「ははは、ママ。冗談だろ? ことりが人を無視するなんて想像がつかないよ。」
純粋で汚れの一切と縁のない存在である、あのことりが・・・?
私にはどうやったって想像できない。
・・・しかし、ママとことりがよく喧嘩をしているのも事実。
まさか本当に?
にわかには信じがたいが、そこまで家庭の崩壊が始まっていたのか??
「・・・あなたは、私が嘘を言っていると思っているの??」
「いや、そんなことはないが・・・。」
お酒が入っているせいか、顔にほんのり熱を感じさせる赤みがかかり、切なさそうに潤む瞳でもって、上目遣いで見つめられた私が、ママを否定できるわけもなく、そう答える。
可愛すぎるよ、ママ・・・。ますますママを好きになってしまうじゃないか。
ちなみにママが私に嘘をついたことがないというのも本当だ。
ママはいつだって、私にだけは嘘をつかない。
そこにママの愛を感じるし、何があっても守ってあげたくなってしまうのだ。
まあ、体重に関してだけは思い切りサバを読まれていたが・・・。
しかし、そうなると本当にことりがママを無視していたのだろうか?
・・・もしかしたら、何か原因があったのかもしれない。
そうだ、その原因が分かれば、ママとことりが仲直りする鍵を見つけることができるかもしれない。
「ママ、辛いかもしれないが、ことりに無視をされた時の状況を詳しく教えてくれないだろうか??
「え~? ん~とね~。この間ね、ことりが穂乃果ちゃんの家にお泊りに行ったときにね? あなたと夜景の見えるレストランに行ったじゃない?」
「ああ、行ったね。あれは、とても有意義で幸せな時間だったよ・・・。」
酔っていて、舌がうまく回っていないママの言葉に私の記憶が鮮明に脳内に浮かび上がる。
先週だったか。ことりが穂乃果ちゃんの家でお泊りするということで、久しぶりにママとデートをしたのだ。
年甲斐もなく、色々テンションが上がってしまったが、とても楽しかったね・・・。
特に、最後のレストランでの食事は、若い頃に戻ったようにドキドキしてしまったことを今でもよく覚えている。
そのせいで、食事の味は一切忘れてしまったがね。
「うふふ♪ 私もよ♪ ・・・それでね、それをことりに話したの。そしたら、無視をされたの・・・。しかも舌打ちのおまけ付きで。」
「な、なんだって・・・、舌打ち? 舌打ちというのは、「ちっ!」ってする、あの舌打ちかい??」
「そうよ、「ちっ!」てするあの舌打ちよ。でもまあ、あまり慣れていなかったのか、舌打ちというよりは、ひな鳥の鳴き声みたいに「ちゅんっ」って感じだったから、ちょっと可愛らしかったけれど・・・。」
悲しそうに語るママの言葉に、バットで頭を思い切り殴られたような感覚に陥る。
ことりが・・・舌打ち??
信じられない。
それが正直な感想だ。
しかし、ママは私に対しては、絶対に嘘をつかない・・・体重以外。
それに、この落ち込みよう・・・とても冗談とは、思えない。
そして何よりの問題なのが、
・・・一体、なぜママがことりに無視をされたのか、その原因が全く分からないことだ。
まずい・・・、水面下で何かが起こっているのは確実だ。
父として私が何とかしなくては・・・。
しかし、いったいどうすれば。
・・・・・。
そうだ
ことりと仲の良い友達に相談すれば、いい意見がもらえるのではないだろうか?
今ことりは、スクールアイドルをしていて、非常に仲の良い友達がいたはずだ。
その子たちに相談をすれば・・・。
特に穂乃果ちゃんや海未ちゃんならことりとも付き合いは長いし、何かヒントを得られるかもしれない。
よし、早速明日、コンタクトをとってみよう。
・・・しかし、舌打ちが上手くできないことりか・・・ちょっと見てみたい気もする。
はっ、いけない、ママが悲しんでいるのにこんなことを考えてしまうなんて。
私が、今後の方向性も決まり、少し気持ちに余裕ができたことから、こんなことを考えていると、背中に柔らかく温かみのある重みを感じた。
「・・・どうしたんだい、ママ?」
集中している間に、ママは、私が座っている一人掛け用のソファの後ろに回り込んでいたらしく、私を背中から優しく抱き着いて来ていたのだ。
・・・これは、甘えたい時や、慰めてほしい時にママがよくとる行動だ。
「・・・・・。」
ママは、特に返事をするわけでもなく、何かを期待しているような目でこちらをじっと見つめて、妖艶な雰囲気を醸し出している。
・・・まったく、ずるいなママ。
心の中でそうボヤキながら、ママの顔に自分の顔をゆっくりと近づける。
ママもそれを確認すると、ゆっくりと目を閉じた。
そして
私とママが、数瞬後には、といったところで・・・
トントントンッ!
と、部屋の扉をノックする音が鳴り響いた。
ノック音を確認したママは、慌てたように私から離れ、自分の座っていた席に戻ってしまった。
しかし、この状況でノックをするということは、ことりなのだろうけど、ことりにしては、強めのノックだ。
何か緊急事態でもあったのだろうか?
「入ってもいいよ。」
私がそう声をかけると、ドアがガチャリと開き、ことりが顔を覗かせてきて
「ごめんね? 今大丈夫だった??」
にこにことした笑顔を浮かべながら、そう聞いてくることりだったが、なぜか『大丈夫だった?』の部分を強調してきたことりのセリフに違和感をおぼえる。
・・・怒っているのか??
どこかいつもより表情が硬いことりを見て、そんなことを思ってしまう。
「いや? 別に問題ないよ。」
私は、ことりにそう答える。
何の用かは不明だが、何か困りごとがあって、来たのかもしれない。
ならば、早く解決してあげなくては。
「そ、その、実は、部屋に大きい虫がいて・・・。」
「それは、大変だね。すぐに行こう。」
「ありがとう、パパ♪」
まったく、女の子の部屋にやってくるなんて、罪な虫だよ・・・。
しかし、虫とは明るいものにつられてやって来る習性があると聞く。
もしかしたら、まるで女神の如く美しく輝くことりにつられてきてしまったのかもしれないね。
・・・しかし、そうなると私も虫と同じ習性を持つことになるね、ははは。
そんなことを考え、ことりの部屋に行こうとするが、どうしたことか、ママが不機嫌そうに立ち上がると
「あなた! そうやっていつも、ことりを甘やかしているけれど、何かおかしいと思わないの??」
「え、何がだい?」
急にどうしたのだろう?
何かおかしな点がっただろうか??
酔っているせいもあるのだろうが、こんなに声を荒げて・・・。
私が心配そうに見つめる中、ママは私をキッと睨み
「ことりの部屋に虫が出たの、今月で何回目かしら??」
「ふむ・・・8回目くらいかな?」
「おかしいでしょ!? 明らかに多すぎるでしょ!! まだ、今月二週目よ!!」
そう言われると確かに多い気もする。
しかし、そんな叫んで荒ぶっていると、酔いが回ってしまうよママ?
「う、嘘じゃない!! 本当だもんっ!!」
「じゃあ聞くけどことり、どうしていつもママとパパが仲良くしている時に虫が出るのかしら??」
「・・・し、知らない。聞き耳立てて、タイミング伺ったりとかしてないから、絶対。」
激高するママに対し、気まずそうにそっぽを向くことり。
しかし、言われてみると確かにママと一緒にいる時にいつも虫が出ている気もする。
・・・一体、どういうことなんだ。
さっぱり分からない。
「嘘をおっしゃい! どうしてそんな嘘をつくの! ママだって、もっとパパと仲良くしたいのに!!」
ママのこの可愛らしいセリフにことりが表情をピキっと固まらせたかと思うと、ママ同様、表情を険しく変化させ
「だって!! ことりだって、もっとパパと一緒にいたいの!! なのにママが独り占めするなんてずるいっ!」
「はぁあ?? お風呂も寝る時もご飯食べる時もベタベタしてるくせに、贅沢なのよ! ママはいつ、パパといれるのよ! 気持ちは既に寝取られた妻なんですけども!?」
「そんなの知らない!! この前だってデートしたんでしょ??」
「ふ、二人とも・・・落ち着いて・・・。」
どうしてこうなってしまったのだ。
この世で最も愛している二人がこんな風に喧嘩をしてしまうなんて・・・
こうなってしまったのも全て私のせいだろう。
しかも、なぜこうなっているのか、その原因がまったく分からないなんて・・・
「「え!?」」
お互いの髪の毛を掴みあうにまで喧嘩が発展していた二人だったが、私を見た二人が驚愕の表情を浮かべ、固まってしまった。
そして、喧嘩なんてそっちのけで慌てたように私の傍まで駆け寄ってきて
「あ、あなたっ! ご、ごめんなさい! これは、その違うのよ!!」
「ぱ、パパ、そう、こ、これは違うの・・・。」
「「・・・だから、泣かないで!」」
気付けば、私は涙を流していた。
何もできない自分が悔しくて、情けなくて・・・。
まったく情けない、娘と妻の前で涙を流すなんて。
「そ、その・・・そう、これはね! 敢えて喧嘩をすることによって仲良くなるっていう、最近流行りのコミュニケーションなのよ! 喧嘩をするほど仲がいいっていうでしょ? ね、ことり?? そうよね??」
「え、う、うん!! そうなの!! だから私とママとっても仲良しなんだ!ほらっ!」
そう言うと、二人は手を取り合って、「あはは」と楽し気に笑いながら手をぶんぶんしながら、まるでダンスでも踊るようにくるくる回りだした、。
二人とも、微妙に笑顔に違和感があるように見えるが、気のせいだろうか?
「ちょ、ことり・・・あんまり回ると吐き気が・・・。」
「あははは♪」
・・・なんて楽しそうなんだ(ママはちょっと気持ち悪そうだが)。
知らなった・・・、そんなコミュニケーション方が確立されていなんて。
さすがは学び舎の理事長をしているだけのことはある。
それなのに、私は早とちりをしてしまったようだ。
・・・よかった、本当に。
二人は、「じゃあ仲良しの私達は今日一緒に寝るね?」と言って、私の部屋から出ていった。
久しぶりに一人で寝ることになるが、二人が仲良く寝るというなら、むしろ大歓迎さ。
しかし、勘違いだったとはいえ、今日は自分の無力さを痛感した。
明日だな・・・。
・・・そう言えば、虫はよかったのだろうか?
つづく
第4話読んで頂いてありがとうございます!
というわけで、前回も言いましたが、次回から他のメンバーも混ぜながら話を進めていきます。
では、次話でお会いしましょう!