【休載】生きたければ飯を食え Ver鬼滅の刃 作:混沌の魔法使い
メニュー44 ユッケビビンバ丼
これは夢だ……眠っているのに私はそう確信していた。鬼になる前、田舎ではあるが決して貧しくはない漁村――それが私の生まれ故郷であった。村はずれの小さな漁師小屋――と呼ぶにもみすぼらしいボロボロの小屋。その中心に座り込む着物姿の壮年の男性は一心不乱に泥を捏ね、轆轤を回し続けていた。
「……まずまず」
作り上げた平皿を乾燥させる為に立ち上がった所で小屋の外から投げ入れられた石が当たり皿が潰れる。
「いい加減に出て行け! このうつけ!」
「馬鹿が! 気味が悪いんだよッ!!」
「やかましいッ!!!」
外から響く罵倒に額に青筋を浮かべ、鉈を手にして飛び出すと石を投げ込んでいた漁師達が慌てて駆けて行き、その姿を見て着物の男性――人間時代の玉壺は小さく溜め息を吐き、小屋の内側に置かれていた篭を背負い冷たい北風の吹く浜辺へと足を向ける。
「……むごいことをする」
田舎の小さな漁村ではあるが決して貧しくはない。一年を通して漁業で生計を立てる事が出来ていたが、その反面売れない魚に対する扱いは酷く、食べもしない、売りもしないのに魚を取る者もいる。そうして打ち上げられた、あるいは捨てられた魚を籠の中に拾っては入れ、拾っては入れと繰り返し、岬へと歩いていく。
「水神様よ、どうか罪深き村人をお許しくだされ」
乾き、腐り異臭を放つ魚を魚塚に埋葬し、漁師の安全を守ってくれる水神様への捧げ物と祈りを欠かさない。
「■■■よ。最早、この岬にお祈りに来るのはお前だけになってしまったな」
「村長……ええ、そうですな」
人間の時の名前を呼ばれたが、その名前は私には届かなかった。見ているだけ、そこに私はおらず過去の巻き戻しを見ているだけに等しい。
「村は変わった。すまぬな」
「何、私も悪いのですよ。この歳になるまで妻をとる事はありませんでしたからな!」
はっはっはと笑う人間の時の私、本当にその通りだ。婚姻の話はあれど、それを受け入れなかったのは私自身の責任。自分の血筋がここで途絶えることを良しとしたのだ。先祖、そして父と母には申し訳ないが、これがきっと何よりも正しい選択だったのだ。
「本当にすまぬ」
「はっはっは、構いませんよ。私はこれで丁度良いのです」
豊かさは村人から信心を奪い去り、神社を廃れさせ、水神様を敬う私を追い出そうとした。これもまた時代の移り変わりとして受け入れるしかなかった。
「私が死ぬまで神社が残ってくださればいいのですがね」
「……罰当たり者どもだけで、ワシは辛い」
どれだけ手を加え、直しても壊される神社。それでも直し続けていたが、それも限界が来る。水神様などいない、自分達だけで生きていける……そう考える若者がいるのも仕方のないことなのかもしれない。
「……嵐が来そうですな」
「うむ。そうじゃな、■■■よ。お主も早いうちに帰ると良いぞ」
村長の言葉を聞きながら人間の時の私は水神様の社の修理を続け……そして日が落ちて、夜の帳に辺りが包まれた頃合、地響きと雷、そして凄まじい豪雨……海から顔を見せた巨大な蛇……。
「水神様!?」
それが鬼であり、医者の鬼の中でも強力な1体であると言う事は当然知らないし、村人を狩る鎧武者にも驚いた。それが全て水神様の怒りを買った結果だとその時は思った……。水神様に謝り、鎧武者に許しを請い、そして嘲笑われ切り裂かれ冷たい海へと飛び込んで逃げおせた……。
「痛いですなあ……」
目を覚まし無意識に足を撫でる。斬られた痛みも、壊死しかけた痛みも覚えている。ゆっくりと立ち上がり作務衣へ袖を通し食堂に足を向ける。
「カワサキ様、朝からで申し訳ない。魚のユッケを作ってくださらんか?」
「……OK、判った。でも少し時間が掛かるぞ?」
「待っておりますので大丈夫です」
私が無限城に拾われた時、魚で作ってくださったユッケ丼。あの夢を見ると、どうしてもこれが食べたくなる……皆が朝食を食べ終え、食堂を出て行く姿を見ながら、私はお茶を時々啜りながら料理が出来るのを待つのだった……。
ボウルの中に醤油、砂糖、すりおろしたにんにく、コチジャンを加えて酒を加えタレを伸ばす。一通り混ざったらすり胡麻を加え、タレを2つに分ける。その後に冷蔵庫からマグロの柵を取り出し、まな板の上に乗せる。
「半分くらいで十分だろう」
半分は刺身にしてツケダレの中に入れて揉みこんで冷蔵庫へ入れる。残りの半分は細切りにしてタレの中に入れ、同じ様に冷蔵庫の中に入れる。
「うし、次っと」
ほうれん草は4cm幅で切って、もやしと共に沸騰したお湯の中に入れて茹で上げる。もやしとほうれん草をゆでている間に大根と人参を千切りにし、ぎゅっと握り締めて水気を切ったら塩を振り、しんなりするまで放置。その間に茹で上がったほうれん草ともやしも粗熱が取れるまで冷ましておいて、冷えるまでの間にご飯を盛り付けることにする。
「丼はっと……」
少し大きめの丼を用意し、炊き立てのご飯を盛り付ける。平たく、広くするイメージで広げる。ご飯の用意が出来たらもやし、ほうれん草、大根、人参を1つのボウルの中に入れて、ごま油と塩で和えてご飯の上に盛り付ける。
「よしよし」
彩りを与える事を忘れずに、もやしの両隣に人参とほうれん草、もやしの真向かいに大根の千切りを並べる。そしてその上にタレに付け込んでおいたマグロの刺身を乗せる。丼の縁から中心に行くように並べ、真ん中を空けておく。
「仕上げっと」
開いている部分に細切りにしたマグロ、そしてその上に鶉の卵の黄身と刻んだ海苔を散し、味噌汁と漬物と共に玉壺の元へ持っていく。
「お待たせ」
「申し訳ない、ありがとうございます」
普段と比べて元気のない玉壺に今度時間があったら釣りに行こうと声を掛け、俺は厨房へと引き返すのだった。
マグロのユッケビビンバ丼……田舎漁師が初めて食べて感動した最初の料理である。たまに、特に悪夢を見た時はこれが食べたくてしょうがなくなる。
「いただきます」
箸を手に取りいただきますと口にしてからお盆の上のタレが入っている小瓶を手に取り、それを丼の上に回し掛ける。赤いこのタレはピリっと辛いのだが、辛いだけではなく旨みも強く癖になる味だ。
「……美味い」
米を食べる前にマグロの刺身を1枚口に運び美味いと呟く、熟成された事で旨みが強くなり、マグロの独特な風味を打ち消してくれる薬味と辛味によってマグロがとても食べやすくなっている。次は大根の千切りを頬張る、しゃきしゃきとした歯応えとごま油の風味が食欲を誘う。
「おっと、駄目だ駄目だ」
丼を持ち上げて食べたくなるが、ここはぐっと我慢しマグロの刺身とごま油で和えられた野菜で炊き立ての米を少しずつ削りながら、口に運んだ。
「しかし、本当に美味い」
ピリッと辛くほんのりと甘みもあり、白ゴマの風味も効いていて食欲が出てくる。ゆっくりと食べていても野菜が米と具材の間に挟まれているので米の熱が刺身に伝わらず、刺身が焼ける事もない。
(よし、そろそろだな)
マグロの細切りの上に乗せられていた黄身を崩し、タレと混ぜ合わせる。よく絡んだのを確認してからぐっと我慢していた丼を持ち上げる。
「美味い! 本当に辛い!」
脂の乗っているマグロ、甘辛いタレに卵の黄身が絡みより味わい深くなる。細切りのマグロはねっとりとしていて、納豆とは違うが刺身とまた違った旨みと味わいを楽しませてくれる。
「ズズウ」
1度味噌汁を啜り、口の中をさっぱりとさせ丼の縁に口をつけて、丼の中を口の中に掻き込む。
(これだ、これが今の私には必要なんだ)
平和と穏やかな時間は決して嫌いではない、だがその平和な時間に飲まれすぎても私は駄目なのだ。
(忘れるな)
忘れてはならない、あの惨劇を、あの悲劇を決して忘れてはいけないのだ。記憶は磨耗し、心を守る為に辛い記憶は忘れたほうが幸せだ。忘却は時に救いになる、だが……その救いを求めぬ人種もいる。
「……もぐ」
炊きたての米によって辛さとマグロの旨みが際立つ。その味を楽しみながら私は思う、魚とは言え喰いもしない、売りもしないでただ獲り、砂浜に捨てるような扱いを繰り返していた村の住人も悪い。天罰と言えば、それはきっと天罰なのだ。捕えるのならば、捕獲するのならば命を貰うという行いに対しての感謝を忘れてはいけないのだ。
「……ご馳走様でした」
食べ終えてお盆を手にして立ち上がる。食べれること、食事が出来る事に感謝し、自分の糧になってくれたものに心からの感謝を……だが、だからこそ私は思うのだ。
「いい面構えをしているな、玉壺」
「無惨様。暫くは物づくりの程を休ませていただきたいのです」
「良いぞ、許可する」
「ありがとうございます」
喰い散らかすだけ喰い散らかし、遊び半分で亡骸を弄ぶ鬼を私は許さない。無惨様の許可を得、そして過去の夢を見たことで私の闘志ははち切れんばかりに高ぶっていた。
「ええ……なにあれ?」
「なんだ見たことないのか? 玉壺は切れると凄いぞ」
「いや、凄いって言うか上半身の服千切れてるんだけど」
「それはあれだ。うん、謎だ」
玉壺激怒モードを初めて見た鬼達は玉壺は絶対に怒らせないようにしようとその心に誓う。そしてその姿をしる巌勝達は暫くの間鬼退治が楽になるなと思い、パトロールの順路の変更や鬼の目撃情報が多発している地区の詳細を鳴女に聞きに行く為にその場を後にするのだった……。
メニュー45 フライドチキンへ続く
玉壷が戦闘モードオンこうなると暫くデストロイヤーモードです。やばいって一目で判る感じですね、次回は下弦の誰かを出していこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
カワサキさんがオラリオにいるのは……
-
間違っている
-
間違っていない