「変質者」
そう言い放ってきた少女に改めて視線を向ける。
なぜかことり同様に全身が汗だらけで、髪や服が体に張り付いてしまっている。
体に熱がこもっているのか、その表情は赤みがさし、どこか扇情的にも見える絢瀬さんだが、いったいなぜこんなところに?
それに早く体を拭かないと風邪を引いてしまいそうだが……。
というより、変質者とはもしかしなくても私のことだろうか?
……なぜ私が変質者だなんて。
はっ、やはりお忍びで学校に行ったのはまずかったか……。
自分の中でそう結論付け、後悔するが時すでに遅し。
絢瀬さんは、まるで宿敵にあったかのように私を睨みながら、ズンズンと距離を詰めてくる。
そして、私の目の前までやってきた絢瀬さんは普段はその整った綺麗な顔を怒りに包み、私の前に立ちはだかる。
そして
「あなた、なんなんですか!? いきなり私の……いえ、希に、お、おおおおでこをくっつけるなんて///!!?? うらy……変態じゃないのっ!!」
決壊したダムのように、早口でそんなことを言い放ってくる。
ところどころに怒りとは別の感情が見え隠れしているのは気のせいだろうか?
「絢瀬さん、東條さんとおでこをくっつけたのは、東條さんが熱っぽくて具合が悪そうだったからなんだ。」
特に隠すことでもないので、ありのままを話す。
それにしても、なぜ絢瀬さんはこんなにも怒っているのだろうか?
てっきり学校の周りでウロウロしていたことを咎められると思っていたのだが。
しかし、私の言葉を聞いた絢瀬さんは、怒りでなのかその白い肌をさらに真っ赤にして
「ね・つ・な・わ・け、ないでしょうっ!! あなたみたいに無駄にイケメンな人に言い寄られたら、ピュアな希が真っ赤になるのは当然でしょう!! 私だって、あそこまで照れている希を見たことないのに!! ずるい! ずるいわっ!!」
「あ、あの……絢瀬さん?? いったん、落ち着かないかい?」
キーッと、明らかに冷静さを欠き、取り乱している絢瀬さんにそう提案し、なんとか宥める。
……おかしい、ことりから聞いていた絢瀬さんは、才色兼備かつ人をまとめることのできるカリスマ性を備えたまさにみんなの憧れ、という風に聞いていたのだが……。
正直、今の絢瀬さんの姿からは、まったく似ても似つかないのだが……。
その絢瀬さんは急に何かに気付いたかのように、顔を青ざめさせ数歩後ずさる。
どうしたんだろうと思っていると、絢瀬さんが恐る恐るといったふうに口を開き
「……そういえば、どうして私が絢瀬という名前だと知っているの? ま、まさかストーカー??」
ああ、なるほど。
私としたことが、また自己紹介が遅れてしまった。
確かに、見知らぬ男が自分の名前を知っていたらさぞかし不気味だろう。
「すまないね、自己紹介が遅れたね。私はことりの父親なんだ。絢瀬さんや他のミューズのメンバーのこともことりから聞いているんだ。」
この言葉を聞いた絢瀬さんは、口を開いたままポカンとした表情を浮かべ、何やら驚愕している様子。
そういえば、東條さんも私がことりの父親だと知った時は、かなり驚いているようだったね、何かおかしいのだろか?
「え……ことりの……父親? ですって??」
ワナワナと、信じられないようなものを見る目で私にそう確認してくる絢瀬さん。
なぜか顔からは血の気が引いたように真っ青になっている気がする。
「……ああ、そうだけれど、どうしてそんなに驚いているんだい?」
「い、いえ……、てっきりチャラい大学生くらいの人だと思っていたので……。あ、あの……そうとは知らずに無礼を失礼をしました。」
絢瀬さんはそう言うと、ぺこりと少々大げさに頭を下げ、そう謝罪してくる。
……チャライのだろうか、私は。
と、絢瀬さんの言葉に少し落ち込んでしまう。
「いや、いいんだよ。私も自己紹介が遅れてしまったからね。」
しかし、大人の私が落ち込んでしまった態度を出すわけにも行かないので、努めて気にしてませんよという態度を保ちながら絢瀬さんにそう伝える。
絢瀬さんも私の言葉に顔を上げ、安堵の表情を浮かべながら
「そ、そう言って頂いてよかったです……。」
と、ほっとしたように一言。
そして、二人の間にあった緊張感が一気になくなったことでお互い、自然と笑みがこぼれてきて、温かい雰囲気があたりを包んだ
……と、思っただのだが
「……って!!! 何も良くないわよ!!!」
え
いきなり絢瀬さんが叫んだもので、声にならない声をあげてしまう。
絢瀬さんを改めて見ると、こころなしか先ほどよりも顔を真っ赤にし、怒り心頭なご様子である。
ど、どうしてしまったんだ??
何も理解できず、オロオロしている私に対し、絢瀬さんは私に詰め寄ってきて
「父親が娘の友達に詰め寄るとかありえないでしょ!! ましておでことおでこをくっつけるなんて!! ロシアでもそんな人見たことないわよ!!」
「ロ、ロシア……?? いや、でも体調が悪い時はおでこをくっつけて測るのが常識だと、ことりが言っていたんだが、むしろそれ以外に熱を測る方法はないとも……。」
「はぁっ!? ことりが?? ……ちょっと待ってください。」
荒れに荒れている絢瀬さんは、そう言うとスマホを取り出し、スッスッと何やら操作をしだした。
何をしているのだろうか、と思っていると、スマホから軽快なメロディが流れ出した、これは、L〇NEの着信音だ、スピーカー機能で私にも音が聞こえるようになっているようだ。
しばくすると、通話相手が応答したのだろう、メロディが消えて
「もしもし? どうしたの絵里ちゃん?」
と、柔らかい口調の優しい雰囲気を漂わす声が聞こえてくる。
「もしもし? 急にごめんね花陽。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど。」
花陽……ミューズの子だね、確か名字は小泉さんだったか、一年生の子だったね。
しかしなぜ今、小泉さんに電話をかけたのだろうか?
「え? うん、いいけど。絵里ちゃん、何か怒ってる?」
「いえ、気にしないで頂戴。それより花陽、友達の父親に急に詰め寄られておでことおでこをくっつけられたらどうする?」
「……え? ……通報?」
「……よね、よかったわ。日本に私の知らない文化があるのかと思ったわ。」
「え?? え?? 絵里ちゃん、どういうこt」
ブツッと、何のことか分からず混乱する小泉さんに構わず絢瀬さんは電話を切ってしまう。
……というより通報?? もしかしなくても110番ということだろうか??
……え、なぜ??
混乱する私をよそに、絢瀬さんは私の方を再度キッと睨んできて
「やっぱり、おかしいんじゃない!! 娘をダシに女子高生に言い寄るなんて最低よ!!大体ことりがそんなこと言うわけないじゃない!! これは立派な犯罪よ!! 返してっ! 純情な希を返してよ!!」
「し、しかし、ことりは確かにおでこをくっつけて測るのが普通だと……。」
「まだそんなことを言っているの!? いいわよ! じゃあ、ことりにも確かめるわ!」
そう言うと、絢瀬さんは乱暴な手つきでスマホを再び操作しだした。
再びなりだす軽快なメロディ。
私はどうしたらいいのか頭が状況に追いついていない為、ただただ目の前で起こることを見守ることしかできない。
「もしもし、絵里ちゃん?」
ことりは通話に応答したようで、聞きなれた甘い声がスマホ越しに聞こえてくる。
東條さんと一緒に帰ったみたいだが、もう別れたのだろうか?
「もしもしことり? 一つ聞きたいことがあるんだけど。」
「聞きたいこと? どうしたの?」
「友達の父親に急に詰め寄られておでことおでこをくっつけられたらどうする?」
「……え、普通にけいさt……ちょっと待って……おでことおでこ……一応聞くけど、どうしてそんなことを聞くの?」
ことりは何やら、即座に絢瀬さんの問いに答えようとしたみたいだが、何かに引っかかったようで、そんな質問を投げかけてくる。
……というより、途中からことりの声がいつもより1トーンくらい低くなった気がするのだが、機械越しであるためいつもと違うように聞こえるだけなのだと信じたい。
すると、絢瀬さんも何かを思い出したかのようにさきほどの怒りに満ちた表情から一転、恐怖の感情をその顔に浮かべている。
……何かあったのだろうか?
「こ、この感じ、さっきのとても怖いことりと同じ……。」
と、絢瀬さんは青ざめた様子で、小声で何やらブツブツと呟いている。
凄く気分が悪そうに見えるが、大丈夫だろうか?
しかしそのタイミングで
「もしも~し? 絵里ちゃん? どうしたの? 質問に答えてよ? ねえ、どうしたの? ねえねえ?」
と、ことりから催促が。
なぜかスマホから聞こえることりの声が何とも不気味な雰囲気を漂わせているような錯覚を覚えてしまう。
どうしてだろう、いつも聞いているはずのことりの声なのにどこか違う気がする……。
絢瀬さんもその異様さに気付いているのだろう、目尻に雫が浮かんできている。
その絢瀬さんは、プルプルと震えながらスマホに顔を近づけ
「あ、あの……ことり? やっぱりいいわ? ごめんさない、急に変なことを言って。」
そう言って、絢瀬さんは通話を無理やり切ろうとする。
しかし、そんな絢瀬さんの言葉に間髪入れずに向こうから
「ねえ絵里ちゃん……」
「もしかしてそこに……」
「パパ、いるの?」
ゾクッ
あまりに冷たく、体に突き刺さるようなことりの声に全身に鳥肌が立つ。
……こ、これは本当にことりなのか??
さっきことりがここに来た時も感じた別人のような恐怖を感じさせるこの感覚。
ことり、一体なにがあったんだ……。
父親である私ですらこの有様なのだ。
絢瀬さんはというと、さきほどまでの怒りの感情はもはや欠片も残っておらず、涙目になり、こちらに助けを求めるように見つめてきていた。
ど、どうすれば……
つづく
第10話読んで頂いてありがとうございます!
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