【休載】生きたければ飯を食え Ver鬼滅の刃 作:混沌の魔法使い
メニュー18 雷の呼吸一門のスタミナ丼
その日の訓練はとても珍しい物だったのを俺は良く覚えている。普段の走りこみや素振りではなく、手に包帯を巻いての組稽古。
「あの…カワサキさんは全集中の呼吸を使えるんですか?」
「使えないけど心配ない。ほい、来い来い」
手招きするカワサキさんに大丈夫なのとじいちゃんを見ると、じいちゃんは小さく頷いた。
「心配ない。思いっきり行け、善逸」
「いや、そう言うことじゃないんだけどッ!?なんで組み稽古!?」
「大丈夫だ、勉強と思っていけ」
だから何の勉強なの!?と思いながらも行けと言われ、呼吸も使えない相手に大丈夫かなと思いながら踏み込んだ瞬間。
「いっつ!?」
乾いた音を立てて俺の突進は止められていた…目の前を見るとカワサキさんは握り拳をふらふらと振っている。
「どうした?」
ちょいちょいとまた手招きされる…今度はしっかりとカワサキさんを見ながら前に出る。
「つっ!」
「お、今度は踏み止まったか」
握り拳が大きくなったと思った瞬間、俺はまた顔に走る痛みを感じていた。
「西洋式拳闘……まぁ、ボクシングっていう奴さ。鬼になったばかりは身体能力で押し潰しにくるんだろ?そうなると組み手に慣れておいた方がいい」
「ワシも同意じゃ。鬼になったばかりは再生能力に物を言わせて掴み掛かってくる。殴られたという事は掴まれたと言うことじゃ。殴られないように、カワサキの懐に潜り込んで見ろ」
「いや、むちゃくちゃ早いんだけど!?」
急に拳が大きくなったようにしか見えないんだけど!なにこれ…呼吸とかなしでこんな事が出来る物なのかと驚いた。
「良く見ろ。いや、お前の場合良く聞けか?まぁ来い」
「う、うううーッ!」
そこまで痛くないので、歯を食いしばり前に出る。確かに早いけど、それだけで痛みはさほど無い。それに……一定の間隔で間合いを計っているのが判り、その音を聞いて、その音を頼りに前に出る。
「お、やるな」
紙一重で拳をかわしながら前に出て、もうすぐ手が届くという所で間合いを取る音の感覚が変わった。
「うっ!?」
それに困惑してるうちに、1回殴られてカワサキさんは下がってしまう。だけど1回懐までもぐりこめたんだからっともう1回前に出るが、今度は最初から異音を感じて足が止まる。そしてジッとカワサキさんを見つめてその理由が判った。
「ひ、左!?」
カワサキさんは左と右、両手を交互に前に出していた。異音が混じったと感じたのは左手が前に出たからだと判った。
「そ、左だ。悪いが俺は海外での生活が長いから、左手を使う事に躊躇いも嫌悪感も無い。それにだ、右利き相手はやりなれているが、左利きと組み稽古なんてした事無いだろ」
「そ、それはまぁ……」
左利きは良くないって言われてるしと思っているとカワサキさんにでこピンされた。
「右利きだろうが左利きだろうが人間だ、そこに差は無い。それにだ、右で攻撃されると思って左で攻撃されたら驚くだろ?」
「そ、そりゃまあ、驚きますけど!でも左手は……」
「じゃあ、右手を鬼に折られたから、抵抗せずに食われて死ぬか?」
「ッ!」
それは考えても見ないことだった。鬼と戦っている最中に利き腕を負傷する……それはありえない話ではない。生き残る為に、そして鬼に襲われている人を護らなければならないのに、利き腕を負傷したから諦めると言うのは自分で考えてもおかしい話だと思った。
「右も左も使えて損は無いってこった。それにだ、人間には利き足って言うのがあってだな。右利きの善逸は左足を前に構えているだろ?」
「あ、本当だ」
そう言われてみると自然に左足を前にして構えていた。これがずっと普通だったからおかしいと思わなかったけど……利き足って物があるってことを初めて知った。
「当然左利きは右足が利き足になる。利き足って言うのは大事だぞ? 何せ地面を蹴る勢いとかに大きく左右されるからな。利き腕、利き足は大事って事さ。ほれ、獪岳交代だ」
「え…あ、はいッ!」
獪岳と組み稽古の相手を交代し、じいちゃんのほうに足を向ける。
「ワシもカワサキに言われてその通りだと思っての、慣れてないと思うが、今日は左を上にして素振りじゃ」
まさか左で剣を振るう事になるなんて思ってもなかったことだ。振ってみるが姿勢は崩れるし、速度も遅い。散々な物だった……。
「これ、変な癖付くんじゃ?」
「変な癖が付いたら矯正すればええ。さ、そのまま100回じゃッ!」
生き残る為の術だと言われれば、俺も一生懸命左手で木刀を振るう。その中でちらりと獪岳に視線を向けると、獪岳は左手で器用にカワサキさんの攻撃を防いでいた。それを凄いなと思いながらじいちゃんに指摘されながら左での素振りに続けるのだった……。
