お姉様がいなくなって一晩が過ぎ、闇妖精の街、騎士団の本部にてボクらはある人たちを待っていた。
双竜王…と呼ばれている、二人の女王陛下だ。
地、リリスの大陸を管理する狐の女王、「イトカク・アラベル」。
空、アルテミスの大地を支配する鷹の女王である、
「メグ・シュトリーネン」。
ここアヴェイロンは、二人の家があるとかで一緒に管理してるらしい。
新聞によると、狐の女王の苗字は旧姓で、今は変わってるらしい。だけどそれは、ほとんどの人が噂として聞き流している。
あの戦いのあと、ボクはすねるようにして寮へ帰ってしまった。
結局、綺羅の一人称のゆえんも、戦う前にお願いしたことを聞くこともできなかった。
ーー守らなきゃいけないものがありすぎるんだよお...。
「みなさーん! ちゅーもーく!」
高らかな声を聴いて、ボクは姿勢を正した。
ステージを見上げると、2枚の黒いロングコートが目に付いく。
片方は、ロングコートの背中から伸びる漆黒の翼とボクより銀が強い白銀の短髪。
もう片方は、ロングコートの腰から踊る金色の尻尾と同じ色の髪。
どちらも少しふわっとしたセミロング程度だけど、その印象が両極端だった。
この二人の距離がやけに近いのはいつも通りで、グイグイと詰め寄るように指を絡める金色の女王と、誘うように手を引く黒銀の女王といった対照的な様子も伺える。
「あー…、先日の襲撃への対応、おつかれさまです。話を聞いた限りでも、素晴らしいものでした。それと、帰らなかった人たちへお悔やみ申し上げます。」
少し落ち着いた声の主は、銀髪と黒い翼…赤鷹の女王だ。
「それで、顔の付いたドールがいた…って話だよね? 会ったよーって人ー?」
最初のあいさつと同じ高らかな、少し幼びた声。
金髪と尻尾が特徴的な、妖狐族の女王のものだ。 「手あげてー」という風に右手を上下させながら、アヴェイロンの騎士たちを見回す。
「二人…だけ…ですか…。」
手を挙げたのは、ボクと綺羅だけだった。もしお姉様がいればあげていたし、彼女なら自分から情報を話したはずだ。けれど、それはもう叶わない。
ボクら2人しか手を挙げなかったのは、そういうことだと理解した。
「メグ、あの黒髪の子....。」
狐の女王が、先頭にいるボクがギリギリ聞こえる程度の音量でささやいた。鷹の女王もこくりとうなずいて、小さな声を返す。
「うん....イトアヤだよね。なんでここにいるんだろ?」
すると、狐の女王がかしげていた首を戻した。
綺羅のいる遊撃部隊の旗を指さすと、鷹の女王にウインクして口を開く。
「よし、呼んでみよっか。イトアヤ、顔つきのドールってどんなだったの?」
遊撃部隊の人たちがざわざわと小さく騒ぐ中、一人だけ落ち着いた表情の人間がいる。綺羅だ。
双方の女王がやっぱり...と言いたげな仕草をみせると、もう一度呼びなおす。
「いとあ.....いっ!」
口を開いた瞬間に、小さな声を漏らして指を抑えた。
そこを少し見てから、鷹の女王にその部分を見せる。騎士団がざわざわと揺れたのを確認して、あわててかぶりを振る。
「あ、ごめんなさいっ 静電気が走っちゃって...てへっ。」
赤鷹の女王が黙り込んだ後に、もう一度綺羅を指した。さっきに続いて流麗な語り口調で、綺羅に質問を投げかける。
「じゃあ....えっと、遊撃部隊のあなた。ドールについてわかることがあったら教えていただけますか?」
「はい、やつは重槍と魔力を反射させる能力を持った、ヒト型のドールでした。私が対峙した時は....ーーーーーー」
30~40分程度綺羅が話して、両陛下がうなずいた。
鷹の女王はノートを取って、狐の女王は詳細を質問するという形式で綺羅が話して、それを終えてすぐに二人はボクを指した。
「....剣戟部隊のリリちゃん、クリシアさんのこと...ご愁傷様です。
彼女が言ったことに間違いはないですか?」
あ...綺羅の言ってたこと聞いてないや。とりあえずこくこくとうなずくと、ボクの右手の中で何かが作られる。
紙だ。白紙だけど、すぐに隣から雷属性の魔術が飛んできた。
それは紙の上で踊ると、写真を現像するのと同じような理屈で文字が浮かんでいく。
【「ボクには見えてた」...ってどういう意味?】
それを読んで、綺羅から送られたものだなと理解する。
ボクは少し迷ってから、「いえ」と叫んで顔を上げる。
「不思議なことが...起こったんです。まるで時間が止まったような気分がして、目の前に少し先の未来が見えるような....。」
そこで言葉が尽きて、舌と指が空回りしだした。
周りの騎士たちがざわざわとしたのを認識して、さらに口が回らなくなる。
「.........イトカク、あとであの子の話聞いてみよ。きっと、とても大事なことがあると思うの。」
赤鷹の女王がそうつぶやいたところで、ボクはほっと胸を撫で下ろした。
狐の女王がこくりとうなずいて、「面白そうだし!」と笑ったところで鷹の女王が、ボクに小さく微笑みを向けた。
やっぱり王様は小さな礼儀が丁寧だなぁと感じると、それを待ってたみたいに電気が飛んでくる。
紙の上でもう一度踊ると、同じような筆跡で文字が書かれる。
【莉里のぶきっちょ!】
「もう! 綺羅はわかってないんだもん!」
軽く癇癪を起こしてから、それをくしゃくしゃと握る。
落ち着いてからポケットに詰めると、ちょうど鷹の女王が片手を挙げた。
それを見てさっと姿勢を正すと、両女王がお辞儀した。
ボクらもそれに合わせて頭を下げ、戦後の反省会は終わり。
騎士団がバラバラと別れたところで、ボクはXの字に輝く11個の星星を模した旗を探した。
「綺羅、ひどいよ。」
遊撃部隊の旗。そのすぐ下に、黒いロングヘアを見つける。
茶髪の短髪も見つけたけれど、綺羅はボクに気づくと何かを囁いて駆け寄ってきた。
「だってホントのことでしょ!」
そう囁きながら、綺羅はボクの襟を掴んだ。
半分に折り曲げて、下に降りてボタンを閉める。
「ボクがぶきっちょなのは!
ずっと前からわかってる事でしょ!」
彼女のシャツを掴んで引っ張ると、綺羅が一瞬歯をきしませた。
すぐに牙を見せ、ボクのボタンを離して叫ぶ。
「だから私がいるんじゃんか!」
それを聞いて、ボクははっと目が覚めたような気持ちになった。
綺羅から少し目を離して、唇を人差し指で抑える。
あとで気がついたけど、これはお姉様の何かを考える仕草だった。綺羅はその仕草を見て、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「あ…あの、ごめんなさいっ!
言い方、ちょっとキツかったよね?!」
彼女のそんな顔を見て申し訳ないのが半分、同時にどこか嬉しいような感情を半分で感じていた。
「ううん、綺羅がそーいうの言うことってあんま無いから面白くって。かわいーよー?」
そう囁きながら彼女の黒髪を撫でる。
気恥しそうな、それでいて嬉しそうな彼女の顔が、ボクはとても素敵だと感じた。
「もう…。」
「えへへっ」
少しいたずらに微笑んでみると、綺羅がボクの右手を掴んだ。
ボクの身体を強ばらせてから、ボクの耳元に唇を当てる。
「莉里、言わなきゃいけないことがあるんだ。来て。」
「んっ...うん...。」
くすぐったさで声が上ずりながらも、ボクは小さな動作でうなずいた。
綺羅がそっと離れる。そして、不敵に笑って見せた。
ボクもつられて微笑むと、彼女が右手を伸ばす。
ボクの唇を人差し指で抑えて、もう一度ニカッと笑って見せる。
ボクもそれに合わせるように彼女の唇をふさいで、微笑みながら少し距離を離した。
「じゃ、どこで話すの?」
「来てって言ってるでしょ。」
綺羅に手を引かれながら小さくうなずくと、旗のないテントまで連れてこられた。
その中に引っ張られてすぐ、中の小汚いベットに押し倒される。
「?! 綺羅、何するの?」
ぎぃぎぃと音を立てて揺れるベットが、ボクの不安を逆撫でた。
彼女の瞳の光が、陰になって消える。ボクは何故だか怖くって、まんざらでもないのに両手を振り回して暴れてしまう。
綺羅に頬を叩かれてから、ボクは身体の動きを止めて彼女の瞳を見つめた。
「莉里...、オレに隠してること。あるでしょ?」
「言ってないことは..あるけど...。」
あるけど、それは普通なら言うまでもないことのはずだ。
綺羅は「そうなんだ」と呟きながら、ボクの唇を撫でた。
「そっか。じゃあ、先にオレから言わしてくれる?」
彼女の優しげな表情に負かされちゃって、ボクはこくこくうなずいた。
綺羅も今までみたいなイタズラな顔じゃなくて、どこか悲しげな笑みを浮かべる。
「オレね、ホントは…えっと、男の子なんだ。」
[newpage]
「オレね、ホントは…えっと、男の子なんだ。」
オレがそう囁くと、彼女…莉里は、驚いたって文字が読めちゃいそうなほど驚いた表情を見せた。
「えっ…?! 嘘?!」
彼女の柔らかい唇、細長いまつ毛と、薔薇のように綺麗な紅い瞳。
そよ風に合わせてなびく白銀の長髪は、とてもオレみたいな真似っ子じゃあ表せない美しさだ。
「嘘じゃないもんっ。」
そう囁いて、間も開けず彼女の喉を指す。
莉里の身体は暖かくて、離したくないほどだ。
だけど、今そんな弱さは見せれない。彼女の喉をグイグイと押してすぐに、少しイタズラにこう問い質す。
「莉里も隠してること、あるんでしょ。教えてよ。」
すると、彼女はどこか迷うような仕草を見せた。
左手が顔の近くで行く手なく揺れて、瞳があたりを見渡すようにくるくる。
オレはそんな彼女の動作を、1つだって逃さない…そんな風に思いながら見つめ続けた。
すると、右目に少しの違和感。埃っぽいせいかな?
すぐに、莉里が呟いた。
「ボクもね、ホントは…。」
「うん、ホントは?」
だけどすぐに、視界の違和感に気づいた。
莉里の指が、右の視界と左の視界、全然違う場所で揺れてる。
すぐに意識を戻すと、莉里の姿が1つに戻った。
すぐに莉里が、なぜだかわかんないけど驚くような姿を見せて、オレの両肩を掴む。
「えっ?! あ…えっと、男の子なんだ…よね。信じてくれる?」
オレはこくこくとうなずいて、莉里の左手を掴んだ。
すぐにさっきと同じように指の動きを見つめると、また2つの情景が重なる。
すると、ひとつの法則に気づいた。左目の情景は、右で見た情景を追いかけるみたいにして動いてる。
「莉里、試したいことがあるの。ちょっといい?」
莉里はうなずいてすぐ、「ボクにできることなら」と付け加えた。
まず布団から持ち上げて、外まで連れ出す。
護身用のナイフを握らせて、少し離れる。
「1回、好きな動きを5秒後にやって欲しいの。今からカウントするよ?」
莉里は少し戸惑うような動作で、こくりとうなずく。
オレは「はい、5秒前!」と叫んで、彼女の動きを見つめた。
すると、右目に映る莉里が動き出す。右手のナイフを小さく突いて、反転させて上から刺す。
「刺突、反転させて上から刺す。」
すぐに集中を解くと、莉里が動こうとしてそれをやめた。
さっと振り向いて、オレに問いかける。
「?! なんでわかったの?」
反転というのは、ただ逆手に握るんじゃない。この騎士団のナイフは少し特殊で、双方の先端にあるボタンで刃が出し入れできる。
柄の中で刃がスライドして、反転してくるって仕組みだ。
ボタンは銀色の筒状持ち手の、双方の先端。
小指で結構強めに力をつければ反応する。
「ううん、オレもよくわかんない。意識を集中させると、少し先の未来が見えるんだ。」
オレの答えは、少々期待はずれだったはず。莉里の表情には、ぽかんとした謎だけが見える。
「綺羅、それホント?」
莉里の質問はもっともだ。
意識を集中、右目に映る情景を見る。
「莉里、君は左手で髪をとく。」
莉里がすぐにそれをして、オレは面白くって笑ってしまった。
「綺羅、ひどいよ!」という彼女の言葉に、更に口を抑えて笑っちゃう。
「アハハっアハハハハーっ!」
「もう! 綺羅のイジワル!」
そんな莉里が可愛くって、オレはなんだか感じたことない気持ちを感じた。
彼女の言葉を聞いたり視線を受けたりすると、動悸が速くなって身体がホカホカする。
「………莉里。」
それでいて、この子を守りたいって気持ちを感じる。それなのに、この子をいじめてみたい…って気持ち。
「綺羅?!」
オレが動き出す直前の動作を見て、莉里がオレの名前を叫んだ。
そのまま駆け出して彼女の肩を掴むと、そのまま押し倒して…って寸法だ。
だけど、莉里に読まれてたみたいだ。しゃがんでオレの手を回避すると、そのまま後ろに回ってオレの首をしめる。
そのままナイフをほっぺに突きつけると、莉里はわざとに機嫌の悪い仕草を見せながらこう呟いた。
「綺羅。さっき押し倒したら何しようとしたの?」
?!
