「お邪魔しまーす」
「………それが寝巻きなんですか?」
「そうだけど」
「……まあいいですけど」
「これね、私が元いた時代で普及してた寝巻き。似たようなの無理矢理河童たちに作らせたんだー」
「結構こき使ってますね」
「そう?私がアイデア……発案して試験的に作ってみて、河童がそれ気に入ったら本腰入れる。そんな感じでやってるけど」
温泉から上がって戻ってきた後、私も着替えてさとりんの部屋にやってきた。まあ想像通りというか、余計なものがなくて整頓されている。
「その荷物はなんですか?」
「これ?さっき言ってた茶葉と、煎餅と、将棋。あ、全部口封じ用な」
「いや言いませんよ。それと将棋?」
「安心しな、ルールブックならここにある。まあ自分でも誰とやるか何も考えずに持ってきてたけど、さとりんがルール理解したらできるもんね」
………まあ私将棋弱いけど。
ルールだけ理解してる相手になら勝てるけど、勝ち方を知ってる相手とやると大体負ける。まあ私はこの手のゲームが苦手なんだろう、解せないけどしょうがない。
「やるのは構いませんけど、やり方を理解するのに時間かかりますよ」
「さとりんがそれ読んでる間に私が紅茶を淹れてくるって寸法さ。どうだ完璧だろう」
「今思いついたくせによく言いますね」
「……はい」
正直に言うと何も考えてない。
というか私自身なにか計画立ててやることってないし……無計画で何が悪い、いいじゃないかノリで生きたって。
「よくはないですね」
「わかってるわそんなこと」
「じゃあ無計画やめればいいのに」
「じゃあ紅茶淹れてくるから、それ読んどいてねー」
「あ、逃げた」
に、逃げてねえし……早く紅茶飲みたいだけだし………
「………心読んだ?」
「読んでません」
「本当に?」
「サードアイなら壁の方を向かせてますよ」
「なんで私普通に負けてんの?」
「さあ」
「今やり方知ったんだよね?」
「駒の動かし方は流石に読みながらですけど」
「私初めてやる相手との将棋で普通に負けたの?」
「そうなりますね」
「…………なんか涙出てきた」
紅茶淹れて戻ってきたら、もう理解したとか言ってくるし。それで余裕ぶっこいてたらそこから綺麗に負けたし……なんなん?
「弱いんでしょうね」
「知っとるわい。いやにしてもさとりんが強いんだよ」
「そうなんですかね、強さの基準が分かりませんけど」
ルール理解したてでこれなんだから、数こなしたら私なんて手も足も出なくなりそう……今回も既にボコされ気味だったけどさ。
「まあ、意外と美味しかったですよ、この紅茶。茶葉がいいんでしょうね」
「淹れた人もいいから」
「すみません、あなたが紅茶を嗜んでる様子をどうしても想像できなくて」
「ああそうかい!」
私だって私にそぐわないことくらいわかってるし……いいじゃん普通に好きなんだからさあ。
「この将棋も結構楽しかったですね、相手がこれで少し残念ですけど」
「さっきから結構口悪いね?」
「そんなことないと思いますよ」
「そんなことあると思うなー。まあ気に入ってくれたならこれ置いて帰るから、誰かにやり方教えて一緒にやればいいと思うよ」
「そうさせてもらいます。まあ鬼は候補から外れますけど」
うん……板を真っ二つにして投げつける様子が目に浮かぶわ。
「ん、そういや誘ってくれたのさとりんだけど、何か私に話でもあったの?」
「いえ特に。あなたが構って欲しそうだったので誘ってみただけです」
「………」
将棋持ってきててよかった……本当にやること何も無くなってたわ。
「まあせっかくなのでなにか適当に話題を見繕いましょうか。そうですね……他愛もない話になりますけど、最近どうですか」
「どう、って……まあ最近、というかここ数十年?数百年?よくわからないけど特に変わりはないよ」
「まあ妖怪なんてそんなものですからね」
「あ、でもつい最近、ずっと隠してきた弱みをある人に握られたな〜、お願いだから黙っててほしいな〜」
「へぇ〜、どんな弱みなんですか?私にも教えてくださいよ」
「…………頼むから、言うなよ?」
「言いませんよ、多分」
多分じゃ困るって………
「どうして苦手なのか、自分自身でもよくわかっていない……私が心の中の方まで見たら分かりそうですけど」
「いやそこに関しては見てほしくないし、見たくもないでしょ?」