慈吾郎に頼んだのは左手を使う有効性を善逸と獪岳へ伝えるという物だった。大正時代では左利きは忌むべき物と言っていたが、インドから来た仏教の影響と聞いたことがある。インドでは左手は不浄の手とされるから左利きが駄目といわれていたと言う話は聞いたが、左利きの子を右利きに矯正する労力や、感覚の問題の事を考えれば別に無理に右利きに強制する必要は無いって言うのが俺の考えだ。と言うか、俺自身は左利きだが、右手も使えるようにした。どちらかに拘るのではなく、両利きの方が便利だと俺は個人的に考えている。
「後は獪岳次第だな」
俺の見立てでは獪岳は左利きだ。正直、利き腕ではない腕で良くあそこまで器用に立ち回ると感心すると同時に、利き腕ならば、使えないという霹靂一閃を使えるのでは?と言うのが俺の考えである。
「さてと……ちゃっちゃと準備するか」
今も訓練している2人の為にスタミナの付く丼を用意しようと思う。
「玉葱とキャベツっと」
玉葱は薄切り、キャベツは千切りにしたら、鍋に猪の脂の部分を入れて軽く炒めて脂が溶け出してきたら玉葱を入れる。
「簡単で美味くて、ボリューム満点。これぞって感じがあるよな」
玉葱がしんなりしてきたら、猪肉の細切れを入れて色が変わるまで炒める。
「醤油、酒、みりん、潰したにんにく」
調味料とにんにくを加えて猪肉と玉葱に絡めるようにして炒める。猪の肉に照りが出てきたら火の上から鍋をどける。
「山盛りご飯の上に千切りキャベツ、その上にたっぷりと豚肉をのせてっと」
タレをたっぷりと猪肉に絡めて、キャベツの上に乗せたら小口きりにしたネギを散らして、最後に卵黄を丼の真ん中に落とす。
「完璧、スタミナ丼って言えばこれだよな」
カツ丼や牛丼、丼は山ほどあるが、これほど簡単に作れて、しかしそれでいて手抜きに見えないのはスタミナ丼の売りだよな。4人分の丼をお盆の上に乗せて、俺は厨を後にするのだった……。
利き足か……カワサキの話は正直、疑い半分だった。だが獪岳が左手で剣を構えた時、その動きは今までにないほどに生き生きした物になった。それを見れば、どんな馬鹿でも獪岳が左利きと言うのは明らかだった。
(見抜けぬとは情けない)
弟子の利き腕すら見抜けぬとは……情けない限りだ。だが、獪岳の右利きへの矯正は完璧だったと言うのもある。まさか、あれほどまでに器用に型を使いこなしておいて、実は左利きなんて誰が思うだろうか?
「疲れたぁ……」
ぐったりしている善逸とその隣で握り拳を作り、開くを繰り返している獪岳。何か思うことがあるのじゃろう……正直ワシの知る中では左利きの隊士と言うものは殆どおらんかった。むしろ左利きと言う事で隊士としての道を断たれ、隠となった者も多くいた。
(茨の道か……)
この先獪岳が進むのは茨の道だ。だが、それでも獪岳の才能を埋もれさすのは惜しい。修練し、そして高め上げる事で十二鬼月を倒す事が出来れば左利きであろうと認められる。ワシは、獪岳が認められる為ならばどんなことでもするつもりである。
「お待たせー!昼飯出来たぞー!」
「待ってましたぁ!お昼ごはんは何?」
「五月蝿いぞ!善逸!」
「ひっ、ごめん獪岳」
大声を出した善逸を叱る獪岳、にカワサキがそんなに怒る事ないさと笑い、ワシ達の前に丼を並べて行った。
「ほほう、これはまた美味そうだ」
「うわあ、めちゃくちゃ美味しそう!」
「美味しそうじゃなくて美味いんだよ、馬鹿が」
「ははは、そこまで手が込んだ物じゃないけどな。さ、食べてくれ」
「「「「いただきます」」」」
カワサキも座ったのを確認してから箸を手に取り、丼を持ち上げる。ずっしりと重いそれに気合入れすぎだなと苦笑しながら豚肉を頬張る。
「んー!美味しいッ!甘いのに辛くて美味しい!」
「甘辛いって言うのは不思議な味だな」
獪岳と善逸が凄い勢いで丼を掻きこんでいく。こういう所は若さだなと思い苦笑する。
(猪肉が香ばしく焼かれているな)
にんにくの香ばしい香りと歯応えのいい甘辛い猪肉、猪の脂とその肉の歯応えは食を進めさせる。米と一緒に食べると、その甘辛い味が口一杯に広がり、猪肉が食べたくなり、そして米を食べたくなる。
「カワサキ、これの味付けは?」
「醤油と砂糖とみりん、それと潰したにんにくだな」
にんにくの香りが食欲をそそり、甘辛い味付けの豚肉が食欲を倍増させる。
「千切りが美味いです」
「そうそう、これが良く合うんだよ。ある程度食べたら卵を崩してっと」
「ふわあッ!こんなの美味しいに決まってるよッ!!!」
生卵が絡んだ飯に甘辛いタレが染みこむ。これは善逸の言う通りに美味いに決まっている!生卵で食べやすくなったそれを勢い良く掻き込む。
