この世界では「騎乗して戦う者」ではなく、「世界を守る者」を騎士と呼んでいます!
天空に浮かぶ巨大な島、【アルテミス】。
そのすぐ下に、妖精の国【アヴェイロン】がある。
その下には海に浮かぶ大陸【リリス】があるが、今彼女がいるのはアルテミスだ。
こうした正式名称は最近つけられたもので、特にアヴェイロンは昔は【狭間】と呼ばれ、場所としても認識されていなかった。
大きな館の一角、窓から山の見える小部屋にひとりの少女がいた。
黒いメッシュのついた金髪から、二つの耳がぴよぴよと揺れる。
布団から覗くように出したつり目は、空を映し出したように澄んだ青色だ。
まだ大丈夫だと布団に潜ったと同時に、箱の上に置かれた時計が12時を指した。
「アホーッ!アホーッ!」
箱が開き、黒い猛禽が昼時を告げる。同時に、ドタドタと慌ただしくも軽快な足音。
私は重たい身体を起こすと、手持ちの鏡を手探りで握った。
前髪を自然に垂らすと、何かわかんないけど真ん中と右に寄っちゃう。左の額が少し覗いたところで、もういいや…と鏡を閉じる。
「イトアヤぁーっ! もう起きた?」
「う〜ん…まだ眠いかも…。」と返事をして、私はまとめておいた荷物を握った。
セミロング程度の髪をくしでといてから、布団から立ち上がる。
ドアがここここんと音を立てて、同時に幼びた声が響く。
「いいから早く! うどんできてるよ!」
慌ただしい足音が遠ざかってから、私はドアを通った。
黒く染まって伸びた髪を、くしでといてから耳にかける。
重いカバンを引きずるようにして、私はリビングに出た。
[newpage]
妖精の国アヴェイロン、妖狐が治めるその浮遊島のすぐ近く闇妖精族の街。
ここはアヴェイロンの中でも中心に位置する場所で、妖狐族と隣であることと、族の傾向が近いことから狐との関わりも良好だ。
その立地から、ここはアヴェイロンの騎士団の本拠地となっている。正式名称は「月光騎士団」Knight of claireと言うが、騎士団と言えばこれしかないので呼ばれない。
そういった立地や狐との関係から、闇妖精族の街は妖精たちにとっての都のようなものなのであった。
そんなここにもひとりの少女がいた。
布団から目だけを出して時計、窓を覗くと、大きな動作で布団から飛び出る。
青みのかかった銀色の髪を、左にポニーテールで結んでいた。
瞳は血に染まったような紅で、柔らかく垂れている。
どうやらとても焦っているみたいで、チョココロネをくわえたままカバンを抱えて寮を出てしまった。
ドアを抜けてから白く輝いて伸びた髪を、ストレートにといて耳にかける。
階段を転げるように駆け下りて、そのまま無機質な軍事区へダッシュ。
その勢いのまま物々しい扉を抜けて、通り抜けてからドアを閉める。
さざ波のようになびいていた白い長髪が、白銀の扉の奥に隠れてしまった。
これから縄のように交わる運命を、立ち向かうべき時期を、黒と白の少女はまだ知らない。
[newpage]
「莉里、さすがに呪術くらい使えないかなぁ…。」
ちょうどコロネを食べ終えたころから、ボクは魔術の練習をしていた。
名前は莉里と言って、闇妖精族の男子だ。ものすごく女の子に間違わられる。
多分肩とか鎖骨とか出すファッションがダメなんだと思うけど、剣を振るのに風通しが良い方がいいし、そもそもボクの洋服が姉のお下がりだからしょうがない。
東洋と西洋の間に位置する闇妖精族だから「ガブリエル」って名前も持ってるけど…その名前で呼ぶのは姉だけだ。
苗字はドラクレシュティといって、闇妖精族でも品格は上の方らしいけど…、そーいう認識が薄くなった今じゃあ、苗字も関係ない。
「だって綺羅、魔力がどうとかって訳わかんないんだもんっ」
ボクはそう呟きながら、ビリビリと痺れる右手を振った。
それを見た彼女が、もう一度ボクの手を握って突き出す。
「ほら、手ビリビリしてるでしょ? もうちょっとでできるって事だよ。」
青い瞳が焦れたように覗いて来るのから、ちょっとおののきながら目をそらす。
彼女は綺羅。狐のとこから転勤してきた双剣士で、丸い耳と見たところ無さげな身体的特徴から人族かなとボクは思ってる。
