かめはめ波を撃とうとしたら、新世界を作ってしまった 作:おこめ大統領
「どうでしょう?」
ドラム演奏を披露した私は汗をぬぐい、観客の4人にそう尋ねた。憧れの人たちを前に緊張しながらも、いつも通り上手に演奏できたとは思うんだけど、やっぱりちょっとだけ不安だった。
もしこれで、「やっぱりお前なんていらないわ」とか言われたらどうしよう……っ!
「いいな」
「うん、最高だ」
「はちゃめちゃ上手いな」
「素晴らしいじゃない! NPCとは思えないわ!」
よかった!
いつもの私ならこう言う場面では、きゃっきゃと跳ねて喜びそうなものだけど、今はただ胸をなでおろすだけだった。それだけ緊張していたんだろう。あとNPCって何?
「てか、愛上よりドラムうまくねーか? バケモンかよ」
「俺も思った。高校生女子でこんだけ叩けるなんて、相当努力家だよな」
ひさ子さんが隣にいた話しかけられた男の人はうんうんと頷きながらそう言った。もしかして、彼が今までドラムを叩いていたあの着ぐるみの人だったのか。
てっきり女子かと思っていたけど、違ったんだ。でもあの人、学園祭でキーボードを弾いていたような……?
「まぁ今後ともよろしくな。私はひさ子」
「岩沢だ」
「愛上って言います。趣味はナイロンを」
「待て愛上。お前の自己紹介は一般人には刺激が強すぎる!」
ひさ子さんはそう言って愛上さんの口を勢いよく押さえつけていた。愛上さんはなすすべなく、もがき苦しんでいる。刺激的な自己紹介、というのは気になるが、それは一旦置いておいて、私は正式に合格したということは分かった。
「えっと、新木です。よろしくお願いします! それで、そちらの方は……?」
私は彼らと一緒に私の演奏を見ていた女子生徒に話を振った。バンドメンバーではないはずだが、彼女は一体何者なのだろう。
「死んだ世界戦線のリーダー、ゆりよ。みんなからはゆりっぺって呼ばれてるわ。よろしくね」
「死んだ……、え?」
「部活名みたいなものだから気にしないで。あなたは彼女たちの後ろでサポートとしてドラムと叩いてくれたらいいわ」
「あ、あの!」
若干唐突な感じになってしまったが、私は少し声を上げて、気になったことを聞いてみることにした。もちろん、岩沢さんやひさ子さんと一緒に演奏できるのは光栄なのだが、私がドラムになると必然ある問題が起きる。
「あの、愛上さんって元々ここのドラムだったんですよね? もう辞められちゃうんですか?」
そう、元々このバンドにはドラムがいたのだ。1つのバンドにドラムは2人もいらない。私が入るということは必然彼が抜けるということだ。
ギターの二人のことももちろん尊敬していたが、彼のドラムも私はとても好きだったので、残念な思いと私が代わりに入っていいのかという疑念を、私はずっと持っていた。
ゆりっぺさんはそんな私の疑問に、さも当然かのように軽々答えた。
「あぁ、そのことね。問題ないわ。こいつはベースやるから」
「え? べ、ベースですか?」
愛上さん、ベースもできるの? キーボも普通に弾いてたし、楽器出来すぎでは?
