スキルアウトと地球の記憶   作:マルチスキルドーパント

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砕け散る日常

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、自分の日常は崩壊した。

 次から次へと迫り来る悪意。嫉妬。羨望。

 何故だ。自分だって無能力者。同じ土俵にいる存在すら目の敵にするのか。

 何度も言っただろう。お前らの言うような力などない。存在し得ない。そんなものは幻想だ。

 なのに彼らは理解しない。しようとしない。

 ありもしない見えない何かに狂って、自分のことを襲う。

 無力なものを強者が殺そうとする。見せろ、その能力を。何度も聞いた。

 何度も怒鳴った。無い。そんな才能も、素質も、夢のようなものなんか。

 聞けと言っても聞きやしない。嘘を言うな。お前は知っているはず。

 その頭に秘めた能力が、学園都市の多くの生徒を惨めにする。

 寄越せ、使わないのならば。その力を此方に寄越せ!

 彼らは叫ぶ。嫉妬に狂った愚かな学徒。彼らは彼が外の人間だと知らなかった。

 追い詰める。追い込まれる。呼び覚ます、彼らは知らない。

 星の記憶。歴史に眠る戦いの記憶すら内包し、それが暴走を誘発するなどとは、露にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多才能力……? あ、有り得ないよ……そんなの、有り得ない……」

 雫は錬太郎が真顔で言った言葉を即座に否定した。

 別の恐怖が沸き上がる。彼は何を言っている。

 だが、彼は外の人間。外で居たと自己紹介の時言っていた。

 詰まりはその常識など存在しない世界で生きてきた。

 故に重大な事を分かっていないと雫は下す。

「ああ、やっぱり有り得ないんだな。俺も驚いたよ。幻の能力者なんだってな? 机上の空論が現実に居ればそりゃ大騒ぎになるわけだ。勘違いするなよ。俺は多才能力じゃないぞ? 最も近いだけの劣化。欠点だらけで夢もクソもねえってさ」

「…………」

 と、軽く話しているが雫は愕然とした。

 やりたくもないこの役目、終えなければ逃げ出せない。

 相手はやはり異常な能力者。逃げたい。逃げ出したい。

(……騙されないよ。わたしは、もう……騙されない……)

 そう。騙されたら痛い思いしかしないから。

 何とか完了させて、彼から離れよう。どうせこれも嘘に決まってる。

 適当なことを言っているんだ。真実など、何処にも……。

「証拠見せてやろうか?」

「えっ……」

 なのに論よりも証拠と言って、手品を見せてやると彼は言い出す。

 周囲は各々飯を食べていて、エアポケットのように空間が空いている。

 近寄ろうとしない。怖がっている。未知の能力者。実際はもっと危ない学生であった。

 懐から取り出したのはなんの珍しくもない、USBメモリ。

 仕掛けがないか調べるかと聞くのでチェックしてみる。特に異変はない。

 受け取った彼は問う。

 雫は、どんなメモリが欲しい? と。

「……選べるの?」

「多少はな。俺自身原理が分からんから適当なイメージで作ってるが、正確に言えば当たりが出るかもよ。但し効果は保証できない。真面目に大半のものなら出来るからなあ。しょうもねえもんが多いんで、詳しく言うと尚良いぞ」

「…………」

 ここまで言い切るのだ。相当自信があると見た。

 しかも彼は教える。これは、使用するとドーパントという怪人になる。

 化け物宜しくの外見になるので、それだけは受け入れろ。

 と、あとは使ってもいいが自己責任。此方は関与しない。

「強大なものになるかもしれない。振るうのなら勝手にしてもいいが、俺は知らねえぞどうなっても。副作用もよくわかってねえ実験品みたいなもんだぜガイアメモリは。自衛に役立つかどうかの程度のもんだろうけど。だから、月川にガイアメモリを渡してもどうするかは自分で決めろ。壊したければ壊せ。踏めば壊れる。使いたいなら使えばいいが、俺は知らん」