「かあー!ワシの現役の時にカワサキがいたら、あと10年は闘えた!」
「大袈裟だな」
「いやいや、本当にそう思うぞ。鱗滝の奴もきっとそう言うに決まっている」
槇寿郎が今や鬼殺隊の最年長だが、まだまだ現役と言う感じだった。それはカワサキの適切な食事によって身体を維持しているからだと思っていた。
「すいません、カワサキさん。お代わりください!」
「俺も貰えますか?」
「ちゃんと用意してあるよ、慈吾郎はどうする?」
空の丼を見つめ、ワシは少し考えてから空の丼をカワサキに向ける。
「少なめで頼むぞ。その代わり、キャベツは増やしてくれ」
了解と笑うカワサキを見送りながら本当に思う。あと10年……いや、8年早く出会えていればワシも足を失うことが無かったのかもしれない。
(それならば、より一層、霹靂一閃を教えてやれたのに)
この足では霹靂一閃は使えない。雷鳴とまで謡われた霹靂一閃を愛しい弟子に直接見せて、指導してやれない事を思うと、酷く口惜しい物を感じるのだった……。
静まり返った夜、俺は誰も起こさないように道場に向かい、左手に木刀を握った。
(左なら出来る……のか?)
今まで何度もやって出来なかった霹靂一閃……それを左手なら出来るのかと思ったら、試さずにはいられなかった。だが、師範とカワサキさんが何と言おうと、左利きは駄目だといわれる。それでも、渇望して届かなかった光に手が届くかもしれない……そう思うと試さずにはいられなかった。
「シィィ……ッ」
左手に木刀を持ち、いつものと逆、右足を前に出し、左足を後にして前傾姿勢になる。力強く道場の床を蹴った瞬間…今まで感じた事も無い速度を感じ、上手く踏み止まれずそのまま道場の床に横たわる。
「は……はは……出来た、出来たぞ……」
失敗してしまったが、今のは間違いなく霹靂一閃の手応えだった。まさか左で木刀を握るだけで出来るようになるとは思ってなかった。ゆっくりと立ち上がり、もう1度と思った時に道場に拍手の音が響いた。
「誰……ッ。カワサキさん……」
道場の出入り口に背中を預けているカワサキさんは手を叩いて楽しそうに笑っていた。
「見てたんですか?」
「偶然目を覚ましてな、それでどうだ?」
「どうだとは?」
「自分の利き手で剣を振るう感覚は?」
カワサキさんの言葉に一瞬息を呑んだが、俺は木刀を握り締めたまま笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。俺はまだ前に進めそうです」
「そいつは良かったな」
にっと笑い、俺の頭を撫でるカワサキさん。
「誰が何と言おうと、生きていれば勝ちなんだ。泥水啜ろうが、無様に逃げようが、生きていれば次がある。左利きであーだこーだ言われても気にするな。そんな物は雑音だ、好きに言わせておけば良い。そんな雑音に心を惑わせるな」
カワサキさんの言葉には不思議な説得力があった。それは年若いのに、日本を出て海外で料理修行をしていたカワサキさんだから持つ、圧倒的劣勢でも自分の意志をしっかり持って周りの意見を押し潰すというのが伝わってきた。
「カワサキさんもそうだったんですか?」
「当たり前だ。外人の中で日本人1人だぞ? それと比べれば、左利きだのどうだの気にする事でもねえ。だから獪岳も何を言われてもくじけるなよ、自分の中に光る1つがあれば、迷う事も不安に思うこともない。己に自信を持て獪岳」
手を振り出て行くカワサキさんを見送り、俺は左で木刀を持ち、素振りを始める。
「俺は負けない…何を言われても揺るがない!」
周りが何を言おうが俺は負けない。何をされても俺は迷わない。俺が辿り着く場所は判っている。なら、そこを目指して突き進めば良い。迷う事も不安に思うこともないのだから……。
そして後に、左右で変幻自在の雷の呼吸を使う隊士として獪岳はその名を馳せる事となる。そして隊服の上には、かつて雷神と謡われた桑島慈吾郎が羽織っていたのと同じ黒い羽織が自信に満ちた獪岳の背中から揺れていたのだった……。
メニュー19 汁なし坦々麺へ続く
獪岳左利き説を使いたいと思います。これは私も以前は空手や合い気を学んでいたので判るんですが、利き腕と利き足って凄い大事なんですよね。だから獪岳が霹靂一閃を使えないのは左利きなのに、右で使おうとしていたからと言う説を使いたいと思います。次回は真・炎柱になる前、寄せ鍋を食べる前の槇寿朗さんの話にしようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
カワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない