「今日はここまでにしましょう」
私の提案と同時にメンバー全員が息を吐いた。三時間しっかりと、それでいて中身の濃い練習をしていたのだから、疲労が出るのも理解できる。私自身、喉に痰が絡んだような感覚があった。私もまだまだね。目指すレベルは遥か遠い。
「つ、疲れたー」
と、床に座り込むあこ。今日の楽曲も激しい曲ばかりだったから、まだ中学生のあこの疲労は私達よりも多いわね。そのあこを見て燐子が慌てたように水を差しだしていた。相変わらず仲が良いわね。そう思いつつ、私もハーブティーが入ったマグボトルに手を伸ばし、喉を潤して息を吐く。演奏としてはまとまりが出てきたと思えるわ。
でも、まだ物足りないのも事実。その理由が分からない。演奏技術は最初に比べて格段と向上しているのに……。
「友ー希那っ!片付けするよー!」
何が足りないのかを考えていたら、リサに声をかけられた。周囲を見れば先ほどまで床に座っていたはずのあこも片付けの手伝いをしていた。私はマグボトルの蓋を閉じてリサと共にケーブル類の片付けを始めた。
「今日もいい練習ができたね!ねっ、りんりん!」
「そう……だね……あこちゃんのドラム……いい音……出していたからね」
スタジオを出て帰宅途中の私達。先ほどまで疲れた表情を見せていたあこが、明るく燐子に話しかけていた。どうしたらそこまで元気になれるのかしら?不思議ね。
「宇田川さん。そこまで元気が残っているのなら、次回からもっと厳しくしても大丈夫ですね?」
と、呆れた表情を浮かべた紗夜がそう言うと、あこは肉食動物に目をつけられた小動物のように震えだして
「ご、ごめんなさい紗夜さん。はしゃがないから、こ、これ以上厳しくしないでください!」
と勢いよく頭を下げた。……本当に元気ね。リサもそう思うでしょう?
「アハハ。あこから元気奪ったら、あこがあこじゃなくなるからねぇー」
と、笑いながら答えるリサに頭痛を覚える。まったく。Roseliaに馴れ合いなんて必要ないと思うのは私だけなのかしら。……でも、それも今は少しだけだけれども、バンドとしてまとまりが出てくるのなら必要な事なのかもしれないと思えてきた。
ただ、やはり頂点を目指すには厳しくしないといけないわね。簡単に言えば飴と鞭ね。締めるところは締めていかないとダラダラしてしまう。華那が私の為に集めたメンバーなのだから、そうならないように私がしっかりしないといけないわね。
そう思いながら、他の皆の会話を聞きながら今日の反省点をまとめつつ帰宅する。帰宅して自分の部屋に入る前に、華那の部屋からギターの音が聞こえてきた。気になって華那の部屋の扉の前に立つと、華那の好きなアーティストの楽曲を弾いている音が聞こえた。
確かこの曲は……「
「……本当に、この二年近くで上手くなったわね」
私は小さく呟いて、華那の演奏を扉越しに聴く。この恋歌という曲は、音の強弱が難しいと個人的に思っている楽曲。ギターによるインストゥルメンタル楽曲なので、声で強弱をつけられない。ギターの音色で強弱をつけなければならない。ボリュームペダルや音色変更など、ギター演奏以外の部分でも忙しい楽曲でもある。
それを所々でミスはあるけれども、原曲と遜色ないぐらいのギターでの哀愁ある表現。あれはカバーのレベルを超えていると思うわ。聴く人間の心を動かす。そのぐらいの演奏。
だから、自信をもって演奏をしてほしい。そして、私達に追いついてほしい。そう願うのは私の傲慢かしら?そう思いつつ自分の部屋へと足を向ける。今は華那の練習の邪魔をするわけにはいかないわ。後で練習とは別で聞かせてもらうとして、FWFへ向けてのアレンジを考えましょう。できる事ならば、華那と共に出られる事になれば――いえ、今はまだ。まだその時ではないわね。そう考えつつアレンジを考えるのだった。
次の日の昼過ぎ。華那と一緒に昼食をとってから私はスタジオで個人練習をしていた。FWF予選会のエントリーが間もなく開始になる。それと同時にバンドとしての完成度を高めていかないといけない。エントリー登録期間が終われば、すぐに予選会が開始される。全国各地で様々なバンドが本線へ向けて全力を尽くす事になる。そう考えると時間はあまり残されていない。
Roseliaに全てをかける――その思いに嘘偽りはない。本当なら学校に行かないで練習をしていたいところだけれども、流石の私でも高校ぐらいは卒業しておくべきなのは分かっているわ。
練習を始めて二時間。少し休憩したほうがいいわね。喉も酷使しすぎてはいけないから。そう思い私は一度スタジオを出て、飲み物を買いに自販機へと向かおうとした時だった。
「すみません。湊友希那さんですよね?」
と、突然私に話しかけてくる一人のスーツ姿の女性。……なにか嫌な予感しかしないのだけれど……。そう思いつつそうよと答える。言外で「貴女は何者かしら?」と言うように腕を組む。若干睨むような視線になったのは仕方ないわ。知らない相手なのだから警戒するのは当然よ。
「あ、ごめんなさい。私、こういう者です」
と言って、名刺入れから名刺を一枚取り出して私に渡してくる女性。その名刺を両手で受け取った私は文字を読む。そこに書かれていたのは
「【〇▲レコードズ プロデュース部門担当 澤野彩矢】?」
レコード会社の人間というのは分かったわ。でもプロデュース部門担当者がどうして私に声をかけたというのかしら?