驚くなんてものじゃない。自分がやろうとしたことを、1から100まで読まれるなんてびっくりを通り越して怖い。
「いや! 離して!!」
両手を振り回して暴れると、莉里がさらに首を締め付けた。息が少し苦しくなると、オレは暴れる気力もなくなってしまう。
「綺羅、それボクが言うはずだったやつだよ。あのまま押し倒されてたら。」
そのまま呻いていると、莉里が手を緩めた。ここで刃向かったりも出来ただろうけど、それは諦める。
緩めたままテントの中に入れられると、ベットに押し倒された。
さっきとは逆で、莉里にオレが押し倒される状態。
「綺羅、こーしたら、どうするつもりだったの?」
無意識のうちに歯が食い縛られてて、口の中でギリギリと音を鳴らしていた。
硬い顎を持ち上げて、莉里へ答える。
「その…、キスして落ち着かせたら、首しめてみよっかな…って…。莉里、きっと可愛い反応するし…。」
莉里にそう呟くと、その顔が一瞬拗ねたみたいに膨れた。
すぐに笑みを戻したけど、その顔にはどこかイジワルな表情が見えた。
「ふーん」
そう呟くと、莉里の顔が近づいてきた。
オレは恐る恐る「な…何…?」と尋ねるけど、それは無視されて唇を塞がれる。
人差し指での挨拶じゃなくって、莉里の赤い唇で。思ったより暖かい感触が、唇を撫でる。
「ふぅ…んっ…っ な…何するの…?」
「さあ、何するでしょー?」
その顔が、さらに意地悪く笑った。
同時に莉里が手をあげて、オレの首に当てる。体重のかかった両手が、オレの首を押さえ込んでいく。
「綺羅、可愛い。ほらほら。えへへ…。
可愛いよー?」
「カハッ…クッ……いっ…。」
力なく両手を振り回しても、莉里の力は弱まらない。
少し暴れて腕が動かなくなると、莉里はその手を離した。
「ふぅ…。カハッ……ゲホッ………うぅ…っ…」
はぁはぁと息を吐きながら、オレは莉里を睨みつけた。
莉里の顔が、少し申し訳なさそうにすくんだけれど、すぐにイジワルな笑みを吹き返す。
「ほら、わかったらもうそんな事しないでよね。」
彼女の瞳をずっと見つめていると、右目がもう一度未来の情景を映し出す。
莉里も申し訳ないと感じていたみたいで、オレが何かしなければ慰めてくれるって。
「…………莉里のバカ。」
「…………ごめんってば。綺羅にばっか攻められるの嫌だったから…。水、飲むでしょ?」
息の苦しさと喉の痛みを感じながらも、オレはこくりとうなずいた。
莉里が出してくれた水を飲んですぐ、莉里の顔を睨む。
「ごめんって。許してくれない?」
「……元はオレのせいだし。」
そう呟いて水を飲み干すと、莉里の表情が少し明るくなった気がした。オレはそんな彼の仕草がどこか可愛らしくって、憎めないなと感じる。
莉里がにっこりと、今度は悪意の見えない清純な笑みを見せて口を開いた。
「じゃあ…あっち戻ろっか。ボク剣戟部隊のとこいるから…」
「あっ! イトアヤ!! こんなとこいたんだ?!」
だけど、その高らかな声が響いて莉里の言葉をさえぎっっちゃう。
狐の女王だった。黒いコートは脱いでいて、赤と黒のジャージと朱色のスカートが肌を守っている。
「イトカク、さっき怒られたのにこりないね…。リリちゃん、その…未来が見えるって話。昔聞いたことがあるんだけど、詳しく聞かせてもらっていいかな?」
彼女の後ろから、鷹の女王が顔を見せた。
背中の大きく空いた濃紺の詰襟と、同じ色のスカート。背中の隙間からは、黒い翼が揺れている。
「………えっと、それはボクに限った話じゃあないんですよね。
綺羅も未来が見えるみたいなんですけれど…、ボクのは、ふと未来の情景が映し出されるんです。
その間は時間が止まっていて、未来の情景だけが頭の中に閃くんです。」
莉里の言葉に、少し違和感を感じた。
オレの時は少し意識を集中させると、右目に違和感、続いて未来が映り出す。
右目には未来が映されるけれど、その間も左目は【今】を写し続ける。
「へぇ…。今まで発動したのは?」
「前回、お姉様が亡くなった時に一回、さっき綺羅と遊んでた時に一回…です…。」
ーーーあの時のカウンターは、それだったんだ!
ーーーずるじゃん! イカサマだよ!!
「なるほど。その時、いつも考えたりすること…ある?
