かめはめ波を撃とうとしたら、新世界を作ってしまった 作:おこめ大統領
「よし、一旦このあたりで休憩にしよう」
曲終わりに私がそう提案すると、岩沢の方からいつもの反論があった。
「もうちょっとだけやろうぜ、ひさ子。いますっごい調子がいいんだ」
「そう言って、もう4時間もぶっ続けで弾いてるぞ。さすがにこれ以上は演奏に支障が出るって。もう出てるやつもいるけど」
私はそう言ってドラムの席に座ってる愛上に目を向ける。
「いや、はぁ、はぁ、俺のことはゴッホゴホ、気にしないでいいよ……」
「ほら、もう虫の息だぞ。そりゃそんなん被ってやってるからだよ」
「それを言うなら…はぁ、牛の息だぞ……んぐぇ」
「言わねぇよ。臭そうだな、牛の息」
愛上は紙袋をかぶって演奏していたのだ。目のところにだけ小さく穴が開いており、そこから周りを見ているらしい。
ちなみにこいつがこんな格好をしているのは決してふざけてるからではない。
簡単に経緯を説明すると、次のライブをするにあたり、やはりリズム隊は入れたいということで私たちが愛上にドラムのサポートに入ってもらったのが始まりだ。しかし、ガールズバンドに一人男が入るというのは何かと変な評判もたってしまうかもしれない。そこで私はこいつに正体を隠してドラムを叩くよう依頼したのだ。
「だぁぁあ! 苦しすぎる!」
そんな時、愛上が紙袋を脱いで地面に叩きつけ、自身もそのまま大の字で倒れ伏した。顔は赤みがっており、汗でびしょびしょだ。珍しく普通にダメージを受けている様子だったので、私は少しだけ心配になった。
「おい、大丈夫か? やっぱ顔を隠してのドラムはきついかな。普通に叩いてもらおうか」
「私はひさ子がいいならいいぞ」
岩沢は私に賛同しつつ、脇にあった椅子に座り、水を飲んだ。休憩に入ることについても了承してくれたみたいだ。さすがにあの姿の愛上を見たらやむを得ないよな。
「4時間もぶっ続けでドラム叩いたら、はぁ、はぁ、どんな格好でもこうなるって……。あと、空気穴を付けなかったのが最大のミスだ…」
「あ~、そりゃそうか」
バンドの中じゃドラムが一番体力使うからな。こいつは落ち着いた音楽をやってきた人間だから、ロック自体にまだ不慣れだろうし、バテるのも仕方ないか。
私は手元にあった未開封のスポドリを愛上に向けて投げると、愛上はそれをキャッチしてゆっくりと飲む。すると愛上の上に体力ゲージのようなものが出現し、赤色だった体力が黄色にまで回復した。
さて、休憩と言っても何をしようかな。
この世界はケータイもないので、暇つぶしできるアイテムが本くらいしかないのだ。岩沢は作曲にご執心だし、愛上とでも話すか。
ちなみに、その愛上は先ほどの体力ゲージに塩をかけて食べていた。
「……それ、うまいのか?」
「普通だな。ワニが実家の玄関の汚さに辟易してるみたいな味がするぞ。食ってみるか?」
「驚くほどそそらないけど、せっかくだしもらおうかな」
愛上は体力ゲージの口を付けていない側を少しちぎり、塩と軽く掛けて渡してきた。別に間接キスなんて気にしないから、そのままくれてもよかったのに。……なんかスポンジみたいな手触りでキモいな。
私はいましがたもらった謎の黄色い棒を数秒見つめてごくりと唾を飲み込む。今更怖気づいてきてしまったが、やがて一気に口の中に放り込んだ。
すると頭の中に何かのイメージがよぎった。
セミの鳴き声のうるさい季節、二足歩行のワニが数年ぶりに実家に帰ると、懐かしい匂いと共に、ある光景が目に入るのだ。靴箱からあふれた靴たちが玄関に散乱し、靴箱の上にはデカい王将の駒や木彫りのクマなど意味不明の置物たちがひしめいている。そんな光景だ。
「どう? お口にあったかな?」
「なんというか、ワニが実家の玄関の汚さに辟易してるみたいな味だったわ」
私は水を飲んで、口直しを図った。
水と一緒に、夢に出てきそうなイメージを飲み込むと次の話題を振った。
「そういや、結局愛上はどんな音楽聞くんだっけ?」
「結構いろいろ聞いてたぞ。ちっちゃい時に海外に住んでた影響で洋楽ばっかだったけど」
「帰国子女だったのか。英語とか話せんのか?」
「それなりにはな。英語圏じゃなかったから、変になまってるらしいけど。中学のAETの人に言われて初めて知ったわ」
「英語にも訛りってあるんだな」
「ネイティブが聞いたらわかるらしいな。日本語も関西弁とかあるし、まあ当然っちゃ当然かも」
「確かにそうだな」
じゃあもしかしたら、私達がかっこいいと思って聞いてた洋楽も、英語ネイティブからしたらくそ訛って聞こえたりしてたのかな。なんかちょっとショックだぜ。
「じゃあ、逆にお前がアメリカのヒットチャートの曲とか聞いたら、違和感あるように聞こえてたのか?」
「そうでもないかな。あんまり考えて聞いてなかったわ。そもそも好きだった曲もインストが多かったしな」
インスト、歌の無い曲だな。私も1人好きなインストミュージシャンがいたけど、それ以外はからっきしだ。やっぱり歌があったほうが歌手の思いだったりが伝わってきて心地がいい。インストを否定するわけじゃないが、そこは個人の嗜好の違いだな。
「あ、そうだ。インストで思い出したわ」
「どうした?」
愛上が突然そういうと自分の鞄の方へゆっくりを歩いていった。歩けるくらいには回復したみたいで安心したが、一体なにを思い出したというのか。
「なんか、君らのファンだって言う子に会ってさ。これを渡してほしいって」
そう言って一枚の手紙を取り出した。
「そりゃ嬉しいが、なんでインストで思い出したんだ?」
「これの差出人が『インドを捨てて吐血しろ』って名前だから。後ろにそう書いてる」
「ほんとにその手紙、一般生徒から貰ったんだよな?!」
こえーわ! どこの世界のファンがそんなラジオネームみたいな名を名乗るんだよ。ファンには常々感謝してるし、ファンレターは嬉しいが、さすがに少し不気味だ。
「なぁ、悪いけど、ちょっと中身読んでくれないか? 自分で読む勇気はないわ」
「そう? じゃあ、僭越ながら読ませていただくわ」
そういって愛上は手紙の中から一枚の便せんを取り出した。
ここまでは大丈夫、普通の手紙だ。ごほんと咳ばらいをすると、愛上がさっそく読み始めた。
「『皆さん、こんにちは。私は元気です。どれくらい元気かというのは別紙の表1-1を参考にしてください』」
「おっけー、ストップだ愛上。もう理解した」
これはふざけた手紙だ。こいつが書いたのか、いたずらかは知らないが、読んだところで得られるものは何もないだろう。
「そんなこと言わないで聞いてやろうぜ、ひさ子。せっかくのファンレターだ。ファンは大事にしないとだぞ」
「そりゃそうだけどよ……」
てか、岩沢聞いてたんだな。てっきり作曲に夢中モードかと思ってたぜ。岩沢が言うなら聞くのもやぶさかじゃねーけどさ。私も岩沢にはつい甘くなっちまうぜ。
「じゃあ続き読むね。『グラフが地の底をついているところがあると思いますが、それには深いわけがあります。ほんとです。ほんとにほんとです。99%ほんとです。嘘だと思うなら、あなたの家の敷金と礼金を入れ替えて見せます』」
「疑ってねーし、その行為に何の意味があるんだよ」
「敷金と礼金って、よく考えたら韻を踏んでるな」
「岩沢、それを言ったら大体の金は韻を踏んでるぞ」
こいつが愛上との話し合いに参加すると十中八九ボケに回ってしまうから、私も疲れるんだよな。
「『で、何があったかなのですが、実は昨日友達とピンポンをしてました。しかし、彼はそれを卓球だと言って譲りません』」
「ピンポンと卓球って違うのか?」
何となく同じものだと思っていたけど、明確な区別があるのだろうか。玉が違うとか、得点の数え方が違うとか。
「さぁ私に聞かれても。確かに、オリンピックとかでもピンポン日本代表って言わないよな」
「台無し感が半端ないな」
私も岩沢から答えが返ってくるとは思っていなかったが、案の定だった。
なんでこいつの知識はこんなに偏りがあるんだろうな。頭が悪いわけではないんだけどな。
「『仕方ないので、友達の要らない骨をもう3本折りました』」
「やっぱこえー手紙じゃねーか! 脈絡どこいったよ?!」
「骨を折るのはいけないな。部位によってはギターが弾けなくなってしまう」
「いや、もっと深刻な事態にもなるだろ」
今のところ、その友達にギターの要素は一個もなかったぞ。
それにしても、こいつヤバい奴だな。そんな大した議論じゃないのに、ためらいもなく骨を折ったぞ。口ぶりからするに、既に数本折ってるし。
あと、要らない骨なんて人間にあるのか? あったとしてもそれで罪は減じられないだろ。この友達も、そんなに骨を折られてるんだったら口答えしなきゃいいのに。
「『そして私は1人でいろんな家にピンポンしました。』」
「そっちのピンポンかよ! こいつ人んちにピンポンダッシュしたあげく友達の骨をおるやべーやつだぞ! てか友達もピンポンダッシュのことを卓球って呼称するな! どっちもやばいやつじゃねーか!」
「なかなか面白い小話だったな。この子、落語家になったほうがいいと思うぞ」
「こんなサイコな落語嫌だわ」
江戸時代にサイコ落語がはやった世界線だったら、かなり嫌だったな。
にしても、この子は一体何が伝えたかったんだろう。メッセージ性のかけらもないが。
「文章はここで終わってる。あとは秬曜日の天気予報があるけど、見ないほうが身のためだな。朝飯が食えなくなるぞ」
「なんでそんな限定的に食欲がなくなるんだよ。てかそんなキモい曜日ないわ」
元々朝は食ったり食わなかったりなので、正直問題はない。絶対にその天気予報はみないけど。
私たちにそれなりの恐怖を植え付けたことに満足でもしたのか、愛上は手紙をくしゃくしゃにして笑顔でゴミ箱に投げ捨てた。
「うそうそ、冗談だよ。こんなファンレターは届いてないよ。こっちがほんとのファンレターだよ」
そう言って愛上はもう一枚の手紙を取り出した。
薄いピンクの封筒に、笑顔マークのシールで封がしてあるかわいらしいものだ。
そうそう、こういうのだよ! これこそがファンレターだよ!
一回テンションと期待がどん底に突き落とされた反動から、私はその手紙を愛上からひったくって自ら開封した。
そして、そこに書いてあったのは、
『Q,心理テスト あなたは地蔵をどこに立てる?
1 裏側
2 現地
3 母親がさっき呼んでたよ
これであなたの結婚年齢がわかっちゃうかも?』
「なんなんだ私たちのファンはぁぁぁぁああ!!」
私は手紙をびりびりに破いて愛上の口の中に突っ込んだ。
愛上は白目をむいてぶっ倒れて、岩沢はその光景に目をまん丸く見開いている。
「ひ、ひさこ……? 一体どうしたんだ? 何が書いてあったんだ?」
「地蔵だ」
「は?」
「この手紙を書いた奴の上に、地蔵を立ててやるぞ」
「ちょ、何言ってるんだひさ子! 落ち着け!」
私の意識がバーサーカーから元に戻ったとき、私は岩沢に羽交い絞めにされていた。
そして、愛上から本物のファンレターを奪った後、愛上の上に地蔵をぶち置いてやった。
これで、少しは世界も平和になるだろう。
お知らせです。今週か来週のどこかで試験的に1日2回更新をします。