああああああ!!こんの獣畜生どもがぁ!死ぬかと思ったぞチクショウ!」
その爆心地の中心、妙に焼け焦げた臭いがするその場所で、そう叫んだ。
後になって、これを聞いて他の妖怪や獣に見つかったらまずいと気がついた。
やっぱり、殺生は良くないとか言ってる場合じゃなかったんだよね。
死ぬか生きるか、それこそが世界の真理なのだよ、わたしゃサバイバー失格だな。
早くこの場所を離れようと、毛玉の状態になって宙を浮き始めた。
人の状態じゃ血は出る、毛玉だったら失血はしない。
すごく眠いけど、眠るわけにはいかない。
寝たら死ぬ気がする、寝るなー、寝たら死ぬぞー、永眠したいのかー。
そう言い聞かせながら、湖の方へと進んでいく。
死ななかっただけまし、生きてりゃ安い。
そうは言ってられない状況。
だってさ、首と脚と腕に穴が空いてるんだよ?血が出てるんだよ?逆によくついさっきまで、いや、今も生きてるな?
どうやら、生命力だけならそこそこあるらしい、ゴキじゃねえぞ、ブリじゃねえぞ。
つまらないこと考えてんなぁ、こんな様なのにさぁ。
毛玉の状態でいても、人の体の傷は治らない。
湖の近くで寝転がりながら、天仰いでいる今、私は死にかけです。
どうせ治らないのなら、あの時の額の塞がったであろう傷、あれの再生力にかけて寝るしかないでしょ。
はい、ウソつきました、考えるの面倒くさくなっただけです。
いやでも、死にかけでみるこんなの絶景の夜空も悪く無いもんだよ?現代じゃ、よほどの田舎に行かないとこんな夜空は見れないからね。
「………良い、夜空だなぁ」
これが遺言にならないことを祈りながら、私は意識を落とした。