 あくまで、断るという選択もあると提示する。

 錬太郎は証拠さえ見せれば作ったものはまた科学者サンプルとして提出するのみ。

 誰かにやってもいいとは科学者たちにも言われている。実験台にしたいようだ。

 ただ、その時も言ったが錬太郎は責任を取る気はない。

 渡したものが武器になるのは知っている。

 然し、こんな物騒な学園都市なら、武器ぐらい持ってないとあまりにも危険。

 雫の頬の怪我も誰かに襲われていると言動を見て感じた。だから言い出した。

 声を小さくして、余計なお節介なら引っ込めると言うが……。

「ま、待って! いる! 欲しい!!」

 雫は過剰に反応した。激しく求めていた。

 嘘じゃないなら是非欲しかった。事実、雫にはメリットしかない。

 受け取ってもダメなら元々。当たりなら得をする。

 どう転がっても彼女には何もないと、軽く考えていた。

 詰まり、彼女が。月川雫が……錬太郎の最初の相手だった。

「どんなイメージでもいいの?」

「大抵はどうにかなるけど」

 雫が聞く限り、本当に雑多なモノを内包できるようだった。

 ぶっちゃけ何でもあり。成る程、本質が雫も分かった。

 多才能力とは、能力者が一つしか使うことができない能力を複数使える事を示す。

 だが、複数とは言うが同時並行で使用する訳じゃない。

 錬太郎のそれは、用途に分けて変えていく仕組み。言わば能力の着替えのようなもの。

 だから、劣化した多才能力。同時に使えない、道具に頼る、副作用も不明。

 見れば納得する。そうならば、確かに彼は多才能力ではない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は、チャンスが目の前にある。

 以前のチャンスは幻想御手とかいう、聞くだけでレベルが上昇するというモノだった。

 然し雫はその時、大ケガをして入院して機会を逃してしまった。

 恐らくは仕返しを嫌がってあいつらが阻止するためにやったんだと思う。

 雫の性格を連中は知っているから……。

 おかげで唯一のチャンスを逃して、一時期不登校になっていた。

 後で聞けば、重大な後遺症が合ったらしいが、雫は思う。

(副作用があっても、わたしは夢が見たかった……。けど、今度は遅れない。わたしにも幸運が漸く来たんだから!!)

 絶望など慣れている。何度も挫折して、へし折れた精神だ。

 今頃希望が無くなっても落ち込む程度で済むだろう。

 どうせ何もない、一度は死のうとすら思ったような人生。

 一度ぐらい、博打に出る。失敗したってもう、雫には何もないから。

「強い力が欲しい。自分の居場所とか、自分の身を守れるぐらいの強い力」

 気がつけば、彼女は錬太郎の目を真っ直ぐ見て告げた。

 その綺麗なブルーには、錬太郎には自分の予感が正しかったと思わせるような色をしていた。

 強い力と言いながら、続いた言葉は自衛の意味で、思わず初対面なのに笑う錬太郎。

 彼女は増長した能力者とは、違う。不必要な程の力は求めない。

 感心すると言うか、安心した。

「大山君……? や、やっぱダメだよね……。ごめんなさい、調子に乗って。そうだよね、わたしなんか……」

 沈黙と笑みを嘲笑と受け取ってネガティブに、自己否定を始める雫。

 錬太郎は雫に言った。

「いいぜ。お前の安全が確保できる能力をガイアメモリに詰め込んでやる。強い力って言いながら誰にも負けないとか、悪いやつをぶっ潰すとか言い出していたら速攻止めたけどな。身を守れる程度なら、お安いご用だ。お前だけのガイアメモリ、作ってやるよ」

 人生で初めて、専用のガイアメモリを意識して製作する。

 呆然としていた雫は、言葉をやり取りして精製したときには目を輝かせた。

 本当にできた。雫専用のガイアメモリ。

 そっと手渡す彼に、雫はブルーの瞳に僅かに涙を浮かべて、礼を言った。

 嘘じゃなかった。彼の言っていた事は、どうやら本当らしい。

「あ、ありがとう大山君……。わたしなんかの為に……」

「気にするな。もう、学園都市の状況は知っている。無能力者でも、自分の安全は自分で守ろう。……頑張れよ」

 昼休み。喋っていて、見事に飯を食べ損ねた雫と錬太郎。

 そんなことよりも、雫は錬太郎に恩義を感じていた。これが本物かどうかが分からなくとも。

 最低でも錬太郎には不可解な能力がある。それは事実。一応命令していた連中にも報告した。

 生まれながらの能力があるというのは本当だった。

 内容を聞かれて、言わないと何時もみたいに叩きのめすと武器を持ち出す相手に。

 雫は、すっかり彼を信じていた。彼は信じてもいい。確信していた。

 この手にした力は、間違いなく本物。運命のように、錬太郎が導いてくれた運命のガイアメモリ。

 月川雫だけの星の記憶だから。

 逆に、数名のいつも黙って暴力を受ける連中に言うのだ。

「……言わないよ。絶対言わない。もう、わたしは言いなりにもならない。従わない。我慢はもう、止める」

 言い返して、何を言うかと嘲笑する連中に思い知らせる。

 彼女が受け取ったばかりのそれを使用し、下克上を果たしたのは数分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みの出来事は、遠目に見ていたクラスの連中にも伝わった。

