【休載】生きたければ飯を食え Ver鬼滅の刃 作:混沌の魔法使い
メニュー4 牡丹鍋
カワサキ殿か?そうだな、初めて見たときは掴みどころの無い男だと思った。
全身から食材の匂いを滲ませているので、肝心のカワサキ殿の匂いはよく判らなかった。
カワサキ殿の匂いは常に誰かを思う、それこそ男に言うにはおかしいが、母のような温もりに満ちている。
戦えぬのに、呼吸も使えぬのにと陰口を叩かれる事もあったと聞く。
だがそんな相手でさえもカワサキ殿は笑顔で料理を提供し、そして無事に戻れるようにと祈る。
戦えないから、自分に出来る最善を何としても貫きたいと笑われる。
高潔な、そして誰よりも優しい男だ。
戻れなかった隊士に人知れず涙し、戻れた隊士を笑顔で出迎えそして温かい食事を与える。
紛れも無く、鬼殺隊隊士にとって、隠にとってカワサキ殿の店は帰るべき場所なのだ。
そしてそれは育手になったワシも変わらぬ、たまには姿を見せろと文を送ってくる。
お館様とは違うがまたカワサキ殿も紛れも無く鬼殺隊に関わる全ての父なのだ。
隠と言う黒尽くめに槇寿郎の屋敷まで連れてきて貰って夕食の準備をしていると、窓枠に黒い鳥……鴉が留まったのだが……
「カァーッ! 育手鱗滝左近次、桑島慈吾郎と槇寿郎帰るー。夕食の準備、準備いいぃッ!!!」
「キャアアアアアッ!!!シャァベッタァァァァァァァッ!?!?」
鴉が喋ったことに驚愕し、自分の物とは思えない甲高い声が出た。
「か、カワサキ殿!? どうかなさいましたか?」
「か、鴉が喋ったッ!?」
「ああ、鎹鴉ですね。父上からの伝言か?」
「育手鱗滝左近次と桑島慈吾郎と戻るぅ、酒に合う。夕食を頼むうう……かぁーかぁーッ!!!」
鳴きながら飛んで行く鎹鴉とやら、それを見て驚いていると杏寿郎が小さく笑っていた。
「鎹鴉は鬼殺隊に関わるとよく見ることになりますよ。偶に雀とか、梟も居ますが……」
「そ、そうか、覚えておくよ。ありがとう」
鳥が喋るのは驚くと思う、どうせなら先に教えておいて欲しかったなと思う。
「とりあえずお酒に合う夕食を用意しておいておけば良いと思います」
「そ、そうだな。驚かせてすまん」
喋るのを見れば驚きますよと笑う杏寿郎を見送り、煉獄家に昔世話になったと言う猟師がもって来た猪の肉に視線を向ける。
「……良し、決めた」
杏寿郎には猪肉のしょうが焼きと味噌汁と卵焼き。槇寿郎達には牡丹鍋にすることに決め、包丁を手に取る。
(……確か……猪肉の下拵えは……)
獣肉なので臭みはあるが、その臭みの大半は脂の部分だ。猪肉……部位的にはロースだな、この脂の乗り方と形を見れば間違いない。ロース肉の脂を2mmほど残して包丁の切っ先で削ぎ落とし、杏寿郎に食べさせる3枚分は厚めに切り、残りの肉は火が通りやすいように1-2mm位の薄切りにする。
「水の中に大さじ1の塩っと」
水の中に塩を入れて猪肉を水洗いする。すると水が肉から出た血で紅く染まる。そしたら水を捨てて、この工程を2~3回ほど繰り返す。塩による下味をつける効果もあり、臭み消しにもなる。
「うし、こんな感じだな」
水が紅く染まらなくなったのを確認してから鍋の中にスライスを1枚だけ入れて焼いてみる。
「……ん、豚肉よりさっぱりしてるな。それと塩はこんなもんか、うん、まずまず」
塩水で揉み洗いしたが、思ったよりも塩味は付いていない。これなら味付けに何の問題もないと判断した。
「猪肉は身体に良いからなあ」
まず猪の肉だが、猪の肉は豚に比べてもカロリーが低くコラーゲンが豊富。さらに言うと血液をサラサラにする不飽和脂肪酸やビタミンB群も豊富だ。非常に健康的な食材で女性にも勧めやすい、とても素晴らしい食材だ。