私が聞いた伝説だと、【変えなきゃいけない】、【変えたい】って考える時発動するって。」
鷹の女王の質問に、莉里はこくこくと頷きながら「おっしゃる通りでした」と呟く。
ーーーこういう事務的な会話をしてる時の莉里、知的でかっこいいし好きだなぁ…。
「別に私が言った話じゃないよ。それで、イトアヤのは?」
2人が言ってる名前にはちょっとした理由があるけど、莉里には【莉里でいうガブリエルみたいな、あるけど使わない名前】と説明するつもり。
わざとにむすっとした表情を見せながら、オレは赤鷹の女王に答えを返した。
「………キラです! 私のは、意識を集中させると右目に未来の情景が映し出されるんです。」
鷹の女王がメモし終えたのを見て、オレは目を合わせてから言葉を続けた。
狐の女王が文献らしきものを持ってくると、それと鷹の女王のメモを比べるみたいにして眺める。
「その間も今は進み続けるし、左目には【進み続ける今】の情景が見えてます。だから、場合によってはこんがらがったりも…。」
そう苦笑いまじりで話すと、狐の女王が「やっぱり」と鷹の女王に文献を見せた。
鷹の女王がそれを覗くと、「そうだね」と囁く。
「………なるほど。莉里ちゃん、あなたのお姉さんなんだけど…、まるで、少し先のことがわかってるみたいな仕草したりしなかった?」
オレもクリシアの記憶を思い返すと、何度かそれらしいことはよくあった。莉里とオレが彼女と一緒に歩いていると、彼女がオレの手を強く引っ張ったんだ。
すぐあとにオレのいた場所に野球ボールが飛んできて、その延長線上にあったドラム缶を吹き飛ばした…って思い出がある。
「いくらか…。莉里は?」
ふと横を覗くと、莉里が床を見つめて考え込んでいるのが目に付いた。
天敵を察知した小鳥のような、絶望したって文字に書かれたような顔。
「莉里?!」「リリちゃん?!」
莉里はオレたちの声を聞いて、はっと目を合わせた。
その顔を大きく歪ませると、眉をひそめてなげくように叫ぶ。
「まだ終わってない! 奴らが来る!!」
「え?」
軽く首をかしげると、彼はオレの肩を掴んで叫んだ。
「神獣だよ! 綺羅が危ない!!」
神獣、それはゲートからやってくる動物型の侵入者だ。ここアヴェイロンで、まずやってくる知能のないバーサーカー。
「えー? なんで私?」
そのままオレの両手に降りてきて、手首を掴んでひっぱりだす。
時計塔を指さすと、「まだ大丈夫!」と叫んだ。
「綺羅、11時と3分に奴らがくる! それで、綺羅に何かしてくるんだ! 自分の身を守って!」
オレも続けて時計を見ると、10時43分を指していた。莉里が言った時間まではちょうど20分。
「………イトアヤ、私たちも守るよ。あなたのこと。」
鷹の女王がそう囁くと、それに続くようにして妖狐の女王がオレの横に出る。
ビリビリとうなる雷の魔術が、彼女の腕に満ちていく。
「私が先陣を切る! リリちゃんはついてきて! メグとイトアヤは中距離から援護を!」
ジャキッ…という鋭い音を立てて、狐の女王の両手指から鋭い爪が伸びた。大きさはオレの双剣と同じか、少し大きい程度だ。
続いて、鷹の女王が手を大きく伸ばす。それを横へ振り上げ、彼女はこう叫んだ。
「赤鷹の大剣よ! 我の元へ来い!!」
その声に呼応して、大きな両刃の剣が飛んでくる。
鷹の女王がそれを構えると、時計塔が鐘を鳴らした。
一回、二回、三回、四回……合計十一回、【11時】の鐘だ。
「………綺羅、気をつけて。今回の敵は君を狙ってる。」
「………わかってる。莉里も気をつけて。」
すると、ちょうど3分を時計が指した。
もう充分焦っているのに、体感時間の速さがそれを加熱させる。
そしてすぐに、その音色が響いた。ててて ててて てん…という、簡単なピアノの音色。
それに重低音と、一つ一つの音に和を重ねた重々しい警報音。
「やっぱり。莉里の見る未来…っていうの、すごく繊細で精密。」
「関心してる場合じゃないよ。綺羅を狙ったのはフクロウで、両目に穴が空いたみたいな真っ黒い瞳のちっちゃいのだった。」
ちっちゃい…といっても、一般人の家程度は優に超えるサイズのモンスター級だ。
「りょーかい。どのタイミング?」
莉里にたずねると、決まり悪そうに頬をかいた。出てきた答えは、容量を得ない呟きだ。
「さあ…。ゲートが開いた今と、フクロウが出てくるとこまでどれくらい空いてるか…。」
すると、1体目の神獣がやってきた。
ぐるるるる…という唸り声は、犬だ。オオカミより少し茶色の混じった毛色だけれど、その牙や瞳孔から燃え出る殺意はそこらのオオカミなんか比にならない。
「ふぅ…。」
鷹の女王が息を吐くと、それを合図に狐の女王が叫ぶ。
「イトアヤとリリちゃんは後ろへ!!
私たちがヘイト取る!」
そう聞いてすぐ、莉里が剣を構えた。
その刃に魔力はついてないけど、刃で燃える殺気はワンコになんか負けてない。
「やぁっ!」
オレは剣を握りつつも、堅苦しい構えは取らずに駆け出す。
まず莉里の剣が、獣の肩を引き裂いた。
すぐのは抜かずに、それをめり込ませながら自らも飛び上がる。
「はっ!!」
同時にオレも、犬の腹下へ滑り込む。
中でひとしきり切り裂いてから、空中から降りてきた莉里と合流する。
「莉里、こいつ何が効くのかな?」
オレはそこで尋ねながら、剣を擦り合わせていた。刃どうしを擦って、研磨する。
すぐに莉里が、不器用な返答を返す。
「闇か光、無属性ならどいつにも間違いないよ。」
そう聞いたオレも頷いて、剣を最後に強く磨いた。
すかさず無造作に両手を引き絞り、飛び上がる。
「だね。……らぁっ!!」
空中で一回転して勢いをつけると、オレはそのまま双剣を突き出した。
1回目が獣の腿をさして、次に両手で背を二撃。最後に、片方の剣を脊髄に突き刺す。
4連撃「[[rb:蝶翼刃撃 > チョウヨクジンゲキ]]」光属性
「わわっ…莉里! 追撃して!!」
すると、刃が刺さったままに獣が暴れ始めた。
すぐさま左手の剣を逆手に持って、それを少し下に突き刺す。
すぐに右を抜いて、逆手に持って刺しながら、左手は抜いて引き絞る。
両手で交互に突き刺し続けると、しばらくして獣の揺れが止まった。
「やった!! このまま貫いて!!!」
叫びながら、順手に持ち直した左手を真っ直ぐに突き出す。
莉里は片手直剣、鷹の女王と狐の女王は聖なる大剣と爪なんだから「斬って」もしくは「切り裂け!」くらいが適切だったはずだけど、かなり自分の動きに引っ張られてたみたい。
「ふっ……らぁっ!! やぁーっ!!」
右手はそのままに上へ刎ねあげると、左手が瞬時に2回閃く。
その間に順手にした右手で4回振り払い、すぐさま両の刃で7つの切り傷。
「ーーーたぁっ!!」
最後に、全力を込めた両刃を叩きつける。
剣でつけた傷は数えてみると17個。だけど腕にかかる負担と目に見えない重連撃は、その剣戟名を安易に信じてしまいそうだ。
雷属性17連撃「決死百連斬」。
「ふぅ…。メグさん! トドメを!!」
鷹の女王はオレの叫びにうなずいたあと、剣を大きく振り上げる。そこから光の刃が伸び上がり、白銀の魔力が剣をつつんだ。
「うん! イトアヤ!
…醜きケモノよ! この神聖なる刃、その身に受けてみなさいっ!!」
大きく振り上げた剣を、光が伸びたままに叩きつける。
それは獣の顔を通り過ぎると、その身体を真っ二つに割いた。
薄緑の亀裂が広がり、獣を分解。空中で舞い踊る緑色のガラス片が、朝靄を鋭く切り裂いていく。
「莉里。一体目、討伐。もう一個来るはずだよね?」
莉里に尋ねる。少し黙ってから、「いつまでかはわかんないけど」とつぶやいて答えてくれた。
「けど…うん、フクロウが来るまでは確実に。」
「りょーかい。ほら、次が来るよ。」
莉里の答えを待っていたみたいにゲートが開き、次はまず大きな羽の音が聞こえた。
莉里と一緒に警戒するけれど、これはただの鳥。見た感じはワシだ。
「綺羅、こいつじゃない。」
オレもうなずいて、剣を握った。
すぐに振り向いて、狐の女王へ叫びかける。
「イトカクさん!! ヘイト!」
続いて狐の女王が振り返り、聖剣を構える赤鷹の女王へ叫びかける。
「わかった! あ、メグは中距離から弱点取って!」
「了解!」
その会話を終えてすぐ、オレは片方の剣を引きしぼり、駆け出す。
同時に狐の女王が駆け出し、オレを追い抜いた。
「「う………らぁっ!!」」
イトカクさんの爪と、オレの片刄剣が同時に突き出される。
炎を纏った双刃が飛び出すと、ほぼ同時にワシの翼を貫いた。
「きょきょーーーんっ??!」
双剣用の1撃、【[[rb:炎鵬撃 > カホウゲキ]]】単発刺突。
翼を貫いたことで、ある程度は飛行能力を削れたはずだ。
振り返り、「このまま削りきるよ!」と全体へ叫ぶ。
「うん!!」
莉里が返して、
「了解!」
鷹と狐の女王が答える。
そうして、オレは飛び出していた。
「はぁーーっ!!」
「綺羅、置いてかないで!」
莉里も共に駆け出して、同時に剣を振り上げる。
剣術なしに駆け出した莉里が、片手直剣に光を纏わせる。
「やっ!」
左腰まで引いた剣を、右上へ切り上げる動き。
直剣用単発多段切り上げ「デッド・カニバル」だ。
「うらあ!」
オレも叫び声とともに、クロスさせた双剣を振り上げた。
莉里の剣に合わせるようにして、交差させた三つの剣を振り上げる。
光属性突進二撃「[[rb:天光挟撃 > テンコウキュウゲキ]]」
三撃はワシの身体を体へ三つの爪痕を残し、その身体をふきとばした。
穴の空いた翼でバランスを取った時は驚いたけど、イトカクさんの叫びに「そうだね!」と返す。
「んなもんこけ落としよ! 行くよっ!!」
「もちろん!!」
鷹の女王が叫びかえし、両女王が剣ーー狐の女王は爪だけどねーーを振り上げた。
「「はぁーーーっ!!!」」
振り上げた剣を真っ直ぐに突き出し、鷹の女王の剣がワシを深くえぐる。ただの突進刺突だけれど、深い傷跡や聖属性の光はとてつもない威力なのが伺える。
それを追うように、狐の女王が右の爪を突き出した。闇属性の刃が、ワシの傷の少し右側を貫く。
そして彼女は、傷を闇属性で挟むようにして左手の爪を振り下ろした。
聖剣突進刺突「疾風刃」重症を与えるっていう技みたいだ。
狐の女王が発動したのは、闇属性突進二連撃の「星王月華」
「イトカク、ラスト行くよっ!!」
[newpage]
「ラスト行くよっ!!」
「もちろん!」
イトカクの言葉を聞き届けながら、私は剣を構えて飛び上がった。
薔薇を模したつばの飾りから伸びる、鷹の翼を模した深紅のつば。
つばからは嘴をかたどった金の魔法石、ラピスが聖なる力をくわえる。
刃は平たくて太い、鮮やかなスカーレットだ。刀身には、垂れ下がった大きな花の元に舞う鷹と、刃の上方で太陽と雨雲が合わせて踊る。
雨はささやかな涙程度だけれど、その風景はどこかで見たものだ。
「はぁーっ!!」
私は叫びながら翼を閉じて急降下、構えた剣を地面へ突き立てる。
すると剣を中心に、円形の魔法陣がどっと広がった。
魔法陣の中は、刀身を縮小したような簡単な図だ。
「メグ、抑えてて!」
魔法陣がワシを覆い切ると、イトカクが飛んでき
来る。
両方の爪を交差させて、それを大きく振り払った。ハサミのように組み合わせていた刃が、挟むようにしてワシを切り裂ていく。
「ふっ!」
光属性突進二撃「天光挟撃」
領域型光呪縛「聖陣」
「イトカク、こいつ怯ませて!」
そう叫ぶと、イトカクが「ううん」という風に耳を振った。
すぐに莉里ちゃんが、剣を振り払う。
「メグ…さんっ!!」
光属性の剣を、下段に大きく振り払う動きだ。
片手直剣用光属性突進「ファイナル・アタッチメント」
それを受けてすぐに、ワシが大きく怯んだ。
イトカクがこくりと頷いたのを見て、私も頷いて剣を引く。
「「忘れない…!」」
私が肩へ担いだ剣を叩きつけると、それに合わせてイトカクも右手を振り払う。
「「雨晴れ混じる……っ」」
私が剣を大きく勢いをつけて再度振るうと、イトカクも同じように左の爪を振るう。
この息のあった剣戟を見せれることが、私はいつもすごく誇りに思うんだ。
「「あの空を!!」」
すぐに私が剣を右へ振り切ると、イトカクは逆を右の剣を左へ。
反転させて左へ流すと、イトカクは左の剣を右へ。二人の刃が、ワシの間でかちゃりと噛み合う。
「「凛花っ!! ぃぃーーーぇ乱舞ぅぅーーっ!!」」
私はくるくると踊るようにして飛び上がり、イトカクは数回ステップを踏んで踊るように飛び上がる。
そのまま勢いをつけて、私は聖剣を、イトカクは左の爪を真っ直ぐに叩きつける。
「良い動きだったよ。」
聖剣用五連撃「凛花乱舞」
双刃用五連撃「血盟断罪」属性は重症。
イトカクへ囁くと、「あっ」と漏れた声が聞こえる。
続いて、「えへへ」と笑って私を見つめた。
「メグも…だよっ。」
そう聞いて、私も「ふふ」と笑う。
そして二人で笑っていると、ワシが青い光の破片になるのを横目で見た。
それが悪かった。ワシがあんなにもあっさりやられた時点で、私たちが気づくべきだったんだ。
「ぅっ……ああああぁーーっ…!!! だぁっ…うぅぁあっ!」
黒い長髪が大きく乱れ、その髪に薔薇の色が少し混じる。
そこから滴った雫は、涙は、薔薇と全く同じ深紅だった。
「綺羅?! なんで……右目に何かあったの?!」
右目を抑える手を、リリちゃんが握った。
そこから赤い涙が滴っているのに気づいてすぐ、イトカクが駆け出しながら走っていた。
「リリちゃん!! そこから離れて!!」
右の爪を大きく振り払うと、水色の残像が固まる。それは刃の形を作り出すと、リリちゃんの髪を巻き込んで闇へ消えた。
「ひゃっ…?!」
驚いたリリちゃんが後ろへ飛び退ると、リリちゃんがいた場所に赤い光線が飛んできた。
それは地面を刺して、その姿を消す。
「綺羅?!」
リリちゃんが叫んですぐに、それが姿を現した。
巨大な真っ黒い瞳、そしてさっきまでのより小さめの体格。
それでも一般人の家程度はある大きさで、私たちを見下ろしている。
「メグ……、あのくちばし…。」
イトカクがそう呟いたのを聞いて、そのくちばしを見直す。
青色の…飴玉? そう言いそうになってすぐ、イトカクの顔で察した。
「イトアヤの……眼球なの…?」
「みたい…だ…ね……。」
イトカクの言葉を聞いて、私は歯をきしませる。
それを飲み込んだフクロウの仕草を見て、私はついに剣を振った。
その刃に剣術はこもってなかったけれど、必要な感情はこもっていたはずだ。
「そんな…イトアヤを…?!
