PERSONA3 Side story Out of the world 作:karna
…遅い。遅すぎる。そして寒い。寒すぎる。
俺は澤田へ電話を掛けた。…繫がらない。
時刻は既に午前12時をまわっている。もういい。帰ろう。なんだかかなり時間を無駄にした気がする。いや、気がするではなく実際に無駄だった。俺は夜の旧校舎前から離れ、帰り道を歩いた。
それにしてもおかしい。普段なら何かあれば必ずと言っていいほど連絡が来るのに。こちらから電話しても出ないなんてことはないはずだ。何かあったのか。もしかしたら家を抜け出そうとしたことがばれて両親に怒られている最中なのかもしれない。もしそうだとしたら俺から着信が来たことで更に怒られたりはしないだろうか。そうなったとしたら俺まで怒られてしまうかもしれない。
まあそうなったときはそうなったときで考えれば良いか。先読みしても思い通りにならないときはならないのだ。それは14年生きてきた中で上位に入るくらい使える教訓だった。
それにしても寒い。既に手は悴んでいてまともに携帯を握ることすら困難なくらいだった。このまま寒すぎて死ぬ、なんてことがあるかもしれない。まあ、それはそれでしょうがないかもしれない。でもそれで死んだとしたら死因は何だろうか。凍傷で死ぬとかあるのか。その場合は凍死、ということになるだろう。じゃあ寒すぎて体温がなくなって死ぬのは何というのだろう。寒死?そんなのあるのか。聞いたことはないけれど。
そこまで考えていると少し笑えてきた。寒さと友達が待ち合わせに来ないのとで少しもやもやしていた気持ちが晴れてきた気がする。ただ口を開くと冷気が口から入ってくるので口は閉じたままニヤッと笑うしか出来なかったが。周りから見れば変なやつだと思われるな。幸い(幸い?)深夜ということもあって周りには誰もいない。誰もいないなら気にする必要など全くない。安心してニヤニヤしよう。
ふふふ、と鼻から声が漏れ出る。吐く息は煙草の煙みたいに白くもやになって消える。いや、煙草よりは薄いか。煙草は1回も吸ったことは無いけれど、前に姉が吸っているところを見た時はものすごい量のもやが出ていたな。何も考える気にはならないのに、そんなどうでもいいことは脳の片隅でいやでも浮かんでくる。人間は考える葦だ、とか昔のなんとかという哲学者が言っていた、と社会の授業で聞いたことがある。葦とは何だったか。人体の一部である足とはまた違うことは確かだな。とにかく人間は思考をやめられない生き物だ、ということは中学生の俺でも分かる。
呼吸をする息は更に白く、大きくなる。
次の角を曲がれば、家までもうすぐだ。母親には内緒で家を出て行ったのでもしかしたら心配しているかもしれない。尤も、母親は朝早く起きて仕事に出掛けるのでこの時間は既に寝ているだろうけれど。兄弟たちはまだ起きているかもしれないな。もし起きていたら母親には内緒にしておくようにと釘を刺さなければ。
そんなことを考えながら俺はその角を曲がった。
吐く息は最早俺の体にまとわりつくように白いもやになっている。いや違う。俺の息だけじゃない。白いもや、ではなく霧……?
と、その時。
何故か俺は再びあの旧校舎の前にいた。
?????
頭の中ではてなマークがいくつも浮かんだ。確かにさっき家の前の角を曲がってきたはずだ。もう2年間通い慣れた通学路なので間違えるはずは無い。おかしい。どう考えてもおかしい。俺は試しに逆方向に歩いてみた。つまり、さっき歩いた方向へ戻ってみた。すると今度は旧校舎の前の反対の道へ出た。さっき帰ろうとした道の方向に戻ったのだ。
なんだ?訳がわからなくなってきたぞ。
それにこの白いもやのような霧は何だろうか。
どんどん濃く、まるで雨が降った後の森みたいに霧がかっている。これは俺の息じゃないと気がついたときよりももっと、ずっと、はっきりと目に見えてわかるように濃い霧がかかっていた。
俺は必死にこの現象に対して納得できる理由を探した。だけど何も思い浮かばない。さっきはまるでポップコーンのようにはじけるくらいにいろんな事が頭から出て来たのに、今は何も考えつかない。考えようがない。人間、どうでもいいときはポンポンと頭が回るのに、大事なときには何も考えられなくなるものか。誰だ、人間は考える葦だ、とか言った奴は。なにも考えが浮かばないじゃないか。
とにかく、まず家に帰ることを最優先にしなければならない。俺は腕時計を見る。腕時計は何故か11時を指している。
??????????
何がどうなっているんだ。
時間が巻き戻った?
さっきまでは確かに12時を過ぎていたはずだ。
それは間違いない。
そもそも澤田との待ち合わせ時間より前に着いたのだから、それは確かなはずだ。
分からないことだらけだ。
俺はかじかんだ手を合わせて口元に近付け吐く息で手を暖めながら、この訳の分からない状況を整理しようとした。
まずこの旧校舎の前という場所から動くことが出来ない。
というより、動こうとするとどういう訳か元の旧校舎の前へたどり着いてしまう。どんな方向から歩いても、走っても無駄だった。
そしてこの霧。さっきまでは全く無かったはずなのに、いつの間にか足元もぼやけるくらいに濃い霧が辺りを包んでいる。これは明らかに異常だということだけは分かる。
それから時計の針。これは多分時計が壊れただけだろう。それに関しては前の2つの問題よりも遥かに解決出来そうな事だ。
そこまで考えてから俺は思い付いて、携帯を取り出した。携帯の時計ならば……。
と、携帯を取り出し画面を確認する。しかし画面はつかない。電池切れか?
電源ボタンを長押しして無理やり起動させようとする。動かない。うんともすんとも言わない。
まさか携帯まで壊れたのか。電池がないなら電池切れの表示が出るはずなのに。それも出ないくらいに電池がなくなったのか。さっきまでは充分にバッテリー残量は残っていたはずなのに。
はぁぁあ、と俺は長い溜息を付いた。このさっぱり訳の分からない状況に、頭がついていかない。
ここからどうすればいいんだ。
と、考えをめぐらせている時、不意に何処からか声が聞こえた。
「……君は、夢と現実の違いが分かるかい?」
いきなり声が聞こえたので、びっくりして周囲を見渡す。けれど辺りは霧がたちこめていて、人影を探そうにも難しい。
声の出処はおろか、人がいるのかどうかも分からない。
とりあえず返答をしてみる。
「誰か、居るんですか?」
すると声の主はさっきよりもはっきりとした声で返事をした。
「そこの門をくぐって中に入るといい。そこに答えはある」
門、というのは目の前の旧校舎の校門のことか。というよりそれしかないか…。
このまま立ちっぱなしでいるのも寒すぎて死にそうだし、建物の中の方がまだ暖かいだろう。そう思って俺は
ぼんやりと浮かんでいる門の前に近付いた。思った通りに門は閉まっていたが、よじ登れば難なく超えれそうな高さだ。
俺はジャンプをして鉄格子に手をかけた。ただでさえ寒いのにさらに鉄のヒヤリとした感覚が手から身体に伝わるのを我慢して、門を飛び越えた。
霧はますます濃くなるばかりだ。
もう目の前すらぼんやりとしか見えない。
今まで経験したことの無い事を経験していることは確かだな、と頭の片隅で思いながら俺はうっすら見える旧校舎の影へ向かった。