「そうですね、他人のをそこまで見るのは私も嫌ですし。人の心の中って、本人も認知していないような真っ黒な感情があったりしますからね。慣れてるとはいえ、苦手なものは苦手です」
真っ暗な感情………私の中にはどんなものがあるのだろうか。
「普段悩みのなさそうな気楽な人ほど、中身は反対に黒かったりしますからね」
「私のことを悩みのなさそうな気楽な人って言ってる?」
「はい」
「あっはい」
………あー、どうしようか。
「実は結構気になってたんだけどいいかな」
「なんですか?」
「この刀なんだけど」
「………まだ持ってるんですねそれ」
「肌身離さず持ち歩いてますけど何か」
「いえ別に。で、それがどうしたんですか」
「この刀さあ、勝手にカタカタ動いたり、見る妖怪に恐怖を与えたら、挙げ句の果てに私の体を乗っ取ったりするんだけど、何か意思とか持ってないか見てくれない」
「うわぁ………」
「うん、私だって逆の立場ならそうなる」
普通ならそんなおかしい刀を常日頃から持ち歩いてるなんて、正気か疑うだろう。
でもこの刀はあの人の唯一の形見なわけで……
「あー、どうやら負の感情が大量に入ってるみたいだから、嫌なら別に全然本当に構わないんだけど………」
「というか、そもそも道具とかに宿った意思を読み取ることなんてしたことないですし……生き物専門ですよ私」
「それも重々承知で、どう?」
「………まあやるだけやってみますよ」
さとりんのその言葉を聞いた私は、刀を抜いて机の上にそっと置いた。
「ゆ、ゆっくりでいいからね?不快に感じたらすぐにやめてくれていいからね?」
「そんなに心配するくせにこんな頼み事するんですね」
「だって気になるものは気になるし……」
「まあそんなに心配しなくて大丈夫ですよ。………そういう感情には慣れてますし」
そういうとさとりんはサードアイを刀に向けて、ゆっくりと目を閉じた。
なんとなく、刀を見ているというのがわかった。
「………」
「………………大丈夫?」
「………」
「いける?問題ない?」
「………」
「大丈夫なんだよね?」
「集中してるから黙ってて」
「アッハイ」
「………」
数十秒くらいたっただろうか、私はずっとソワソワしてたがさとりんは何事もなかったかのように目を開けた。
「……ど、どうだった?」
「まず最初に感じられたのは憎しみ、怒り、恐怖。多分この刀で斬られた妖怪たちの思念が混じってるんじゃないですかね」
「大丈夫だった?」
「まあ、対象のない曖昧とした感情なので、私に向けられてるならともかくこの程度なら」
私、この刀をりんさんのものだと思ってきたけど、やっぱり知らない妖怪の思念とかいろいろ混ざってたのね。
「そして次に感じられたのが哀情、後悔、虚無感。それと同時に浮かんできた人物は毛糸さんです」
「あ、へー………」
「まあ、その例の彼女の感情なんでしょうね。なんというか、冷たい感じがしました」
「………」
哀情……後悔……虚無感……
うん、如何にもりんさんが抱いてそうな感情だ。
何百年経った今までも、不思議なことにりんさんのことはなかなか記憶から抜けていかない。ずっと私の頭の中に焼き付いてるみたいに残っている。
まあ……その感情たちへの心当たりはいくらでもあるけど……
「なぜか、これらってやたらと鮮明に読み取れたんですよね」
「ん?」
「自分という存在に対しての哀情、あなたに対しての後悔、何も残らなかった虚無感」
「……oh」
「それともう一つ………なんて言えばいいんでしょうね、これ」
まあ………死んだ後も刀に残ってるってことはそれだけ強い感情だったのかな。
「これもあなたに向けてですけど………感謝?」
「……りんさんが私に?」
「頭に入ってきたのは『ありがとう』これだけです」
「………」
「大丈夫ですか、思考止まってますよ」
「………あっ、そゆことか」
いやぁ……なんというかまあ。
お互いにちゃんと腹を割って本音を話す前に別れになっちゃって、仕方ないのはわかってたけど、今までずっとモヤモヤしてたけどさ。
「今頃になって一方的にそんなこと言われても……ねえ」
「…いい人じゃないですか、死んだ後もあなたの事を気にかけてるんですから。多分この刀もその人が………」
「まあ死んでるからなあ、あの人に私の本音伝えられるのは私が死んだときかな?いや、もう生まれ変わってるのかね」
「まあ、この刀はあなたの役に立とうとしてる、それだけは確かだと思いますよ」