私がゆりっぺさんの指先の視線誘導に従うと、床に倒れ伏して口から白い何かがふわふわと飛ばしている愛上さんがいた。居たというよりは、去たといったほうが正鵠も射ているような気もする。
「えぇぇぇ! ちょっと、愛上さん! 大丈夫ですか?! なんか魂みたいなのが出てますけど! 皆さんもなんでそんな平気な顔してられるんですか⁉」
私は愛上さんに駆け寄って、肩をゆすった。これってどういう症状なんだろう……。私、病気とか全然詳しくないからどうしたらいいかわかんないよ……! ていうか、死んでないよね? もう死んでるようにしか見えないんだけど。
「問題ない。私がこいつの鼻と口を塞いでたらこうなっただけだ」
「そんなことしたら人は死んじゃいますよ?!」
私がそれでもあたふたてんぱってると、ひさ子さんがやれやれとでも言いたげに近づいてきて愛上さんの魂を力強く握りしめて、
「うぉらぁあ! いきなりうちのドラマーを困らせてんじゃねぇ‼」
「ぐほぉぉ!」
「ひぇ……」
そして、魂を勢いよく口にねじ込んだ。正直、ひさ子さんにも引いているんだけど。その異様な光景に驚いていると愛上さんがゆっくりと起き上がって、ゆりっぺさんのほうを見た。
「あ、やっぱり? てっきりガールズが3人そろったから俺はもうお役御免かと思ってたわ」
「何だよ。お前辞めたいのか?」
「そうじゃないよ。元々ガールズバンドで売り出そうとしてたのに、いつまでも男がいるのが申し訳なくて」
「ちょっと待ってください! なんで何事もなかったかのように進めるんですか?!」
今の数分は私の人生の中でもトップ5に入るくらい謎の現象だったのに! なんで窒息した人の口から魂が出て、口に入れ直したら復活してるんですか。しかもみんな平然としてるし。もしかして私にしか見えていなかった?
私が若干怯えながら話すとひさ子さんが困った表情を浮かべながら頭をかいた。
「あー、新木。こいつはこういうやつなんだ。気にしなくていい。ていうか、気にしたら負けだ。慣れろ」
「慣れろって……」
いきなりそんなこと言われても、こんな超常現象を前にしてそんなすぐに適応力は発揮できないよ。愛上さんも、なんかちょっと申し訳なさそうな顔をしてるけど、それってあなたが浮かべて言い顔じゃないと思うんだけど。
「ともかく、私としてはライブしてくれたら何でもいいから、そのへんは任せるわ。それじゃあ後はよろしくね~」
私の動揺など無視して、ゆりっぺさんは手をひらひらと振ってそのまま教室から去っていった。きっとこの人はこういう人なのだろう。ていうか、ほんとに何の人なんだろう?
扉がぴたりと閉まると、愛上さんが口を開いた。
「んで、結局俺はベースで問題なし?」
「あぁ。それでいいと思うぞ」
「私も問題なしだ」
「わ、私もいいと思います! でも、何か気になることでもあるんですか?」
今の彼の言い方だと、何か他に選択肢があるように聞こえた。もしかして、私がベースを弾くとか? ちなみに、私も少しだけならベースも演奏できる。でも、さすがにこのバンドにはドラムとして加入したい。
「いや、他パートとかどうすんのかなって?」
「他のパート? 例えば?」
岩沢さんはかわいらしく首を傾げた。クールな雰囲気からのギャップには、同性である私から見ても少しクラっと来た。私がそっちに目を奪われていると、愛上さんが続きを口に出した。
「例えば、キーボードとか、サックスとか」
「別に必要になってからでよくないか? 確かに、その辺が入ると音楽の幅は広がるけど、実際の選択肢は減るぞ」
「そうか。じゃああとは、モーリタニアとか」
「モーリタニア? なんだそれ? どんな楽器だ?」
ひさ子さんが眉をひそめて愛上さんに聞いた。私も聞いたことない楽器だ。キーボードやサックスの次に出てくるような楽器なのだろうか?
「楽器って言うよりは国だな。ほら、セネガルの隣にあるとこだよ」
「まずセネガルをワールドカップでしか聞いたことねーよ。モーリタニアはもっと知らねぇし。てか楽器関係ねーじゃん」
「知らないのか。じゃあカーレンジャーはどうだ?」
「今度こそ楽器なんだろうな?」
「もちろん。激走戦隊カーレンジャー。車をモチーフにしたギャグ系戦隊ヒーローだ。給料が安くて悩んでる」
「お前は戦隊ヒーローを楽器として見てたんだな。親がかわいそうだ」
「じゃあ太鼓持ちは?」
「太鼓だけよこせ」
「あ、あはは……」
私はこのやりとりに思わず苦笑いをしてしまった。
愛上さん、私の思っていた感じの人と全然違うんだけど!
