「…………ちっ」
「ひっ………」
「何よ、別に貴方に怒ってるわけじゃないのよ」
「い、いや、それはわかってますけど……幽香さんから出るその妖気が……」
「……はぁ、悪かったわね」
「あ、ありがとうございます」
…こ、怖い………
なんで……なんでちょっと顔を出してみたらめっちゃイライラしてるのこの人……私?私の存在が気に食わないの?あ、さっき私に怒ってるわけじゃないって言ってたわ。
まて、落ち着け私、今更ビクビク怯えるのもおかしな話、じゃないね!こんなにイラついてる幽香さん初めて見たからね!
今までも結構な数の私とは次元が違う人たちと対面してきたけど。やっぱり幽香さんは他とは違う。纏ってるオーラが半端じゃない。
ファーストコンタクトがこれだったら漏らしてる自信ある。
「そうね、せっかく来てくれたのにこれじゃ駄目よね」
「事情話してくれます?」
「大したことないのよ。ただ花畑が荒らされたってだけで」
「た……」
大したことある話来たああ!!!
大したことないことないじゃん!緊急事態じゃん!幽香さんが!
幽香さんは花が踏まれた程度じゃ全く気にしない。花がそれを甘んじて受け入れているから、自分も気にしないと言っていた。
だがそれと同時に、意図的に花、植物を意図的に荒らす奴には容赦ない。なんだっけ、確か文字通り消し炭にしたんだっけ?
とりあえず、花畑が荒らされると言うことは、一人の大妖怪を完璧に怒らせ、敵に回すと言う行為なのだ!
「相手はどんなやつかわからないと…」
「えぇ、見つけ次第殺すわ」
容赦ねえ……それにしてもバカな奴もいたもんだ。よりによって幽香さんを敵に回すなんて……幽香さんを相手取るとか、考えただけで全身の毛が逆立つんだけど、震えてくるんだけど、漏らしそうなんですけど!
私なら全力で命乞いするわ……
「事故か何かがあったのかとも思ったのよ。でもそんな様子ではなかったわね、明らかに火を放たれていた。そして焼け焦げた花を執拗に踏み潰して…何が目的なのかわからないけれど………」
「ゆ、幽香さん落ち着いて……」
この人、怒った時の周囲へのプレッシャーが半端じゃないんだけど……藍さんには悪いけど、こっちの方が凄い。というか藍さんの場合は完全なる私への敵対心だったし。
「………まだ持っていてくれたのね、それ」
「え?何が……あ、これ?」
突然幽香さんに言われて驚いたけど、すぐに何を言っているのか理解して懐から白い花を取り出す。以前、というかかなり昔に貰った奴だ。なんだっけこれ。
……あー思い出した、これ幽香さんの妖力が込められてるんだった。なにそれ実質爆弾か?
「結局これなんだったんです?」
「私から貴方の状態を感じ取れるように持たせておいたのよ」
「……つまり?」
「貴方ってすぐ死にそうだから、何かあったら助けに行けるようにしてたのよ。まあ何度か危なそうな場面はあったけどなんとかなってたわね。行く前になんとかなってたこともあったし」
………いや、引くな私。
これは幽香さんなりの気遣いなんだ、多少それが重かったとしても引いていい理由にはならないぞ私。
「あと妖力が切れそうになったらそれ使ったらなんとかなるかと思って」
「あ、あー、ありがとうございます。まあ死にかけたことあったけどギリギリなんとかなったし……」
よし、このことは考えないようにしよう。
……でもこれ身につけてないとバレそうだな……くっ。
「まあこの先何があるかわからないし、持っておいてくれると嬉しいわ」
「ア、ハイ」
うーん……実際幽香さんいたら私くらいの妖怪でも簡単に消し炭にしてくるだろうしな……というか、やろうと思えば人里を潰すくらいできそうだけど。
そういうことをできる人がしないあたり、この幻想郷ってバランス取れてるな。力がある奴ほど好き勝手したらダメなんだろう。
……私も結構好き勝手やってるけど、紫さんから何か言われたことないし多分行けるっしょ。
「ありがとう、貴方と話してると少し落ち着いてきたわ」
「は、はあ、それはよかった」
「簡単に殺すのは駄目ね、もっと苦しめてからじゃないと」
おーっと冷静というか冷酷になってきているぞー?