「ふっふっふ……少し違う牡丹鍋を堪能して貰うとしよう」
杏寿郎のしょうが焼きによる夕食とアイスクリームを食べさせた後。俺は槇寿郎達の夕食……牡丹鍋の準備を始めた。牡丹鍋と言えば味噌味。味噌の強い味と香りで獣肉の風味を消すという手法が一般的だ。猟師もそうすると良いと言っていたが、一般的な調理と言うことは食べ慣れているに違いない。ならば普段と違う味を楽しんで貰うことにしよう。
「ごぼう、大根、えのき、しめじっと」
旨みの強い茸類。特に味のいいしめじが良いだろう、大根やごぼうと言った根菜にネギやしょうがと言った香味野菜も臭み消しに使う。
「ふんふーん♪」
朝から作っておいた昆布出汁、煉獄家に居て一番最初に俺が手掛けたのはまず出汁作りだ。水出しが基本で、とにかく量を使うので大量に作る。氷室があるからそこで保管して置けるし、冷蔵庫がないのは不便だが、冷蔵施設があるのは助かる。保存で鮮度を維持できるが、あんまり多用するのを見られるのは余り良くない筈だからな。
「どれくらい食うのかな……」
槇寿郎と同じ位食うのかな? 下拵え多いほうがいいかなと考えながらごぼうはささがき、大根はいちょう切り、ネギは長めに3cm角で切り分けて、えのき、しめじは石突を取って水洗い、白菜、水菜は食べやすい大きさに切り分ける。
「よっと……む、重い」
台所にあった巨大な土鍋を持ち上げて釜戸の上に乗せる。そこに最初に切り落とした脂を入れて、猪の脂でごぼうを炒める。火が通り、ごぼうの香りが出てきたらネギを並べ入れて、暫く手を入れず軽く焦げ目が付くまで焼いたらひっくり返し、ごぼうとネギを鍋の縁に寄せる。
「灰で火加減調整をするんだよな」
薪が燃えて出来た灰を掛けて火を少し弱くしたら、猪の肩ロース肉を1枚ずつ並べて入れて焼くのだが、臭み消しと肉を柔らかくする為に日本酒を振り掛けたら、作っておいた昆布出汁をひたひたになるまで注ぎ、薪を継ぎ足して火を強くする。
「……うん、良い匂いだ」
湯気が出てくる頃合には猪肉から出た灰汁が浮いてくるのでそれを掬っては捨てるを繰り返す。灰汁が出てこなくなったら白菜や水菜に茸類を入れて少しの間蓋をして煮詰める。
「今戻ったぞッ!!」
槇寿郎の大声が台所まで響いてきた頃合で鍋が噴いてきたので、蓋を開けて醤油を回し掛け味を調えたら完成だ。
「さてと、後は運ぶだけだな」
コックスーツの袖を伸ばし、土鍋の取っ手を掴み俺は台所を後にするのだった。
ぐつぐつと音を立てて煮られる鍋。その下にあるのは囲炉裏ではなく、黒く奇妙な箱。
「なんでも西洋の道具らしいですよ、囲炉裏がない所でも食べられるので便利です」
「確かに便利だな」
余っているなら欲しいと思う。しかし後輩の家に転がり込んでただ飯を食うと言うのもなんなので、道中で買った日本酒の瓶の封を切る。
「あの、鱗滝さん?」
「左近次で構わない、それは牡丹鍋のように思えるが……色が随分と澄んでいるように見える」
「醤油味ですから、左近次さんは料理がお得意で?」
「ああ、それなりには嗜む」
嘘だな、自分の弟子に料理を振舞うことで人気のある左近次だ。それなりではなく、下手な料理人よりその料理の腕は秀でている。
「おい、あまり迷惑を掛けるなよ。味が気になるなら食べれば良いだろう?」
「……そうだな。邪魔をした」
「いえいえ、珍しい味付けが気になるのは料理人として当然ですから」
にっこりと笑ったカワサキは椀に3人分の牡丹鍋を盛り付けて、俺達の前に並べてくれた。
「ほう、確かに澄んでいるな」
「味噌味ではない牡丹鍋など初めてかもしれん」
牡丹鍋と言えば味噌味と決まっている、醤油味とはどれほどの味かと思い椀を手に取り、汁を啜る。
