毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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勇儀と毛玉

「彼女にはちゃんと見ていてって言ったのに……」

「勇儀さんがっ、勇儀さんがっ……はっ、この気配は……」

「おーいお燐ちゃーん、待てよー」

「き、来た!」

 

尋常じゃないほどお燐が怯えている………天狗と変わんねえなこれじゃあ。

 

「か、匿ってください!」

「この部屋に入り込んだ時点で逃げ場はないわ、諦めなさい」

「酷くないですか!?あっ毛糸っ!助け…」

「あっもう帰るから、お疲れ様ー」

「逃げんな!」

「逃げてねえし!撤退だし!戦略的な!ってちょっちょ、さとりん?なんで私の背中を押してくるのかな?」

「いつも暇を持て余してるんだったら勇儀さんの相手くらいしてきてください」

 

いやいやいやいやいやいやいや、相手くらいって、その相手が勇儀さんなんですけど?一瞬で叩き潰されそうなんですけど?

 

「ほら行った行った」

「あ、ちょまっ……」

「お、毛糸、どうした」

 

部屋から閉め出された………

 

「あー………とりあえず外出ましょ?」

「お?やんのか?」

「やんねーよ」

 

こんなやばい人と腕相撲する?みたいな感覚で戦ってたら手足何本あっても足りんわ……

 

 

 

 

 

 

 

「外じゃなくてこの中でいいだろ、安心しな、別に暴れたりしないからさ」

「そ、そう?」

 

地霊殿の外に出ようとしたけれど勇儀さんが暴れないと言ったので、近くにある広間まで移動した。

 

「よっこらせ、飲む?」

「飲まないっす」

「もしかして弱い?」

「めっちゃ弱いっす、飲み込んだ瞬間気を失う程度には弱いっす」

「それは損してるねえ」

「そうですかね?」

 

酒は飲めないし、文たちの宴会とかに混ざっても一人だけ水を飲んでるのは確かに疎外感あるけども……飲みたいとは思わないな。

むしろ散々酔っ払いの姿を見てるからむしろ飲む気が失せるというか……

 

「酒と言ったら鬼の三代欲求の一つだぞ」

「鬼の規格じゃん」

「酒、闘争、戦い、この三つだ」

「闘争と戦い同じでは?」

「いいんだよ別に」

「いいんだ……」

「酒はいいぞ、素面じゃ躊躇われることがすらすらとできちまうからな」

「はぁ……」

 

常日頃から酔ってる人に素面とか言われても……というか会話の合間合間に飲むのやめてくれないかな……どんだけ酒好きなんだよ。

 

「私は別に酒も戦いもいらないですよ、安全に寝て食えて生活できたらそれで」

「つまらないこと言うねぇ」

「全員が全員鬼みたいに血気盛んだと思わんでくださいよ、安全に暮らしたいって思ってる奴もいっぱいいますからね」

「それは知ってるが、お前くらい力持ってたら自ずと戦いを求めると思うが?」

「あんたら化け物と一緒にすんなし」

「謙遜するな、お前も十分化け物だよ」

「ちょっと再生力高いだけでしょーが」

「ちょっとどころじゃないし妖力も強いだろうが」

 

確かに妖力は幽香さんのだからそりゃ強いでしょうけども……使ってるやつが私だよ?それこそ目の前の人と本気でやり合ったらミンチにされる未来しか見えない。

 

「普通のやつならちょっと運動するくらいの気持ちで戦うぞ?」

「鬼だけでしょ」

「そんなことないと思うけどなぁ」

 

……確かに藍さんも最初に会った時はやたらと血気盛んだったし、幽香さんも嫌いではないって言ってたけど……紫さんはそういうイメージないけど。

 

「てわけで今から外に行って運動がてら」

「やんないからね」

「冗談だよ、冗談、さっき暴れないって言ったばかりだしな」

「酔った勢いでってやめてくださいよほんとに……」

 

私なんて戦ってもいくらでも再生するサンドバッグにしかならんだろうに……それにこの前だって回復を阻害されて危なくなったし。

 

「いやー、同族とやりあうのもいいんだが、あいつら骨はあるんだが実力がなー、10人纏めてかかってきてもなんとかできるくらいでな?」

「それはあんたがおかしいだけ………そういや、勇儀さんって鬼の四天王って呼ばれてるんですよね」

「そうだな、それがどうした?」

「他の三人って地底にいないんですか?」

「あー………そうだな、地底にいるのは私だけ……というか、居場所がわかってる奴はいないな。全員その辺ほっつき歩いてるんじゃないか?」

 

えらく曖昧だな……確かにこの人と同格の人がこの地底にあと三人もいたら、それはそれはもう大変なことになるだろうけども……

 

「そうだ、萃香って奴に会ったことはないか?」

「萃香?いやないですけど」

「そうか……」

 

少し寂しそうな表情をする勇儀さん。

話の流れから察するにその萃香って人も鬼の四天王なのかな…?

 

「多分地上で塵みたいになってると思うんだけどなぁ…」

「え?なに?チリ?は?」

「そう、細かく霧散したと思ったら山くらいでかくなったりするんだよあいつ、背丈はお前よりちっさいくらいなのにな」

「えぇ………」

 

なんというか……勇儀さんや地底の鬼が筋肉バカって感じするからかもしれないけど、その萃香って人は鬼というか巨人のイメージを受けるんだけど……なんだよその山くらいデカくなるって、どういう理屈だよ。あっ、この世界に理屈求めたらダメだったわ。

 

「昔はここにも時々顔を出したりしてたんだけどな、最近は見なくなって……この日の届かない場所に引きこもるのはあいつは嫌だったらしい。もしかしたら案外霧の姿でお前の方見張ってるかもよ?」

「いや……その人がどんな人か知らんけど怖いこと言うのやめて……」

「まあ、もしあったらその時はよろしく頼む」

「アッハイ」

「瓢箪を持ってる二本角のちっさい鬼だ、多分気配とかでなんとなくわかると思うが。まあお前なら戦いになっても大丈夫だろ」

「そ、そうですかねー?」

 

基本鬼とは酒が大好きで戦いを好む種族……私とは逆だね!うんその人を見かけたら全力で逃げようそうしよう!

あれ?でも霧みたいになれるんだったらそれもう逃げ道ないのでは?

………考えるのやーめた。

 

「………というか、勇儀さん達って何で地底に来たんですか?」

「んー?何だ急に」

「いや、妖怪の山って元々鬼が支配してたって聞いて、なんでわざわざこんなところに降りてきたのかなって疑問に」

「あぁ……色々だ、色々。もともとこの場所ができてすぐにこれだけの鬼が降りてきたわけじゃない。上にいた頃は天狗たちと仲良くしながら人間の子供を攫って、それを取り戻そうとする人間たちと力比べをしてたんだ」

 

はーい先生待ってくださーい。

なにさらっと人を攫ってるんですか?そしてなに人間相手にあんたら化け物が力比べしてるんですか?バカなんですか?バカですよね?

あと天狗と仲良く…って、天狗側からの印象めちゃくちゃ悪いですよ?鬼は仲良くしてるつもりだったのだろうか………

 

「そしたら段々人間どもが汚い手を使って、鬼たちを罠に嵌めたりしてな……私たちはそれに失望してここに降りてきた奴らってことだ」

 

はーい先生待ってくださーい。

そりゃ子供攫われた上に勝ち目のない相手から勝負挑まれたら、勝とうとするために卑劣な手段くらい使うと思いまーす、というか私も使うと思いまーす。

うーん……この辺の思考は流石の妖怪というか、鬼というか……

 

「ここにいるのは妖怪や同族からも追いだされた行き場のない奴らが集まってる。そいつらの面倒を見ながら騒ぐのも楽しいけどな」

「はぁそうですか……」

「……私も質問いいか?」

「はい?どぞ」

 

いや、気軽にどぞ、とか言ったけど変な質問されたら嫌だな……でも今から断るのもな……というか質問って何。

 

「お前はさとりのこと、どう思ってるんだ?」

「はい?どう、とは」

「好きか?」

「まあ好きっすよ、唐突にめちゃくちゃなこと言わないし、私と背丈そんなに変わらないのに大人びてるし……いや何の質問?」

 

ぜひこれからも友達でいてほしいなとは思ってるけども……

 

「悪かったな急に。さとりも今はあんな振る舞いだが、昔は相当苦労してたらしい。心を読む力を持っているからなんだろうが、地上からやってきたお前は別に心を読まれても気にしないだろ?なんでだろうなって」

 

あー……うーむ。

 

「むしろ読んでくれるおかげで、吐き出しにくい悩みとか聞いてもらったりして……むこうも私の嫌なところを突いてくるわけじゃないし、普通に話してても特に不快に思うこととかないからなぁ……」

 

最初に会った時って、私がまだ喋れない毛玉の時だったから、むしろ初めて会話をしてくれた相手って感じだし。実際何度か相談に乗ってもらってるし……

 

「そうか……お前がいいやつでよかったよ」

「なに、ずっともじゃもじゃの胡散臭いやつって思ってたんすか」

「そうだな」

「え?」

「最初にお前と会った時にやり合って、悪いやつじゃないなって思ってさとりに会わせたんだが、今も仲良くしてくれてるみたいでよかったよ」

「はぁ…」

 

………私が初見で危ないやつって思われてたら死んでたかもしれないってこと?ヒェッ………

 

「これからもさとりのこと、よろしく頼むな。あいつの悩みとかも聞いてやってくれ。信用してるからな」

「え?あ、うっす」

「よーし、話すこと話したしそろそろ戻るか。おーいパルスィー、そろそろ帰るぞー」

「やっと終わったのね」

「いたんだ………」

 

物陰からパルスィさんが出てきた。

もしかして全部聞いてた……?いや、別にいいんだけど。

 

「何よその顔、そんなに私のことが嫌いかしら」

「いやそういうわけじゃ………」

「そのくらいにしておきな、怖がってるだろ」

「いや怖がってるわけじゃ……」

 

パルスィさんと勇儀さんはそのまま建物を出て行った。

 

怖いというか、ずっと無表情でなんだか苦手というか……あれ、それって怖がってるんじゃね?

あの人、一旦スイッチ入ると妬ましいでラッシュかけてくるからなあ……そこも苦手だ。

 

……私もさとりんのところ戻るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何やってんの」

「お燐が私から離れてくれません」

「鬼が怖くて離れられません」

「勇儀さんなら今帰ったけど」

「ほんと!?よかったぁ、死ぬかと思った……」

 

死ぬかと思うって、どれだけ怯えてたんだよ。まあ私も結構ビクビク怯えるタイプだけどさ……

 

「何されたんだよ」

「勇儀さんと全速力の追いかけっこ」

「ごめんそれは命の危険感じるわ」

「でしょー?毛糸ならわかってくれると思ってたよ」

 

そらもうね、私だって死を覚悟するもん。

殴られれば即ミンチが確定するような相手から全速力で追いかけられたら、それはもう追いかけっこじゃなくてホラゲーなのよ。

 

「大丈夫だよお燐、悪い鬼なら私が追い払ったから!」

「ありがとう毛糸ー!」

「………貴方たちってそんなに仲良かったの?」

「今私たちは鬼への恐怖心によって繋がっている」

 

多分お燐と私二人ともいまテンションが変な感じになってると思う。

 

「確かに猫と毛玉って相性いいのかしら……」

「さとりん、その組み合わせ別に相性いいわけじゃないからね。猫の吐く毛玉と私の毛玉は別物だからね。あんな汚いものと一緒にしないでくれ」

「そもそもあたい毛玉吐かないし」

 

猫ってなんで毛玉吐くんだっけ……毛繕いで飲み込んだ毛を吐き出してるんだっけ?

 

「えっお燐毛繕いしないの?」

「この姿でいることが多いからしないだけだよ、あとするとしても毛は飲み込まないからね」

「あそっかぁ」

 

………橙も多分しないか。

まあ橙と会うところって猫がたくさんいるから毛玉も結構落ちてて、その掃除とかすることあるんだけども。

 

「勇儀さんも悪い人じゃないんですよ?私もよくしてもらってますし」

「いやそれはわかるよ?わかるんだけどさぁ………どうしてもこう、本能が逃げろって言ってくるんだよ」

「あーわかるー、あたいも体が勝手に全力で逃げちゃって……」

 

勇儀さんは敵に回したらどうなるか……考えたくもないね!

 

「………せっかくだし少しの間滞在したらどうです?いつも一日や二日で帰ってしまいますし。せっかくだしこいしにも会ってやってください」

「へ?あ、そう?」

「紫さんたちのこと考えるのも今更ですよ、何回ここに来てるんですか」

「あー……それもそだね」

 

紫さんからは一応好きにすればいいとは言われてるけど………それでも決まりを破って来てることには変わりないからなあ。今更だけど。

 

「じゃあお燐、部屋の用意をお願いね」

「わかりましたー、一番質素な部屋でいい?」

「は?」

「そんなに怒んないでよ、冗談だって……」

「あぁいやそんなつもりは」

 

いや高級な部屋を所望してるわけでもないけど、客に一番質素な部屋を案内するっておま……ねえ?

 

「じゃあ用意できたら呼びに来ますねー」

 

勇儀さんがいなくなったからだろうか、気分の良さそうに部屋を出て行った。

 

「………あーそうださとりん」

「なんです?」

「なんていうか……悩みとかあったら相談してね?」

「……急になんですか、怖いんですけど」

「そんなに!?いやまあなんていうか………」

「……なるほど勇儀さんですか」

「はい…」

 

そりゃあさ、むしろ私の方が悩みを相談してる側だもん。私が悩みを聞くなんて……ねえ?

 

「やっぱお節介だったよね…」

「…まあ、その時はよろしくお願いしますね」

「え?……あ、お、おう」

「期待してませんけど」

「酷くない?まあいいけどさ……」

 

 


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