その日。私は文房具やら日用品を買いにショッピングモールに一人で向かっていた。姉さん達はRoseliaの練習。Poppin’Partyのみんなも同じ理由。Afterglowのみんなはそれぞれ用事があるみたい。特にRoseliaとPoppin’Partyのみんなは、来週の土曜日の夕方から合同ライブが行われる事になっているから、かなり気合入っているみたい。
その日のバイトは午前中だけにして、姉さん達の雄姿を見に行ける態勢は整えてある。あるんだよ!……まりなさんが急にシフト入れなければだいじょぶなはず。うん。
でも、正直な話し、姉さん達の演奏を見に行くのは怖い。この間、練習を見に行った時に、私じゃ到底追いつけないと思わせるぐらいの技量を見せてくれたから。ただ、まとまりというかバンドとしての信頼関係が薄い事が私としては気になっていた。でも、それは姉さん達も気付いているだろうから、敢えて言わなかった。
ただ完璧に楽曲をあのメンバーで演奏するだけとしか考えていないなら――Roseliaの未来はない。でも、だいじょぶ。私が指摘しなくても、傍にいなくても姉さん達なら頂点へ向かって走っていける。そう信じてるから。それにあのメンバーなら必ずひとつになれると私は確信している。
まあ、その確信について聞かれるとキチンと答えられないけどね。でも、信じるぐらいいいじゃない。私が姉さんの為に集めたメンバーだもん。そうそう喧嘩別れなんてことはありえないと信じてる。
目標、目的、通過点――色々な言い方をすると思うけれど、姉さん達は間違いなくあの舞台――FWF――に向けて走っている。じゃあ、私は?と考えた時に何もしていないことに気付く。ううん。気付いていた。この二年間、目標――姉さんとバンドを組む――があったけれど、もうそれは叶わない。
――私は今後何を目標にしていけばいいのだろう?
「はぁ」
歩きながら思考の迷路に迷い込んでしまった私は立ち止まり、小さくため息を吐いた。そして空を見上げる。その空はいつもと同じ眩しいブルーだった。私の心とは真逆な風景に小さく笑う。そんな時だった。聞き覚えのある困惑した声が聞こえてきたのは。
「ふえぇぇぇぇぇ。ここどこ……」
……また、
「松原さん?」
「あっ!華那ちゃん!!」
私は涙を浮かべている松原花音さんに声をかける。松原さんは、私を見て安堵の表情を浮かべていた。いえ、そこは安堵の表情浮かべないでください。私、毎回助けに来なきゃダメなんでしょうか?って言いたくなったけれど、今日は暇だから良いか――と、頭の中で考えて口に出すのをグッと耐えた。それで、松原さんどうかしましたか?
「あ、あのね。友達と最近人気の猫カフェで待ち合わせしようってなったんだけど……」
「道に迷ったと?」
「う、うん」
私の問いに、頷きながらしょんぼりとする松原さん。あ、可愛い。じゃなくて……松原さんとはね、ハロー、ハッピーワールド!ってバンドに松原さんが所属していて、バンドの練習をしにCiRCLEに来てくれている。つまり、従業員とお客さんとしての関係なんだよね。あと、カフェにもよく来てくれるクラゲ好きの常連さん。
って、ちょっと待って。今カフェはカフェでも
「え……あ、うん。猫カフェに「さあ、松原さん行きましょう!案内は私に任せてください!」ふぇ!?いいの!?」
猫カフェ。愛しの猫ちゃん達が自由気ままに寝たり歩き回ったりしている姿を楽しみながらカフェを楽しむ店――それが猫カフェ!おやつあげたり、遊んであげたりすることも可能だけれどね!基本は猫ちゃんが嫌がることは絶対しちゃ駄目!無理に抱っことかしようだなんてしないでね!猫にとってそれがストレスだから!絶対、猫にストレスを与えない事。私との約束だよ!
