魔銃使いは異界の夢を見る   作:魔法少女()

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 作品名『竜人がいるのは間違っているだろうか?』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『Celtmyth』
 https://syosetu.org/novel/59781/

 ゼウスファミリアに所属した女性冒険者が『竜人』になって、ベルを見守る話。



竜人がいるのは間違っているだろうか?

 薄明りが周囲を照らしだすカフェテラスの席。

 淡い霧に包まれた街の一角におぼろげながらも確かな存在感を感じさせるその店先で、二人の人物が向かい合ってうたた寝に興じていた。

 片や小人族(パルゥム)の中でも小柄な金髪の少女。微かに開かれた目は左右で色が異なり、身に着けている藍色のローブから魔術師だと伺える少女だ。

 

「んん……? ここは……」

 

 ふと、小人族(パルゥム)の少女が完全に覚醒して身を起こす。対面の席でうたた寝をしている人物を視界に捉え、首を傾げてから周囲の光景に視線を向けた。

 

「……また、夢?」

 

 同様の夢を過去に見た事を想起しつつ、少女は前回の夢で邂逅した米好きのエルフとはあからさまに異なる目の前の人物を伺った。

 

「―――。―――」

 

 姿を隠すかのように覆われたローブ姿。胸元の膨らみから女性。椅子に座った状態だが平均的な身長からまだ十代の少女だと仮定できる。フードから僅かにはみ出た赤い髪は手入れされているようで艶があり、細やかな性格と言うのも予想出来る。

 その少女はすぐ前から呼ばれる声を聞いて朦朧としていた意識が再び目覚める。

 

「ああ、ごめんなさい。ついうたた寝をしてたわ」

 

 とりあえず起こしてくれた事への礼を告げる。目を開けてその相手を見てみれば小柄な少女。直感的に小人族だとわかったが、それにしては小さすぎる。まだ10歳に至るか至らないかだが藍色に染まる魔術師のローブから冒険者だと想像が出来たので見た目より上の年齢に至っているだろうと思えた。その少女は左右異なる瞳が珍しいと思えたが髪が金色だと知ると自分にとって縁深い彼の事を思い出す。

 

「それで貴女は……」

 

 それでか、せっかくだから名前を聞こうとしたがここで周囲の異常に気がつく。オラリオでは珍しい霧が淡く広がり、そして自分と対面に座る少女以外は誰もいない。

 

「ここは……」

 

 思わず立ち上がる。それと同時にフードが滑り落ちて予想通り赤毛の少女の風貌だった。しかし頭部の角、そして翼と尾。まるで正体を告げるかのように竜人(ドラゴニュート)としての特徴が露わとなった。

 

「うわっ……!」

 

 フードを深々と被って寝ていた人物が、想定していない容姿をしていた事に小人族(パルゥム)の少女が驚愕して身を引き、敵意を持っていないらしい事に気付いてなんとか踏み止まる。

 その手は無意識に普段手にしている武装を掴み取ろうとしているが、今の彼女は非武装である。

 

「人、じゃない? 貴女……」

 

 警戒心を抱きながらも椅子から立ち上がろうとした所で、小人族(パルゥム)の少女がテーブルに置かれた羊皮紙に気付いて動きを止めた。書かれている文字は彼女にとって見覚えのあるものだった。

 

「……『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』って事は、この人も……人?」

 

 ゲーム等で目にしたことがあるし、そもそも彼女の()となった人物(キャラクター)もまた竜人(ドラゴニュート)ではあったが、このような迷宮都市(オラリオ)の一角で出会う事は想定していなかった。

 一度深呼吸をし、落ち着きを取り戻してから小人族(パルゥム)の少女、ミリアは出来る限り丁重にその竜人らしき少女に声をかけた。

 

「えっと、初めまして……で良いわよね。私はヘスティアファミリアの【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ……えっと、まあそうね、敵意が無いのなら嬉しいのだけれど」

 

「ヘスティア・ファミリア?」

 

 視界と感覚から他に誰かいないか探る最中、未だ唯一の誰かだった小人族(パルゥム)の少女――ミリアが名を名乗った。しかし竜人(ドラゴニュート)の彼女はその名前や二つ名よりも所属しているファミリアの名前を聞いて反応した。

 彼女の知る【ヘスティア・ファミリア】に所属するのは義甥(おい)1人。しかしミリアの言葉に嘘はないとわかる。色々な疑問が頭に浮かんでいると自分とミリアの間に置かれたテーブル。そこに置かれた羊皮紙の一文が目に入る。

 

(『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』……)

 

 思わずこんな事を片手で可能にする者の顔が頭に浮かんだが、すぐにこの程度のイタズラにする性格はしていないと却下する。であればこれは奇跡のような偶然の邂逅(イレギュラー)なのだと判断した。

 

(だとすればこの子は本当にヘスティア・ファミリアの眷属と言う事ね)

 

 小人族(パルゥム)とは言え警戒心が強い眼差しが気になるが、ミリアはここまで嘘は言っていない。それに魔術師なのに杖が見当たらないので戦闘になってもこっちに分がある。

 自分に危険はない。それが確信になった所で椅子に座り直す。

 

「初めまして。私は今は無きゼウス・ファミリアの元・冒険者カレン・デュラス。二つ名は【財宝竜(ファヴニル)】。お話をするならお茶とお菓子が出せるけど、どうかしら?」

 

 しかし竜人(ドラゴニュート)のカレンは少しだけ、こんな不思議な体験に心弾む気持ちを否定しなかった。

 彼女の反応にミリアは小さく吐息を零しつつ、警戒心を解かないままに微笑んで頷いた。

 

「ええ、お願いします」

 

 少なくとも、唐突に敵対行動をとってくる相手ではないと理解すると同時に、自身が敵と見られていないのにも気付く。

 相手の所属派閥は過去最強であったゼウスファミリア。ミリアの知る限りでは彼女の様な『竜人』が居たという噂は効いた事が無かった。しかし『異界と交わる夢』という一文から、前に出会った米エルフ(リリア)同様に異界の住民の可能性を考慮に入れ、ミリアは微笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ―――【グニタヘイズより贈り物を】」

 

 ミリアの返事にカレンは【ミュニアストレジャー】の魔法から魔道具のティーポットとカップを2つ、そしてお茶菓子をテーブルの上に出現させる。その内のティーポットを取るとすぐにカップへ注ぐ。ポットの中からは澄んだ紅茶が湯気を上げ、香りを立たせる。そして注いだ2つのカップの1つをミリアに差し出す。

 

「どうぞ。少し苦みがあるからお菓子の側にある角砂糖で調整してね」

 

 詠唱文の長さからして短文詠唱。効力は一目見た程度では理解しきるには情報が不足しているが、おおよそ転移か保存した物質の取り出しか、どちらかであろうと予測しながらも言われた通りに紅茶に角砂糖を一つ放り込んでかき混ぜつつ、ミリアは切り出した。

 

「ありがとう。それで、ここがどういった場所なのかは理解できてるって事でいいかしら? 少なくとも私の認識では私と貴女の居る世界は異界、別の世界だと認識してるわ」

 

 付け加えて言うと、貴女の様な『竜人(ドラゴニュート)』なんて迷宮都市(オラリオ)で聞いた事も見た事もない。と呟く様に口から零し、ミリアは相手を伺う。

 

 髪の色だけではなく、こうして探りを入れる所はやはり彼を思い出す。もっともミリアの知る迷宮都市(オラリオ)に私のような竜人(ドラゴニュート)はいないと言う事は彼女の世界では自分は誕生しなかったのだろう。

 

「貴女のような子が私を知らないなら間違いなく違う世界でしょうね。それに、実を言うと私の知ってるヘスティアファミリアの眷属は1人だけ。まだ冒険者になってから1ヶ月ぐらいの駆け出しだからね。それなのに貴女は嘘をついた感じはなく、その上でヘスティア・ファミリアの眷属だと名乗った。これからの未来の可能性もあるけど過去と未来の違いもまた別の世界だからね」

 

 ただ彼女のような子が私の世界にいてくれたならと思えた。ベルは優しすぎるからあの子は違う視線を持つ子が必要だと思った事は何度もある。

 

「それに私が貴女の世界にいないと確証づけるならこんな話があるわ。私は黒竜討伐の失敗の後、ゼウス神とヘラ神を追放したロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを単身で襲撃して、報復を達成しているわ」

 

 目の前の竜人(ドラゴニュート)の言葉にミリアは微かに目を細め、吐息を零し紅茶で唇を湿らせる。

 

「私の知る限り、ロキファミリアとフレイヤファミリアを襲撃した人物の話は聞いた事がない。それに、ヘスティアファミリアの眷属は……あー、そうね、期限付きも何人かいるけど今は12人はいるわね。最初の一人目の眷属、ベル・クラネルが冒険者歴3ヶ月でLv.3になってるし」

 

 さらに、口にはしないが自身がヘスティアファミリアに入団したのは最初の一人目であるベル・クラネルが初めてダンジョンに潜った日の事である。

 そう考えるとやはり異なる世界で合っているのかと小さく頷く。他の世界ではやはり自分は……居たのか居なかったのかは不明だが、()()()()は無かったのだろう。そう結論を出したミリアは小さく溜息を零した。

 

 ベルが3ヶ月でLv.3になったと聞いて彼女は今のいる時より未来にいる確信を得た。それに襲撃の件を聞いたことがないと答えたことで間違いなく別の世界と言う事も。ただ3ヶ月のLv.3はそう驚いていない。あの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)がもたらした成長だと思うなら納得だった。

 

「そっちは中々の冒険を超えてきたのね。それならこっちのベルが同じ時期に成長するかもしれないわ」

 

 彼女の言葉にミリアがほんのりと目を細めつつ、反応から推測を行う。

 仮定一、ベルと親しい間柄。ベルの持つ特異なスキルを知っている。

 仮定二、彼女の住まう世界では3ヶ月でLv.3になるのは普通。

 いくつかの仮定を考慮に入れながら、目の前の竜人(ドラゴニュート)の言葉を反芻し────ミリアは硬直して彼女をまじまじと見つめ、呟く。

 

「え? ロキファミリアとフレイヤファミリア相手に、()()()()()()()()()()()?」

 

 まさかあの二大派閥を相手に、と疑問を覚えると同時。もしかしたら彼女の居る世界における二大派閥は大したことがないのではと想定し、有り得ないと切り捨てる。少なくとも黒竜討伐失敗の話が出ている以上、彼女は三大冒険者依頼(クエスト)に挑む程の能力を持った最強派閥の一員。

 少なくとも自身より強いとは想定していたものの、ミリアの知る現迷宮都市(オラリオ)最強を有するフレイヤファミリアと、強豪派閥であるロキファミリアを相手に勝利を得た化物と認識を改めて身を震わせた。

 

 僅かに震えた身体を見て怖がらせてしまったのだと察した。

 15年前の話をしてそう動じなかったから肝は据わっていたのだと思っていたが、どうやら間違っていたようだ。怯える相手に好意を示しても本音を語ってくれるのは難しい。普通なら時間をかけるのが一番だが。

 

「まぁ、感情のまま暴走した結果だけどね。私にとってゼウス・ファミリアは代えのない家で、唯一の家族だった。黒竜から生き延びて帰ってきたらそれが何もかもなくなっていた、なんてそう簡単には受け入れられなかった。だからケジメとして襲撃した」

 

 この場所でそんな時間はなく、ならこちらは堂々とするだけだった。ただ一点、あの時は別の感情があったがそこは言いたくはなかった。

 

「ただ付け加えるなら結果的には勝っただけよ。確かに私は竜人(ドラゴニュート)になって、それはもう進化とも言える変貌を果たして手に入れた力があった。でもそれがなくても私は襲撃をしたでしょう」

 

 紅茶に写る自分の顔は、角を除けばかつてヒューマンと変わらない。そして心も変わることはなかった。

 

「それにもしかしたらだけど貴女もそうじゃない? 家族、ファミリアのためにはどんな強敵にも向かう心があるんじゃないかしら?」

 

 彼女の言葉に耳を傾け、その通りだと内心呟きつつも視線を若干逸らした。

 

「まあ、敵対する気が無いのなら……良いけど」

 

 家族の為にどんな強敵にでも立ち向かう意思はある。もっと言ってしまえば、ミリアは人としての道すら踏み外して堕ちる所まで堕ちた事もある。そんな経歴持ちとしては素直に頷く気にはなれない。

 

「……竜人(ドラゴニュート)()()()? 元ヒューマン?」

 

 その言葉を聞いたすぐ、左手をあげて指をパチン、と鳴らした。

 

「ええ、そうよ。私は一度きりの魔法が発現してね。黒竜の時に使ったらこの通りよ。この辺りは昔の私を知る人は知ってるし、今でも調べればわかる事よ」

 

 紅茶を一口。慣れしたんだ苦みを味わうとまだ小さな彼女に告げる。

 

「そしてこれは先達としての助言。冒険者の前にあるのは『未知』であり『異常事態』。答えが見えない事でも答えを出すのは絶対。動かないより動き、動揺より次の手を。そうね、強大な相手に対峙したなら最初以外は驚いちゃダメよ。でないと、死んじゃうから」

 

 そして言い終わると、左手で放った刃は狙い通りミリアの髪を僅かに切り裂いた。

 

 はらりと舞う僅かな髪。攻撃を受けたと認識して────ミリアは深い溜息を零す。

 少なくとも、反応出来る速度ではなかった。その攻撃が首を捉えていれば、今頃自身は死んでいたと理解しつつも紅茶を口にして肩を竦めた。

 

「ご忠告どうも。まさか夢の中で殺されかけるとは思わなかったわ」

 

 冒険者としての自覚が無いと言われても仕方がない心構えだが、心が折れたらどうしようもない。ミリアは自身が精神的に強い方ではないのを自覚している。

 

 やっぱりね、とカレンは見抜いた。表向きは冷静に返事をしたがそれは場を切り抜けるための仮面。話術で生き抜いてきた人物に見られる対応だった。そしてさっきの対応で自分の命はそう重くは見ていない感じもした。ただそれはベルとは違う方向で冒険者として必要な物が最初に欠けてる事でもある。ベルの場合が天性の肉体だとするなら彼女は再起の精神だ。自分の命を重く見ていないのなら他の物がまさに()()()()()なのだろう。それを失えば恐らく、彼女は生きていけなくなる。

 そこまで考えてミリアはかなり複雑な人生を送ってきたのだと察した。年齢以上に見た目が若いのもそんな苦労が身体に出ているのだろう。

 

「殺す気はないからね。私についてはこのくらい話しておけばわかってもらえるわ。だからそろそろ貴女の事を教えてくれない? 【魔銃使い】なんて二つ名があるんだからLv.2以上は間違いないでしょう?」

 

 でも、そんな心の持ち主が少なくとも偉業を一つ乗り越えた事は賞賛するべき事だった。そんな冒険者はどんな子なのかカレンは純粋に興味が湧いたのだ。

 

「はぁ、いきなり攻撃しといて殺す気は無い、ね……第一級冒険者ってアレよね。ちょっと頭のネジが外れてる人が多い気がするわ」

 

 深い溜息と共に愚痴を零し、ミリアは質問の回答を口にした。

 

「Lv.3、見ての通りの魔術師よ」

 

 当り障りのない内容で、詳細については触れない。ステイタスについてまで質問してくる様な冒険者として非常識な行動はとってこないだろうと肩から力を抜いて自然体に振る舞う。

 

「Lv.3なのね。最初の眷属はベルって言っていたから元々は別のファミリア? 【魔銃使い】の二つ名も落ち着いているし、かなり影響力のあるファミリアだったのかしらね」

 

 興味を抑えることなく、お菓子を摘まんだまま話を催促する。ただLv.3にもなる冒険者を手放すファミリアがそうあるとは思えない。へスティア神に友好のある神様が手助けした可能性もあるけど、不敬だけどあの女神さまがそこまでしてもらう感じには見えないし、加えて二つ名に口を挟める神もこっちでもいなかった筈だ。もしかしたら、この子もベルと同じスキルが発現しているのかもしれない。

 

改宗(コンバージョン)して入団した訳じゃないわ、ヘスティア様が最初の主神だし。二つ名は…………」

 

 何と答えるべきかと言葉を淀ませ、ミリアは小さく愛想笑いをして視線を逸らした。

 彼女にとって、神々に嵌められて神会(デナトゥス)の席に招かれた記憶は極力思い出したい代物ではないのだ。

 

「まあ、面倒な女神に目を付けられて、って感じです」

「面倒な女神様、ねぇ」

 

 間違いなくフレイヤ神ね。向こうのベルも目を付けられているだろうけど、この子にはどこが気に入ったのかと疑問が浮かぶ。仮面を被るのに慣れた感じだから真っ当な人生じゃない筈だから少なからず魂に影があるだろう。考えられるのは、改宗(コンバージョン)なしと言うベルに続く形からの急成長。その想いね。

 

「心当たりがあるから誰かは聞かないわ。私も目は付けられてるような物だし。ならその二つ名は確かな意味があるんでしょ?」

「え、えぇ。魔銃使い(ガン・スリンガー)魔獣使い(モンスター・テイマー)の二重の意味を持つ二つ名(もの)らしいわ」

 

 目の前の竜人(ドラゴニュート)が珍しい。というのはミリアでも察しがつく。

 珍しい(モノ)好きの神々の特性からして、狙われていないとは考えづらい。さりとてその対象に自身が含まれている事は微塵も嬉しくない。

 

「貴女ばかりが質問するのもおかしいでしょうし。此方からも質問をするけど、結晶竜(クリスタルドラゴン)って知ってるかしら?」

 

 圧倒的強者相手という事で気圧されて一方的に質問をされていたものの、信じるに足るかは不明だが言葉の上では敵意は無い事からミリアの方からも質問を飛ばしてみる。

 身の上に関わる話を聞くというのはどんな地雷があるかわからずに踏み込み辛い事もあり、自身の中で疑問に思った事を純粋に聞く事にした。────彼の最強派閥の眷属なら、迷宮内の特異的怪物(モンスター)の知識を持ち合わせているやもしれないと考えたのだ。

 

結晶竜(クリスタルドラゴン)か……」

 

 見たことはないが、心当たりはある。ミリアが魔銃使い(ガン・スリンガー)であり魔獣使い(ビースト・テイマー)と言う事は調教(テイム)の才能があり、しかもそれは竜を使役しているのだろう。ただ竜を調教(テイム)とは、複雑の感情が湧かないワケではない。

 

「……竜と呼べる存在はダンジョン出現以前にも存在して、しかし英雄と呼ばれる者たちが精霊、神の助力を得て討伐されたわ。当時は竜という存在が生物として最強だった。だからダンジョンの竜もまた最強の存在として()()された」

 

 でもこれは私の世界の話だ。ミリアの世界で私がいないと言うのならダンジョンもまた大きな()()がある可能性だってある。ダンジョンマスターだって違う存在かもしれない。

 

「領域の守護者として地を守るもの。驚異的な潜在能力(ポテンシャル)を持って徘徊するもの。群れでありながら生存競争するものたち。何より三大クエストのベヒーモスとリヴァイアサン。陸の王者と海の覇王と呼ばれているけどあの2体もまた竜なの。過去を見ても竜は強く誕生してる。その反面、素材は一級なんて言葉がまだ足りないほどの価値を秘めている」

 

 ちょっと喋りすぎたのでここで紅茶を挟む。大まかな話をしたが質問は結晶竜(クリスタルドラゴン)の事だ。見解になるが、見当外れにはならないだろう事を伝える。

 

「私はその結晶竜(クリスタルドラゴン)を見たことないけどおそらくは1体しか存在しないモンスターだと思うわ。名前通り結晶の身体を持つなら結晶群に囲われた場所を守護する竜、木竜(グリーンドラゴン)強竜(カドモス)と同じなのでしょう。つまりその竜自身ではなく、その領域にこそ価値がある可能性がある筈よ」

 

 もっともその竜は深い階層のモンスターで間違いないが、ミリアのレベルではそこまで行けた訳ではない筈だ。恐らくその竜自身が階層を上がってきてそこで調教(テイム)したとだと思われる。残念だけど今の彼女に領域を確かめる術はないだろう。

 

 カレンの言葉に耳を傾けていたミリア紅茶を口にして溜息を飲み込んだ。

 知りたい情報ではなく推測、ある意味では第一級冒険者の推測なので価値はあるだろうが、結局のところは本竜(ほんにん)から聞いた内容とほぼ相違無い程度の代物でしかなかった。

 ある意味収穫が無かった訳ではない。彼の最強派閥であり最深到達階層を誇るゼウスファミリアを以てしても出会った事の無い正体不明の怪物が居るとわかったのは、ちょっとした収穫と言えるだろう。

 

「領域に……価値ねぇ」

 

 希少(レア)結晶(クリスタル)の山にでもなっているのだろうか、とミリアが思考を明後日の方向に飛ばす。

 

「ええ。話から察するにその結晶竜(クリスタルドラゴン)は貴女が使役するモンスターでしょう? どんな経緯で調教(テイム)したのかは聞かないけど、とりあえずはご愁傷様。神様たちによろしく」

 

 これじゃあ短期間のLv.3到達以外にも何かやらかしてるわね。フレイヤ神に目を付けられている時点でわかっていたけど、まだ若く冒険者の経歴も浅い彼女にとっては手に余る事でしょうね。こういう時はファミリアで囲って守るべきなんでしょうけど、まだ12人の規模じゃ難しいわ。

 でもここまでやる彼女、小人族(パルゥム)の女となれば。

 

「貴女、ロキ・ファミリアの【勇者(ブレイバー)】にも目を付けられてるんじゃない?」

 

 聞きたいような聞きたくないような、女として複雑な気持ちを抱えたままそんなことを口にしてしまった。

 

 神様によろしく、つまり魔法(ほうげき)を叩き込めば良いのかとミリアが暗い考えを浮かべつつ、彼女の質問を聞いて首を傾げた。

 カレンの表情から何か含むところがあるなと察しつつも、特に誤魔化す理由も無いかと口を開く。

 

「ええ、求婚されましたよ。目的の為に同族のお嫁さんを探していたそうで、私にも声をかけてきましたね」

 

 まあ断りましたけど。と呟いて残りの紅茶を流し込む。

 どんな原理かは不明だが夢だというのにしっかりと味を感じるという不可思議な体験にミリアが目を細め、ぼそぼそと小さな声を零した。

 

「……水に関する夢を見ると、おねしょするってどこかで」

 

 神ロキが神会(デナトゥス)で発言していた【幼女聖水】という二つ名がミリアの脳裏を過る。

 

 小さく呟いたのだろうがカレンの耳はしっかりその声を拾っていた。寝る前に飲み物を飲んでないなら大丈夫と言いたいがここは聞かなかった事にした。

 それよりもやっぱり、と思いながらお菓子を頬張る。

 

「それで彼が求婚をやめるとは思わないわ。彼にとって小人族(パルゥム)の復興は絶対に果たす夢。貴女みたいな女性がいて、一度断られた程度じゃ諦めないでしょう」

 

 私のいないまま登り詰めた彼ならただ真っ直ぐに貫いているだろう。そんな彼がミリアのような小人族(パルゥム)を見逃すはずがなかった。ああ、でもなぁ。

 

