かめはめ波を撃とうとしたら、新世界を作ってしまった   作:おこめ大統領

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39、訪問など

「ふぅ」

 

 私は校長室の椅子に深々と腰かけ、大きく息を吐きだした。

 

 普段はこんなあからさまに疲れている感は出さないのだけど、今は珍しく校長室には誰もいない(珍しく遊佐さんもいない)のでつい油断していた。

 

 というのも、最近色々はことがあったから少し疲労がたまっていたのだ。

 

 もちろん肉体的な疲労はない。死んでも数時間後には回復するような世界で、翌日まで持ち越すような疲労をためる方が難しいだろう。

 

 決して私が頑張っていないからとかではない。ここは重要なポイントだ。リーダーも結構大変なのだ。

 

 それに今の私はあることに悩まされている。

 

 疑惑、といってもいいかもしれない。

 

 ともかく、まだ誰にも言えないが、私の中にある一つの仮説が私の精神をガリガリと削っていたのだ。

 

 自分でいれた紅茶を少し飲み、窓の向こうの空を眺めていると、扉の向こうから合言葉が聞こえてきた。戦線メンバーの誰かが来たのだろう。

 私が仕掛けを解除して扉を開けるとそこには日向君がいた。

 

「おー、ゆりっぺだけか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「いや別に。珍しいなぁって思って」

 

 日向君の言う通りだ。

 

 戦線メンバーは実戦部隊だけで既に10人を超えている。基本的にみんな暇なので誰かしらはこの校長室で時間をつぶしていることが多い。しかし、今日に限って私以外誰もいないのだ。以前ならともかく、最近の戦線からしたら珍しいだろう。

 

「そうだゆりっぺ。お前から借りた本を返そうと思って持ってきたんだけど」

「本? 何か貸したかしら?」

「これだよ、忘れたのか?」

 

 そう言って日向君は一冊の本を差し出してきた。その本は確かに見覚えがあった。そういえば日向君に貸した気がしないでもない。

 

「ああ、それね。図書館で借りたやつだから、日向君返しておいて」

「おいおい、図書館って校舎の真反対じゃねぇかよ。せっかくここまで来たのに」

「何よ。私が借りたやつを貸してあげたんだから、返すくらいやってくれてもいいじゃない。それ確か今日が返却期限のはずだから、よろしくお願いね」

「へいへい、行ってきますよー」

 

 日向君はぶーたれながら校長室を後にしたので、また私一人になった。今日が返却予定日という全く意味のない嘘をついたが、特に後悔はしていない。

 

 5分くらい経った頃だろうか。再び校長室の扉の前から合言葉が聞こえてきた。日向君にしては早すぎるので、違う奴だろう。解錠すると、そこには藤巻君がいた。

 

「おうゆりっぺ、ここに俺の木刀ねぇか?」

「知らないわよ。部屋じゃない?」

「マジかよ、くそっ。アレがないと寝れねぇってのに」

「木刀を抱き枕にでもしてるの?」

 

 木刀がないと寝られないなんて人間初めて見たわ。そういう病気じゃないのかしら。

 

「ちっ、仕方ねぇ。よそも探すか。また後で来るわ」

「他の人がここに来たら一応伝えておくわ。木刀見つけたら藤巻君に教えてあげてって」

「さんきゅー、ゆりっぺ」

 

 藤巻君が校長室を去ったところで紅茶に口をつけると中身がすでに空になっていることに気が付いた。もう一杯入れようと思い、給湯スペースに行くと、そこには見覚えのある木刀が置いてあった。

 

「……まぁ次来たら教えてあげましょう」

 

 わざわざ木刀のために藤巻君を追いかけるのも面倒なので、私はとりあえず放置した。彼が寝られなかったところで、私になんの支障もないしね。

 

 紅茶を入れ終わり、席に戻ったところでまた合言葉が聞こえてきた。私は少しうんざりしながら解錠すると、今度は大山君が笑顔で立っていた。しかも何か持っている。

 

「見てゆりっぺ! すっごい大きいクワガタ捕まえた!」

「子どもか‼」

 

 大山君が笑顔で見せてきたのは、体長30㎝はありそうな大きなクワガタだ。靴よりも大きいくらいなので、かっこいいとかの前に普通に気持ち悪いなと思ってしまった。

 

「失礼だよ、ゆりっぺ。男の子はみんなカブトムシとかクワガタムシとかに興奮するんだよ。ゆりっぺならこの気持ちわかるでしょ?」

「大山君、あなた遠回しに私のことを男みたいって言ってる?」

「クワガタです。一句読みます。ぬばたまの~」

「すごい、ゆりっぺ! このクワガタ喋ったよ!」

「気色悪いから捨ててこい!」

 

 私が青筋を立てながら怒鳴ると、大山君は返事もせずにそそくさと退散してしまった。戦線の実戦部隊なのに、こういう場面で真っ先に逃げてしまうのはいただけないわね。後で罰ゲームね。

 

 それにしても、今日は刹那的な客が多いわね。全然休まらないじゃない。

 

「大変な様子だな」

「うわ! ちょっと! びっくりさせないでよ、椎名さん!」

 

 身構えた途端に思いもしない方向から声がかかった。私の校長室の隅っこに椎名さんがいたのだ。一体いつの間に入ってきたのだろうか。

 

「はぁ、今度は椎名さんね。あなたは一体何を見せてくれるの?」

「……、これを見てくれ」

 

 そう言って椎名さんが取り出したのは何の変哲もない縄跳びだった。

 

 私は疑問符を頭に浮かべる。しかし、椎名さんと縄跳びね。あまり共通点がわかないのだけど、普通に跳んで見せてくれるのかしら?