 逆に、雫が知らないだけで皆は知っていた。

 錬太郎は、多才能力を持っているのではないかと。

 故に初見の時、彼の存在を怪訝に思った。

 彼がガイアメモリを生み出してるのを見て、そして何より。

 雫がぶちのめした奴等が言ったのだ。

 月川雫が怪物になった。蹂躙されて医者に運ばれている。

 多分それは大山錬太郎の生み出した武器のせいだ。

 運悪く雫は、下校よりも前に呼び出しを受けて実行してしまった。

 で、そのまま学校サボって逃げた。

 情報の拡散が早く、塞き止めて居なかった雫の落ち度。

 人前で使った錬太郎の落ち度。二人して抜けていたのだ。

 結果、放課後。錬太郎は柄の悪そうな男子に絡まれていた。

 先輩だろうか。いきなり教室に入ってきて、帰宅の準備をしている錬太郎を囲む。

 用件を訊ねると、昼休みの物を寄越せと命令した。

 従わないとぶちのめすというご丁寧な脅しつきで。

 転入初日で仕掛けてくるとは思ってなかったが覚悟はしていた。

 構わないと言って、拍子抜けにしている連中にもその場で適当に仕上げた。

 代わりに金払え、メモリ代金と言われ彼らは渋々、ぶちのめす場合は二度と精製不可能になるとでっち上げしたら支払った。

 支払うと思っては居なかったが受け取った以上は最低限の仕事はする。

 此方も渋々、量産品みたいなものを生産し手渡す。何時もの注意点を教えて。

 コイツらは聞き分けの良かった部類であった。

 渡した記憶は鞭、タイヤ、トーテムポール、レコード。

 本当に出来たと感動したようだった先輩。

 嬉しそうにテンション高めに礼を言って、戻っていった。

 後日、強すぎるので扱い方を教えろと言われたがその辺は自分で慣れろと放置した。

 タイヤの人がスピード違反で捕まったらしい。何してるんだ。

 初日はまだ、良かった。

 だが次第にそれらはエスカレートしていく。

 強いものを寄越せ、いいから寄越せと喧しく付きまとう。

 ストーカーのように毎日ついてきては暴力で脅そうとする。

 雫は翌日から休んでいた。風邪らしい。なので不在。

 結局錬太郎は、学校に行けば追い回されて。街中ではスキルアウトの連中に襲われる。

 逃げ回る日々が始まってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりの酷さに、警備員に通報した。

 学生寮の近くに警備員が補導する人数が多すぎると巡回してくれたので部屋近くにはいない。

 然し離れればまた寄ってくる。鬱陶しいハエのように付きまとうので、いい加減頭に来た。

 追い払うしかない。実際、自分で使うにもやり方が理解できないしブタになっても逃げ切れないし。

 取り締まりをしてもボウフラのように沸いてくる。すっかり噂になっていた。

 無力者の多才能力。そんな通り名で呼ばれているとか。冗談じゃない。

 平穏な生活を、慣れない独り暮らしで忙しいのに心労まで追加してきやがる。

 とうとう怒った錬太郎は、反撃してやることにした。

 一度適当にブッ飛ばすしかないのかこの学園都市では。

 通報したが数が多すぎる。他人がダメなら自分でやるしかない。

 乱闘騒ぎの暴力沙汰になると、予め警備員に知らせておいた。止めろと言われたが、無理と返答。

 そっちの気苦労も察するが、学園都市の方法で対処させてもらうと。

 その日は学校にいかずに、廃墟のある区画に向かった。

 因みに遠慮なしで、此方は初手からガイアメモリ使用中。

 その気になれば、無視もできるが今はムカつくので一度潰す。

 予行演習も兼ねて買いためたメモリを全部実戦想定で精製してある。

 内容なぞ相変わらず知らないが使えば分かるだろう。

 大量に鞄に隠して、広い場所に向かっていた。

 到着したのは、廃墟のビルが建ち並ぶ一画。

 駅のトイレで自分に戻り、わざと歩いていく。

 早速追跡してきていた人影を発見した。

 迷惑にならないように歩いて向かい、建設業の使用されていない建築材の置き場に来た。

 すると。

 

「あれ? 大山君? 何してるの? 学校此方じゃないよ?」

 

「月川!?」

 

 雫が何故か先にいて学校をサボっていた。

 休憩しているのか、軽く汗ばんでいた。

 建築材の上に腰かけて空を眺めていた。

 制服姿の彼女は、数日大変なことになっているようだと知っているのか聞いてきた。

 錬太郎は、問いには答えずサボって雫こそ、何しているのだと問う。

「ただの練習だよ。ガイアメモリの」

 学校をサボり、秘密の特訓をしていたらしい。

 いわく、ここは雫の縄張り。学校に行かないで前から此処によくいると。

「わたし、スキルアウトだからね。不良って言われるけど、単純に集まってお喋りしているだけの穏健派なんだ。そんな警戒しないで。恩人に酷いことは死んでもしないから」

 スキルアウトと聞いて、身構える彼に彼女は朗らかに言った。

 明らかに以前よりもリラックスしている自然体の笑顔。

 あんな狂暴なバカと一緒にされたくはない。ここは、雫の居場所。

 故に、その場所を犯すものを今は許さないと言った。

「知っているのも、スキルアウトの知り合いが教えてくれたの。大山君が、他の人たちに襲われているって。だから、恩返ししたいと思って特訓したんだ。言ってもダメだって聞いてる。どうやら……早速成果を見せるときが来たみたいだね」

 言っている最中に、背後から物騒な連中が現れる。

 雫が、嫌そうにガーゼを取り替えながら言った。

 武装した他のスキルアウトや一般学生か。ついてきたようだった。

 ざっと見ても20はいる。

「冗談だろ……」

 昨日よりも増えていたのに愕然とする錬太郎。

 但し、今回は此方にも味方がいた。

「はぁ……。何日もわたしの恩人追い回して……迷惑って言葉を知らないのかな」

 ぼやくように、雫が建築材から飛び降りる。

 微かに怒気を放って、不愉快そうに前に出る。

「月川……お前」

「良いよ。ここは、わたしがやってみる。やりたくないけど、しつこいなら仕方無い」

 乗り気じゃないが、向こうが闘争を選ぶのならば相手するしかあるまい。

 よく見れば、雫の手には絆創膏や真新しい傷が増えていた。

 ぼろぼろの癖に、彼女は出ていけと一度言うが当然無視。

 武器を構えていた相手に。

「わたしの居場所に土足で入らないで」

 ハッキリと怒りを見せた。そして。

 

 ――ウォーター!

 

 青いガイアメモリを取り出して、構える。

 高まる緊張感。黙って見ている錬太郎。

 任せろと言う、月川雫とチンピラの戦いが、幕開けする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解説。

 ウォーターガイアメモリ。

 水の記憶を内包する、錬太郎初の専用に製作したガイアメモリ。

 使用者は月川雫。彼女の要望により、製作されたため実質彼女のみ使用可能。

 元々雫は無能力者の『水流使い』であるため、扱いは比較的速く習得している。

 その効力とは果たして……。

 解説終了。


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