奪還と守護の〜と言っていたように、本作はいくらかの部にわかれます!
奪還編ではマカミちゃんが主人公になりますよー
今は夕方、午後の6時。
昨日部屋を片付けてもらって、ちょっと寝不足だけど双女王にレストランへ呼び出された。ボクはハンバーグ、綺羅がパスタを頼んですぐのところで、まだ紅茶を飲んでる途中だ。
「部長、申し訳ないのですがこれから少し席を外したいのです。
聞き分けのない娘を教育しなくてはならなくなりまして…。」
鷹の女王が小さな光る玉を持って、なにかを囁いている。
ドアの向こうには狐の女王も待っていて、通話が終わったら入ってくるはずだ。
「いえ部長、人様からしたらほんの他愛もない些細なことなのです。終わり次第…はっ、 すぐに管理へ…はっ、向かいますので…。」
鷹の女王の声の奥に、彼女よりほんのすこし若い男性の声が聞こえる。なぜだかわからないけど、メグさんとどこか似た声だ。
「莉里、隊長さんどこ行ったの?」
「あー……こないだの侵略から帰ってきてない。」
そう囁いてすぐ、綺羅が申し訳なさげに顔を歪ませた。
すぐに「そっか。」と笑ったけど、最近はやっぱり空気が重い。
「イトアヤ、そーいう顔しないの!」
ふと明るい声が響いて、ボクは綺羅と同時に肩をすくませた。
黒いロングコートと、猫耳…狐耳か、それがついた金髪。
「だってぇ…。ってイトカクさん?! いつのまに来たの?」
狐の女王だ。綺羅が「イトアヤ」と呼ばれているのには違和感があるけど、ボクでいう「ガブリエル」みたいなものだと理解してる。
「はっ…! ありがとうございます!…では、失礼します…!」
そして通話を切った鷹の女王が入ってくると、狐の女王が振り返った。今回呼び出したのは鷹の女王で、メグさんが来るまでは話がわからない。
「イトカクさん、今日はどうしてここに?」
ボクがそう尋ねると、狐の女王は苦笑いしてメグさんへ目を向けた。
「えへへ…。メグ、何がわかったのか教えて?」
「そっか、イトカクにもまだ言ってないんだっけ。
えっと…、ゲートがどこから来るのか、計算上でしかないけどわかったんだよ。これからそこへ行くんだけど、その場所が問題なんだ。」
そう言ってメグさんが、大きな本を取り出した。
伝説の元である文献みたいで、パラパラとめくってから机に開く。
「これがそれと思われる場所。伝説を計算するってのがそもそも理屈がおかしいんだけど…、多分、ここから来てる。」
その文献の地図は、このアヴェイロンの下…リリスの大陸と同じか、ちょっとだけ小さい程度だ。
名前は「デッドリー・プリズン」。名前からして、とてもヤバい囚人たちを収監してた場所みたい。
「それで、ここがなんでプリズンって呼ばれてるか。こんなに広くて資源もあるのに、なんでだと思う?」
鷹の女王が尋ねる。綺羅があごに手をかけて考えると、ボクも唇を触りながら考える。
ボクはしばらく答えが出なかったけど、すぐに綺羅が呟いた。
「動物…。危険な動物が多いから。」
鷹の女王がそれを聞いて、「正解」と答える。
少し悔しいような気持ちを感じながら、ボクは綺羅の頭をなでた。
「綺羅、すごいね!」
「狭苦しい場所で放置するのも、危ないのがいるとこで放置するのも一緒だから。」
なるほどーと思いながら、ボクはそれが問題なんだなと思い直す。
その時点で既に、そこらの動物が危険だってことがわかるからだ。
そこが奴らの本拠地だとして、そこへ行くのがどれほど危険なのか…。
「イトアヤにはもう話したわけだけど、これからここへ行く。
だから、ただでさえ危ない場所へ危ないやつらを倒しに行く…、それがどれほど危険なのか、リリちゃんはわかってると思う。」
ボクは狐の女王の言葉を聞きながら、となりの黒い剣士の顔を見ていた。
眼帯に隠された瞳にも、不安や寂しさ…、恐れがあるのをボクは感じる。
「それは…、それは、ずっと前からわかってることです。
だけど、こんな気持ちを感じる人を減らしたい…。それに、ボク自身この気持ちにけりをつけたい。だから…、ボクは。」
言葉が詰まってしまったのは確かだ。
だけど隣の彼の表情を見て、迷ったりはできなかった。
「行きます。行かなきゃいけない。綺羅一人だけ行かせるなんてできない。」
ボク自信を説得するみたいに、そう答える。
危ない場所に行くのは躊躇はしたけれど…、ボクには、綺羅の悲しげな顔の方が何倍も辛かった。
綺羅がボクの目を見つめるのを感じて、やわらかく微笑む。
彼が悲しげだった顔を、溶けたように微笑ました。
「おっけーっ。じゃあ、二人は来てくれる…ってことでいいんだね?