青とか黒を基調とした服が多いけど、今は黒い詰襟に、黒いスカート。ボクの赤いシャツとスカートとは違って、どこか真面目そうな雰囲気だ。
「それ言われてから1週間経ったよ…。」
包丁みたいな片刃の剣を両手に握って、踊るようにして戦う綺羅の姿は、夕日に照らされたカラスみたいに綺麗なんだ。
「莉里ができないからでしょ?」
カラスって言うと聞こえが悪いんだけど、踊りに合わせてなびく黒い長髪がとても煌びやかで、美しかったのを覚えてる。
「そうだけど!」
「だから練習するの!」
でもたまに嫌味っぽくなるとこは嫌い。
…とかって言っちゃうとボクが泣くことになるから言わない。
「ん…。」
もう一度右手を掲げて、集中。
右手の中に、風を凝縮するイメージ。
「どーせまた【嫌味っぽくなるとこ嫌い】とか思ってるんでしょ?」
「知らない。」
ビリビリと手の中で何か起こるけど、途中で飛散して終わっちゃう。
すごく前から…多分年単位で魔術を練習してるけど、未だに呪術も魔術も全然使えてない。
小さく「うーん…」と唸りながら、手に残りる違和感を振り払う。
「綺羅、そろそろ集合時間だから、またお願いできる?」
自分の白い長髪を耳にかけて、やわらかく微笑む。
綺羅の黒い長髪は清楚で綺麗だけど、ボクは明るい銀色を同じくらいに伸ばしてる。
前髪の左側が空いちゃうのもお揃いだ。
「うん、わかった。えっと…キツく言っちゃってごめんね。」
「ううん、いいよ。わかってるもん。」
被りを振って流れちゃった髪を、もう一度耳にかけて綺羅の目を見つめる。
青いつり目が、恥ずかしそうに逸らす。
「また練習しよ? すぐ出来るようになるよ。」
すれ違いざま、綺羅はそう囁くとボクの肩をポンポンと叩いた。
ボクも同じように返してから、赤いタレ目の片方をつぶる。
「そうだね。また後で。」
振り向きながらこう返すと、綺羅は一瞬迷ったあとに嬉しそうに笑った。
「ん。おやかまっさん。」
綺羅に手を振ってから踵を返すと、もうボクの隊は並び終えてた。
ボクが入ったのは剣術での特攻、遊撃を主とする剣撃部隊。魔術は使えないから、ここから剣で戦おうと思ったからだ。
「おい、リリ。もうすぐガスマスクが来るぞ。」
そこで、暑苦しい声が聞こえた。
上に跳ね上がった朱色の髪と、力強いオレンジのつり目。
ボクより高めの身長と体つきは、そこまで堅くないけど…、鍛えているのがボクにもわかる。
「ガスマスク…? ああ、フルージュ隊長のことだよね。静かなだけに怖いよねー」
両手斧使いの炎妖精族サラマンダー、リュウだ。
こくりとうなづく仕草も、どこか熱を感じる。
「そうか? おらぁ女みたいな男の方が怖いと思うぜ。」
…というのも、ボクが男だっていうのを知ってるのは、姉のクリシアを除けば彼だけだからだ。
入隊したはなから口説いてきた時には、ボクってほんとそうなんだなぁって思った。
「もお、ボクだって好きでこんな見た目じゃないんだよ?」
そう言いながら、ボクは炎をまとった剣のマークへ走り出す。旗に描かれた模様は、剣戟部隊の印だ。
重槍のフルージュ隊長を先頭に、レイピアのエリスタ、両手斧のリュウ、ボクのスペースを開けて姉、直剣のクリシア。
「ガブリエル? 早かったわね。」
「ごめんなさいお姉様、ちょっと魔術の練習してて…。」
ボクはお姉様に教えて貰った直剣を使っているけれど、お姉様の剣技は切れ味、美しさともに段違いだ。
それに、お姉様は全ての魔術を使える。火や水、雷とかの基礎はもちろん、闇と光もお手の物。
「リリ、別に魔術の1つくらいどうでもいいって。剣術得意でしょ?」
エリスタがそう言うと、努力してなんぼ思考のお姉様が睨みつける。
いやいやと両手でかぶりを振りながら、ボクは黒髪の剣士を思い浮かべた。
「得意じゃないよ。魔術の分集中出来るだけ。」
綺羅は雷と土属性が使えるらしい。土属性は泥の他に、金属と植物が作れてはじめて「マスターした」って言えるらしいから、多分剣の1本や2本はすぐ作っちゃうんだろうな。
「いいわガブリエル。出来るようになったら褒めてあげる。」
「ん…うん、ありがと。お姉さま。」
ちょっと困ったような気分を感じて、ボクは苦笑いしつつエリスタを見た。
むっとしたエリスタが、ボクを睨んでからお姉さまへ顔を向ける。
「もう、クリシアっ!
プレッシャーかけないであげて!」
ボクの女性的な見た目と入隊当時の敬語のおかげで、入った時に女性のエリスタと少しだけ仲良くなれた。
時々お姉さまに困ったとき、何かわかんないけど助けてくれるいい子だ。
「ふーん。じゃあ貴女は、ガブリエルがいつまで経っても魔術使えなくてもいいって言うの?」
「そ、そうは言ってな…」
そこでガシャッガシャッという金属の重そうな足音が聞こえて、ボクは姿勢をただした。
重たい足音は、ボロボロの黒いポンチに重々しい槍を隠してるからか。
フードを深くかぶった顔は、ドクロを模したガスマスクと変成器。
「……対人、剣術。相手は、自由だ。」
抑揚の薄い声は、やはりどこかぎこちない。機械で抑えられた声は、本当はもっと感情豊かなはずだ。
「「いえっさー!」」
…と思いつつも、ボクは無意識に剣を磨いていた。
鋼でできた刀身が、鏡みたいにボクの姿を写す。
血のように赤いタレ目が、どこか気恥ずかしそうに目を合わせ、背けた。
ほとんど同時にレイピアが飛んできて、ボクは剣を振り上げた。
「あっ…! 完全に不意打ちだったのに!」
金色の髪は背中まで伸びているけれど、ボクよりいくらか小柄な体格のせいかそんなに長くはない。
瞳は青色のタレ目で、大きくて丸い形をしてる。
「ううんっ! まだ一発撃って来るでしょ!」
頬をかすめた細い剣が、一度引きしぼられる。
突進上下2連撃「バースト・アサシネーション」
「えっ? わかっちゃう?」
レイピア使いのエリスタだ。
引き絞られたレイピアが、少し下を狙ってもう一度打ち出された。
「んっ…! 不意打ちとかずるいよっ!」
エリスタの残念そうな顔に、そう叫んで剣を振る。
抜き打ちで振り上げた剣で弾き返して、そのまま肩に担ぐようにして振りかぶる。
「…ふっ!」
「リリだってノリノリじゃんか!」
刃が光ったのを確認して、飛び上がるようにして突進する。
突進の勢いをつけて剣を縦に振り下ろし、そのまま一回転して切り下ろし。
最後に一発叩きつけると、獣の爪痕みたいな残像が残る。
闇属性3連撃「イーヴィル・クアルム」
「ひぁっ…! いきなり連撃?!」
エリスタも細身のレイピアで受け止めるけど、剣の3連撃を刺突で受け止めるのには無理がある。
3撃目は道着に直撃して、少し飛びすさる。
「そっちだって2連撃だったよ!」
手から放つ魔術はまだ無理だけど、剣に纏わせる「スペルウィザイン」の方は十分だ。
闇の剣戟を終えて、小さく手を握る。
「だって開幕一発目は派手なの使いたいじゃん!」
「ボクだって一緒だもんっ!」
ボクの言葉を待ってエリスタが、少し高めにレイピアを引き絞った。肩より少し上くらいの場所で、刃を左手で支える形だ。
レイピアの刃に、紫の光が粘つくように覆う。
「リリ、行くよっ!」
ボクは少し低め、腰だめに剣を引く。
左脇腹あたりで引き絞った剣に、鈍い輝きが纏われた。
「うんっ!」
飛び出したエリスタが、自分の体ごと回転しながら突進してくる。右肩が下がり、左肩が跳ね上がる。その姿は、さながら毒をまとった弾丸だ。
「ヴェノム・バレット」突進刺突。
属性、毒。
「はぁーーっ!」
弾丸のように肉薄してくる刃を、ボクは剣を大きく突き出して弾き返した。
「……っ!」
レイピアの小さな刀身を突くようにしてはね上げると、同時にエリスタの身体がふわっと浮かぶ。
そこへ、突きの勢いをそのままに剣を振り払う。
直剣2連撃「ミラージュ・スティンガー」
エリスタの胴へ振り払った剣は、あと少し空気を裂くに留まった。
「えっ…」
大きく後ろへ倒れたエリスタが、その勢いのまま後転したからだ。
大きく振り上がったブーツを避けると、すぐにレイピアが飛んできた。
反射的に後退しそうになった身体を、無理矢理に右へ転がす。
「…今迷ったでしょ。」
「え…?」
立ち上がってすぐに右手を振り絞ると、さっきまでボクがいた場所を鋼の棒が貫く。
「スター・ピアーシング」土属性中射程
同時に、ボクは引き絞った剣を突き出していた。突き出されたレイピアと反対、エリスタの左肩へだ。
ここでやっと、エリスタの後転をもう一度認識し直す。
あれは確か剣術に使うのと同じ内包させる魔術だったけど、身体に纏わせたってことはエリスタは…。
「今頃気づいたってもう遅いよ!」
「えぇーっ?! いつのまに!」
…という掛け合いをしながら、ボクは胴体にエリスタのパンチを食らっていた。
彼女の小さな拳からは想像出来ない衝撃が、胸を叩きつけると同時にボクの身体が吹き飛んでいく。
「へへーん。体術、覚えてきたんだよ!
リリにばっか殴られるのやだもんっ」
杭を打ち付けられたような衝撃は、紛れもなくスペルウィザインのものだ。
「ピリオド・ストライク」単発パンチ
「んー…。ボクばっか殴ってるみたいな言い方やめてよ…ねっ!」
残っている衝撃を追い出すようにして、ボクは駆け出していた。
剣の握る右手を大きく引き絞って、やわく開いた左手を照準するみたいに掲げる。
「次はボクが当てるから!」
ビリビリと剣が小さく唸り、黄色い光が刃を彩る。
「ふふっ。期待してる…よっ!」
ほとんど同時に、エリスタのレイピアも黄色い光を帯びた。
だけどこっちは、ボクの雷電よりいくらかねちっこくて毒々しい。
「リリ! …止める!!」
「エリ! …覚悟!!」
エリスタが突き出したレイピアから、刀身よりちょっと小さめの針が飛び出す。
毒々しい電気を帯びた針が、ボクの右手を狙って飛んでくる。
「避けれないように右手にしたの?」
とてつもない焦りを感じながら、ボクはそれを隠すようにして訪ねた。
「うんっ! 身体ずらされないようにね!」
エリスタの無邪気な答えは、とてもこの毒々しい針には似合わない。
「……っ」
それもそのはず、これは「麻痺」の剣術だ。
雷電の亜種みたいなもので、レイピアみたいな手数武器には必ずと言っていいほどついてる。
麻痺属性光弾「デス・スリンガー」
「……ここっ!」
指先にかすっただけでも動けなくなる、結構危険なやつだ。
弾速はそこまで速くないけど、避け方を失敗すると大技を2回も3回も食らっちゃう。
「んー?」
もう剣術の構えはとってるから、今更避けたりはできない。
そこでボクは、逆に剣を突き出した。
エリスタへじゃなくて、彼女の放った麻痺弾へ。
カキーン…と子気味良い音を立てて、針が弾き飛ばされる。
「えっ?!」
「そこだぁーーっ!」
すぐさま駆け出し、エリスタの胴体へ剣を突き立てた。
雷をまとった刃が、落雷もかくやという速度で撃ち出される。
単発高火力刺突「デサイシブ・ピアーシング」雷属性
「いっ…」
エリスタの胴体で、雷電の輝きがひときわ強くなった。
同時に小さくエリがうなって、ボクも緊張を解いて息を吐く。
「はぁっ…どお?」
息を吐いてすぐ、ぐっと引き締める。
雷の1撃は、惜しくもレイピアに受け止められていた。
即座にレイピアの炎が爆発、雷の直剣をはじきかえす。
「ふふっ…! くらえぇーっ!」
「?!」
すぐに細剣は引きしぼられて、もう一度迫ってくる。
左胸、右と、左の脇腹。3回もの刺突と爆発が、軽量の道着を叩いた。
レイピア4連撃「デトネーター」。
後ろへ後ずさりそうになってすぐ、何かに背中を抑えられる。
同時に、首元にレイピアの側面を当てられるけど、刺突用の剣だから切れない。
「えっ……何?」
「んーん。リリは切りたくないの。降参して。」
首を横に振ろうとすると、レイピアが突き立って皮膚が貫かれそうだ。
えぇー…と言いそうになりつつ、こくこくと頷いて「降参です」と呟く。
そこで離してもらえると思ったのは、安易な考えだった。
「リリ、あの…聞いてほしい、ことがあるんだ。いい?」
「うん…、何…?」
レイピアをしまってもまだ、エリスタはボクを離さなかった。
彼女の人差し指がボクの唇を撫でると同時に、エリスタの頬が赤く染まる。
「リリ…、あのね、私…。」
ごくりとつばを飲むと、エリの人差し指が下へ降りていく。
喉元を撫でて、鎖骨へ。そこで、鎖骨に沿って横へ滑らせる。
「エリ? 何を…。」
途端、指の動きが急に止まった。
ボクが軽く垂らしていた左手を、彼女の手がさっと握って振り上げる。
「私、リリのことが好きになっちゃったの!」
「えぇー?!」
つい無意識に出た声だったけど、それで彼女の表情が寂しくなる。
ボクの手を離すと同時に、その彼女の指がいじけたみたいに振られる。
「あ…そう、だよね。女の子同士だもんね…。」
「ん……。」
銀色の長髪が、金髪のストレートと絡むようにしてなびく。
少女的な見た目だとは自分でも思ってたけど…、まさかほんとに女の子に思われちゃうなんて…。
「えっと…、あの、ボクは…。」
「ううん、いいよリリ。それで、リリは…、女の子同士でも、一緒にいてくれる? 愛させてくれる?」
もう一度なびいた指が、ボクの髪をかきわけた。
これで気付いてくんないもんかな…と思いつつも、ボクは彼女の手を握る。
「いいよエリ。そーいうの関係ないもん。
ボクは、受け止めるよ。エリのこと。」
「リリ…。えへへ…ありがと。」
とうとう男子だと言えずに、エリスタはボクを降ろしてしまった。
グイグイと頬を寄せてくるのを、間で手を掴んで止める。
「君はボクを。いつか裏切るの?」
声音を変えてそう問いただすと、エリスタは少し黙ってすぐ、首をフリフリと揺らした。
「そんな事、考えたこともないよ。」
エリスタの表情には赤みが残るけど、それでも本気なのはボクにもわかった。
ニヤリと微笑んでから、エリの唇に指を当てる。
エリスタは少し驚いてから、ボクにも同じように返した。
少し昔、狐と鷹の間を通ってこのあたりに広まったサインだ。
意味は「秘密にしてね」。逆に、自分のを塞ぐのはそれの遠回しの形である場合と、「黙ってるから」の場合がある。
「じゃあ…戻ろっか。」
彼女の唇を解放すると、エリスタはそう呟いた。
こくりと頷いてから、ボクはボクの隊のベンチに座る。
「リリ、なんで良いって言ってくれたの?」
「何でとか何もないよ。ボクに断る理由無いし。」
ボクがそう言うと、エリが少し不安そうに震えた。
迷うような仕草を見せた後、深くうつむいた。
「だってリリ、女の子同士でしょ?」
「……関係ないでしょ? エリがボクのこと好きで、ボクが良いって言ったんだからそれでいいの。」
エリスタの瞳が、もう一度ボクに向けられる。
キョトンとした表情を見つめると、エリスタが何かを感じたようだった。
少し黙ったあとに、「えへへ」と微笑む。
ボクが無意識に微笑んでから、それを待っていたみたいに彼女がボクの手をにぎった。
「リリ、スペリング。どう書くの?」
スペリングとは、名前の漢字やスペルだ。
綺羅にはもう言ってるから「莉里」呼びだけど、エリにはまだ言ってない。
というのも、闇妖精族は自分の所持品や称号をとても大事にする種族だからだ。
「ん…えっと…。」
自分のモノは簡単に人に見せないし、「私のものになって」なんていうのは一般的な告白になる。
同じように、自分の名前の漢字やスペリングは人に言わないし、ある程度の信頼がないと聞かない。
「莉里…、草かんむりに利ってのと、里。」
そう答えて目を合わせると、エリスタが申し訳なさそうに肩をすくめた。
同時に胸に手を当てて、まるで鼓動を抑えるみたいな動作。
「え…あ…、ごめんなさい、ありがとう。」
ボクが「ううん」と首を振るより速く、エリスタがもう一度口を開いた。
ボクの手を掴んで引っ張ると、「手開いて」と首をかしげる。
「私はね、erystar…集まる星って書くんだ。」
ボクの手のひらに指で書く真似をしながら、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「じゃあ…えっと、莉里。好き。」
「うん…、ボクもだよ。エリ。」
そう呟くと、エリが唇を突き出してきた。
それを親指で止めて「だーめ」と言うと、「えぇーっ」とエリスタがぴょんぴょん跳ねる。
「ダメなの。まだ。」
泣きだしそうなるエリスタを止めて、ボクはふっと息を吐いた。
そろそろかな…と時計を覗くと、ちょうど訓練の終わる時間。
エリスタの手を引いて、ボクは部隊のみんなの元へ駆け出していた。
エリスタの顔はキョトンとしたとらえどころのない表情だけど、それでもどこか嬉しそうだ。
彼女の瞳を見つめながら、ボクはエリスタの瞳に映る少女を見る。
白い長髪、赤色の瞳。ボクの姿なのは確実だったけど、いくらも可愛らしくて、そして頼もしく感じた。
ーーこれは…ボクじゃないや。
そう感じてすぐ、彼女とボクの間に違和感を覚える。
だけどそれが明確な形として出来上がる前に、ボクは部隊の列に並び終えていた。
[newpage]
フルージュ隊長が観察する中で、俺が戦ったのはリリの姉であるクリシアだ。
俺の名は降。闇妖精じゃあないから西洋名はない。
サラマンダーなんで姓はないが、「両手斧の」と付けられれば俺らしい。
どうやら、「リュウ」と名のつく両手斧使いは俺一人だそうだ。
両手斧を肩に担いですぐ、クリシアへ叫ぶ。
「おい、クリシアのねーちゃん!
終わったらお茶しようぜ!」
「いいえ。一回でも私を叩けたら考えてあげる。」
という会話は、もはや恒例のセリフだ。
「行くぞオラあ!」と叫びつつも、実際叩けたことは1度もない。
「うぉぉーーっ! スレッジィィ……ビートだァーッ!」
肩に担いだ両手斧を、大振りな動きで叩きつける。
土属性のブレードをまとった斧が頂点に達しふり下がると同時に、クリシアの突進も圏内に入る。
単発打撃「スレッジ・ビート」土属性
クリシアが開始早々突進してくるのは覚えてきたんで、こういった時間差範囲攻撃で勝負するってぇ魂胆だ。
「ふっ…!」
斧が叩きつけられると同時に、クリシアの剣がふり上がる。
大振りだが重力に従っている分、俺の斧の方が直撃は速い。
当てて回避というクリシアの戦法が命取りだ。
「オラァァァ!」
かきぃーーん…という小気味良い音が響いたのは、斧が鎧を叩いた音…ではなかった。
クリシアが振り上げた剣に、斧の持ち手が弾かれている。
ーーそういえば風属性は!
ーー吹き飛ばす力がとてつもなく強いんだったぁーーっ!
「だから相手を見ろと言ってるのよ。」
上段突進「ロスト・ルナライト」風属性
斧が弾き飛ばされてすぐ、クリシアの剣技が終わる。
凄まじい速度でディレイを終えたクリシアが、ポケットに手を入れた。
雑巾のようなものを俺の手に持たすと、剣術も何も無く殴られる。
「めぐしっ…!」
「はい、まず1点。鼻血が出るでしょう? それで拭くことね。」
ーーちっ…なんて女だ…。
ーーこの俺が…まるで赤子扱いだぜ…。
「くっ…クリシアのねーちゃん! 一発当ててやるからよ!」
「期待してるわ。そろそろコーヒーの1杯でもおごってもらわなきゃね?」
バックステップしてすぐに、斧を水平にして盾のように構える。
同時に斧の刃が、黒色の光を帯びる。
「来いよねーちゃん。おごってやるぜ!」
少し黙ったクリシアが、腰にしまうような動作で剣を構えた。
光属性の魔術が、彼女の直剣を明るく輝かせる。
「はっ…!」
駆け出したクリシアの剣は、まるで磁石みてぇに斧の側面に吸い込まれて行った。
薙ぎ払われるはずだった剣が、光属性の刃を明滅させる。
直剣下段なぎ払い「ファイナル・アタッチメント」光
受け止めると同時に、俺の斧に引き込みようにして身体を一回転。
滑るように転げたクリシアへ、反撃の重撃。
「喰らえ! カウンター・バッシュっっ!」
斧の刃先を推進代わりに、回転させるようにして柄を突き出す。
反撃「カウンター・バッシュ」闇属性
クリシアの肩へと闇属性の柄による痛撃が吸い込まれ、重々しい音を立て…ることすら適わなかった。
「なあに? よく見えなかったわ。」
俺とすれ違うようにしてよろけていたクリシアが、真っ直ぐに突っ込んだのだ。
柄は何も無い虚空を虚しく貫いたすぐさま、俺と一緒に刃先ごと吹っ飛んだ。
「ぐへっ!」
「んー…もうちょっとよ。
私、やっぱミルクティーにするわ。」
俺は緊張しながらも、同時に歯を食いしばって笑っていた。
斧を脇に抱えるようにして担ぐと、同時に蒸気を上げながら駆け出す。
「喰らってみやがれぇーーっ!」
抱えた斧をクリシアへ振り払うが、彼女は立ち止まって構えている。どうやら当たるギリギリで回避するつもりらしい。
「遠慮するわ。」
振り払った斧は蒸気を帯びていて、持ってる俺さえ蒸し暑い。
クリシアは華麗なバク宙で避け、即座に剣を腰にあてがうような構えだ。
だが、俺のスペルウィザインはまだ終わっていない。
「うっ…らぁっ!」
反転させる動きでもう一度斧を振り払う。
だが突進してきたクリシアの横腹に両手斧が触れるその直前に、俺の胴を彼女の剣が押し込んだ。
「スチーム・トレイン」水属性2連撃
「ヘイトレッド・パイル」火属性下段刺突
俺のは蒸気機関車を模した剣術だったが、彼女のはその上をいく凄まじさだった。
「パイル」、杭なんてチャチなもんじゃあねぇ衝撃が胴体を打ち付ける。
「ぐはぁっ…!」
何メートルか吹っ飛び、身体が地面に打ち付けられてバウンドする。
オレはそこでさっと斧をかざし、地面を叩くようにして受け身をとった。
「今の1撃…2撃かしら? よかったわよ。あとちょっと付き合いなさい。」
「もちろんだぜ!」
後ろへ刃先を向け、斧の重たい刃をひきづるようにして駆け出す。
クリシアは振り上げやらスイングやらを予想するだろうから、反応が遅れるはずだ。
「受けてみるか?!」
斧の刃先に炎が燃え、ドクドクと脈打つようにして火花を散らす。
「遠慮するわ。」
「賢明だぜ! カノン・バッシュ!」
それは一瞬のうちに柄まで上がってくると、その勢いのまま柄から飛び出した。
炎の弾丸が、俺の前方…クリシアの道着へ飛びかかる。
単発遠距離打撃「カノン・バッシュ」火属性
「なっ…!」
クリシアも驚いたようだったが、即座に剣ではじき返した。
俺も炎の反動で動けないが、不意打ちを受けたクリシアはとてもすぐには反撃してこないはずだ。
来た時には、俺も受けて立つ。
「こっち見ろおらあ!」
「チッ…。いいわよ、面白いわ。強くなってるじゃない!」
ニヤリといたずらに笑ったクリシアに、俺は両手斧を肩に担ぐことで応えた。
クリシアが剣を肩まで引き絞ると、刀身が雷で輝く。
俺が腰を落とすと、両手斧が気味悪く笑う。
「覚悟!」
「できてるぜ!」
引き絞った剣が突き出されたのと同時に、俺は膝を使って勢いよく飛び上がった。
剣とともにクリシアが突進してくるが、恐るることなく空中から斧を振り下げる。
「おらぁっ!」
流石に頭に直撃すると致命傷は免れないが、これは競技用の柔らかい奴だから問題ない。
だからこそクリシアの剣撃で吹っ飛ぶことが、凄まじいことだと感じる。
「くっ…上から?!」
闇をまとった両手斧が、半月を思わせる動きで叩きつけられる。
突進してくるクリシアを追い抜くと同時に、それが彼女の頭部を叩く。
闇属性兜割「ターミネート・ムーン」
突進刺突「デサイシブ・ピアーシング」雷属性
「……よっ…と!」
だが、突進してくる相手を追いかける動きじゃあ追いつけない。
クリシアとあらば、向かってくるのを受け止める動きじゃあなければ。
「ふぅ…。」
だが一方的に殴られる状況は、もう通り過ぎている。
ここからは俺のターンだ!
「まだ行けるか?!」
「ええ。……来なさい!」
俺は両手斧から左手を外すと、たかだかと振り上げた。
手の中で斧の残像が、小さくなって浮かび上がる。
「耐えられるかぁっ!」
俺はそれを、真っ直ぐに振り下げた。
残像が回転しながら飛んでいって、クリシアの肩へ刃を向ける。
うっすらと見える斧の残像が、更なる獲物を求めて駆けてく。
無属性遠隔攻撃「ハント・レス」
「遠距離が好きなのね。」
しかしクリシアは、小さく横に軸をずらすことで避けた。
左肩へ当たるはずの斧が、虚空を切って消える。
「………? リュウ?」
剣を構えたクリシアが、キョロキョロとあたりを見回した。
俺の姿を探しているのだ。だが、俺はすでに彼女の死角…、足元まで近づいている。
「?!」
「喰らえぇぇーーっ!!」
手斧は単なる牽制だ。近づいたクリシアの肩へ、斧を振りかざす。
ビリビリと唸る黄金の刃が、彼女の足元を横に薙ぎ払われる。
突進下段なぎ払い「ボルト・アタッチメント」雷属性
「ひぁっ…!」
足をすくうような斬撃だからか、クリシアが声をあげて転げた。
そこで斧をしまい、手を差し出す。彼女が起き上がってから、息を吐いて尋ねる。
「おい、今のはセーフなのか?」
「……そうね、いいんじゃない? じゃ、後で紅茶館いきましょ。」
こくこくと頷いて、俺は斧を背負い直した。
同時に右腕を天に突き出し、空を掴むようにして飛び上がる。
「イェーーッ!」
「じゃ、フルージュのとこ報告するわよ。」
そう言って歩き出したクリシアへ、俺は「待ってくれよー」と半分ダッシュでついていった。
サイフの中身を確認する必要があるだろうが、彼女に1度でも斧を当てられただけでかなりの成果だ。
「うしっ!」と心の中で叫ぶと、同時に拳を握る。
これは競技用だが、剣術部隊のテントに俺専用の両手斧が置いてある。
はじめは重かった両手斧も、今では頼もしい重さと軽やかな身振りを兼ね備えた良い相棒だ。
いつか俺の命が朽ちたとしても、あいつだけは誰にも渡せねぇ。
護身用のナイフも結構使ってるのは秘密だ。