「あー、どーしよこれ」
るりは山に帰っていった。今後どうするかをにとりんと話し合いに行ったらしい、どうなったかわまだ分からないけど、私の家に戻ってきていないってことを考えると今は山で過ごしているのだろう。
うむ……寂しいと言えば寂しい。いたらいたらでやかましいものの…これが独り立ちする我が子を見送った後の親の気持ち……?
とにかくだ、結構な期間、まあ時間感覚がおかしいのでどのくらいかはわからんけど、ずっと一緒にいたので、朝ごはんとかついつい二人分用意してしまう。
「やべぇ……確かに私は引きずりがちだけども、こんなことでもズルズル行くんか…?」
とはいえ慣れるしかないしなぁ……
そのまま勢いで作り終えてしまった二人分の朝食を見つめて放心していると、誰かが私の家を訪ねてきたみたいだ。
ドアをノックしている………
誰だろうか……チルノなら問答無用で入り込んでくるし、文ならまず大声で私の名前を呼ぶし……知り合いではあるだろう。私くらいだからね、まずノックしやがれって口うるさく言ってるのは。
となると……誰だ?
とにかく扉を開けて誰か確認してみよう。
「はーい、どちら様で………もなかったですねさようなら〜」
「待って、なんで見なかった振りするんですか」
「い、いや予想外の客すぎて……」
扉を開けると無表情の椛が玄関に立っていた。驚いてしまって扉を閉めようとしたけど無理矢理こじ開けられた。
「………」
「………」
「………なんで?」
「文さんに無理矢理仕事を休まされたので」
「なんでここ来るん……」
「修練場が今日空いてなかったので……」
「一人でやればいーじゃん」
「誰かを相手にして圧倒しないとやる気出ないんです」
「うわぁ………」
それ修練になってなくね……?相手からしたら修練になってるのかもしれないけどさ。
「……朝食、まだなんですか?」
「あぁうん、一人分多く使っちゃってどうするか考えてて………オイオイオイオイなに勝手に入ってるんだよお前」
「私も朝食済ませてなかったので、ちょうどいいかなと」
「いや図々しくない?いや私もちょうどよかったけれども……」
………椛かぁ…
「ごちそうさまでした」
「お、おう、お粗末さまでした……」
「……なんですかその何か言いたげな顔は」
「あ、何もないけど」
ごちそうさまとか言うような人だと思ってなかったから、ついつい柄にもないお粗末さまとか言ったしまった……
「意外と美味しかったです、毛玉の食生活ってこんな感じなんですね」
「毛玉というか、普通だと思うけど…まあそうだね、河童の道具とか結構揃ってるから、いいもの作れてるとは思うよ」
それもこれもるりのお陰……元気でやってるといいんだけども。
るりの様子を椛に聞こうかと思ったけど、二人って接点なかったな。
「……でさ、なんでうちに来たのよ。ちゃんと説明してくれる?」
「そうですね……まず文さんに偶には息抜きをしろと無理やり仕事を休みにされ、修練場は閉まっていて、他の知り合いはみんな仕事で絡む相手もいなくて。そういえば毛糸さんと二人で会うことってあんまりないな、と思いまして」
むぅ……一人でできること探せばいいのに…
でも確かにそうか、椛と二人で会うことってなかなかないな。大体柊木さんか文と一緒にくっついてるイメージだからなあ。
「なるほどね、特にできることないけど歓迎するよ」
「本音は?」
「怖いからさっさと帰ってくれねえかなあ」
椛からくるであろう攻撃に身構える。
「別に何もしませんよ」
「………」
「なんですかその顔」
「それはそれで怖い……」
「自分から殴られようとしてます?」
私はマゾじゃないぞ。
いやぁ…どうしても椛と言ったらやたらと攻撃的なイメージがあって……特に柊木さんに。
「ごめんごめん……どう接したらいいかわからなくてさぁ…」
「普通にしてくれればいいですよ」
「普通ってなに」
「文さんや柊木さんにしているみたいな」
「お、おう」
椛…基本的に無表情というか、表情豊かではあるんだけど…特に酒呑んだ時。感情を表に出す方ではないと私は思っている。
私や文がボケても眉をひそめて冷静に突っ込んだかと思えば、こいつはこいつで無表情でえげつないこと言ったりするし。
「やることないなら手合わせでもしませんか」
「無理やだ断る」
「何で」
「椛とやったら私の関節が変な方向に曲がりそうだし……あと休みなんだからそういうの無しにしたら?たまにはそういうことしない日があってもいいんじゃない?」
「むぅ……わかりました」
休みになって一番先に出てくることが修練場ってことは、基本ずっとそういうことして過ごしているんだろう。
もちろん人それぞれだけど、私はあんまり好きじゃない。というかトレーニングとか向いてない。
「でもこのまま日が暮れるまで毛糸さんと雑談するわけにもいかないですし」
日が暮れるまで居座るつもりだったのか…?
「毛糸さんが何かやること決めてくださいよ」
「えー…無茶振りするなよ」
「どうせ暇でしょう」
「ん゛ん゛っ」
そうだよ暇だよ……なんでどいつもこいつも私のこと暇人扱いしてくるんだよ、事実だけど。私にだってやることあるとか思わないのか、事実だけど。
「はいはいわかりましたよ何か考えてやるよ……」
とはいえ妖精たちの遊びに混ざるととんでもないことになりそうだし……やることやること……
「狩りとか………どう?」
「いいですよそれで」
「あ、いいんだ……」
苦し紛れの提案に軽い返答が返ってきた。
うん……狩りをすることになった…らしい。
「で、道具はこの中から好きなの選んでいいよ」
「何があるんですか?」
「ん?短刀、弓、槍、斧、銃、その他もろもろ」
「すみません最後のおかしくないですか」
「るりが使ってたからなあ………」
るりは弓とか銃とか、飛び道具の扱いがなんかめっちゃうまい。どのくらい上手いかっていうと百発九十九中くらいうまい、なんかうまい。
「一応長めの剣もあるけど……」
「弓にしときます」
「あ、そーなの?」
「偶にはこういうのもいいですよね」
「使えんの?」
「舐めてるんですか?」
「いやそういうわけじゃ……」
ただ椛っていつも剣を握ってるイメージだから、使ったことあるのかなぁって。
「こう言うのもなんですが、狩りなんて罠張って待っておけばいい話ですし、やる必要あるんですか?」
「ばっかやろう、ただ肉を得るだけが狩りだと思ってるのか。狩りはいいぞ、じっくり自然と触れ合えるし、動物たちの暮らしもわかる」
「興味ないです」
「あと罠にかからない妖怪とかの駆除もある」
「興味出てきました」
oh…やっぱりそっちの方が興味ある?
妖怪の駆除をやり始めたのは最近だ、以前の大蛇みたいなやつが現れると単純に困る。あと怖い。
もちろん獣みたいな妖怪じゃなくて普通の人型の妖怪と出会ったりすることもあるけど、基本はノータッチだ。向こうが襲いかかっていたら反撃する、命までは取らない。
相手がしつこく攻撃してきたらちょっと強めに痛めつける場合もあるけど……
「まあ過度に仕留めないようにしないと生態系に影響与えちゃうから程々にね」
「手始めにあそこで寝てる妖怪猪の脳天を射抜きますか」
「待って待ってあいつ違うから、落ち着け」
「………よし」
「おぉ、本当にいけるんだ……」
「このくらいは当然ですよ、そういう訓練もしてましたしね」
木の上に止まっていた鳥を簡単に射抜く椛、迷うこともなく慣れた手つきで弦を弾いていた。
「よっこらせ」
「あぁー…そうするんですか」
「え?何が?」
「獲物を持って帰るには随分身軽だなと思ってたんですけど、浮かせて持って帰るんですね」
「楽だからね」
手に紐を巻いて、鳥にくくりつけて浮かす。枝に引っかかったりも偶にするけれど、紐の長さを上手いことすればあんまり邪魔にもならない。
宙に浮く動物の死体……そういう怪奇現象か何かだろうか。
「それにしてもこの弓、ちゃんと作られてますね。毛糸さんが持っているからもっと粗末なものかと」
「うん何気に貶してない?まあるりが作ったやつだしね」
「るり…あの引きこもりがですか……」
一応面識はあるだろうけど、やっぱりるりのことはあまり知らないだろう。というかあいつのことをろくに知ってるのなんて私とにとりんくらいだよ、もっと友達増やせあいつ。
「さーてこのまま進んでいこ…何してんの?」
「…妖怪がいますね、獣じゃない方の」
「マジ?」
やっぱり気配とか日常的に察知しているのだろうか。私はそういうの得意ではないから、出来る人は素直に尊敬する。
「それにこの気配……まさか……」
「なに?知り合い?」
「あなたも知ってる人ですよ」
椛の言葉に首を傾げていると、茂みを歩いたから音がしてきた。
この感じは……あー…
「ルーミアかぁ」
「肉……肉……」
「なんか飢えてるし姿も少し違うんですけど大丈夫ですよね?急に豹変して襲いかかってきませんよね?」
「いやああんまり保証は」
「肉ぅ!」
「できないなあ!?」
なんで腹すかしてんだこいつ!