仲間は多いほうがいいから、手を貸してくれそうな知り合いには声をかけてみてね! しばらく待ってるから、終わったらこれで連絡してくれる?」
狐の女王がそう差し出した手には、光る球体が入っていた。
綺羅が受け取ってから、すこし強く握る。鷹の女王がポケットを確認したのを見て、綺羅はそれをしまった。
「綺羅、今のは?」
「通信玉。アルテミスを主に使われる通信機器で、握ると空間を繋げてくれるんだ。声だけ通すってこともできるし、必要だったら相手のとこに飛ばしてくれる。」
リリスのとこの連絡用のラピスみたいなものか…と思いながら、ボクは「なるほど」と呟いた。
そこで鷹の女王がぱちぱちと手を叩き、それにボクが振り向く。
「じゃあ、私とイトカクは手続きやんなきゃだから、二人は知り合いに声かけてくれる?」
そこで席を立った二人へ、「はーい」と同時に答えたところでハンバーグとパスタが来た。
すぐに食べ終えてしまったあと、会計でどっちが出すか手間取ってから半分ずつ出して店を出る。すでに日は沈んで、星が見えつつあった。
「ボクも何人かに声かけるから、綺羅もお願いしていい?」
「わかった。じゃあ、何人かに声かけてオレの家で集合ね。」
覚えてる彼の家を思い出してから、こくこくと頷いて「りょーかい」と呟く。そこで別れてから、ボクは騎士団の剣戟部隊へ向かった。
「エリー?」
旗の下に、金色の長髪を探す。すると、すぐにレイピアが飛んできた。それはボクのジャケットを刺すと、複雑に絡ませて引っ張る。
「なあに?」
刺突の複雑さから、メグさんの疾風刃のような重症を与える突進技だろうと考える。レイピアの魔術光は白、光属性。
「あっ……、えっと、エリはデッドリープリズンってとこの伝説わかる?」
レイピア使いのエリスタだ。すぐに暑苦しい気配が駆け寄ってきて、「なんだそりゃ?」と首をかしげる。
「懲役で捌き切れないほどの悪人を、そこで裁くの。伝説上は小さな孤島で、結構広くて資源も多いから疑問が浮かばれるってところ。」
エリスタの返答に対して、「なるほどな」と口を閉じたのがリュウくんだ。そしてすぐに、エリスタがたずねる。
「莉里、そこがどうかしたの?」
「これから、女王二人と何人かで行こうと思ってるんだ。ゲートを解析したら、どうやらそこから奴らが来てるみたいで。」
ゲートから来るドールや神獣、それとその他を含めて【シェイプ】と呼んでいて、「色々な形」という意味の単語を使ってたけど簡略化されて【シャイプ】形という単語になった。
ただ、シェイプたちが来てすぐなら「奴ら」で話がつくし、そもそもその話は誰もしたがらないからこの単語は使われない。
「莉里、そこへ行って何するの? 敵討ち? 復讐?」
エリスタがそう囁いて、ボクを拘束する左手を締め付けた。
リュウくんが少しいらだったような顔をしたあと、エリのレイピアを掴む。
「おいエリスタ、リリがそんな陰湿なやつだと…。」
「心の中の半分は、これ以上傷つく人を出したくない、出さないために奴らを殲滅すべし…。そう思ってる。でも、もう半分は…。」
エリスタの叱りつけるような厳しい顔が、少し和らいだ。
すぐにボクの口を右手でふさぐと、にっこりと微笑む。
「素直だねーっ。そーいうの好きだよ? 莉里。
私と、あと両手斧の人も付いてくからさ、一緒に行こっか!」
ボクはどこか嬉しくって、さっきまでの言葉を切って笑った。
すぐにリュウくんが「俺もかよ?!」と叫んで、「置いてかれるのいやでしょ?」とエリスタが抑え込む。
そうして2人の騎士を連れて、ボクは綺羅の家へ向かった。
エリスタがやけにくっついてくるのを、どこか複雑な気持ちで受け止めながら。
[newpage]
「シオン、今から2、3ヶ月くらい時間ある?」
莉里と別れてすぐ、オレが向かったのは遊撃部隊、オレとシオンのいる部隊の旗だ。
そうたずねると、シオンが首をかしげてこう聞き返してくる。
「どっか行くの?」
「うん、シオンは確かデッドリープリズンってとこの伝説知ってるよね?」
こう質問を重ね合うのはなんだかもどかしいけど、オレとシオンがこういう話し方だからしょうがない。
こくりと頷いたシオンへ、「これからそこへ行くんだけど」と囁く。
「それで、私について来いって?」
「そ。ダメかな?」
シオンは少し考えるようなそぶりを見せた後、もう一度こくりと頷いた。
「いいよ。私も行く。色々用意するから待ってて。」
「はーい。」
シオンには待てと言われたけど、別に座って何もするなってわけじゃないと思う。
周りの人たちにも聞いて行って、さっと戻る。
それが出来たのは、みんな「そんな危ない場所に行けるかよおっ」って答えだったからだ。
「キラ、行くけど…一個だけ教えて。」
シオンに呼ばれてすぐ、オレは首をかしげた。
「なあに?」
シオンの質問には驚いた。まさかそんなことを聞いてくるなんて思わなかったからだ。
「キラって名前、どういう字書くの?」
彼女は風妖精で、オレは狐だから闇妖精の【スペリングで信頼を示す】って文化は祖国にないけど…、郷に入っては郷に従え。オレも聞かれない限りは教えないことにしてる。
「えっと…、綺羅星で綺羅。それだけだよ。」
すると、シオンはどこか嬉しそうな顔をしてオレの襟を掴んだ。
黒い詰襟が、小さくカチャリと音を立てて揺れる。
「へぇ…綺羅って結構そのまんまなんだね。私は詩に音で詩音なんだよ。」
「もお、詩音もまんまじゃんかぁっ。お互い様でしょー?」
そう言って一度、笑い合ってからオレの家へ駆け出す。
ちょうど莉里たちも来ていたみたいで、オレ一人で住むには少し広い和風の館に5人つどる。
「莉里、待った?」
「ううん、今来たとこ。」
空はもう真っ暗で、街の小さな灯と月の光がオレたちを照らしている。
莉里の方には二人、レイピアの少女と両手斧の…なんだこいつ。
おっさんとは言えないけど…、青年じゃないし…。もうなんか「男性」としか言えない人。
「あー…綺羅、紹介する。こっちがレイピアのエリスタね。双剣にちょっとだけ手数は劣るけど、デバフ系の技があるから心強いよ!」
莉里の言葉に合わせて、金髪のレイピア使いが小さく手を振った。
髪は背中まで伸びているけど、ちょっと小柄だからかオレより短く見える。女性というより、少女って感じの子だ。
「お願いしますっ。」
手を差し出すと、軽く握って微笑んでくれた。
ーーなんか小悪魔っぽい雰囲気の少女だな…。
「よろしくねーっ!」
莉里が彼女…エリスタだっけ、の頭をなでて後ろへ下がらせた。
すぐにオレに首をかしげると、詩音が前へ出る。
「私はシオンって言うの。名字はアラクノフォフィアで、風妖精のカタナ使い。風魔法がちょっと使えるのと、基礎的な回復魔術が使える。
エリスタちゃんはウンディーネよね?」
ーーうわっ…いきなり質問?!