………っ! 貴様ぁぁーーーっ!!!」
けれどその翼に刃が差し込まれると、そのまま大きく弾かれてしまった。
魔術の壁か何かかと思ったけど、すぐにイトカクが答えを叫ぶ。
「………メグ! こいつ、多分バリア作ってるんだよ!
怒り…だと思う! 怒りを持った剣が効かない!!」
ーーー?!
まず、驚き。それからすぐに、一つの疑問が浮かぶ。
フクロウが動いてないのを見て、イトカクへそれを口にする。
「イトカク…。」
フクロウを監視しつつ、聖剣を握る拳を緩めて、その中の余分な空間で風を作る。
わざわざ魔術を固めたのは、剣じゃなかったら効くかも…という揚げ足取りだ。
ううん、これなら効くはず! その自信を魔力に込めて、撃つ…前にイトカクにたずねる。
「君って天然じゃなかったっけ?」
「もうっ! 私だって相手の能力くらい読むもんっ!!」
すねるように返してきたイトカクへ、私はぎゅっと抱きついて囁いた。
耳を探そうと髪をたぐってすぐ、「そっちか!」と思いながら爪先立ちで彼女の耳に唇を当てる。
「ふふっ。イトカクかわいーよー」
「ん……うん………えへへ…………。」
そうしている間に、私は風と炎の魔術を飛ばしていた。
目に見えない弾丸が飛び出すと、フクロウの翼を少しかすり、爆破する。
「あっ……見えないから、私も直撃させにくいのか…。」
今度は右手に炎をまとって、それを手のひらに凝縮。
その間に小さく呟くと、イトカクが首をかしげた。
「メグ?」
「ううん、魔術の弾丸なら当たると思って。ほら、フクロウの左翼。」
そう囁いてすぐ、凝縮した【爆発】の魔力を左手の風に纏わせる。
炎っていうのは、突き詰めれば【継続的な爆発】だ。
逆に、爆発ってのは【瞬間的な炎】と言える。
「食らってみる? 赤鷹の炎弾…!!」
風の弾丸に炎を混ぜるいわば「空気爆弾」、私が開発したこの赤鷹の炎弾は2つの種類がある。一つは、今使った自動追跡の接触弾。
これは勝手に追って、当たったら爆発。私は撃ってから追撃できる。
「くぅぅーーん?」
フクロウは「それが何?」と言いたげな鳴き声をあげて、地面に赤い光線を放った。口からのびる赤い線は、まるで舌のようにアスファルトを舐める。
すると、アスファルトがいきなり無くなった。私が驚いた一瞬の隙に、フクロウと炎弾の間にアスファルトが出現する。
「?! こいつ…、アスファルトで壁を作ったの?!」
そのまま驚いていると、炎弾はあっけなくその壁に当たって爆発した。空気が火をふく…、見えない弾丸は触れると爆発、この弱点がないと思っていた技を防御するなんて…。
「メグ、あいつの能力…、だんだんわかってきた。
あいつ、【奪う】んだよ。光線を浴びたモノから、部分的にモノを奪う。」
なるほどと思いながら、私は真っ直ぐに手を伸ばした。
右手で火属性を凝縮、伸ばした左手にできた風の弾丸にこもらせる。
発射する前に、伸ばした手の小指、薬指、中指を曲げる。
「えーっと…、フクロウが………メートル法でいっか。6メートルで…、イトカク、私の腕の長さ覚えてる?」
メートル法は、少し曖昧なヤードポンド法をきちんとするために考えた距離の単位だ。
イトカクは即答と言ってもまだ遅いほど、素早く的確に答えてみせた。
「50センチ。あまりが0.4。」
私はこくりと頷いて、フクロウを見つめる。
指と比べ始めてからすぐに、イトカクへ聞く。
「私の人差し指の長さいくらだっけ?」
「7と0.3。」
イトカクが教えてくれた数を元に計算すると、多分間違いない数値が出た。
私の弾速は秒速50メートルだから、40秒で到達。
「私が数えだしてから何秒経った?」
「32…、33…、34…。」
イトカクが言ってくれる時間を聞きながら、フクロウが動かないことを確認、目を瞑る。
「思い込む…ってさ、すごい怖い事だと思わない?」
「35…、36…、うん。37。思うよ。38…。」
イトアヤはリリちゃんが手当てしてくれてるみたいだから、安心して目を瞑れる。
視界という曖昧なものに縛られなければ、この弾丸ははずれない。
「39…、40!!」
「take up!!」
黒い翼をほんの少し、手で例えれば親指が下がる程度に揺らして点火。
フクロウの翼を大きく吹き飛ばしたところで、私たちは二人でニヤリといやらしく微笑むんだ。
「特に自分の能力を強いものだと過信してると?」
イトカクにたずると、彼女の楽しそうな顔に一瞬イトアヤのことを忘れそうになる。
「始末が、わるいっ!!」
私もそれに向けて微笑むと、イトカクが少し表情を変えた。
さっきと少し違う優しげな微笑みを見せると、そんな彼女に合わせて私も一緒に首をかしげる。
「「ねー!」」
そこで一旦会話を切って、私たちはフクロウへ目を向けた。
その顔に、少しばかり焦りが見えた気がする。もちろん、鷹とはいえ獣人族でしかない私にフクロウの表情はわからないけど。
「イトカク、やっぱり。一回、試す程度でいいんだけど爪で切ってみてくんない?」
イトカクは私の意図にすぐ気付いて、こくりと頷いた。
一緒に戦ったり、笑ったり、喧嘩したり、泣いたり寝たり。
そんな小さな日々の積み重ねで、私たちは結ばれている。その絆は、もはや説明なんか必要しない。
「やっ…!」
片方の爪を振り上げて、それを真っ直ぐに突き出す。
雷をまとっている刃は、片刄剣用の剣術みたいだ。
片刄剣演舞「悪鬼解」突進刺突
「どう?」
「うわっ…! やっぱりだよ! こいつ、人工の刃だけが効かないんだ!」
