「アリスさん久しぶりー」
「初めまして〜」
「……誰?」
アリスさんとこに遊びに行くところを文に見つかり、一緒に行くと言われ追い払おうとしたものの何度も何度もついてくるため、渋々連れてきてやった。
「ごめんコイツなんかついてきただけだからもてなさなくていいよ。むしろ人形を使って全力で追い払っていいよ」
「流石にそういうわけには……アリスよ」
「射命丸文です、いや〜急にお邪魔しちゃって申し訳ないですね〜」
「そう思うなら帰れや」
「あなただって事前に連絡よこさず急にくるんだから同じよ」
「ゔっ…」
しょうがねえじゃんここアクセス悪いんだからさぁ……これと言った連絡手段もないし、どうせアリスさんもここで暇を持て余してんだからさ!魔法の研究とかしてるのはわかるけども。
事前に日程を決めておこうにも、すっかり狂ってしまった私の時間感覚が使えるわけもなく絶対に日程とか守らない。
「……というか、本当になんできたんお前」
「暇だったから……ですね」
「仕事は」
「なんですかそれ、知らない単語ですね」
「あーはいはい理解」
でも文って仕事終わらすのは早いらしいのな……やればできるのにやらない子。一歩間違えれば高スペックニートと化すな。
……るりがもうそんな感じだったわ。
そういえばあいつ、近々山に戻るって言ってたな。適当に聞き流してたけど。
そっかぁ帰るのか………寂しくなんてないんだからね!………誰に向かってやってんだ私は。
「その容姿、やっぱり天狗なのね」
「鴉天狗です。……あんまり警戒しないんですね」
「毛糸の友人であれば危険な人でもないと、そう判断してるのよ」
「アリスさん違うよ、私別にこいつのこと友達って思ってないよ。こいつが勝手にそう思い込んでるだけだよ」
「えっ」
私がそういうと文の動きが止まり、無言で何かを訴えてきた。嘘ですよね?冗談ですよね?流石に傷つきますよ?って感じのことを訴えてきてる気がする。
「そういえばあの子は?」
「この前野良妖怪に喧嘩売って怪我して今は安静にしてる」
「何してるのよあの子……」
「でも勝ったよ?ちゃんと喉元噛み切ってたよ?」
「いやそういう話じゃないわよ……とにかく、あんまり危険な目にあわないように見張っておきなさいよ」
「見張るって……別にあいつペットでもなんでもないんだけど?」
「世話してるんだったら責任持ちなさい」
………納得いかんのだけど?あれだってその辺の家畜よりは全然頭いいんだから私が世話することも餌やりと散歩くらいしかないんだけど……よくチルノとかと遊んでるし。
「毛糸さん毛糸さん、それってあの猪の話ですか?」
「そうだよ、イノゼクス」
「イノゼクスって名前なんですか…?」
「イノバルド」
「え?」
「イノミツネ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「イノート」
「え、えぇ………」
困惑する文の肩に手を置いたアリスさん。
「早く慣れなさい」
「………いやいや、納得いかないんですけど。私の方が毛糸さんとの付き合い長いですよね。慣れろって………」
「あなたの方が長くても猪に関しては私の方が上よ。あなたも早くイノベルクに慣れなさい」
「イノファルクだよー」
「そう、イノファルク」
「………お二人の関係が大体掴めてきました……」
「久しぶりで悪いんだけど、調合の材料取ってきてくれないかしら」
「えぇぇ………やだめんどい。しかも調合って、また変な薬作る気でしょわかってんだからね」
「背が伸びる薬なんだけど」
「よしわかった任せろ。材料は?」
「これに書いてるわ」
「うっす行ってきまーす」
慣れてるなぁ………
毛糸さんって扱い方がわかってくると簡単に言う通りにさせられるんだけれども。
「というか、あの人背丈なんか気にしてたんですか?」
「あぁ、あの子はノリがいいだけよ。本人も乗せられてるのは気づいてるだろうし、むしろ乗ってきてるんじゃないかしら」
「あー、確かにそういうとこありますねー。その辺がどこか子供っぽいというか、なんというか……」
椛も自分は正常だって感じ出しておきながら、一回勢いにのるとお構いなしに暴れたりする。その辺は毛糸さんとも似ているかも。
つまり二人が合わさった時はどうなるか……いや、考えたくないですね。
「で、私に何か話があるんじゃないの、天狗さん」
「あー、気づかれてました?」
「どこか機会を伺う素振りををしてたし、わざわざこんなところまで足を運ぶってことは私に用があって来たんじゃないかと思ったね」
「……なるほど、流石に鋭いですね」
毛糸さんに言っていたのは少しだけ嘘になる。暇だったのは間違いないけれど、前々からこの人と話をしてみたかったからだ。毛糸さんが湖を離れていた間ずっと一緒にいたというこの人物がどんな人か。
「それで、一体何の用かしら?どんなことでも構わないけれど、面倒事なら先にお断りしておくわ」
「別にあなたをどうこうするって話じゃないですよ。毛糸さんから何度も話を聞いていて、会ってみたいなあって思っただけです」
「要するに見極めに来たってことね」
「そこまで大層なことでもないんですけど………アリスさんの御人柄は聞いていましたし、危険な人物でもなさそうでしたしね」
「つまり本当の用件は別にあると………」
本当に鋭い……
「………あやや、これは参りましたね。そこまで見抜かれるとは…」
最近はこういった駆け引きをすることもなくなっていたし、鈍っちゃってたか………
「気楽に行きましょう、お互いに危ない相手ではないこともわかっているんだから」
「ですね、そうしましょうか」
落ち着いてる人だ、冷静で思慮深いといった印象。こんな人が毛糸さんと絡んでるって、嘘でしょ?いやでもさっきも仲良さそうにしてたし……でも性格とかも結構違うと思うんだけど……まあいいか、やることやってしまおう。
「そうですね…まず私がここに来たのは、ざっくり言うと調査です」
「調査」
「はい。この森自体天狗はあまり近寄らなくて、どうなっているのか情報もなかったんですね、せっかくだからこの機会に訪れた次第です」
「なるほど……まあここなんて妖怪からしたらなんの面白みもない場所よ。変な植物しかないもの」
「いえいえ、そんなことは」
「そう?」
ここに来る時に見た顔のついた動くきのこを見た後だと面白みのない場所とは思えない……しばらく退屈はしなさそうだけれども。
「毛糸さんとはどうやって出会ったんですか?」
「さあどうだったかしら……確かこの森に入ってきて、無防備なところに瘴気とか胞子とかに当てられて倒れてるところを拾ったんだったかしら」
「あー、容易に想像できる………どういった経緯で一緒に暮らすことに?」
「私自身彼女の身体に興味があったのよ。毛糸も当てもなかったみたいだったし、泊めてあげる代わりに身体を調べさせてって」
「なるほど……」
ふむ……毛糸さんの身体を……
「毛糸さんの身体に興味とは?」
「あぁ、知ってると思うけど、彼女って結構…おかしいじゃない」
「まあはい、そうですね…」
毛糸さんほど異質な妖怪もそうそういないだろう、とか噂してたら本人がくしゃみをしだすけど。
「私の魔法における目標って、自立して動く人形を作ることなんだけど、毛糸のことを調べれば何かが掴めるかもしれない、って思ったのよ」
「なるほど。具体的に何を調べたんです?」
「うーん……なんで霊力と妖力を持つことができるのか…かしら」
「割と曖昧なんですね」
そう、そこが大きな謎だ。普通の妖怪から霊力を持っているなんてあり得ないのだから。
「それで何かわかったんですか?」
「何も。やることはやれるだけやって調べてみたんだけど、確実な物は掴めないでいるわ」
「確実、となるとある程度推測はできているんですね」
「そうね……ねえ、私の考えを教えるのは構わないけれど、その目的を教えてくれるかしら?」
「………あー」
こちらの聞きたいことが既に割れてしまっている。さりげなく聞き出そうと思ったんだけれど……
「そうですね……わかりました。まず大前提として、私は妖怪の山という組織の一員です。組織にとって危険になるものや有利に働くものは知っておかなければなりません」
「…それで、毛糸についての謎を追求するために、ついでに私がどういう存在かを見定めるためにやってきたのね」
「うーん…本当に察しいいですね?でもそうですね……」
毛糸さんとは、山の妖怪でないものとしては長い付き合いだ。今までにもいろんなことがあった。お互いに信頼している……はずだとは思う。
それ故に、だ。
「友達として、毛糸さんのことを知りたい、それが本音です。いざというときに相談に乗ってあげたいですし、ちゃんと相手のことは知っておきたいですよ」
「……さっき友達って思ってるのはあなただけって」
「冗談です、多分」
「多分なのね。……わかった、私が彼女について知ってること、そしてそれを踏まえた私の考えをあなたに話すわ」
そしてアリスさんは話を始めた。
「はぁ、なるほどなるほど……?」
アリスさんが話した内容は、私に取ってとても合点のいく内容だった。話の通りだとすればいろんなことに
「何度も言うけど、これは推測に過ぎないわ。あと本人にも言わないようにね」
「それは何故?」
「存在っていう根底に関わってくる部分だからね。私たち他者がそこに干渉してしまうとどうなるかわからないわ」
「本人が自覚することが大事と……」
確かに妖怪にとって己の存在を揺るがすほどの事実となると、そう易々と他人が話していいものではないだろう。
「でも………思ったより大したことないですね」
「そう?」
「はい、もっとこう……派手というか、規模の大きいものを想像していたもので」
「そうね……確かにそういう感じではないわね。個人で完結しているというか」
この話が事実かどうかはわからないけれど、結局は本人の気づきが大事だということだった。
「……本当に気にかけているのね」
「え?」
「毛糸のこと。いくら仲が良くても、そこまで首を突っ込むのはなかなかないと思うわよ」
「はぁ……そうなのかもしれないですね」
確かに、友達であってもそう簡単に他人のあれこれに首を突っ込むのはあまり良くないことなのだろう。
「でも、やっぱりどこか距離を感じるんですよ」
「距離?」
「どこか完全に気を許してくれていないというか、何か線引きをされているような気がするんです。私だけじゃない、名付け親である者にも、日常を共にしてきた者にも、壁を作っているんです」
どこか遠い目をした彼女の顔が頭に浮かぶ。
「何か、私たちにも打ち明けてくれない何かがあるんです。もちろんそれを無理に知ろうとは思いません」
「無理矢理聞けば教えてくれそうだけれど」
「それもそうですけど………彼女と出会ってから色々ありました。毛糸さんはその身を削って戦ってくれました、うちの山とは関係ないのに。でも、私たち他者ができたことって、せいぜい楽しく騒いで、励ましたりしたらくらいなんですよ」
私たちに何も相談せずに湖を去ってしまったことを思い出す。
「頼って欲しいんです、友達なんだから。抱え込まないで欲しい、私たちにも相談して欲しい。彼女が何かの線を引いているのならせめて、私は彼女のことをもっと知りたい、って」
「………」
「……あーすみません!なんか恥ずかしいことばっかり話してしまって……」
「そうね、確かにあの子は私たちとは別の場所にいるかもしれない。多分、彼女の抱えているものを受け入れてもらう勇気がない、もしくは必要がないと思っているのでしょう、だから、私たちも受け入れる準備をしておかないとね」
「……そうですね」
毛糸さんがどんな存在だったとしても、多分私たちとの関係は変わらない。多分本人もそのことをわかって話していないというところもあるのだろう。
でも、抑えきれない何かを抱いてしまったのなら、私たちにもそれを分けて欲しい。散々背負ってもらっているんだから。
何か外で大きな物音が聞こえて来る。
「………なんですか、この音」
「さぁ……予想はつくけど」
アリスさんと一緒に外に出て様子を伺っていると、非常に焦った様子の毛糸さんが帰ってきた。
「文!アリスさんヘルプ!助けて!」
「どうしたんですか急に、何があったんです」
「へっへへへびの群れが!私無理!蛇無理!」
「蛇くらいどうにかしなさいよ、動物に怯えるほど弱くないでしょうあなた」
「ちゃうねんて!この森の動物どいつもこいつも頭がええねんて!マジで頼むってお願い!」
うわぁ………みっともない姿……
「よかったじゃない、頼られてるわよ」
「いや………違くないですか」