「ええ。簡単に説明させてもらうと、新人発掘をしてデビューさせています。それで、少しだけお話しいいですか?」
「……わかったわ。」
その時の私は
「それで話しというのは?」
スタジオの練習を打ち切り、近くのファミレスで話しを聞くことになった私は、席に座ってカフェオレを頼んでから澤野さんにさっそく本題を聞く。本当なら練習をしているはずだったのだから、このぐらいは許されるわよね?
「ええ。
「それは……スカウトという事でいいのかしら?」
こちらを安心させようとしているのか、笑みを浮かべながら話す澤野さん。でも、私はその笑みを見て警戒心を一段上げた。スカウトが来るというのは、それだけの実力がついてきたという事。でも、気になるのは
私個人をスカウトしにきたというのなら、話しは終わりね。そもそも、私達はまだどの事務所にも所属するつもりはないの。そう言って立ち上がろうとする私を慌てて引き留める澤野さん。小さくため息を吐いてから、手短にとだけ言って座りなおす。
その私を見てホッとしのか、息をつく澤野さん。どうやら真剣に私をスカウトしに来たようだけれど、どうして私なのかしら?
「湊さんがFWFに出場したがっているのは知っています。しかも、本選に出て入賞するという事が目標なのも。ですが、
確かに私はFWFに出場することを目標にしているわ。それをどこで耳にしたかなんて今は聞かないでおく。そんなの聞き出したとしても無意味だから。でも……私を侮辱するのはまだいい。華那が私の為に必死になって集めてくれたメンバーを侮辱するのは許せない。
確かに、今のRoseliaはまだ発展途上のバンドなのは否定しないわ。でも、だからと言って本選に出られないという事には繋がらないわ。それに、貴女達……事務所が用意したメンバーで本選に出たとしても、入賞できるわけがないわ。
「そんなことありません!湊さんを活かせる最高のメンバーを揃えましたし、作曲陣も業界内では評価の高いメンバーを「それじゃ本選なんて無理ね」!っ……そこまで言うのは、怖いんですか?失敗するのが?」
私の言葉に反応して鋭い視線を向け、敵意丸出しにそう聞いてくる澤野さん。失敗が怖い?誰が?私が?……はあ。怒りを通り越して溜息しか出てこないわね。最高の作曲陣?最高のメンバー?そんな用意されたレールの上を歩くだけの音楽なんて私がやる必要なんてない。他の人でも代りはきく。
私はRoseliaの、父さんの、華那の想いを全て込めて奏でる。そして、必ず頂点に立つ。その為にはあのメンバーでなければできない音楽を追求する。それが私の目指している音楽。澤野さんが目指す音楽に想いはあるのかしら?私のような想いが――
「失敗するのが怖くない人間っているのかしら?」
「は?」
私の問いかけに素っ頓狂な声を上げる澤野さん。まさかそんな発言が私から出るとは思っていなかったようね。私だって人間よ。時々、失敗したんじゃないかしら?って思う瞬間はあるわ。でも、まず一番にイメージするのは最高の演奏、最高の状態で歌う姿。失敗するイメージなんてする訳ないじゃない。
「それはそうですが……なら、なにが気に入らないというんですか!?」
「……私は貴女方の為に動く道具じゃないわ。湊友希那という人間よ。そこに齟齬があるのだから、私が貴女方の話にいい返事すると思って?」
私は澤野さんにそう言ってから、コーヒー代をテーブルに置いて立ち上がる。もう話しは終わり。これ以上時間を無駄にする必要はないわ。私は澤野さんに対して去り際に
「貴女の言ったレベルの低い
と言ってファミレスを後にした。まったく。無駄な時間を消費してしまったわね。これから練習しようにも、もうスタジオは予約でいっぱいだと聞いている。今日は素直に帰るしかないわね。そう思いながら帰宅する私は知らなかった。澤野さんと話し合う姿をメンバーに見られていた事に。そして、翌日。澤野さんと華那が出会う事を――
「つ、つかれたー」
そう言いながら私はベッドに倒れこむ。今日はCiRCLEに隣接しているカフェで午後からバイトだったのだけど、今日は日曜日というのもあってお客さんが多く来店。で、そういうときに限って一人風邪で急遽休みになってしまったものだから、フロアで注文や商品持って奔走する事になってしまった。
さ、さすがに息つく暇なく六時間ぶっ続けで走り回るのはきつかったなぁ。最後の方は、カフェの惨状を見たまりなさんが援軍としてやってきてくれたから、なんとかなったけど……。まりなさんもライブハウスの方が忙しいのに、テキパキ動いていたもんなあ。見習わないといけないね。
今日の事を振り返りながら、体を起こして部屋着に着替えようとした時だった。スマホが着信を知らせた。誰だろうと思いながら画面を見れば、あこちゃんからだった。珍しいなと思いながら画面を操作して電話に出る。もしもし、あこちゃんどったの?