学園祭のステージでキーボを弾いてるときはカッコよかったし、このバンドでドラムもやってたって知ってすっごい尊敬してたのに。
これが逆ギャップ萌えってやつかな? 萌えてないどころか燃え尽きたけど。
私がそんなことを考えている間も愛上さんとひさ子さんのやり取りは続いていた。
「サイドカーとか」
「却下。せめてバイクとセットにしろ」
「キッコロ」
「緑の毛むくじゃらか? モリゾーじゃないほうの。楽器の方のピッコロと音は近いが、なしだ」
「鳥葬とか」
「勝手に殺すなよ」
「網走のオヌイッメン」
「きしょいUMAを作りだすな」
「愚邪螺」
「知らん」
「魔愚櫓」
「怖いわ」
「私はロボットではありません」
「その通りだから、もういいか?」
ひさ子さんはすがすがしい捌きっぷりを披露し、あきれたように言い放った。
「ガガガ、認証ピガ、失敗ガガ……」
愛上さんの目は完全に白く染まっており、体からは放電し、全身が小刻みに震えている。つまり、分かりやすくショートしていた。胸のモニターは狂ってしまったのか、3つのルーレットのようなものがひたすらに回っている映像が映し出されていた。……、モニターなんて最初からついてたかなぁ?
「ん? 愛上の奴、なんかスイッチ持ってないか」
黙ってやり取りを見ていた岩沢さんが急に会話に入ってきた。確かに、言われてみたら持ってますね、スイッチ。なんか起爆スイッチみたいに見せますけど。
「えい」
「えぇぇ⁉ 押すんですか?!」
「ちょ、岩沢!」
岩沢さんは躊躇なくスイッチを押した。なんだこの人、肝が据わりすぎでしょ?! 流石のひさ子さんもその行為には驚いたらしく、岩沢さんを羽交い絞めしたが、時すでに遅し。胸のルーレットが一つ止まった後でした。
どうやらあのスイッチはルーレットを止めるスイッチのようだ。止まったルーレットの柄は魚のイラストで、下には『ツバス』と書いてる。ツバスってなんだっけ?
「ハマチやブリの子供だな。漬けが旨いぞ」
「そうなのか。なぁひさ子、もう2回押していいか?」
「やめとけよ。ほっとこうぜ」
「ごめん、もう押しちゃった」
「確認の意味!」
岩沢さんの神をも恐れぬ早業により、全てのルーレットが止められた。
ルーレットの3つの柄は左から「ツバス」「ツバス」「逆子」となっている。
「どんなルーレットだよ。流行るか、こんなん」
ひさ子さんの嘆きツッコミの声と共に、チンっとレンジの音のような軽い機械音が鳴り響いた。音の出所は当然愛上さんだ。そして、胸のモニター部分が開いて何かがぬるりと出てきた。
ブリだ。
それも活きのいい、大きなブリ。
愛上さんはぶりを出すことが少し苦しいのか、顔を顰めており、ブリを全部出し終わると、肩で息を整えた。なんかもう、どうにでもなれって感じだ。
「はぁはぁ、ルーレットの結果、ツバスの逆子、つまりはブリを生み出すことに成功した。彼をベースに迎え入れよう」
「すまん、愛上。私はお前を過小評価してた。お前はマジの奇人だわ」
「失礼な。世の中には言っていいことがあるんだからな」
「言っちゃ悪いこともあるだろ。ほかの選択肢をよこせ」
ひさ子さんは肩を落として、惰性で対応していた。逆子って反対って意味じゃなかったと思うんだけど、今更そこを指摘するのも違うよね。
「ワン!」
「うわ! ひさ子、ブリが鳴いたぞ! はは、犬みたいだ!」
「落ち着け岩沢、ブリは鳴かないぞ」
岩沢さんはブリの首元をさわさわと触っていた。ブリは気持ちよさそうに目を細めて尻尾をぴちぴちと床に叩きつけていた。
「ひ、ひさ子さん」
私は重く閉ざしていた口を開いて、ひさ子さんに声をかけた。
「ん? あぁすまない、新木。見苦しいところを見せたな。大丈夫だ、じきに慣れる」
「あの、バンド加入の件、ちょっと考えさせてください」
「ワン!」
「岩沢。そこのブリと愛上、窓から捨てろ」
私はきっとまだ寝てるんだ。
そうに違いない。
あはははは、あはははは