エリスタがこくこく頷いて、髪の毛の一部を触れてみせた。
左の髪の1部分、意識しなきゃわからないところが水色に輝いている。
「なんでわかったの?! 私金髪だから、言っても信じてもらえないことだってあるのに…。」
エリスタの顔には驚きと、少しの嬉しさが見えた。
その問いには簡素に答えて、詩音が質問を続ける。
「みんな小さい傷が残ってるのに、貴女だけ無傷。回復魔術使ってあげた?」
「あっ…ごめんなさいっ。そこまで気が回らなくって…えへへ…。」
詩音が莉里と両手斧の人を指差すと、エリスタが二人に魔術。
気になって確認したけど…オレは詩音がしてくれてるから、右目の空白以外は無傷だ。
「なら、回復はエリスタちゃんに任せるわ。どうしても少しでいいから傷を軽減したいって時、彼女がいなかったら私が治す。」
そう答えて、詩音は少し下がってから莉里へ首をかしげる。
莉里が一瞬戸惑ったのを呆れながら、彼女はもう一度口を開いた。
「剣術には自信があるから、前線で暴れさせてちょうだい。それとリリ、そっちの両手斧の…あなた何歳? なんか文字にしにくい見た目年齢ね。」
オレも激しく同意するけど、流石に本人にそれは言わないでしょ…。
すぐに両手斧の人が出てきて、頭をさげた。
「リュウ、24歳です! 両手斧なんで瞬間火力は誰にも負けませんぜ! シオンさん、ぜひご一緒にご飯でも…。」
リュウくんの言葉を待たずして、詩音が呆れたようなため息を吐いた。すぐに顔を戻して、リュウというらしい両手斧使いをにらむ。
「ならリュウくん、まず決死の場面で身体張って助けるくらいないと…、初対面でご飯は無理よ。」
「そ…そりゃあ、とてもじゃないですが越えられんハードルですわ…。お返事、ありがとうございますッッ!!」
リュウ…呼び捨ては発音しづらいな。リュウくんが自己紹介を終えて、オレはとりあえず尋ねることにした。
「あ…えっと、エリスタちゃんとリュウくんは私のこと知ってる?」
詩音と莉里は知ってるけど、二人とは初対面なはず。
オレが尋ねると、二人はほぼ同時に即答した。
「双剣のキラちゃんでしょ!」「ツインサクスのキラさん!」
リュウくんが気恥ずかしそうに笑いながら、オレに軽く頭を下げる。
すぐにエリスタちゃんが出てきて、オレを指差した。
「二本の刃を振って、数多くのドールを撃退した英雄!
本部の騎士団で知らない人はいないよおっ。」
「えー? 私そんなにドール倒してないよー」
そう頭をかきながら、オレはこないだの戦闘を思い出した。
まずキャタピラの上に銃を持った、「〇七式」と呼ばれる歩兵ドール。あいつらはセミオートの豆鉄砲だったから、避けながら近づいてすかさず貫く…ってことが出来た。
すぐにやって来たのが、4つの足と大きなモーター、剣と一体化した右手を持ったドール…確か六一式だったはず。
ちょっと剣戟っぽいことが出来てテンション上がったけど、オレは二本の剣を持ってるのに向こうは一本だから勝負にならなかった。
カラスが銃撃ってきてびっくりしたけど、すぐに雷飛ばして撃ち落とした。あいつは一四式。
ホントにカラスと見分けが付かなくって、おやつでも食べてたら差し出してしまいそうだ。昔、おやつ中だった騎士がカラスに柿ピーやろうとして、右手を穴だらけにされて帰ったらしい。
確か、騎士団の方で一週間ほど「柿ピーは食べない」という当人の穴だらけになったメモを展示、騎士の一人がその間笑い者にされたって話だ。
「いや…、結構倒してるかも…。」
〇七式はそんなに強くなくって、本当なら放置して他に行くつもりだった。ただ、小さな女の子が「かわいい!」って近づいていって、至近距離から弾丸を食らって倒れたんだ。
それでオレは怒って、双剣振り回して全滅させた。
「でしょー? やっぱ綺羅はすごいんだよっ。」
莉里にそう言われると、なんだかこっぱずかしいような嬉しいような気持ちを感じる。
それを噛みしめるように髪をかきながら顔を赤らめると、莉里が微笑むのを肌で感じた。
「そうかな…? えへへ…。」
…と、言うのもつかのま。すぐに赤鷹と妖狐の女王が合流して、もう一度文献の確認だ。
狐の女王が本を開いて、全員で肩を寄せて覗き見る。
「もっかい確認するけど、ここは危険な動物がいっぱいいるし、シェイプたちの本拠地だからドールや神獣もうじゃうじゃいると思うんだ。
【こんな危ないことに付き合えないよおっ】って人がいたら、無理に来てとは言わないからね。」
イトカクさんがそう言って周りを見渡す。けれど、【付き合えない】なんて顔の人は一人もいないみたいだった。
「イトカク、騎士にそれは愚問ってものだよ。」
鷹の女王がそう囁いて、彼女がバサバサと翼を動かす。
それで全員が鷹の女王を向くと、「ついてきて」と言うように歩き出した。
まず莉里たちが入ってきたのと逆、裏門から出て左へ曲がる。
そのまま、いつまでか真っ直ぐ歩いていくつもりの仕草だ。
「莉里、ここどれくらい歩くの?」
「ごめん、ボク方向音痴だから…。」
莉里が申し訳なさそうに肩をすくめて、オレは少しイラッとしたのを感じた。莉里の腕を強く引き寄せて、すねるようにつぶやく。
「オレもだから聞いたのにっ。」
「ごめん…。」
そのまま少し黙って莉里の顔を見ていると、だんだんと申し訳なさそうな色が濃くなっていくのが見えた。
そんなに落ち込むことないのに…と思いながら口を開くと、ちょうど不気味な音が響いた。
「莉里、ちょっと言い方きつかったかもしんないけどさ…」
「KUULLLLLLLLLLL!!!」
くぅるるるる…と音を巻いたみたいな、犬系の鳴き声。
それを聞いてすぐに、先頭から鷹の女王がバサバサと翼をはためかせて飛んでくる。
「わかった! わかったから!! 今行く!!」
「やったぁ!」
そこで、2つ気づいたことがあった。
一つは、そんなに気にすることじゃないこと。狐は犬系だからこういう鳴き声も出るなってこと。
もう一つが、行き先に見えた大きな館…に対する莉里の視線だ。
「メグさん、今から行くのってあの館なんですか…?」
館というより、その中にあるトラウマに怯えたようなか弱い表情。
莉里がそうたずねると、赤鷹の女王がこう答えた。
「うん、そうだよ。あそこから監獄に向かう。」
すると莉里が、やっぱり…と不安そうに呟く。
オレはなんだか悪い気がして、彼をぎゅっと抱き寄せた。
[newpage]
「部長、申し訳ないのですがこれから少し席を外したいのです。
聞き分けのない娘を教育しなくてはならなくなりまして…。」
「えっ?! 何かあったの?」
僕ことソウヤ・シュトリーネンは、姉である鷹の女王からの急な通話へ耳を疑っていた。
ここは天空の大地アルテミスの館、シュトリーネン家の一部屋。
アルテミス管理部の部長っていう大層な役職を回されたけど、やることはねーちゃんのカバーだけだ。
「いえ部長、人様からしたらほんの他愛もない些細なことなのです。終わり次第…」
いやいや、弟だからぜんぜん人様じゃないし…。
と言いたいのはやまやまだけど、今はイトアヤが心配だ。
「大丈夫なの?」
最近はこういう時、ねーちゃんが敬語になる。
ねーちゃんがいうには、仕事とプライベートは分けないといけないし、それのスイッチとして口調を切り替えてる…って。
「はっ、 すぐに管理へ…」
「でも、ねーちゃんが行ったら僕何をしたらいいか…。」
ーーわからない。昔はそれが心配で、ねーちゃんもこの家をでれなかった。
今も、その時と何も変わってない感じだ。
「はっ、向かいますので…。」
だけど、ねーちゃんも僕がそう言うことはわかってるみたいだ。
終わり次第すぐ管理へ向かう…つまり、その間を僕に任せるってこと。それは、ねーちゃんから見て、僕にそれだけの能力があるってことだ。
「えっと…わ…わかった! 僕の方でなんとかしてみるよ!」
「はっ…! ありがとうございます!…では、失礼します…!」
そこですぐに通話を切ると、僕はまず下界、リリスの大陸をどうにかしようと考えた。
「もしもし、アサウル? ソウヤです。」
「はい、アサウル・シンセシス・ナインでございます。いかがなさいました?」
妖狐のテリトリーの第九従者だ。妖狐では「服従した者」という意味で、従者に「シンセシス」という名字と番号を名付ける。
昔に第八のプリデとともに赤鷹の集落を襲ってきた、妖狐の第九と第八。簡単な炎魔法しか使えないけれど、前回集落を襲った時や妖狐での仕事ぶりを見るに民衆の心理を理解してるみたいだし、きっとこういう仕事には長けているはず。
「プリデと…、あと、必要ならほかの従者たちにも協力してもらって、リリスの大陸を管理して欲しいんだ。大丈夫そう?」
「はい、人々や地理の管理はお手の物でございます…!
ぜひ、このアサウルにお任せを!」
この人なら大丈夫だ…と思いながら、僕は通話を切った。
アルテミスは僕が管理すればいいとして、アヴェイロンはどうしよ?
一人で管理できる場所じゃないしなぁ…。
そう考えながら通話帳を眺めていると、一人の人間の名前が目に付いた。ノアという名前のすぐあと、リアム・サイルベラ。
「サイルベラさん、もしもし。アルテミス管理部部長のソウヤです。」
「?! なぜソウヤさんが私に?!」
この人はノア・サイルベラの旦那さんで、アヴェイロンでは人族の街で監督官をしている。
茶色いふわふわした髪が特徴的な、誠実で真面目な男性だ。
「サイルベラさんに、一時的ですが権限の変更をいたしますので…。」
僕はあくまで事務的に…と意識しながら言葉を並べる。
すると、僕の言葉をさえぎるようにサイルベラさんが叫んだ。
「へっ?! 私…いえ、娘ですか? 妻ですか?! 何か問題でも起こしたのでしょうか…!」
この人は誠実なのはいいんだけど、ほんの少し自己肯定感に欠けるのが問題だな。
「違う…じゃなくて、違います! 一時的に権限を大きくしますので、アヴェイロン全域を管理して頂きたいんです!
お願いできますか?」
僕がそうたずねると、やはりしばらく悩んでいた。
10分ほど考慮して、ようやくって感じでこう答える。
「や……やります! ぜひお任せください!!」
「ありがとうございます! お願いします!!」
そうして電話を切ると、僕はふぅ…と息を吐いて、アルテミスの全域に広がるメガホンへ囁きかけた。
「アルテミスの皆さんへ通達いたします。赤鷹の女王メグ・シュトリーネンの采配により、これより私ソウヤ・シュトリーネンが鷹の女王の全権代理を務めます。管理部及び鷹の女王への御用は私がお受けいたしますので、以後よろしくお願いします。」
そこで一旦は終わりにして、僕は布団に転がり込んだ。
夕方にそんな話してくるなんて、ねーちゃんもひどい人だなぁ…。
[newpage]
「メグさん、ここでいいんですか?」
ボクがそうたずねると、鷹の女王はこくりとうなずいて大きな扉を開けた。
中は紅い大きな階段と、鮮やかなシャンデリア。
階段を上がった先は巨大な扉と、その左右に広がる廊下。
「うん、そこの真ん中のドアに…。」
鷹の女王がうなずこうとした時だ。ガチャりと音がして、明るい声が響く。
「クリシア? クリシアなの?!」
軽やかだけど、イトカクさんよりほんの少し幼い声。
階段を慌ただしく駆け下りてきたのは、灰色の肌と赤紫のツインテール…、人狼の少女だった。
頭にはイトカクさんと同じ狐耳…人狼だから犬か、犬耳がぴよぴよと揺れて、尻尾も慌ただしく震える。
「えっと…クリシアってのは、クリシア・ドラクレシュティのことでいいかな?」
身長は、ボクよりほんの少し…1、2フィート程度小さいだけだ。
だいたいお姉様と同じくらいの身長と体格で、細いのにがっしりした身体と…、あとお姉様と同じくらいの胸を持ってる。
「うん! 確かクリシアは……。じゃなくて、まず自己紹介から始めましょう? 私はマカミ・ベルセルケル、人狼ですっ!あなたは? 」
背中と鎖骨が大きく出たワンピースは、清楚な印象を受ける水色だ。
大きめの胸に目が吸い寄せられるけど、垂れたようなつったような目は幼い彼女を大人っぽく見せる。
「あっ…えっと、ボクはリリっていうんだ。闇妖精。クリシアはボクのお姉ちゃんなの。そっちがキラって言って、リュウくん、エリスタ、シオン。」
ボクもぎこちなく名乗って綺羅と後ろの人たちを紹介すると、マカミというらしい少女が慣れた仕草で手を差し出した。
「じゃあ、リリちゃん!よろしくお願いします!」
ボクもぎこちなくその手を握ると、やんわりと微笑む。
綺羅がちょっと怖い目を向けてくるのは、目をそらして忘れる。
「うん、お願いします!」
赤鷹の女王と妖狐の女王を紹介しなかったのは、流石に二人は知ってるだろうと思ったからだ。
眼帯に白銀の髪と黒い翼、その容姿を見てぴんとこないなんてはずはないと思うし…。
それに、その手の中に抱かれてる狐の女王も、メグさんがわかればすぐに想像がつく。
「で、そっちのお二人は?」
ーー?!
「私はメグっていうの。こっちがイトカク。」
「よろしくねーっ!」
両陛下が気を悪くしなかったのは良かったけど…、この二人を知らないなんてことあるの?
ボクは少々疑問に思いながら、その子へこうたずねた。
「それで、お姉様のこと何か知らない?」
「わかんない…。5日前に行っちゃってから、帰ってないの…。」
人狼の少女がそう言って、やっぱり…と思いながらうなずいた。
すぐに少女の呼び名を固定してから、お姉様が貫かれたことを思い出してしまって、必死に忘れる。
「マカミちゃんでいいかな?」
「うん、ダイジョブですよー」
うなずいてからマカミちゃんへ目を向けると、彼女はボクを指さした。
「ところでリリちゃん、あなた…何しに来たの?」
ボクらへのマカミちゃんの問いは、もっともだ。
騎士であるのがわかったとしても、武器を取りに来たわけでもなくここでおしゃべりしていれば違和感を持つ。
「ここにあるゲートを通って、監獄へ行く。」
嘘をつくもんじゃないし、ボクはそう答えることにした。
「……なるほど、それはわかったわ。でもね、クリシアがいなくなって私も暇してるのよ。」
ボクの答えは間違って無かったようだけど、彼女の飢えた目は避けられそうにない。
すぐにボクを指さしていた手を開くと、人狼の少女は指を揃えて手刀の形を作った。
「
マカミちゃんの声をスイッチに、手刀が白金に光り始める。
彼女はそれをボクに向けると、「踊りましょ?」とたずねてきた。
「わっ…! 待って! ボクあんまり戦うの好きじゃない!」
ボクが慌ただしくかぶりを振ると、マカミちゃんがさらに強く貫手を突き出す。
光の刃が、ボクの頬を少しかする。
「リリ、そこちょっとどけて。」
その一声が後ろから聞こえて、ボクはやっと息を整えて後ずさりした。
ふぅ…と息を吐きながら、「お願い」と頭を下げる。
「私、キラっていうの。人族だよ!
それでね、あのおねーちゃんの代わりに私が付き合ってあげるからさ、お代金いくらくれるの?」
右手に剣を握りながらも、キラはちゃっかりお小遣いをねだっていた。マカミちゃんが一瞬嬉しそうに飛び跳ねたのを、その言葉が重しになってしずめる。
「………コイン一個。」
光らせている右手とは反対、左手で1を示す。
とっさに綺羅が、ニヤリと微笑んで答えた。
「コイン一個じゃあ人命なんか買えないよっ。」
マカミちゃんも同じような顔を見せると、その左手を綺羅へ向けた。
さらに笑みを強めた人狼の少女が、犬歯を輝かせてこう叫ぶ。
「あなたがコンティニューできないのさ!」
そう叫んだすぐさま、マカミちゃんが一層光を強めた。
それを真っ直ぐに突き出しながら、勢いよく叫ぶ。
「
巨大な光の槍が、綺羅の胸元へ近づいていく。
それが直撃する直前、綺羅が横へ転がった。そのまま駆け出すと、魔術後の後隙を過ごすマカミちゃんへ斬りかかる。
「う………らぁっ!」
左横腹まで引き絞った右手を、綺羅が大きな動きで振り払った。
火炎をまとった刃が、マカミちゃんの腹へせまる。
片刄用中断突進「騎馬烈」なぎ払い突進
「ふっ…!」
マカミちゃんに当たるかと思ったけど、それは敵わなかった。
大きく伸ばしていた右手の光剣を、引き戻して綺羅の剣を受けたのだ。
ボクはおお…と声を漏らしながら、綺羅の左手を見つめた。
「まだ」抜いてない。一本だけの剣で、マカミちゃんと戦っている。
だけど、それは彼女も同じはず。光剣を右手にしか出せないなんてことは無いはずだ。
「ふふっ。やっぱ上手だね!」
マカミちゃんの顔が、嬉しそうに微笑む。
「私、騎士だから…!」
綺羅の表情も、どこか嬉しそうだ。
そこで、ほとんど同時に二人の左手が動く。綺羅は左肩から剣を抜き、マカミちゃんは左手を揃えて光剣を作り出す。
「喰らいなさいっ!!」
マカミちゃんが、左手を大きく振り払った。綺羅には当たらなかったけど、そのまま右手を突き出しながら飛びかかる。
「やだ!」
綺羅も同じように、右手を突き出しながら駆け出す。
やだ…とは言ってるけど、相打ち覚悟な動きみたいだ。
マカミちゃんも断らないはずだし、きっとお互い刺し傷は免れない。闇属性の綺羅の刃と、光り輝くマカミちゃんの刃が交錯する。
「ぐぁっ!」「ひゃっ!」
声が響いたのは、光と闇がぴったり重なったことで起こった爆発のせいだ。すぐに相殺、ブラックホールが生まれる。
「マカミちゃん、そこは当てて欲しかった…。」
そう言ったのは、綺羅の技が二連撃だったからだ。お互い当たったとしても、スペルウィザインで強制的に剣を振るから。
双剣用突進二連撃「星王月華」闇属性
「だってキラちゃんが合わせてくるからぁ!」
「私のせいにしないでよおっ!」
そう叫んで綺羅は、片方の剣を床にさした。
すかさず右の手のひらをマカミちゃんへ差し出し、魔力を固める。
開いた手の中で電気が震えると、綺羅の声に合わせて飛び出した。
「サンダーボルト!!」
「そんなの効かないよっ!」
綺羅の電撃は真っ直ぐに駆け出し、目に見えない速さでマカミちゃんに向かっていく。
けれど、それはマカミちゃんが指を振り払ったことで跳ね返されてしまった。
そのまま、マカミちゃんが切りかかってくる。
「無駄だよっ!」
その言葉に、綺羅も負けじと剣を引き戻して構える。
ーーあれ? 引き戻す?