『か、華那さん大変なんだよ!!!!
「むっきゅ!!??」
出た瞬間、大声で話してくるあこちゃんの声量に驚きのあまり変な声を出してしまった。それでも頭の中は冷静だった。あこちゃんが電話に出た瞬間に私に伝えた言葉。
あこちゃんにどういう事か説明をしてもらう。なんでも今日は練習が無く、燐子さんとあこちゃんは一緒に出掛ける約束をしており、私達がやってるゲームとコラボしているカフェで待ち合わせしていたそうだ。そしたら姉さんとスーツを着た女性が道挟んで反対側のファミレスに入るのが見えたそうで、こっそりと後をつけてみたそうだ。
で、バレないように近くの席に座って話しを盗み聞きしてみれば、姉さんを引き抜く話しをしていたそうだ。でも、あまり詳しい話は聞き取れなかったようで、どうしようと混乱している様子のあこちゃん。遠くで燐子さんが落ち着くように宥めている声が聞こえる。
Roseliaとしてじゃなくて姉さんをスカウトにしに来たという事。そして姉さんがなんて答えたかは分からないという現状。私は考える。まだ、姉さんが答えを出してない可能があるよね。でも、もしRoseliaに見切りをつけてスカウトの話を受けていたら?……姉さんが選んだ道だから、それでいいのかもしれない。でも……Roseliaはどうするの?私にできる事ってあるのか――と考えた時、私にできる事があるのに気付いた。でも、それは
その覚悟が私にあるのか?
「あこちゃん。明日の夕方ってRoseliaの練習ってある?」
『え?……れ、練習はないです。華那さん、どうするの?』
そっか、練習無いのか。なら、明日姉さん以外のメンバーと私でまずは話し合おう。それで次の練習の時に、私も参加して全員で姉さんと話しをしよう。そうしないとRoseliaとして前に進めないと思うから。それに……
『それに?』
「……私が姉さんに対して、今後どう接していいか分からなくなっちゃいそうだから」
『華那さん……』
今の私はどんな表情しているのだろう。正直、今こうやって最悪の事態を考えているだけでも胸が締め付けられるような感覚が私を襲ってくる。それをできる限り電話越しのあこちゃんに悟られないように明るく振舞う。
「だいじょぶ!姉さんの事だから『Roseliaとしてスカウトしに来たんじゃないなら、貴女と話しても無駄よ』……って言うと思うし!」
『え、えええ!!??か、華那さん!友希那さんに滅茶苦茶似てたよ!?』
姉さんの声真似をしながら言うと驚くあこちゃん。そりゃそうでしょう。姉妹だもん。このぐらいはできて当然だよ。「普通出来ないよ!?」と騒ぐあこちゃんを燐子さんが宥める声が聞こえる。あはは。相変わらず二人とも仲良いなあ。
じゃあ、あこちゃん。明日の放課後、姉さん以外のRoselia全員集合する段取りするから、また後で連絡するね。
『はい、華那さん!』
『分かった……よ、華那ちゃん』
元気よく返事をしてくれるあこちゃんと、いつも通りの口調の燐子さんの声を聞いた私は、少しだけ元気が出てきた。電話を切って速攻で紗夜さんとリサ姉さんに連絡を取る。二人とも返信が早く、明日の放課後CiRCLEのカフェで話し合う事が決定した。
だいじょぶ。姉さんはRoseliaを捨てたりなんかしない。無理やりそう思い込む私は知らない。みんなと話し合う前に姉さんと話していたとスカウトの人と会う事を――