放課後。担任の上条先生から言われたお手伝いを終えた私は、廊下を歩いていた――のだけれど、とある先輩に声をかけられて、困惑していた。その人は初めて会う先輩(同級生で見た事ない人だから多分先輩)で、中性的な面持ちをしていた。あ、あとね。どこか芝居がかった言動が特徴の人。で、なんで私が困惑しているかと言うと――
「あれ?華那じゃーん!どしたー?」
「華那?何か困った事でも?」
「あ、姉さん。リサ姉さん」
と、目の前で右手を額に当てて、先輩の後方から姉さんとリサ姉さんがやってきた。どうやらこれからRoseliaの練習に行くみたいで、リサ姉さんは右肩にベースの入ったケースを背負っていた。で、私の目の前にいる先輩らしき人物も後ろを振り返り
「おや、友希那にリサじゃないか。もしやこの子猫ちゃんと知り合いかい?友希那によく似ていると思っていたのだが……」
「……瀬田さん。質問を質問で返すようで申し訳ないのだけれど……私の妹になにかしたのかしら?」
と、腕を組んで自分より身長の高い瀬田さんと呼ばれた先輩を睨む姉さん。な、なんか姉さんの後ろに、長剣を持ったウェーブがかった長い髪が特徴的な、どっかのハーフっぽい甲冑姿の女性が見えたんだけど!?
り、リサ姉さん。と、助けを求めようと視線を動かせば、何故かリサ姉さんも笑顔なのに怖い
み、見間違えだよね?と思って、何度か目を閉じてから姉さん達を見たら、そんな人物はいなかった。つ、疲れてるのかなぁ?
「い、いや。実は友希那だと思って彼女に声をかけたんだ。『やあ、麗しき子猫ちゃん。今日も元気かね?』ってね」
「にゃんちゃん……いない」
二人の気迫に後ずさる瀬田先輩の、「子猫」と言う単語に私は反応して周囲を見渡すけれど、校内ににゃんちゃんがいる訳がなく落ち込む。その様子を見た姉さん達は黙って私と瀬田先輩を交互に見る。沈黙が私達の間に訪れたけれど、最初にその沈黙を破ったのはリサ姉さんの笑い声だった。
「アハハハっ!!華那、薫に『子猫ちゃん』って言われて、学校にいると思ったんだ?」
「うん」
リサ姉さんの問いかけに私は素直に頷く。だって、にゃんちゃんいると思ったんだもん。話しかけられた時も、左右前後見渡してにゃんちゃん探したんだもん。それが子猫って言うなら保護しないと怪我とかしたら大変だと思って。
「華那……冷静になって考えれば、校内に子猫がいたら既に大騒ぎになっているわよ?」
「そう……だね、姉さん」
呆れた表情の姉さんだったけれど、どこか笑うのを耐えているようにも見えた。言われてみればそうなんだけど、知らない人に話しかけられたのもあって、私は冷静になれていなかったのかな?えと……瀬田先輩?ごめんなさい。
「ああ、謝らなくてもいいさ。私が君の事を知っていればこのような事態にはならなかったのだから。ああ、出会いというのは本当に儚いものだ」
「?……先輩。演劇部か何かに入っているんですか?」
あまりにも演技がかった口調に私は違和感を覚え、質問をしてみる事にした。「おや?」と先輩は少し驚いたような表情を浮かべた後
「ああ。演技部に所属している。まさか部活を当てられるとは……流石は友希那の妹と言ったところかな?ああ、きちんと名乗っていなかったね。瀬田薫だ。よろしく頼むよ、子猫ちゃん?」
「だから、瀬田さん。華那の事を『子猫ちゃん』と呼ばないでもらえるかしら?」
「アハハ。友希那。もう華那も猫が校内にいるとはさすがに思わないよ。ね、華那?」
「う、うん」
と、自己紹介してくる瀬田先輩に対し、ジト目で注意をする姉さん。それを笑いながら宥めるリサ姉さんというように、なんだかカオスな空間になりかけているのは気のせいだよね?だよね?そう思いつつ私も自己紹介をする。
「湊友希那の妹の湊華那です。よろしくお願いします。瀬田先輩」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
と言ってお互い笑顔を浮かべる。よかった。悪い人じゃなさそうだ。身長高いし、中性的な顔しているから、役柄によっては王子様とかに合いそうだなと勝手に思っていると
「そういえば、薫。今日から吹奏楽部との合同練習じゃないの?」
「ああ!そうだった!華那との出会いですっかり忘れてしまったよ」
「忘れては駄目な事よね……」
リサ姉さんの問いかけに大袈裟に答える瀬田先輩に、小さな声でツッコミを入れる姉さん。うん。私も合同練習は重要な事だと思うよ?でも演劇部と吹奏楽部の合同練習ってあんまりイメージが湧かないなぁ。そもそもなんでその二つの部が合同練習するんだろう?
と、私が不思議に思い首を傾げていると、その様子に気付いたリサ姉さんが
「あ、華那は知らないか。実はうちの学校の吹奏楽部、オーケストラ編成もできるんだぞー」
「えっ!?高校の部活でオーケストラ編成!?」
リサ姉さんの説明に私は驚きを隠せなかった。だって、オーケストラと吹奏楽は似ているようで編成がかなり違う。って事は、弦楽器パートができる生徒がいるって事!?しかも楽器を高校で所持してるの!?ってか、人数どんだけいるの!?
「なんでも、OGに結構大きいオーケストラの演奏団に所属している人がいるみたいで、数年前に寄付してくれたそうよ。で、吹奏楽編成じゃなくて、基本的にはオーケストラ編成で練習しているそうよ。あと、吹奏楽部としての実力は全国でもトップレベルらしいわよ」
と、補足説明をしてくれる姉さん。ほへぇー……うちの学校の吹奏楽部って凄いんだね。きっとオーケストラやりたくて入学する子もいるんだろうなあ。でもなんでオーケストラ編成できる吹奏楽部と演劇部が合同練習するの?
「ああ、それはうちの部長と吹奏楽部の部長は仲が良くてね。今度の劇の音楽を全部生演奏しよう!という話しになったのさ。で、演目はロミオとジュリエット。劇中に映画で使用されたテーマ曲を演奏してもらうのさ」
「ロミオとジュリエットのテーマ曲……」
映画のテーマ曲と聞いてすぐに思い浮かべたのが、憧れのギタリストも演奏した事のある楽曲。でも、それじゃないよねと思いながら話しを聞く。
なんでも一九六〇年代の映画のテーマ曲を流しながら、ロミオとジュリエットが密会するシーンを演じるとかなんとか。で、瀬田先輩は吹奏楽部の音だけでは何か物足りていない様子。
「なにか……そう、儚さが足りていないように感じてしまってね」
「儚さ……ですか」
そう語る瀬田先輩の言葉に私は首を傾げる。儚さっていったいどういうものなのだろうか――と。うんうんと悩んでいる私の左肩に姉さんが手を置いて
「……華那。瀬田さんの言葉を素直に受け止めたらきりがないわよ」
と、首を左右に振りながら助言してくれた。姉さんが疲れた表情を浮かべているのだから、そうなのだろうと思いながら私は素直に頷いた。一方、リサ姉さんは瀬田さんの言葉を聞いて笑いながら
「うーん。今の吹奏楽部の演奏が儚いかどうかは分からないけど、全国レベルの吹奏楽部の演奏で物足りないなら、もうプロの演奏者呼ぶしかないんじゃないかなぁー?」
「それはそれでおもしろそうだ。こころがいたら頼めたのだがね。ままならないものだよ」
リサ姉さんの言葉に大袈裟に肩をすくめる瀬田先輩。“こころ”なる人物は一体どんな御人なのだろうかと疑問を抱く。いや、だってプロ演奏者呼べるってどんだけ
姉さんを見れば「会話に入るのは止めておきなさい」と言いたそうに小さく首を振った。私は小さく頷いてからふと疑問に思った事を聞いてみる。
「ところで姉さん達、練習の時間だいじょぶなの?」
そう。姉さん達、結構のんびりとしているけれど、練習があるなら、急がないと時間に間に合わないかもしれない――と、心配して聞いてみたら
「今日は紗夜と燐子達の予定が合わなくて、練習はないのよ」
「そうなんだよねー。あ、華那。アタシがベース持ってるのはこの後、楽器屋でメンテしてもらう予定だからだよー☆」
「そうなんだ。なら一緒に帰れるね」
私の疑問に答えてくれる二人に、私は笑みを浮かべた。私の方もバイトは今日無いから、後は姉さん達と帰るだけ。といっても、リサ姉さんについて行って、楽器を見に行ってもいいんだよね。弦もそろそろ買わないといけないし。
「ふむ。三人ともまだ時間があるなら少しだけ見学していくかい?」
「おお!見学してもいいのー!?アタシはいいけど……」
と、まさかの提案をしてきた瀬田先輩にノリノリのリサ姉さんだったけれど、姉さんをチラリと見る。あ、リサ姉さん、あれだ。姉さんが「行かないわ」と言ったら行かないパターンだ。あれ?これこの前、猫カフェに三人で行った時と同じパターン?
「吹奏楽部の演奏がRoseliaになにかしらプラスになるなら、見てみるのもありかもしれないわね」
右手を口元に当てて思案する姉さん。オーケストラの要素をRoseliaに入れるとなると、私の好きな声優アーティストの楽曲、「Orchestral Fantasia」っぽい曲になるのかなと勝手に想像した。……うん。紗夜さんがアコギ持っている姿が想像できないから却下で。そもそもだけど、ギター一人じゃ無理な曲だよね。あれ。
「他の芸術に触れて想像力を刺激するというのはしばしばある事さ。シェイクスピアも言っている。『まったく想像力でいっぱいなのだ。狂人と、詩人と、恋をしている者は』とね」
と、シェイクスピアの格言を用いる瀬田先輩。シェイクスピアの事が本当に好きなんだろうなと思いつつも、姉さんは狂人じゃないと心の中で反発しておく。でも、どうやら私の感情は顔に出ていたようで、姉さんとリサ姉さんが私の頭を撫でながら
「華那。喩えよ。そんなに怒らなくて大丈夫だから」
「そうそう。華那が怒ってる理由は分かるけどさ、そこまで目くじら立てていると可愛い顔が台無しになっちゃうぞー」
と、最終的には後ろから抱きしめてくるリサ姉さん。あう。学校でそんな事するとは思っていなかったので恥ずかしくて俯く。その間も姉さんは私の頭を撫でてくれていた。
その後、瀬田先輩の厚意に甘えさせてもらって、三人で演劇部と吹奏楽部の合同練習を見学する事になった。なんでも今日は体育館で練習しているらしく、体育館に着いた時には吹奏楽部が演奏する音楽が流れていた。あ、やっぱりこの曲なんだ。
「?……華那。この曲のアレンジは、
と、姉さんも気付いたようで私に聞いてきた。私はその言葉に頷いた。確かにあの人のアレンジに近い。だからだろう。ギターの音が無いから物足りないと感じるのは――
「あ、やっと来たっスね薫さん!練習始まってますよ!」
「やあ麻弥。すまないね。子猫ちゃん達に捕まってしまってね」
と眼鏡をかけた女性が薫さんに気付いて、少し怒り気味に話しかた。私はそれを横目で見ながら吹奏楽部の隊列を見て感動を覚えていた。
だって、本物の弦楽器が
「華那。感動するのはいいけれど、練習の邪魔にならないように隅に行くわよ」
「あ……ご、ゴメン。姉さん」
と、姉さんに引っ張られながら体育館の隅に行く。静かに舞台稽古を三人で見学する。今日は衣装の着替え時間等の含めた『衣装付き通し稽古』ではなく、ただの通し稽古みたい。演劇部の皆さん体操着でやっているからね。多分そうだと思う。あ、通し稽古と衣装付き稽古ってのは別物なんだよ。
なんで知っているかというと、ラジオで座長公演を何回かした事がある、大好きな声優さんが説明してくれていたから。演出とかも含めてやるのをゲネプロとか言ったりするんだけど、それはまた別の機会でいいかな、リサ姉さん?
「いいよー。でも、華那は物知りだねー。アタシ全然知らなかったよー。友希那は知ってた?」
「いいえ。私でも知らないわ。さすがは私の自慢の妹ね」
と、微笑みながら私を見る姉さん。ち、ちょっと姉さん。それ不意打ちすぎ!いきなり自慢の――とか言わないで!は、恥ずかしい。かなり恥ずかしくて両手を頬に当てて下を向く。きっと顔真っ赤になってるよ、これ。うー……。
「ふふふ……あら?どうかしたのかしら?何か部長同士が話し合っているみたいだけれど?」
「あ、みたいだねー。指揮者と演劇部部長さん話し合ってるね。でも、怒鳴り合ってる感じじゃないから、大丈夫じゃないかなー?」
顔をあげて見れば、姉さんのように背中まで伸ばした髪の人が、ステージの上でしゃがんでいるショートヘアの人と真剣に話していた。二人ともどこか困ったような表情にも見える。えっと、姉さん。あの人達は?
「……確か演劇部の方――今しゃがんでいる方は、佐々倉美里先輩だったわね。で、指揮棒もって腕組んでる方が植松ミカさん――で、あってるわよねリサ?」
「アタシに確認するの!?でも、確かそうだったと思うよ?」
「そ、そうなんだ。ありがとう姉さん。リサ姉さん」
と、究極の無茶ぶりに見事に対応するリサ姉さんに心の中で称賛しつつ、その佐々倉さんと植松さんのやり取りを見る。佐々倉さんが何か腕を使いながら、こうして欲しいとアピールしているように見えるけれど、植松さんは難しい顔で返答に困っている様子。
なんだろうなあ。私……気になります……。駄目だ。今稽古していた部分の音楽の事を考えてみよう。二人の事は放置だ。私には関係ないからね!