 

「今から17重跳びをする。少し下がってくれ」

「じゅ、じゅうなな……?」

 

 私は困惑しつつも、椎名さんの言う通り少し距離をとった。"十七重跳び"の音の響きが怖すぎて後退りをしただけとも言える。

 

 でも、どうも私は椎名さんに弱いみたい。彼女のやりたいことは何でもやらせたくなっちゃうわ。

 

 椎名さんが準備体操がてらか、縄跳びなしでぴょんぴょん飛び跳ねる。しばらくして真剣な眼差しになり、縄跳びを構えだした。

 

「すう……、ふぅぅ」

 

 深い呼吸の後、椎名さんは今までよりも高く跳び高速で縄跳びを回し始めた。

 

 すごい!

 

 縄跳びの軌道が全く見えないわ!

 

 ていうか、見えな過ぎて何重跳びになっているかが全く分からないわ。かつてないほどに空気を切り裂く音だけが耳に届くから、もう普通に怖いわ。次元の穴でも開いちゃいそう。精神と時の部屋に閉じ込められても、椎名さんがいたらすぐに脱出できそうだわ。

 

 すでに20回くらいは跳んでいるが、跳ぶごとに高さが増し、今では垂直に1.5mくらい跳んでいる。見ものね。

 

 これって鍛えてどうにかなる域を超えているように思うのだけれど、まじでこの子の生前どんなんだったのかしら?

 

「いたっ」

「え?」

 

 椎名さんが跳びすぎて天井にゴンっと頭をぶつけた。……つまり彼女は2m以上は垂直に飛んだことになる。すごいわね。

 

 椎名さんはそのせいでバランスを崩してしまい、着地も失敗してしまった。バランスを立て直せないままよたよたと壁際までつまずいて行くと、そのまま窓を突き破って落ちていった。

 

 ガシャーン!

 

「椎名さぁぁぁぁん‼」

 

 私も焦って破壊された窓を開き、下を覗き込む。そこには血だらけだが平然と着地していた椎名さんが、なわとびを再開していた。心配して損したなんてことは普段あまり思わないけれど、今回ばかりはさすがにおもってしまった。

 

 てか、この高さから落下した直後に縄跳び再開させてるんじゃないわよ。やっぱり椎名さんもアホだったのね。

 

 私は今度こそ席に戻り、くつろぎながら紅茶を飲む。今のやり取りですっかり喉も乾いてしまったからか、若干醒めた紅茶は一気に私の喉元を通過した。

 

 さて、次は誰が来るのだろうか。

 

「たのもー!」

「死んでくれないかしら?」

 

 一番見たくないやつが来てしまった。

 椎名さんがぶち破った窓から愛上君が入ってきたのだ。

 

「なんの用? くだらない用事だったら()()()()

「こわっ! 何その脅し⁈ 俺ホカホカにされるの⁈」

 

 私の半分くらい本気の注意に愛上君は大げさにがくがくと震える。普段から私たちに迷惑ばかりかけてくれる奴がビクビクしてるのは、なんというか、少し快感ね。

 

 いけないいけない。危ない嗜好に目覚めるところだったわ。聞きたくはないけど、こいつになんでここに来たのか尋ねないといけないわね。じゃないと永久に謎の茶番を繰り広げそうだし。

 

 私は一切やる気の起きない脳みそに鞭を打って愛上君に問いかけた。

 

「んで、あんたまで何の用なのよ……」

「あぁ、聞いてくれよ。面白いマジックが出来るようになったんだ!」

「マジック?」

 

 私は眉をひそめてそう言うと、愛上君は私が先ほどまで座っていた机の方まで来て、おもむろに引き出しを開けだした。そして、その中から緑色のおにぎりを3つ取り出した。もちろん私はこんな気色悪いものを入れた記憶はない。

 

「なによこれ。めちゃくちゃマズそうね」

「ミュータントタートルズだよ。知らないの?」

「私の知っているタートルズはこんなにおにぎりっぽくないわ」

 

 なんでこれを引き出しから出したのかってことを聞きたかったんだけど。はぐらかしているのかただ単にふざけているのかの境界がわかりにくいわね。

 

「んで、これが凄いマジック? 普通の人がやってたらすごいけど、今更こんなの見せられてもね」

 

 現実世界で錯視が出来るような奴がこれくらいのことをしてもそりゃこんな反応になるわよ。

 

「ていうか、そもそもタートルズって4人いなかったかしら?」

「うん。俺が4人目だよ」

 

 そういって愛上くんは自分の皮膚をするすると脱ぎだした。

 

「ぎゃぁぁぁああ!」

 

 そして、その中から人間サイズの二足歩行の亀が出てきた。私は見たままの光景をそのまま言っているだけで、この情景描写に誤りは一切ない。

 

「どうも、ミケランジェロです」

 

 

 

 

 

 

 

 私はどうやら少しの間気を失っていたみたいだ。目の前には人間サイズの亀が全身を撃ち抜かれて死んでいて、私の手には銃が握られていた。

 

 本物のタートルズに対して申し訳ない気持ちを感じ黙祷を捧げた。元の姿になったらあと70発くらい撃ち込みたいわ。

 

 チャーにガトリングでも作ってもらうかしら。

 

 

 




またまたランキングに載りました。
皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。

ランキングに載っているのを見たら爆裂に創作意欲が上がったので、書きかけていたやつを急いで書きあげました。

4日ぶりの投稿ですが、執筆自体はちょうど2週間ぶりでした。
「こんな感じであってたっけな」と思いながら書きましたが、違和感なく楽しめていただけたのなら幸いです。

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