「で、松原さん。猫カフェって言ってもいくつかあるんですけど……どの店か分かります?」
「う、うん!これなんだけど……」
と言って私にスマホを見せてくる松原さん。いや、スマホの地図アプリ使用しながら迷子になるって、なんて高難易度テクニックを披露してくれちゃっているんですか!?そんな松原さんに対して私は心の中で動揺しながらスマホを確認する。あら近い。
「ここなら、歩いて数分もしないうちに着きますよ」
「え!本当?よかったー。千聖ちゃんそんなに待たせなくていいんだ」
私の言葉にホッとしている松原さん。集合時間が何時か分からないけど、その“ちさと”さんなる友人を長く待たせるわけにはいかないからね。それで絶交とかなったら案内した私も嫌な想いしちゃうし。……あっ。でも、松原さんの友達なんだから、迷子になって遅刻する事ぐらい想定済みだろうなあ。
そんな事を考えつつ、松原さんの左手を取って猫カフェまで一緒に行く。いや、手を繋がないとこの人、気付いた時には忽然と姿消している。つい三秒前まで隣を歩いていたはずなのに、消えるとか超能力者!?と最初は思いました。でも違った時にはしょんぼりとした記憶がある。
「ね、ねえ、華那ちゃん。今日はCiRCLEのバイトはお休みなの?」
「え、あ、はい。今日はバイト休みなんですよ」
と、突然話しかけてくる松原さんに対し、私は少し噛んでしまったけれど笑顔で答える。
「そうなんだ。ごめんね。案内してもらっちゃって……」
しょんぼりとする松原さん。いえいえ、お気になさらずに。ただ単に文具買いに出かけただけなので。と伝えると、また謝ってくる松原さんに苦笑を浮かべながら、私は他愛のない話しをする。
学校の話しから、雑貨屋で見つけた疲労を回復する煙の話し。いや、待ってください松原さん。何その滅茶苦茶怪しい煙。本当に雑貨屋に置いてあったんですか?……え?一緒に行った人も見た?……その雑貨屋だいじょぶな店なんですかね?ちょっと怖いです。
「っと、ここですよ。松原さん」
「ありがとう華那ちゃん!」
と言って中に入ろうとした松原さんが一度立ち止まる。どうかしました?
「華那ちゃんも一緒にどう……かな?」
と、突然の申し出に私は困惑する。いや、確かに猫カフェと聞いてテンションが上がったのは否定しませんよ?でも、そこまで案内するだけで十分に満足してしまった。だって、猫ちゃん達が日の当たる窓側でノンビリくつろいでいるんだもの。あ、今黒猫が欠伸した。か、可愛い。
「ダメかな?」
と若干屈み上目遣いで聞いてくる松原さん。いや、そういうのは異性にやった方が効果的ですよ?と思いつつどうしようか悩む。そんな時だった。突然さっきまで欠伸していたであろう黒猫が店の入り口から勢いよく出てきて、私の足を上ってきた。え、ちょっと!?と、私が困惑している間に私の左肩にちょこんと座って鳴く黒猫。か、可愛い。黒猫が落ちないようにスマホを松原さんに差し出しながら
「……松原さん。撮ってもらえます?」
「撮るの!?」
いや、だって、こんなチャンスというか、こんな事例絶対無いですもん!この写真を姉さんに見せて自慢できる→絶対悔しがる→「猫カフェに行くわよ華那」→わかったよー。ってなる!これで姉さんと猫カフェ来る理由ができる!やったね、私!あ、頬スリスリしてきた。本当に可愛いなぁ。でも、初対面だよね、キミ?