「そっちこそ…!」
すると、飛びかかっていたマカミちゃんへなにかがうち当たった。
吹き飛んだマカミちゃんの少し手前に、氷の刃が突き刺さって割れる。
「マカミちゃん、ちょっと焦りすぎ。相手が見えなくなったら、たとえ一瞬でも待ちなさい。」
綺羅が得意げにそう言って、マカミちゃんへ手を向けた。
ビリビリと唸っている光は、さっきよりほんの少し色が青い。
「はいだらぁ…! ほら、立てるでしょ?」
マカミちゃんへ弾丸が向かって行く。彼女はそれを見えていなくって、食らっても何食わぬ顔で光剣を構えた。
「もちろん。………キラちゃん、こっから本気で行くから。」
「りょー…かいっ!!」
その叫び声で、綺羅も左の剣を大きく引き絞った。
雷属性の魔力をまとうと、それを突き出しながら飛び出す。
「電磁……展開!!」
マカミちゃんも受け止める動きを見せるけど、その刃はどこかにぶそうだ。重い…って感じ。
綺羅がある程度突進技で近づくと、彼女の重そうな雰囲気がさらに強くなる。
そして、綺羅も加速する。二人から漏れ出るオーラが触れ合うと、さらにその圧が高まる。
すると、一つのことに気づいた。マカミちゃんから漏れ出る青いオーラは、綺羅の印弾が命中したお腹から溢れている。
綺羅のオーラと交わる姿も、どこかで見たような雰囲気だ。
ーーーこれは…、磁石?
「うわっ……速すぎ…っ」
綺羅がつぶやく。すぐに、マカミちゃんが重そうに喉を鳴らす。
「くぅぁーっ…重い…!」
苦しそな声が、無理やりに剣を動かす。ただ、ほんの少し違和感があった。
苦しそうなのは確かなのに、どこか嬉しそうなんだ。
例えるなら、【あんたつえぇな! オラわくわくすっぞ!】って感じ。
「おりゃぁーっ!」
電磁の刺突が、マカミちゃんを貫く。
ボクも何度か貫かれてエリスタに回復してもらったことあるけど、側から見るのは実際以上に痛そうだ。
片刄剣用突進刺突「悪鬼解」雷属性。
「うぅっ…! キラちゃん、本気で刺すことないじゃん!!」
「だってお腹狙おうと思ったら勢い余っちゃったんだもん!」
そりゃあ、胸に刃物突っ込むのはどうかと思うけど…、腹を本気で刺すのも無いよと言いたい。
エリスタに「マカミちゃん回復したげて」と言いながら、ボクは綺羅へ「これ遊びでしょ?!」と叫んだ。
すぐにエリスタがマカミちゃんのお腹を撫でて、彼女の痛々しい傷が治る。
そのあと胸を揉もうとして叩かれてたのは面白かったけど、エリスタも十分あるのになぁと思わざるをえなかった。
「キラちゃん、今のって?」
「雷電魔術の応用だよっ。電磁波で動きを操作してるんだ。」
綺羅が青い雷電を溶かすと、マカミちゃんからも青い印が消える。
マカミちゃんも印弾に気づいたみたいで、「なるほどー」と微笑んで指を揃えた。
「よし、仕切り直すよ!」
マカミちゃんが手刀を向けて、
「もちろん!」
綺羅が片刄剣で答える。
それはかちゃりと音を立ててーー片っぽ貫手だから理屈がわかんないけどーー再戦の合図を担う。
「………シッ!」
音にも出ない小さな気合いで、綺羅は横へ転がった。
そのまま立ち上がった直後の、腰が低い構えから、剣を交錯させるようにして構える。
「りゃぁっ!」
声に出した気合いで駆け出して、綺羅は交差させた剣を振り払った。
刃は下段、マカミちゃんの腰当たりを狙っている。
光属性突進二撃「天光挟撃」
「やっ!」
だけどマカミちゃんも、上へ飛び上がることでそれを避けた。
すぐに叩きつけるようにして剣を振りかぶると、身体を縦に大きく回転させる。
マカミちゃんはその動作で勢いをつけて、光の手刀をまっすぐに振り下げた。
「とぉらぁぁーーーっ!!」
同時に綺羅も、まっすぐに切り裂くことでマカミちゃんの死角へ入り込む。
「…すぅ……はぁっ!」
この息を吸うような気合い、どっかで見たな…。
記憶を思い直すと、昔に戦ったカタナ使いの少女を思い出した。
「リリ、あれ私の仕草よ。長いこと側にいると、人間ってだんだんその人に似てきちゃうの。」
シオンだ。ボクがそうなりやすい人ってのもあるけど、こういう「私の方が仲良いのよ」って感じの気取った言い方に重苦しい感情が上がってくる。
「嫉妬すること言わないでよねっ!!」
「あれ? 嫉妬するってことは納得してるってことよね?」
すぐに「もういいもん!!」とそっぽを向くと、綺羅がボクを見てるのがわかった。
唇を動かして「応援してね」と呟いて、すぐに前へ向いてマカミちゃんの剣を受ける。
「いぁっ!」
振っていた手に、焼けるような激痛が走った。
それを見てみると、綺羅の筆跡でこう書いてある。
【おい俺のだろ】
ーーーあー…応援してねは不正解だ。
苦笑いを返すと、ボクの方へ剣を振る。
すぐに氷の刃が飛んできて、ボクの髪をかすった。さっきマカミちゃんにも使った片刄剣術「飛車撃」だ。
床に白銀の糸束が落ちて、ボクは整えた髪が…と思いつつマカミちゃんを見つめる。
「はぁっ!」
彼女は振りかぶるように引き絞った剣を、縦に振り下ろしながら駆け出した。
光の手刀が綺羅へ向かうと、同時に彼が片方の剣を振り上げる。
「おらぁっ!」
綺羅の剣にうけられて、マカミちゃんの表情が険しくなった。
それは綺羅の発動した剣術の、特殊な性質にある。
「へっ?」
驚いた様子のマカミちゃんが、綺羅が振り上げた剣を見つめる。
彼の放った剣術は、受け止めた相手の剣を必ずはじき返すというチートじみた剣術だ。
「相対断裂」無属性攻撃反射。
すかさず綺羅は右手を振り上げると、引き絞って駆け出した。
右手にまとう炎が熱く燃え上がると、すぐにピークに達してマカミちゃんへ到達する。
「………シッ!」
気合いは声に出さなかったけど、刃を跳ねられたマカミちゃんへは充分すぎる力が入っていた。
けれど、その力が悪かった。
「うわっ…ふぁあ?!」
マカミちゃんがほんの少し下がっただけなのに、暴れる力が綺羅をこかせる。
そしてマカミちゃんが、新たな武装を背中に生み出す。
「着装、【アリエル】」
翼だ。風鈴がなるような軽やかな音を立てて、背中に浮かんだ翼が震えた。
コウモリの羽の骨格に、色とりどりの宝石が浮かんでいる。一つ一つの宝石が、どうやら魔力の結晶みたいだ。
「喰らえキラちゃん!! 世界の真理と我が翼の合わせ技…。」
そのまま飛び上がってふわふわと踊ると、一瞬でその姿を消す。
彼女を見失った綺羅の仕草を見て、マカミちゃんが嬉しそうに笑っているのを感じた。
「キャハハハハーーッ」という、楽しそうな笑い声が全方位から響く。そして、綺羅が見つめた方向の正反対から降りてくる。
「ダイブアタック!!」
翼の推進と重力がぴったり重なった、まさに世界の真理と翼の合わせ技だ。それは綺羅を勢いよく吹き飛ばすと、土煙をあげて舞い降りる。
「ぎゃっ!!」
土煙が消えた床には、クレーターが一つと、電磁波の余波が小さく覗いているけれど…、綺羅の姿はなかった。
「あれ? キラちゃん?」
マカミちゃんが振り向いた方から、綺羅が声を上げて降ってくる。
右手を突き出しながら、自身までも剣になったみたいに高速で。
「おらぁぁーーーっ!!」
「?!」
闇属性の刃は、ちょうどマカミちゃんに受け止められた。
コンマ1秒の間を空けて、左の刃が振り下ろされる。
闇属性の二撃は、受け止めたとしてもマカミちゃんの体制を崩すのに充分だった。
「いっ……無駄ぁ!」
けれど、マカミちゃんには翼というアドバンテージがある。
崩したとしても、バランスは翼で戻されるのがオチだ。
そこを綺羅は読んでいる。そして、手数で押し切っちゃうはずだ。
「う………らぁっ!」
回転して勢いをつけると、そのまま左右の手を叩きつける。
すぐに手を振り上げると、綺羅は目まぐるしく踊り始めた。
「はぁーーっ!!」
そして、マカミちゃんもそれに合わせて受け止めて続ける。
両腕を目まぐるしく振り回しながら、綺羅の刃を受け止める。
「すごいパワーだけど…、動きは! 読める!!」
ガガガ…とチェーンソー同士をぶつけたような重たく、断続的な金属音が立て続けに響く。
多分25回、金属音が響いてから、二人の渾身の叫び声とともに、今までのどれよりも大きな音が響いた。
無属性26連撃、「輪廻双刃」
「………らぁーーっ!!」
「………無駄ぁーっ!!」
ガギィン…という重々しい音の後に響いたのは、ぶわっと音を立てて広がる衝撃波だ。
それが収まってすぐに、二人が刃を離して距離を取る。
すると、マカミちゃんの剣が少し薄れた。それが姿を消すと、マカミちゃんがくいくいと誘うように手をひねる。
「キラちゃん、来ていいよ。あなたもその方がやりやすいんでしょう?」
マカミちゃんの言葉は、つまるところ大正解だ。
どちらも嬉しそうな顔を見せながら、戦意を持ち直す。
クロスさせていた双剣の刃を、ガリガリと擦りながら綺羅が答えた。
「へぇーっ。じゃあ……行かせてもらうねっ!!」
そのまま駆け出すと、綺羅は途中で飛び上がる。
そのまま空中で右手を引き絞ると、それをまっすぐに突き出した。
それはマカミちゃんが左へステップでよけて、軽いパンチを綺羅へ当てる。
「ほらぁ!」
「いっ…! このっ!」
綺羅は痛そうな顔を見せながらも、左手を突き出した。
今度は、人狼の少女がしゃがんで避ける。
「危なっ…!」
そこへ綺羅が刃を突き出すと、マカミちゃんもすかさず後ろへ平行に下がった。
最後、綺羅がほんの少し攻撃を止める。彼女の反撃を誘ってるみたいだ。
マカミちゃんがすぐに反撃しようと指を揃えて、綺羅もそれを見て剣を突き出す。
「やぁっ!!」
「
今度は相打ち、上からの綺羅の一撃はマカミちゃんの鎖骨へ刺さり、マカミちゃんの手刀は綺羅の腹を貫く。
光属性4連撃「蝶翼刃撃」
どちらも痛そうな顔をするけれど、痛いだけで致命傷はなかった。
エリスタの背中を押して、回復するよう促す。
「二人ともまだするの?」
さっと水をぶっかけながら、エリスタがたずねる。
二人は即答というふうに、まったく同時に答えた。
「「もちろん!!」」
綺羅は立ち会うの好きだからわかるけど…、マカミちゃんも物好きだなぁ。
そう思いながらも、ボクは二人の立会いを楽しんでいた。
「マカミちゃん、次一撃当てた方が勝ち…でどう?」
綺羅がたずねる。その顔には、挑戦的な笑みが欠かさずに浮かぶ。
「いいね、じゃあ…お願いします!」
マカミちゃんもうなずく。そこで、お互い嬉しそうな顔を交わして飛び上がった。
マカミちゃんが空中で羽を揺らすと、綺羅へ叫びかける。
「キラちゃん、すごい跳躍力だね!」
「ぴょんぴょんするのは得意だもん!」
綺羅がそう叫びながら、右手を大きく突き出した。
さっき当てられなかった火属性の刺突、「
「当たらないよおっ!」
「わかってるよおっ!」
綺羅が、刺突の勢いとともに落ちていく。
すると、途中でその動きが止まった。ボクサーは相手のパンチを受け止める時、時間が一瞬ゆっくりになるっていうらしい。
それかと思ったけど、綺羅のは違うらしい。
「なんで飛べるの?!」
マカミちゃんが叫ぶ。
「電磁魔術の、さらなる応用編!
電磁波が、翼となって私を跳ね上げる…!」
………と、言うことらしい。
そのまま空中でマカミちゃんを睨むと、綺羅が右手を引き絞った。
マカミちゃんも驚いた顔を引き締めながら、それを受け止める。
もう一度重々しい音を鳴らしながら、綺羅が左手を振り払った。
「理屈は…わかった! それじゃあ、私も本気で殺すわよ!!」
マカミちゃんもそう叫びながら、綺羅の連撃を受け止める。
「どんと来い、だよ!」
綺羅もマカミちゃんの手刀を、その双刃で受け止める。
お互いに一発も当てない中、だんだんとお互いに頬や腕に小さな傷がついていく。
そうして、最後に大きな一撃がぶつかった。
それまでの連撃数は、最初の刺突も入れて15回。
「抜いた……!!」
綺羅が叫ぶ。大きな一撃のあとに、更に大きく両剣を振りかぶる。
同時に、マカミちゃんが少し隙を見せる。マカミちゃんはスペルウィザインなしで、こうして剣術の魔力を全部受け止めていたんだから、15回もの剣戟を受け切っただけで賞賛されてもいいだろう。
「りゃぁーーっ!!」
ビリビリと強めの電撃が駆け出すと、その刃をまっすぐに叩きつける。マカミちゃんも驚いた顔を見せて、その刃を見つめる。
「…………はぁ…。」
けれど、綺羅の全力を乗せた一撃は空気を裂くにとどまった。
マカミちゃんが、ほんの少し横へずれたんだ。綺羅の電磁波は小回りが効くと思えないし、この一撃も縦だから無理やり動かすのには限界がある。
「キラちゃん、良い連撃だったよぉーーっ!!」
マカミちゃんが、その右手を大きく引き絞った。
最初に見せた大技の、【
すぐに綺羅が体勢を直すけれど、あのままじゃ間に合わない。
「………電磁……展開!!」
「シャイン・ストラ………っ」
ビリビリと、今度は綺羅の身体がうなった。
青い電撃が彼の周囲で踊り始めると、その波がマカミちゃんを巻き込む。
すると、マカミちゃんがガクッと身体を落とした。
さっきと同じ青色の雷電は磁力。マカミちゃんの身体を重く沈める。
「なっ……また磁石ぅ?!」
マカミちゃんが嘆くと、綺羅も左の剣を振りかぶる。
「おらぁぁーーーっ!!!」
一回転して勢いをつけると、それをまっすぐに横へ斬りはらう。
すぐさま身体を急ブレーキ、右手を左へ振り払った。
そこで勢いを止めると、左手を振りかぶって上へ飛び上がる。
「風鋭刃」無属性三連撃
アッパーするみたいに、最後にその刃をマカミちゃんへ当てるフリ。
「安心して。峰打ちだから。」
そこで剣戟を止めると、マカミちゃんが少し気恥ずかしそうに頭を下げた。
スカートを少し上げて、ふわりとお辞儀を見せる。
「キラちゃん、すっごく強かった! 今回は私の負けだけど…、次は勝つからね!」
そう言って右手を差し出すと、綺羅がその手を握る。
すぐあとに「口開けて」とマカミちゃんに促すと、開いた彼女の口に金貨を入れる。
「わっ…食べちゃったらどうするの?!」
マカミちゃんがそう言って金貨を取ると、驚いたような顔を見せる。
綺羅が「アハハ…」といやらしく笑うと、少し嬉しそうに左の拳を突き出す。
「でも、嬉しいな。キラちゃん…、GG!!」
マカミちゃんがそう囁くと、綺羅も微笑んで拳を突き出す。
コツンと音を立てて触れた拳が、びりっと淡い光を見せたような気がした。
「ううん、必要なお代金を払っただけだよ?
マカミちゃんもGG!!」
一応補足すると、「Good Game」でGG。
騎士のとこではあんまり使わないけど、こういった遊びや小競り合いではよく使う。
まあ…「Game」遊びって時点でまじめに訓練してる騎士団では使わないだろうな。ってことはすぐに理解できる。
「じゃあ、私たちはこれから監獄へ行くけど…、君も、クリシアのこと大事に思ってたんでしょ?
私たちが絶対、仇を打ってくるからね。」
マカミちゃんの顔が、一瞬悲しそうに歪んだ。
すぐに微笑みを浮かべると、「お願いします!」とお辞儀を見せる。
綺羅がにっこりと微笑んで手を振るのを、彼女はどこか悲しそうに眺めていた。
「莉里、詩音と何話してたの。」
「綺羅はどっちのものかって小競り合いしてたの。」
ボクがそう答えると、また不思議な感覚が肌を撫でる。一瞬時が止まったような気がしたあと、綺羅に壁へ追い詰められて噛まれちゃう。
なぜだかわからないけど、すごく嫌な気分を感じていた。
そこで意識が「今」に引き戻されたところで、ボクは綺羅の襟首をつかんだ。すぐにぐるぐると踊るように回転すると、壁に綺羅を押し込む。
「綺羅、マカミちゃんはお姉様が亡くなったこと知ってた?」
そう尋ねると、綺羅は決まり悪そうな顔を見せて呟いた。
「いや……多分知らなかったと思う。」
「じゃあ、せめて一緒に行かせてあげるべきじゃないの?
付いて来いじゃなくって、仇は取る…そんな言い方、ちょっと酷いどころじゃないよ。」
そう言いながら言葉を続けようと口を開くと、綺羅がふりふりと首を振る。
「ううん、監獄がどれほど過酷な場所か、それすらわかんないのに初対面のあの子を行かせるなんて…。」
ボクはなんだかもどかしいような気持ちを感じながら、彼の襟を離した。
「じゃあ、来たかったら来て…って言えばいいんじゃん。それで来なくても着いてきても言いっこ無し。それでいいでしょ?」
ボクがそう言うと、綺羅はやっぱり決まり悪そうにマカミちゃんの元へ歩いて行った。
少し話してから嬉しそうなマカミちゃんの仕草と、綺羅の機嫌がさらに悪くなったことで来るんだなって確信する。
「じゃあ、みんな行くよ! そこのドア抜けたらゲートだから、気をつけて突っ込むんだよ!!」
狐の女王が先頭で、階段を上がってすぐのドアを開いた。
すぐに鷹の女王がゲートを確認、ほんの少し計測と計算をしてから向き直る。
「ここで間違いないみたいだけど、何にせよこの先は何があるかわかんない。全員覚悟ができたら、各自剣を持って…、」
「待って! 1人足りない!!」
鷹の女王の言葉を遮って、イトカクさんが叫んだ。メグさんが数え直すと、やっぱり1人いない。
「リュウくんだ! リュウくんがいないみたい!!」
エリスタが叫ぶ。そこでボクは、だったら…と思い直す。
喉を鳴らした時には、もう1歩を踏み出していた。
「あいつならもう、ゲートくぐっちゃってこの先にいると思います。すぐに入っちゃいましょう。」
そう言って1歩退くと、綺羅が駆け寄ってくる。
そしてボクの腕を掴むと、引っ張るようにして絡めてきた。
「じゃあ行っちゃうけど…、みんな、覚悟はできてるね!」
頬を赤らめているあいだに、狐の女王が叫ぶ。
狐の女王の質問には、全員で声を合わせて答えた。
「「いえっさー!!」」
そうして順に入っていって、ボクと綺羅の番が来る。赤黒い闇に触れると、身体が闇に包まれるような異質な感覚を感じた。
綺羅と組んでいた左手の熱までも、冷たく冷えた闇に飲まれる。
意識までも闇が溶かし始めて、ボクは眠るように飲み込まれていった。