もう一度なるほど…と思いながら、私は右手に魔法弾を作り出した。
刃が無理なら、遠距離剣戟は行ける…なんて有り得ないし、イトカクも一応試してくれてるみたいだからまずは魔法弾。
「ん……火属性上位魔法弾、【火龍の憎悪】!!」
叫ぶと、ひときわ強い炎の光弾が飛んでいく。
真っ直ぐに飛んで行った火球は、壁の前で急カーブした。
上へ跳ね上がると同時に、そのまま降りてフクロウを狙う。
「メグ、ありがと!!」
火球は飛び退ったフクロウの奥、硬いアスファルトを叩いて終わってしまった。
けれど、その先はすでにイトカクがいる。右手をビリビリと唸らせたイトカクが、それを真っ直ぐに突き出す。
「喰らえっ! 雷属性範囲電撃…!【雷竜の狂気】っ!!」
突き出した右手から、鋭い電撃が地面を叩いた。
アスファルトを這うようにしてビリビリとうなると、ちょうどフクロウの足を痺れさせる。それを見てすぐさま、私は剣をしまって尋ねた。
「ナイス! ねぇ、こいつ指は効くかな?」
「うーん、やってみよ? 私のは推測でしかないし。」
イトカクの言葉も乗せて、私は指を揃えた。
親指を曲げて、他は真っ直ぐに揃え、伸ばす。
そのまま、自前の風魔術を指に流す。それは指の間を循環し始めると、鋭く指先をまとって刃に変わった。
「やぁっ…!!」
風の手刀を真っ直ぐに突き出し、しびれが切れてすぐのフクロウへ貫かせる。
羽毛に当たっても諦めずに、刃はそのまま真っ直ぐに突き出し続けた。
曲げた親指のところでちょうど止まったのをみて、私はフクロウの瞳を見る。
「どう?」
「くぅーーーん…。。」
真っ黒な瞳は星のない夜空のようで、見ていると私までもその闇の中に吸い込まれそうだ。
指を抜きながら離れると、羽毛に刃物が刺さった跡がきちんと残っていた。
「イトカク、なんかわかんないけど刺さるみたい。」
「だね。」
イトカクの相槌を受けて、一旦下がる。
すると、フクロウがくちばしを動かした。
何かを言おうっていうのかな? 私は少し黙って様子を見る。
「…………オジョーチャン、ヒダリメ、ドーシタノ?」
フクロウが、無理矢理に声音をいじったみたいな高音不協和な声を出した。
私は驚いたのが半分、その声に笑ってしまいそうなユーモアを感じた。
「?! え…えっと、これは…あの…言わなきゃダメ?」
眼帯について言ってくる人はいなかったから、私は少し戸惑うような仕草を見せてしまった。
次に返ってきたのは、落ち着いた声音の女性の声だった。
「…言って。どうしたの?」
こくりと頷いて、私は眼帯を外した。
私の左目は、空白。ただただ、左目が無い。眼球がなくてただ穴が空いてる、まるで【無いのが当たり前】とでも言われてるみたいな奇形。
「……これは、生まれつきなの。生まれた時から、左の眼球を無くして育ってきた。だから片目でもバランス取れる…っていうか両目の視界知らないし。」
フクロウは「ふーん」という代わりに、「くぅーーー」と鳴いて答えた。
すると、すぐにそっぽを向いてこう呟く。
「なるほど、話してくれてありがとう。………あ、こう言えば通じるか。gotta go(落ちます)。」
「ううん、別に。さっさと帰ればいいしもう来なくていい。」
フクロウはそれで翼をはためかせると、私の後ろへ飛んで行った。
さっきイトアヤを見つけたテントの直上に足をつけると、そこにゲートが開いてフクロウが飲まれる。
それが消えた時、フクロウの姿はそこになかった。
「…………イトアヤ、右目大丈夫?」
フクロウのことは一旦忘れて、イトアヤ…キラの元へ駆け出す。
しゃがみこんで黒い長髪の双剣士へ囁くと、彼女は右手を差し出して呟いた。
「…ぅ……ぁあ……め…ぐさん…。………眼帯一個かして…。」
「…………はい。」
眼帯とガーゼを渡すと、イトアヤは少しきょとんとした顔をしたあと、彼女を抱いてる白銀の剣士に囁く。
「莉里、つけてもらっていい?」
「あ………うん、えっと…先に血拭くけど、痛かったら言ってね。」
イトアヤが勝手に瞳を閉じたところから、この子はよっぽど信頼されてるんだなぁって感じる。
ハンカチでイトアヤの血をある程度拭くと、「よし」と呟いて黒いデザインのガーゼを当てる。そこへ、上から黒いデザインの眼帯をかぶせて、不器用に紐を合わせる。
「綺羅、これで大丈夫?」
眼帯とガーゼが黒いのは、私に似合うってのが半分と血が目立たないってので付けてる。
肌に着いたら流石に気になるけど、黒いアイパッチなら問題ない。
「うん……、一応。メグさんのは左目だから…お揃いというより、鏡合わせ…かな? 莉里、ありがとう。」
イトアヤの言葉へ、リリちゃんが「ううん」と返す。
私もこくりと頷いてイトアヤを抱き上げると、そのまま衛生兵の仮設施設へ連れてく。
ドームの上半分が吹っ飛んだから、それを直すまでは仮設施設で衛生兵するんだって。
「お、双剣のキラちゃんじゃーん! 右目どうしたの?」
衛生兵の一人が手を振ると、イトアヤが嬉しそうな顔を…することはなかった。
イトアヤは衛生兵の目を見ると、絞り出すようにして声を出す。
「………寝かして…。あと水、出血が酷いようだったら塩分糖分も…。」
「あ、はーい。かろちゃん、点滴の原液! キラちゃん、これ水ね。少ししてだるかったらかろちゃんのやつ飲んでね!」
イトアヤは大きなペットボトルを飲み干すと、そのままの勢いでベットへ転がり込んでしまった。私に出ていくよう手振りすると、莉里ちゃんを手招きする。