「本当にお姉ちゃんのこと好きだよね、華那ちゃん」
「はい。大切な姉さんですから!……で、撮れました?」
バッチリだよ!と言ってスマホの画面を見せてくれる松原さん。黒猫ちゃんもカメラ目線だし、完璧ですね!ありがとうございます、松原さん。で、この猫どうしましょう。
「店の猫だと思うから返せばいいんじゃないかな?」
「ですよね。持って帰っちゃダメですよね」
「ダメだよ!?」
しょんぼりとする私。いや、ここまで懐いているなら家猫で行けるかなぁって思ったんですけど……。というやり取りをしていると、慌てた様子の女性スタッフが今頃になって店から出てきた。で、私の肩に乗っている黒猫を見て
「また脱走したなぁ、クロ助」
「ミャ!」
「元気よく返事してもダメだからね!ほら中はいるよ!あ、迷惑かけてごめんね。うちの子、元気良すぎて結構脱走するの」
「いえいえ、お気になさらずに。今から中に入ろうとしていたところなので。ね、松原さん?」
「え、あ、うん」
大きな声で言うスタッフさんに二人して驚いたけれど、声色は怒っているというより、呆れ半分、いてくれたことに安心半分という感じで、本気で怒ってはいないみたい。私の肩から黒猫を抱き上げる時も、猫に手を見えるようにして優しく抱き上げていた。
結構知らない人が多いのだけど、猫を抱き上げる際は手を猫に見えるようにしてあげるとすんなりと抱き上げることができる。でも、猫の性格によっては逃走しようとするので注意が必要だよ。
「この子捕まえてくれたから、コーヒーか紅茶一杯無料にするよー」
「え……わるいで「いいのいいの。この子が外に出て怪我する前に捕まえてくれたお礼だと思ってくれれば」……なら、お言葉に甘えさせてもらいます」
断ろうとしたらそう言われてしまったので、断るに断れなくなってしまった。あんな笑顔で言われたら断れないよ。ねえ松原さん?私も断れないって?ですよね。しかも片手で猫抱いて、空いている片手で私の手を引っ張って店内に案内するとかズルい。
席に案内されている途中、松原さんが待ち合わせの人間がいることを伝えて、その席に案内された。その席にはテレビでよく見かけたことのある人が座っていた。
「花音。無事に来られたのね」
「遅れてごめんね、千聖ちゃん」
ホッとした表情を浮かべる女性の前に、謝りながら松原さんが座る。……どうして猫カフェに女優でPastel*Palettesのベーシスト白鷺千聖さんがいらっしゃるのでしょうか?他の人、気付いていないみたいだけど……なんでさ。ん?松原さん、友人ってまさか――
「花音。そちらの方は?」
「あ、ご、ごめんね千聖ちゃん!隣にいるのは湊華那ちゃん。CiRCLEでアルバイトしている子なんだけど、今、道に迷ってたら案内してくれたんだ」
「み、湊華那です。は、初めまして」
緊張しすぎて口がうまく動かない。そんな私に白鷺さんは優しく微笑んで
「初めまして湊さん。気付いているようだけれど、白鷺千聖よ。今日は花音を連れてきてくれてありがとう。あと、そんなに緊張しなくてもいいのよ?今日はプライベートだから、普通に接してくれると嬉しいわ」
「あ、ごめん華那ちゃん!説明してなかったよね!?」
と、白鷺さんの言葉に状況を把握した松原さんが慌ててフォローに入る。あ、だいじょぶです。なんとか緊張収まってきたので……。芸能人とはいえ、今日オフなら一般人ですもんね。なら普通に接しさせてもらいますよ?ところで、お二人は同じ学校なんですか?と私が聞くと
「そうよ。花音は私の大切な友人なの」
「千聖ちゃんと私、一緒にカフェ巡りしてるんだよ」
そうなんですね。だから仲が良いのですね。話し方からかなり信頼し合っているのだというのが初めて白鷺さんに会う私でも分かるぐらいですから。でも、二人でカフェ巡りしているのに私一緒にいたら迷惑じゃ……。そう聞くと
「そんなことないわよ。花音を連れてきてくれたお礼もしたいし、それにCiRCLEのカフェで働いている姿を見た事あるから、一度話してみたかったのよ」
「え?私とですか?」
どうして白鷺さんみたいな方が私と話してみたいという事になったんだろう?と疑問を抱いた私に白鷺さんは紅茶を一口飲んでから
「ええ。湊さんは知らないと思うけれど、『中学生が接客してる』って噂になっていたのよ?」
「なん…ですと…?」
いや、確かに今年の三月までは中学生でしたけど、そこまで小さく見えます?いや、確かに自称百五十センチって言っているけど、実際は百四十九.二センチで四捨五入して誤魔化している。いいじゃん!百五十センチって言っても!
って、白鷺さん。中学生働かせるのは労基法違反ですよね!?どうしてそんな噂になっちゃったんですか!?
「あら?湊さんは知らないのかしら。『軽易で健康と福祉に有害でない仕事』は中学生でも、映画や演劇に関しては小学生でも仕事してもいいのよ?」
「へえ。だから千聖ちゃん子役でドラマとかに出てたんだねー」
と、法律について簡単に説明してくださる白鷺さん。し、知らなかった。原則中学生は働いちゃいけない(新聞配達はいい)という認識でいたから、勉強になりました。はい。
「ええ。それで、ちょっと気になってはいたのよ。どんな子なのだろうって。一生懸命に働いているし、可愛らしいのに接客態度はしっかりしていたから。花音と彩ちゃんは湊さんと話した事あって、『良い子だよ』って二人して言っていたのよ」
「?彩さんって、あのまん丸お山の?」
アイドルバンドPastel*Palettesのボーカルを務めている丸山彩さん。変装もしないで何度かCiRCLEに隣接しているカフェに来ているのだけれど、彩さんに気付いたのが私だけという現状に何度愚痴を聞いた事か……。あ、サインくださいって言ったら喜んでくれたよ!いい人だよね、彩さん。たまに一緒にお茶する仲になったしね。
「ええ。その彩ちゃんで間違ってないわよ。……ちなみに彩ちゃん甘いの食べたりしてたかしら?」
と、笑っているのに何かとてつもない
「い、いえ。私が見た時はカフェラテだけ頼まれていましたよ?『甘いのは厳禁なんだよぉ~』って言っていましたよ」
「そう……彩ちゃんも、やっとアイドルとしての自覚を持ち始めてくれたみたいね」
と、安堵のため息を吐く白鷺さん。ごめんなさい白鷺さん。本当はショートケーキとチーズケーキ食べてました。はい。しかも追加でマカロンも食べてました。その後、必死に運動していたので許してあげてください――と心の中で呟いていると、先ほど私の肩に乗ったクロ助ちゃんが今度は私の膝に乗ってきた。
「うん?クロ助ちゃん。キミは甘えん坊さんだねぇ」
と言いながら優しく撫でてあげると気持ちよさそうな鳴き声上げるクロ助ちゃん。そんな私と猫を見て白鷺さんが微笑みながら
「あらあら。猫カフェって初めて来たのだけれど、こういうカフェもありね。花音はどう思う?」
「うん。わたしも初めてきたけど、猫ちゃん達がノンビリくつろいでて、見てて飽きないよね!」
と、二人とも猫カフェの魅力に気付いてくれたようだ。その後、猫談議に花を咲かせつつ、三人で猫におやつをあげてみたり、猫とおもちゃで遊んでみたり、写真を撮り合ったりして楽しんだ。
あ、最終的に白鷺さんから千聖さんと呼んでほしいと言われたので、千聖さんと呼ぶようにしました。代わりに、私の事も華那と呼んでもらえることになりました。後、サインと何故か連絡先もらえました。
なんでも芸能人としてじゃなくて、白鷺千聖として見てくれることが嬉しかったらしく、また今度一緒にお茶しましょうと誘われた。やっぱり小さい頃から芸能界にいると普通の生活に憧れるのかなぁ……なんて思ってみたりしたけれど、声には出さないでおいた。きっと、姉さんの隣に立ちたいと思っている私の気持ちと似た感情なのだろうと自分完結させる。
尚、帰宅後。姉さんにクロ助ちゃんが私の肩に乗っている写真を見せたら、速攻でデータを姉さんのスマホに送るように指示され、今度バンドの練習が無い日に、二人で今日行った猫カフェに行くことが決定したのはまた別の話し。