何がしたかったのか知らんが、幽香さんを相手に回した奴には同情する。自業自得だけど。
「貴方って、話してもわからない相手にはどうしてるのかしら」
「どうする…とは?」
「敵対している場合、話し合いをしても解決できずにやむを得ずに交戦、そういうことあるでしょう?」
「あー……」
割とある。
というのも私は、人間を襲っている妖怪を見たら助けるようにしているから、そこで話すだけでは解決しないことのほうが圧倒的に多い。
そういう場合は軽くぶっ叩いて言うこと聞かせたりするけど、
「ある程度戦って、それでもわかってくれなかった場合は……まあ、死ぬまでやるってこともありました」
本当に、腕を引きちぎっても戦おうとしてくる奴はなんなんだ、普通逃げるか命乞いするだろ。私どこかで恨み買ってる?あー何回も人間って助けてるからそりゃ買ってるわ。
「そう。……なんでこんな質問したかわかる?」
「……さあ」
「今度の相手は問答無用で殺すからよ」
「oh……」
しかもそれ理由としておかしいような……というか、こんな問答無用でブチギレてるから人も妖怪も寄り付かないのでは。
「あの、せめて話聞いてやるくらいは」
「ここの花畑、私のものってことはその辺の雑魚妖怪でも知ってるわ。それをわざわざ潰しに来たってことは私に用があるってことよ。つまり実力の差もわからない、救いようのない馬鹿ってことよ。あの世で閻魔に裁かせた方がこの世の為だわ」
あらーすんごい殺意〜。
合掌、さようなら顔も知らぬ大馬鹿者よ。君のことは君が死ぬまでは忘れない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「行く?どこに」
「決まってるでしょう」
「あっ………」
やっぱり私も付き合う奴か……帰りてー。
「うわぁ……確かにこれはひどい……」
ひまわり畑の一角が焼き払われていた。まだ少しだけど焼け焦げたような匂いも残っている。
これは明らかに悪意があるな……よく逃げられたなそいつ。
「これだけ派手にやられて気がつかなかったんですか?」
「留守にしてたのよ、帰ってきたらこれで……まあ、言葉を失ったわね」
「そりゃあねえ………」
どうしてたかが花にこんな酷いことができるのか……花に親でも殺されたのかね。
「……というか、なんだこの妖力……の残滓?」
「焼いた奴のものでしょうね。火でも扱えるのかしら、わざわざ妖力を使って焼いてくれたみたいね」
「完全に故意だなぁ」
めちゃくちゃブチギレてるよ幽香さん………本当に山の一つ消しとばしそうな勢いなんだけど……
「当てはあるんですか?」
「…この妖力を追っていけば自ずと見つかるでしょうね」
「はぁ…」
その微かな妖力の残滓を辿って歩いていく幽香さん、ビクビク怯えながらも私も続いていく。
「私にとってあの子たちは子供のようなものよ」
「花が?」
「種から育ててきて今に至るんだもの、そのくらいの愛着は湧くわ。要するに、自分の愛する我が子を無惨に殺されたようなものよ。そりゃ相手を殺したいくらい憎く思うわよ」
「はぁ……」
子供……家族ねえ。
今の私には、そういう人はいない。
仲良くしている人はたくさんいるけど、誰も友達、友人、その程度のものでしかない。家族の記憶もない。
だから家族ってのはあんまり共感できないけど……まあ、私の友達が惨い殺され方をしたなら、同じようになるだろう。
「向こうのほう、見える?」
「ん?……黒色の大地………」
幽香さんが指を刺した方向に見えたのは、どこまで行っても焦げた植物しかない黒色の大地。焦げ臭い匂いが私の鼻を突き刺す。
「うわすんごい匂い……」
「随分派手に焼いてたみたいね、わざわざ自分はここにいると示しているかのよう。探す手間が省けたわ」
幽香さんはそのまま迷いなく真っ直ぐと、焦げた大地を歩いていく。
それにしてもここまで大規模に焼き払うことができるってことは、相手も相当の力を持っているってことだ。
心配はしていないけど………いややっぱりちょっとだけ心配、ほんのちょっとだけ。
私がこうやって悶々としているのもお構いなしに幽香さんはぐいぐい進んでいく。
そして、犯人であろう男が現れた。
「遅かったなあ、風見幽——」
「うおっ!?」
「……外したか」
「危ないなあ、人の話は最後まで聞けって」
その男が喋っている途中で急に幽香さんが特大の妖力弾を発射した。思わず驚いたのは相手じゃなくて私だったけど。
「いいわ、聞いてあげる。死ぬまでに精一杯喋るといいわ」
「そりゃどうも」
「うわ肝据わってるなあいつ……」
「俺だって本当はわざわざ花畑を燃やしたくなかったさ。でも会いに行ったのに留守だったってんだからしょうがないだろう?」
「それで?わざわざ私に会いに来た用はなんだったのかしら」
向こうの煽りを気にも留めず、ただ無表情で言葉を連ねる幽香さん。
「簡単な話だ、あんたを殺したかった」
なんだあいつ馬鹿なのか?