「………なにする気なの?」
リリちゃんが尋ねる。
すぐにイトアヤがこう返して、私は何かを察してここを出た。
「………さっきのお返し。」
少しして戻ると、今度はリリちゃんがゲホゲホ言ってたのを見て、私は衛生兵の施設を今度こそ後にした。
[newpage]
「綺羅、右目大丈夫?」
ボクが尋ねると、綺羅は心配無用とでも言いたげに笑ってみせた。
「大丈夫だよっ。眼帯似合ってるー?」
ボクはこくこくと頷きながら、鏡を取り出した。
綺羅の肩を引っ張って鏡を見せながら、彼の左目を見つめる。
「似合ってるよー? ね?」
「うーん…、鏡で見ててわかんないから聞いてるのに…。」
衛生兵の仮設施設で栄養補給したあと、綺羅にいじめられて拗ねて帰ったのが三日前。
やり返してほっぺ切られたのが二日前で、傷がある程度治ったからイチャイチャーーと書いて喧嘩って読むーーして仲直りしたのが昨日だ。
今は綺羅も痛みが引いてきたみたいで、今後どうしようかっていうのを今話してたとこだ。
「綺羅、あれからずっと未来が見えない…って言ってたよね?」
さっきふざけて見せたのも、重たい話を少しでも軽くするためだ。
綺羅は悲しげな顔を上げながら、目を背けて呟く。
「うん…、多分、右目が大事なものだったんだと思う。
今まで通り意識を集中させても、右目に未来が…なんてならなかったから。」
ボクはそんな彼の表情が見てられなくって、無意識に綺羅を抱き寄せた。
白黒のロングヘアが絡まり合い、同時に肌を暖かさが包む。
「綺羅…っ」
「莉里…?」
この子はボクが守らなきゃ…その気持ちは、今も変わってない。
だけど、今はもう一つの事も考えるようになった。
綺羅の右目や、お姉様を引き裂いた爪。その痛みを、やつらに知らしめてやりたい…そんな身勝手な気持ち。
「莉里…、オレはね、悔しいんだ。
莉里にそんな顔をさせちゃうことと、こうして慰められちゃってるのがすっごく悔しい。」
綺羅の言葉は、どこか違和感を感じた。
彼が言っておかしいとは思わない言葉だけど、【キャラが違う】みたいな違和感。
「もちろん、オレが痛かったから、苦しかったからってのもあるけど…。」
綺羅は苦笑い混じりにそう言うと、その目に重たくて強い何かを宿した。
右目をかるく抑えながら、ボクの目を上目遣いに覗く。
「………こんな気持ち、もう誰にもさせたくない。
………その為に、やつらをやっつけないと気が済まないんだ。」
綺羅はそう囁くと、ボクの襟を掴んだ。
そのままボクを引き寄せて、お互いの息がかかるほどの距離で目を合わせる。
「………綺羅…、君の言いたいこと、わかったよ。
やつらを許すことはできない。こんな気持ちを抱く人が、あーして傷つけられる人が少しでも減るように。」
ボクの唇を見た綺羅が、「その先は言わないで」という風にボクの言葉を塞いだ。
掴んだままの襟を引っ張って、お互いの血塗れたような唇を重ねる。
「…………っ?!」
小さな音を立てて離れると、綺羅は首を横に揺らした。
ボクの襟を離しながら、同時に左手はボクの手を握る。
両方の手の指が絡まり合うと、そこで彼は口を開いた。
「莉里、これからオレは危ない場所に行く。けど…、君には来いと命令したりはしない。来てくれと願うこともしない。」
綺羅は、ボクを傷つけたくなくてそう言ってる。それはわかるけれど、ボクはなんだか信用されてないようなもどかしさを感じていた。
「ううん、ボクも行く。独眼になってまだ日も浅いし、距離感とか視界のバランスとか、まだわかってないでしょ?
綺羅は、ボクが守らないと。」
そう囁いて見せると、今度は綺羅がそんな顔を見せた。
同時に少しだけ微笑むと、ボクの身体を抱き上げる。
ふとももと脇腹を抱えてすぐに、ボクに顔を向けてこう言った。
「そうだね。期待してるよ、莉里。
……莉里のことは、オレが守るから。」
綺羅の首に手を回して、黒い長髪を少しかきわける。
その一言を聞いてボクも、少し気恥ずかしいような気持ちを感じた。
「綺羅…。………うんっ!」
大きな動きで頷いて、ボクは綺羅に抱かれたまま寮へ送られた。
綺羅がフロントで少し手続きすると、ボクの手を引いて階段を駆け上がる。
5回の16号室ーーボクの誕生日は、奇しくも5月16日ーーに入ってすぐに、綺羅は一言をつぶやいた。
「莉里の部屋ってごちゃごちゃしてるね…。」
「だって色々使うんだもんっ」
綺羅が苦笑いしながらボクを見つめると、少しして変な気持ちになってくるのを感じた。すぐに首を振って払い落とすと、綺羅の目を見つめる。
「な……何…?」
「莉里、お風呂入ってて。オレもあとで入る。」
綺羅が落ち着きなくあたりを見渡していたのを見て、ボクは彼が何を言わんとするか悟った。
かなり簡単な言い方をすると「片付けるから風呂入っとけ」ってことだけど、綺羅の小さな心配りに嬉しいと感じてしまうボクだった。
脱衣所に入ってすぐ、綺羅が寝間着を用意してくれたのを受け取ってお風呂へ入る。
「なんか…あの目で見つめられるとなっちゃうな…。」
笑って空気が澄んだあとに、捉えどころのない瞳で見つめてくる感じ。
あの表情は、ちょっと殺されかねないな…。
「莉里ー! もうちょっとまっててー!」
綺羅の声を待たずに、ボクは答えていた。
「はーい!」
しばしして部屋が綺麗になっていたのを見て、ボクは綺羅に抱きついて押し倒していた。
そしてその晩は、とても眠れるような雰囲気ではなかった。