私に向かって飛びかかってきたルーミア、すぐさま椛が矢を放ったけど普通に身を捻ってよけられている。
「肉よこせ!」
「腹減ったら語彙力低下するんかお前は!」
さっき紐で括ったばかりの鳥を大口を開けて突っ込んでくるルーミアに投げつける。
「あむ」
「うわ一口…」
まるごと頬張ったルーミアに対して引く椛。これとルーミアさんが同一人物って……マジ?
バキボキグチャグチャとグロテスクな音を立てて、程なくして完食した。普通に耳を塞いだ。
「肉…」
「しょうがないな…じゃあ私のこの左腕を」
「いらない」
「なんでや」
アンパ○マンと同じノリでやったけどまずいって言われた。別にいいけどさ……ちょっとだけ傷つくんだけど……
「……今こんな風なんですね」
「そだね。まあ最近はこれで安定してるよ、うん」
「何の話ー?」
「何でもない」
まあ確かにあのルーミアさんを見てた椛からすると衝撃だろうけども、私も結構驚いてたけども。
「他に肉ないの?」
「あいにく私のこの左腕しか」
「だからいらないって」
「しょうがないな〜、そんな君には私の右腕を」
「………」
「おいおい、そんな冷たい目で見るなよ、傷つくぜ」
このルーミアが私のことを不味いって言ってたのにあのルーミアさんは私のことを食べたがっていたの。
多分こっちのルーミアは肉の質的な意味で、ルーミアさんの方は妖力とか見て言ってたんだろうなあと今頃気づいた。
「大丈夫ですよね毛糸さん、突然頭身高くなって喋り方も変わって蹂躙してきたりしませんよね」
「それは大丈夫、ってかそんなに怖かった?あの人のこと」
「命の危険を感じるほどには」
そんなに……確かに恐ろしいほど強かったけれど。
「あれと比べたら毛糸さんなんて可愛いものですよ、心臓刺したら終わりですもん」
「やめろそのシュミレーション、私の殺し方を考えるんじゃない」
「あなただっていつ私たちの敵に回るかわかりませんからね、想定しておいて損はないですよ」
嫌だー考えたくねー。私の死ぬところってのもそうだけど、椛たちと敵になるとかいやだー、絶対気まずいじゃん。
「私もそうならないことを祈ってますよ」
「……そういう感じのフラグあるよね」
まあ現実においてフラグなんて何の意味もなさないけど、このまま平和な日常が続いてくれることを願う。
あ、これフラグやん。
「まぁ残念なことに、何百年も生きていれば必ず戦いってのには巻き込まれます」
「私はものの数十年でとんでもない数の戦いに巻き込まれたことあるんだけど」
「そういう流れだったんですよ、きっと」
「いやだーそんな流れ嫌だわー」
「身近な相手でも、そのうちどうなるかわからないって話です。妖怪の山ではそれなりの頻度で反乱とか裏切りとか起きてますからね。私もどうなるかわかりませんし、もちろん彼女も」
まだ腹を空かせている様子のルーミアを見てつぶやく椛。
そうだなぁ……確かに何十年先、私たちの関係がこのままなんて保証はどこにもないんだもんな。
「まあ考えたって仕方がないことです。さっさと狩りの続きを始めましょう。まだ鳥一匹しか仕留めてないです」
「食べられたしな」
「んー?」
「んー?じゃねえんだよお前」
これで人食い妖怪だってんだからまあ……改めてなんだこの世界。なんでこんな少女まで人食いなんていうバイオレンスなことしてるんだ。
「まだお腹空いてるしついていくことにする」
「ついてきたら肉にありつけると思ってんのか」
「うん」
「素直でよろしい」
「おー、でっかい鳥だなあ」
「まだ妖怪に成ってませんね、今ならまだ美味しく食べられそうです」
「でかい肉……もらった」
「おい待てそれは私の晩飯だぞ」
「いや焼いて文さんに見せつけます」
「嫌がらせじゃねえか」
「そうですけど」
獲物を前にしてそんなことを話していると、似たような鳥が大量に飛んできた。
「群れだったんかい」
「ひーふーみー……とりあえず量で困ることはなさそうですね」
「でかい肉……たくさん」
私と椛とルーミアによる、鳥たちへの一方的な蹂躙が始まった。