「さっきのロミオとジュリエットが内緒で会うシーンで流れた曲。いいアレンジなんだけど、メロディが物足りない気がするけど、姉さんはどう思う?」
「そう……ね。……華那の言う通り、弦楽器隊やストリングス隊の音は素晴らしかったわ。でも、主旋律が物足りない気がしたわね」
と、私の質問に腕を組んで思案してから、姉さんがそう答えてくれた。あまり大きな声で話したつもりはなかったのだけれど、その会話が聞こえてしまったのか。植松さんと佐々倉さんがこちらを見ていた。バッチリと二人と目が合ってしまったから、きっと聞こえちゃったんだろうなあ。気のせいならいいんだけど……。
「あれ?なんか二人、こっちに来てるけど……友希那何かした?」
「リサ……私が何かしたって前提で話しかけるのはどうかと思うのだけれど?」
「湊さんと今井さん。ちょっとお話し聞いてもいい?」
と、植松ミカさんが左手で髪をかき上げながら聞いてきた。姉さん達の事を知っているみたいだし、一個上の先輩かな?雰囲気的には、見た目がまじめなリサ姉さんって感じかな?ほら、リサ姉さんって見た目がザ・ギャルって感じでしょ?
リサ姉さんを清楚にした感じをイメージしたらいいと思う。でも、リサ姉さんが清楚になったら、リサ姉さんじゃない気がするのは私だけじゃないはず……。
「植松さん、なにかしら?」
「湊さん、相変わらずかったいなー。同じクラスなんだし、もう少しフランクに話しかけていいんだよー?って、今はそれは置いといて……。バンドやってたよね?ちょっと今の演奏の事でアドバイスしてほしいんだけど……ダメかな?」
すごいフランクな感じで姉さんに話しかける植松さん。というか姉さんと同じクラスなんだ。って事は、二年生なのに部長さんやってるって事だよね?ほへぇ……人望と実力あるんだなぁ。姉さんは少し考えてから確認するように
「オーケストラについては素人よ?それでいいのなら、一つだけ言えるわ」
「いいよー!って、一つあるの!?教えて!今すぐプリーズ!プリーズプリーズ!!」
姉さんの言葉に驚きを隠す事をせず、姉さんの両手を握って教えて教えてと迫る植松さん。その様子に姉さんが少し狼狽えてる。まさかここまで反応がいい人とは思っていなかったんだろうなぁ。私も思ってなかったもん。本当に明るく元気な人だなと思いつつリサ姉さんに視線で「助けてあげてー」と訴える。それに気づいてくれたリサ姉さんはアハハと笑いながら
「ほらほら、ミカ?友希那が困ってるじゃん。聞きたいのは分かったけど、ちょっとおちつこっか?」
「あ……ご、ゴメンね!湊さん!」
と慌てて手を離す植松さんは、右手で頭を掻きながら姉さんに謝る。姉さんは気にした様子を見せる事なく、さっき感じていた事を伝えた。
「主旋律かー……確かに物足りないかもと思いながらアレンジしたんだよね。演劇用だからあまり音楽が目立っちゃいけないなって思っていたんだけど、それが欠点かー……」
それを聞いて腕を組んで悩む植松さん。姉さんは私の方を見たけれど、すぐに
「リサ、華那。そろそろ行きましょう。植松さん、見学させてくれてありがとう。瀬田さんにも伝えてもらえるかしら?」
「あ、わかったよー。瀬田さんに必ず伝えとくよ!あとアドバイスありがとうね。湊さん!」
そう言って植松さんは戻っていった。主旋律をどうするのか気になるけれど、今日は姉さん達と一緒に帰れる日なのだから、そっちを優先しよう。そう思って姉さん達と一緒に体育館を後にする。
気になると言えば、植松さんに主旋律が弱いと伝えた後の姉さんの視線。どうして私を見る必要があったのだろうか?疑問に思ったけれど、きっと偶々だろうなと思いながら姉さんとリサ姉さんの会話に入る。その時の私は知らなかった。まさか吹奏楽部と私が一緒に演奏する日が来るだなんて事を――
尚、その後に楽器屋に行った私達。その際、偶々私が猫の絵が描かれたピックを見つけて、それを見た姉さんが
「華那、見せなさい。いえ、買いなさい。半分は出すから」
「友希那!?自分で全額出そうよ!?」
というやりとりをしたのだった。あ、あと。今日あった事を千聖さんに報告したら、『今度、瀬田先輩の事を「かおちゃん先輩」って呼んでみなさい。きっと面白い事になるから』と送られてきたのだけど……瀬田先輩と千聖さん、知り合いなのかな?と疑問に思いつつ、今度試してみますと返信するのだった。