「「美味い」」
「うむ、やはりカワサキの飯は美味い」
槇寿郎だけは当然と言う感じで具材をバクバクと口に運び、日本酒を口に運んでいるが、俺と左近次は驚きが強かった。
「……臭みが殆どない」
「猪の肉はもう少し臭いんだがな」
味噌を使っていないのに猪の肉特有の臭みがまるでない。しかし、猪肉特有の旨みは一切損なわれていない。
「これはどのように味付けを?」
「酒と醤油ですよ。その前に臭み消しで塩水で猪肉を揉み洗いしています」
揉み洗い……そんな調理をするのは初めて聞いた。しかし塩水で洗えば臭みが消えるのか……驚いたな。
(しかし美味い)
酒に合う料理と頼んだが、これは本当に酒に合う。甘口の日本酒と醤油の味が利いた鍋は本当に合う。
「カワサキ、飯をくれ飯をッ!」
「はいはい、左近次さんと桑島さんは?」
「俺はもう少し後でいい、それと慈吾郎で構わんぞ」
「ワシももう少し後でいい、米を食うと舌が濁る」
酒も飲まず汁を啜り味を調べている左近次に苦笑し、たっぷりと出汁を吸い込んでいる大根を口に運ぶ。
「はふはふっ、いや! 美味いッ! 本当に良い腕をしている」
「お口に合ったのならば何よりです」
「ははははッ! これほどの味では行きつけの店の料理が美味いと思えなくなるかも知れんなッ!!」
味付けもそうだが、野菜の切り分け方も雑そうに見えて食べやすいように整えられている。見掛けは粗暴だが、実に丁寧な仕事をしていると感心する。
「槇寿郎、山盛りでよかったな」
「おう! これほどの味。飯が無ければ酒も進まんッ!」
山盛りの飯を受け取り、牡丹鍋をおかずにがつがつと掻きこむ槇寿郎。性質がさっぱりした気持ちのよい、男らしさに満ちた快男児よ、常に柱を輩出している煉獄家の家長と言うプレッシャーにも負けず実に良く頑張っている。
「猪肉も美味いな! はははッ!! 良いぞ良いぞ、これは気持ちよく酒も飯も食えると言うものだッ!!」
料理人などさほど腕の差はないと思っていたが、本当に腕の良い料理人と言うのはこうも味が違う物かと驚いた。猪肉は薄いが、それが野菜等を巻いて食べるには丁度良い厚さだ。酒を飲み、鍋を突きお代わりを繰り返しているとカワサキは鍋の中を覗きこみながら尋ねて来る。
「少し厚い肉も用意しておりますが、野菜と一緒に追加しますか?」
「「「是非頼む」」」
鬼退治は体力勝負だ、だから全員が大食漢だ。だが不味い飯を腹一杯食うほど辛いことはない、だが美味い飯ならば幾らでも入る。そしてカワサキの飯は極上だ、俺と槇寿郎は具材の追加を迷う事無くカワサキに頼むのだった。
醤油味の牡丹鍋など食べたことが無かった。だが、その味わいは絶品だ、そして猪肉の臭みもない。
(……なるほど)
猪肉から煮始め、灰汁が出たら毎度丁寧に掬い取る。そして根菜類をいれ、脂を根菜類に移し、次に葉野菜と茸類でさらに余分の脂を野菜に移すのか……。
(くどく無いのも納得だ)
味噌味の牡丹鍋も悪くないが、猪肉の旨みが損なわれる。味噌の味が強すぎるからだ、だが醤油味の牡丹鍋ならば猪の味を生かしつつ、味もいい。
「良い腕をしている。鬼殺隊の料理番になると言うのも納得だ」
「いえいえ、まだまだ修行中の身ですよ」
慢心しないその性格も好感が持てる、大柄ゆえに隊士も勤められると思うが……カワサキが剣を持ち戦う姿は想像出来ない。
「……薄切りは火の通りを良くするためか?」
「はい、それと脂をこそぎ落として食べやすくしています」
「そこだ、そこが判らない。脂を削ぎ落としているのに、何故ここまで猪の風味が生きている?」
猪の脂は臭みがあるが、味の決め手にもなる。だがこれは脂がないのに何故……?