「俺はここ数百年で生まれた妖怪だ、だがこれだけ力を持っている。そう、あんたら古い世代の妖怪がでかい顔してると邪魔で仕方がないんだよ。これからはあんたたちに変わって俺たちが大妖怪になるんだ」
「だそうよ、あなたと同い年くらいじゃない?」
「いや一緒にせんでくださいよあんなやつと……」
私がそう返した直後、男の体を木の幹のようなものが貫く。
「がっ…なんで」
「大体考えは読めたわ、ちょっとばかり炎を使うのが得意だからって、私と相性がいいと勘違いして喧嘩を売ってきたのね」
木の幹を焼いて抜けだした男、既に焦りと困惑の表情が浮かんでしまっている。
「それにわざわざこんな、地面を表面だけ焼いて……それで優位に立ったつもりだったのかしら。笑わせる」
「なんで力が使えるんだよ……」
「教えてやる義理はないわね」
そう言い放った幽香さんから大量の妖力弾が放たれる。一つ一つが軽くクレーターを作るほどの威力だ。
男も火炎の壁を作り出して防御するが、威力の格が違う。あっという間に炎をかき消され妖力弾の中に消えてしまった。
「なんつー威力……」
「あなただってやろうと思えばこのくらいできるわよ」
「すぐに妖力尽きますよこんなん……」
幽香さんと共に爆発のあとの煙の中に入り込むと、まだ生きている男を発見した。
「能力だけで大妖怪に名乗れるわけないでしょう、あほらしい」
「た、たすけ……」
「えぇ、殺すのも勿体無いわね」
幽香さんは一粒の種を取り出すと、男の口の中に放り投げた。
「幽香さん何して……」
「永遠に供養するといいわ」
幽香さんの口角が少し上がったのを見ると同時に、植物が大量に男の体を破って飛び出してきた。
「うえぇ………夢に出そう」
「……さて、掃除も終わったし始めましょうか」
「え?何を?」
「何って、ここを元に戻す作業よ」
「拒否権は?」
「あると思うの?」
「デスヨネー」
一方的な戦い……もはや戦いでもなんでもない幽香さんによるお仕置きが済んだあと、私と幽香さんは焦げた大地を元に戻す作業に追われた。
「こんな場所で植物って育つんですか?」
「植物を焼いたものが肥料がわりになるわ、しっかり土に混ぜておけばなんとかなるわよ」
「あ、なるほど……焼畑とかそんなのと同じか」
「種は私が用意するけれど、流石にこの環境では無理があるし、まだ妖力も残っているから私とあなたの妖力で保護しつつ植えていくわよ」
「は、はーい」
いつから私は農家に……
でも、こんなになってしまった自然をもとに戻そうとしてるあたり、本当に花、というか植物が好きなんだろう。
「幻滅したかしら」
「はい?」
「いや、さっきまで見たいな姿、あんまり見せたことないから」
「あー……いや別に、大体わかってたというか……」
「そう……それはそれで…まあいいわ」
幽香さんの気持ちだって私にはわかる。
私も妖力の使い方を練習して、花の気持ちくらいはわかるようになっている、はずだ。
価値観は人それぞれだし、たしかに我が子のように育てた花を燃やされれば今回のようなことになるだろう。
「まあ最初から最後まで驚き続けてたけど、幽香さんの知らない一面とか知れて、よかったです。幽香さんは殺す気満々だったけど」
「……貴方って本当に変ね」
「はい?いやよく言われるけど」
「手を止めない、早く終わらせたいならもっとしっかり働いて」
「いや私手伝ってる側のはずなんだけど」
「どうせ暇なんでしょう」
「oh…」
それはダメだよ……それ言われたら何にも言い返せねえよ……
まるで農家みたいで新鮮だけども……
というか、男を殺すとき幽香さん笑ってたよな……
「うぅ、寒気がするなあ」