「そっちに私がいないからどうこうと言えないけど、やっぱり複雑だわぁ」

 

 【勇者(ブレイバー)】に恋心でも抱いていたのだろうか、と口を開くより前にミリアは気付いた。

 霧が濃くなってきている。

 

「……そろそろ夢が覚めるみたいよ、前もこんな感じだったし」

 

 街中の一角にあったはずのカフェテラスは、今や霧の中に孤立していた。一〇Mも無いはずの向かいの建物すら白い霧に遮られ見る事は敵わない。

 

 ミリアに言われて霧が濃くなっているのに気付く。まさかのタイミングとも思えるタイミングだが、むしろこれ以上は踏み入った話題になるのでありがたいとも言えた。

 

「そうみたいね。なかなか面白い話が聞けて楽しかったわ。―――【グニタヘイズの穴蔵、その奥底に宝物を置きましょう。―――ミュニアストレジャー】」

 

 詠唱と魔法名を唱えて取り出した物を収納する。

 

「それじゃあそっちのベルと頑張りなさい。あの子、思う以上にトラブルに合いやすいからね」

「それは……まぁ、そうね。気を付けるわ。さようなら」

 

 ベルだけに限らず自身もトラブルを引き寄せる性質だろうなと苦笑しつつも、ミリアは小さく手を振った。

 瞬く間に濃くなる霧、相手の姿が霧の向こうに消えていく。

 

 

 

 

 

 シーツを押しのけて跳ね起きる。窓から差し込んだ朝日を浴びながら、ミリアは髪をいじって首を傾げた。

 

「なんか、死にそうな目に遭った気がするような……」

 

 死ぬ夢でも見ていたのか妙に首回りが気になる。髪の方は寝る前と差異はないので死ぬ夢でも見たのだろうと興味を失ったところで、声が響く。

 

《おはよう!》

「え? ああ、おはよう」

 

 サイドデスクの上から声をかけてきた結晶竜(クリス)に挨拶を返した。

 窓から差し込んだ朝日を浴びて煌びやかに────目に痛い程に光を乱反射する結晶竜にミリアは溜息を零した。

 

 

 

 

 

 人々の喧噪を聞きながら意識が目覚める。

 

「んん……?」

 

 まだ覚醒しきっていないままでこれまでの事を思い出す。確か幾つかの店に立ち寄った後、少し休もうと人に見つかりにくい路地裏で腰を下ろし、そうしたら寝てしまったようだ。ただ、妙な夢を見ていた。なんだか面白そうだなとか、少し妬いてしまいそうな感じから誰かに会った夢なのだろう。ただどうにも顔が思い出せない。思い出せなかったが、自然とある方法を試した。

 

「【グニタヘイズより贈り物を】……」

 

 手に出現させたのは一つのカップだった。カレンは基本、使用した物は後でちゃんと綺麗するタチである。

 そしてカップは、飲み跡が残ったままだった。

 

「……次もまた会えるかしらね」

 

 しかし誰と会ったのか思い出せない。もしまた会えたならちゃんと顔と名前を覚えておこうと決めた。




 作者:魔法少女() あとがき
 コラボ第二段。読者を楽しませるよりは作者が楽しむ方向でやってることもあり、文章が全く整ってないけど……まあ、楽しかったから良し!

 コラボしてくれてありがとうございましたー。



 作者:Celtmyth様 あとがき
 今回のコラボ、本当にありがとうございました。

 最初、私みたいなちっぽけな者が人気のあるお二人に続く形で大丈夫かと思いましたが思い切って連絡をして、こうして形に出来たので光栄でした。
 竜人のカレンというキャラクターが【ドラゴンテイマー】のミリアと対面する光景を想像しながら話が進むのは楽しかったです。ところで竜人も『竜』と認識されるんでしょうかね?

 夢オチは便利と思ってたら意外に起きる部分が悩みました。

 そしてもう一度言います。今回のコラボ、本当にありがとうございました。

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