「ああ。それでしたら、削ぎ落とした脂をみじん切りにして、具材を炒める時に使っているんです」
「ほう……なるほど」
やはり専門的に調理を学んだ男とは技術が違うなと感心する。
「さてと、では次はこれでどうぞ」
「生卵?」
「ええ、生卵です。これにつけてお召し上がりください」
生卵に具材をつける……まるで牛鍋みたいだなと思いながらも言われた通りにする。
「……美味い、醤油味の鍋と良く合う」
「あむもがもが、カワサキお代わり!」
「おっと俺もだ! いやあ、飯が進む!」
酒を飲む時は醤油そのまま、そして飯を食う時は卵で味の変化を……。このような調理法と味わい方は初めてだ。
「美味い食事は活力になる。お前が料理番となる事をワシは歓迎しよう」
猪肉の味を十分生かし、そして野菜もたっぷりと食べることが出来、肉で体を作る。ワシ達はすでに身体は仕上がっているが、若い隊士にはこの上質な食事は必要な物となるだろう。
「そうだな、カワサキが料理番なら死んでも戻ろうと思うぞ!」
「食い意地が張ってる訳じゃないがなッ!」
「ははは、いや、そこまで大層な男じゃないですけどね」
槇寿郎がお館様に紹介しようと思ったのも当然。これほどの腕の男だ、きっとホテルでも料理長を務める事が出来るだろう、これほどの逸材を手放してしまうのは惜しい。
「左近次さんもご飯どうですか?」
「いただこう、大盛りで構わないぞ」
「判りました」
穏やかな顔で笑い椀に飯を盛り付けるカワサキ。鬼殺隊と言うのは殺伐とした場所だが、それでもほんの少しの休息の時は心静かに過ごしたい。きっとカワサキとカワサキの作る食事は隊士の休む場所になる。ワシはそれを確信するのだった……。
山奥の小屋の中でもくもくと調理を続ける天狗の面の男性。囲炉裏の上に鉄鍋をつるし、牡丹鍋を鮮やかな手並みで仕上げていく。
「鱗滝さん! 今戻りました」
「戻りました」
「錆兎、義勇大分早く山下りが出来るようになったな。そろそろ次の修行に入るか」
「「はいッ!!」」
宍色の髪に口元に傷のある少年と黒髪の少年が嬉々として返事を返す、カワサキとの出会いから10年。鱗滝左近次は隊を引退し、水の呼吸の育手となっていた。
「今日は牡丹鍋ですか?」
「ああ、そうだ。肉と野菜を食い、米を喰らい体を作る。食べることも修練だ」
山盛りによそわれた白米と牡丹鍋を見て錆兎と義勇の2人は元気よく返事を返す。
「鱗滝さんの料理はとても美味しいので沢山食べられます」
「……ます」
「はははッ! そうか、だがな、ワシの料理は鬼殺隊の料理番カワサキ殿に教わった物だ。2人が最終選別に向かう時には会う事もあろう」
最終選別のやり方に異を唱え、それを強引に押し通したカワサキの姿を思い浮かべ鱗滝は豪胆に笑う。
「最終選別の前にお会いするのですか?」
「そうだ。カワサキ殿は最終選別の前の腹ごしらえとして料理を振舞ってくれる。そしておにぎりを2つだけ持たせてくれる、だが忘れるな。めいっぱい食っては鬼に殺される、動けなくなるほどに飯を食うんじゃないぞ」
最終選別に挑む者に食事を振る舞い、7日間の食料としては余りに心もとないが、2つのおにぎり、そして……選別を断念する為の特別な文。それら全てはカワサキ殿の意見で採用された物だ、料理番として入ったカワサキは、今ではお館様の料理番。
(時の流れは速い)
「明日も早い、食べたら身体を休めるといい」
「「はいッ!」」
元気よく返事を返す2人に天狗の面の下で笑みを浮かべる鱗滝。錆兎と義勇が最終選別に旅立つのはまだ先の事だが、己の元からただの1人も隊士が生まれていない事、そして最終選別から戻った子供が1度も己に会いに来ないこと……何かが最終選別の行われる藤襲山で起きている事を直感で鱗滝は感じていた。
(どうか無理をしないでくれ)
自分に育手の才がないのかと悩んだ事もある。それでも己は育手を止められぬ、錆兎と義勇の2人はきっと隊士になってくれる。そんな期待を抱きながら、お代わりと満面の笑みを浮かべる2人の椀に牡丹鍋のお代わりを鱗滝は注ぎいれるのだった……。
メニュー5 スイートポテトへと続く
ちょっと時系列がよく判っておりませんが、槇寿郎の先輩に鱗滝さんと桑島さんがいたと言う設定で行こうと思います。次回はわっしょいをやりたいかなっと思いますね。それかどこかで時間軸飛ばしてもいいかなとか、色々考えて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
カワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない