かめはめ波を撃とうとしたら、新世界を作ってしまった   作:おこめ大統領

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15、カタツムリなど

「そう言えば、昨日辞書をパラパラめくってたらさ、急に中華そばになっちゃって。でも、俺はカタツムリだから、フルスイングもできないわけじゃん。だから、しょうがないから掘り当てたわ」

「何言ってんの?」

 

 私はいつもバンドの練習に使ってる教室で、愛上とバンドや音楽の話で盛り上がっていたはずだった。そんな最中、こいつは思い出したかのように変な話を振ってきた。

 あーあ、こいつの苗字、どっかで聞き覚えあるから、生前の音楽活動についてもっといろいろ聞きたかったんだけどな。

 

 とにかく、今から愛上劇場が始まることは目に見えている。

 岩沢で鍛えられた、私の『意味不明なことに対する対応力』をもってすればこいつも捌けるとおもったけど、いざその時になると自信がなくなってくるな。

 

 早く岩沢来ないかな。こいつと二人きりは結構疲れるんだよ。

 

 って思ったけど、岩沢が来たらそれはそれで疲れるから、むしろ一緒にいないほうがありがたいな。

 ちなみにこいつを呼んだのは岩沢だ。前回のセッションが楽しかったようで、今日またやるために事前に声をかけたのだ。こいつは結構うまいし、演奏中はふざけないし、私としてもあれは楽しかった。むしろこいつとは楽器を通じた会話だけをしていたい。口でももげないかな。

 

 少し意識を彼方へ飛ばしていると、愛上のほうが話をつづけた。

 

「すまん、昨日起こった出来事を伝えたいって思いが強すぎて、混ぜて話しちゃったわ」

「ほう、お前でもそうやって気が急いちゃうことがあるんだな。まぁ落ち着いて話してみろよ。お前がそこまで言うんだったら私としても結構楽しみだわ」

 

 他の人が言う「昨日面白いことがあった」はそこまで信用はしていないけど、こいつがいうんだったら話は別だ。程度や評価は別として、こいつは常に何かしらのユーモアを探求しようとしているしな。程度や評価は別としてな。ほんとに。

 

「昨日さ、俺が辞書をパラパラとめくってた時の話なんだけど」

「勉強でもしてたのか?」

「いや、デバックしてた。何回も辞書をめくってたらバグでも起きて急に文字化けとかしないかなって」

「するわけねーだろ。アナログだろ? お前が作ったやつでもねーんだろうし」

「うん、そん時読んでたのは図書館から借りた『麻婆豆腐辞典』。自分のは会長に貸しちゃってるからさ」

「つまらなさそうな言葉の詰め合わせだな。麻婆豆腐辞典って」

「生徒会長はドハマりしてるぞ!」

「この学校の未来が不安だ」

 

 今の数言のやりとりでこいつの話の信憑性がぐーんと下がった。この話は話半分どころか10分の1くらいで聞いたほうがよさそうだな。

 

「まぁいいや。それで? その辞書を読んでたらどうなったんだ?」

「それがさ、急に辞書がバグって中華そばになっちゃってさ」

「ほんとにバグったのか⁉」

 

 ていうか、最初に言ってた文章の通りのことが起きてるじゃん。「混ぜて話した」と言ってたからてっきり辞書と中華そばは別の出来事かと思ってたよ!

 

「俺もびっくりしたんだよ! まさかそんなことが起こるなんて思ってもみなかったからさ~」

「いや、まあ、そりゃそうだろうけどさ……」

「だから、とりあえず麺が伸びないうちに食べようと思ったら、急に目の前に神が現れて『お、うまそうな中華そばじゃの。この食塩と交換じゃ』って言って、俺の中華そばを持って消えちゃったんだよ」

「ちょっとまて! 今とんでもない登場人物いたぞ! 神がいたのか?! なんでそんな重要な話が選考落ちしてんだよ! 普通一番に盛り込むべきできごとだろ!」

「神って言ってもあれよ。いつも川の中の段ボールに住んでるあの人だよ」

「そんなやつがいてたまるか! ってかお前もしかして川にいたのか?! 川辺で辞書を読んでたのか?!」

「うん。視覚情報が(から)いから、耳からは涼し気な音をいれたくて」

「おまえ、絶対風情とかわからないだろ」

「これでも老人破壊俳句準グランプリだぞ」

「そういやそんな朝会もあったな。あれやっぱりお前だったんだな」

 

 こいつ凄いな。まじでずっと意味わかんないわ。でも岩沢は意外と普通にこいつの話を聞けてるよな。私が斜に構えて聞きすぎなのかな?

 

 確かに、わざわざ怒りながら聞く必要はないよな。よし、もう少し寛容に、大人な態度で話を聞こう。決してツッコまんぞ。優しく、包み込むようにいこう。

 

「んでさ、せっかく塩を貰ったから体に浴びて自分を味付けしてみたんだよ。そしたらもう体がドロドロに溶けて縮んできちゃってさ。そこで思い出したのよ、そういえば俺、カタツムリだったわって」

「へ~、お前ってカタツムリだったんだ。言われてみれば共通点多いもんな」

「うん、いつも背中に背負ってるこの貝とか、わかりやすい特徴だよね」

 

 そう言って愛上はくるりと半回転して背中を見せてきた。

 そこにはハマグリの殻が開かれた状態でくっついていた。ちょっと羽みたいだなって思った。

 

 私は決してツッコまない。うん、きっと最初からこうだったよな。意外と人の背中って見ないもんな。もしかしたら岩沢の背中にもサザエの貝殻がくっついているかもしれないし、私の背中もウミウシだらけかもしれない。

 

 私は半ば催眠状態になりながらうなずいていた。

 

「それで? 溶けちゃったお前はどうしたんだ? 今ここにこうしているってことは助かったんだろうけど」

「そうそう。近くにたまたま山岳救助部が通りかかったからさ、俺の存在を伝えようと思ったんだけど、声が出ないわけよ」

「溶けてるからな」

「だからいつも持ってる二つの旗を使って、手旗信号をしようと思ったわけ」

 

 愛上の手には二つの旗が握られていた。

 手持ち用の棒が付いた旗だ。お子様ランチについてるやつの大きい版といったところか。

 

「はいはい、これね、これこれ。一つは日本国旗で、もう一個は…、なんだこれ?」

 

 もう一方の旗にはトリケラトプスの頭を弓矢のように構える人間のようなものが描かれていた。

 これは間違いなく国旗ではない。こんな国があったら、すぐに暴動が起きるわ。

 

「俺の弟の似顔絵だよ。実在はしないから適当に書いたけど」

「そうか、てっきりこの世で一番キモイ生物かと思ったわ」

「そう? 強そうじゃん? 角とか弓矢とか」

「単体ならな」

 

 こいつは安易に足しがちなんだな。傾向が見えてきたぜ。

 そして、こいつの傾向を完全につかんだ時、私はきっと人間じゃなくなるんだろう。岩沢、もっとお前と音楽やりたかったぜ。

 

「話を戻すけど、手旗信号をやろうにも溶けてるからうまく旗をフルスイングできなくて、結局山岳救助部はどっかにいっちゃったんだ」

「フルスイングしようとしたのが悪いんじゃねーか?」

「言われてみればそうかもな。他に原因があるとすれば、俺が手旗信号を一つも知らないことも可能性にはあげられるな」

「つまり、山岳救助部からしたら、川辺にドロドロの奇妙な生物が旗を思いっきり振ろうとしているように見えたわけだ。そりゃその場から去るだろ」

「くそー、モールス信号にしておけば!」

「お前、反省が下手すぎるだろ」

 

 おっと、危ない危ない。ツッコみかけてたわ。セーフ。

 だが甘いな。私はこんなことで声を荒げたりしない。そう決めたんだ。

 

 ここまで来たらやり切ってやるぜ。あとは『掘り当てた』のくだりか。

 普通掘り当てるって言ったら温泉か石油か。どっちもあり得ないけど、こいつのことだしないとは言い切れない。しっかり予測していこう。

 

「まぁいいや。それで、山岳救助部に逃げられたお前はどうやって助かったんだ?」

「あぁ、もう俺はほとんど溶けてその場から動けず声も出せない状態だった。しかし、俺には手旗があった。だからそれを使ったんだ」

「具体的にはどうしたんだ? 手旗信号は知らないんだろ?」

「ああ。旗で地面を掘ったんだ。もし温泉でも出てくれたらその水の勢いでどこか人のいる場所に吹き飛べるかと思って」

 

 やっぱりきた。温泉だったか。私の予想能力が冴えわたったぜ。

 もう話はほとんど終わりだ。今回は私の勝ちだな、愛上。

 

「それで、温泉が出て見事助かったんだな?」

「いや、温泉は出なかったんだ」

「え? じゃあどうしたんだ」

「代わりに俺は『俺』を掘り当てたんだ」

「は?」

 

 は?

 

 ………は?

 

「……どういうこと?」

「いやー自分でもびっくりだよ。地面を掘ったらそこから大量の俺が出てきてさ。俺の体にまとわりついて最終的に巨大な俺になったんだよ。そこでもう一回自分に塩を少しかけて元のサイズに縮んで助かったってわけ」

 

 テレビとかで取り上げてほしいわーこの救出劇、とか言いながら、大きく伸びをして満足げな様子だった。

 

 ふーむ、そうきたかー。はははは、ははは。

 

「ひさこ、おまたせー」

 

 私の脳と心がキャパシティを超えかけた時、教室の扉が開かれた。

 岩沢だ! 今の私にとってはお前は何より女神だ!

 助けてくれ! 私にはお前が必要なんだ! これからも、お前と一緒に戦わせてくれ!

 

 しかし、扉から入ってきたのは、全身びしょぬれで段ボールを持った小汚い爺さんだった。

 

 ぷちん、と何かが切れる音がした。そんな気がした。

 

「あああああああ! もうなんなんだよ、お前ら! 地面から自分が湧いてくるってなんだよ! 塩かけて溶けてんのも意味わかんねーし、山岳救助部なんて部活はこの学校に存在しないし、なにより、そこの爺さんは誰なんだよ! なんで私のことをしってるんだよ!!」

 

 びしっとびしょぬれ爺さんに指をさしつつも、肩で息を整える。さすがに一息で言ったのはしんどかった。

 言いたいことは富士山くらいあるが、とりあえずこの辺で勘弁してやろう。じゃないと、それだけで2000字くらいは普通に言ってしまいそうだ。

 

 爺さんは私に食塩の入った瓶を渡してきたが、無視した。

 代わりに愛上がそれを受け取った。

 

「いつも助かるよ、(じん)さん」

 

 神じゃなくて(じん)かよ! ややこしいわ!

 

「気にすんなって、がみちゃん。じゃあ、わしはまた食塩狩りに出かけてくるわ。それが終わるまでわしは成仏できんからな」

 

 そういって二人は握手と熱い抱擁を交わし、爺さんは段ボールに乗り、ふわふわと浮かんでどこかへ行った。あいつ、人間だったんだ。生前が気になりすぎるぜ。

 

 愛上は爺さんが消えていった方角に手を振り続け、しばらくしてこちらに振り返った。

 

「さぁ、問題です! どこまでがほんとでしょう?」

「全部嘘に決まってんだろうが!!」

 

 私の121ダメージのアッパーが、愛上のあごに炸裂した。

 

 




ほんとは、愛上君をバンドに入れるかどうか、みたいな話をしようと思ったんですが、こんなかんじになりました。

なんだこれ、と思いながら書いてます。
ひさ子さんがとてもかわいそうですが、彼女はずっとこんな感じです。

申し訳ない限りですね。


今後の予定ですが、一応30話までの投稿は終えたので、3月8日までの毎日更新は約束されています。
この調子だったら多分50話くらいでHeavens Doorが終わり、本編時空にいくと思います。ネタ切れすればもっと早くいくと思います。

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