「握ったら勝手に体動いて関節とかぐちゃぐちゃにしながら戦い始めるのか?わたしゃてっきり私に怨念でも向けられてるのかと思ってたよ」
「…まあ、やり方はそれぞれですから」
体を破壊しながらとんでもない動きで相手を殺しにかかるのがりんさんなりの役に立つってことなのか。
まあ体を壊すのはともかく、とんでもない動きで相手を殺しにかかるのは生きてた頃から割とやってたけど。
「まあ……これからも大事にするよ」
「というかこれもう妖刀か何かですよね、形見とかそういう話じゃなくなってきますよ」
「今まで持ってて何事もなかったから妖刀だろうがなんだろうが関係ないの、いざと言うときはこれに頼るし」
実際、私の再生力とこの刀の普通じゃ不可能な動きを同時に相手にしなきゃいけない相手からしたら面倒臭い事この上ないだろう。
『ありがとう』かぁ……お礼を言いたいのはこっちなんだけどな。
結局この刀は刀でしかすぎなくて、りんさんは確かに死んでるってわけだ。
まあ……スッキリしたね。
「……こいしのこと、どう思いますか」
「ん?サイコパスだなって思う。……へいへい!その刀私のだから、勝手に抜こうとしないで、あやまるから、ごめんって」
「人の妹を即答で侮辱しないでもらえますか」
「いや事実だし。アウチッ!」
足踏まれた………
「……まあどう思って言われても、最初にあった頃と何も変わってないから、何も言えないよ、可愛らしいけどね。どこぞの姉と違って愛想いいし」
「あなたも愛想よくはないでしょうに」
「まあそうだけどね?」
「どう思うというのは、あなたはこいしのことをどういう風に見てるのかってことですよ」
「それ、わざわざ私の口から言わす必要ある?」
「わざわざ心を読ませる必要ありますか」
「ぐぬぬ……」
こいし……こいし……
「私にはさとりんやこいしの種族のことは何一つわからんから、心を閉ざすってのがどういう意味なのか、どういう状態なのかはよく知らない。けどまあぁー……元気で…素直で人懐っこくて…まあ、いい子だよね」
「結構褒めますね」
「言いたい文句ならいくらでも出てくるけど、聞く?」
「いえ結構です」
まあねぇ……心を閉ざすってなんなんだろうね、サードアイも閉じてるけどどう関係してるのか私はわからんし。
「私もあの子の状態がどういう風なのかは完全には理解してませんが……あの子にも無意識を操ることは出来てないみたいです。存在を認知されたり、されなかったり」
「あー?なるほど?そういうこと?」
「全く理解してないならそう言ってください」
「かんっぜんに理解したわー」
「………」
「無言で足踏むのやめてもらっていい?」
「こういうのもなんですけど、あなたのことは信頼してます」
「あ?なに?照れるよ?」
「嘘つかないでください」
いやまあ……急に信頼されてるなんて言われてもね。
私なんて胡散臭いを凝縮して毛を生やしたような存在だし?私なんかを信頼したところで……ねえ?
「あなた、私やこいしだけじゃない、きっと地上の人たちにもそういう距離感なんでしょうね」
「はい?」
「………以前、あなたが寝ている間に心の中を読みました」
はーいプライバシーの侵害でーす、法廷で会おう。
「あなた、自分はいなくてもいい存在だと思ってますよね」
「………」
「言ってしまえば、あなたと言う存在はこの世界にとって不純物、本来存在してはいけないもの。まあそうでしょうね、その記憶に体、そう思うのも無理はないです」
………あー。
「まあそうだね、いつもこの世界から私は浮いてるなって感じてるし、実際浮いてると思う。いなくていい存在、その通りだよ」
「………」
「…え?なに?それだけ?」
「いえ……似たもの同士だったんでしょうね、きっと」
「……誰と」
「この刀の持ち主とですよ。彼女のことは知りませんが……あなたは彼女に対してだけは、他と少し違った感情を抱いている。他にはない……同族意識ってやつですかね」
「りんさんかぁ………」
………待って、スッキリしたと思ったらまたモヤモヤしそうな話が……
「あなたを信頼しているのは、こいしや私みたいな者を好いてくれているからです。だからまあ……もしこいしに何かあったらよろしく頼みます。あの子すぐどこかへ行ってしまうから……」
「あー……うん、そのときは全力でなんとかするよ」
「今日はもう寝ましょうか。あなたが自分を肯定できるのを祈ってます」
……私、自己肯定感ないのかな……?