放課後。私はリサ姉さんから遅れる形で学校を後にした。その理由は先生に捕まったから。ちょっと手伝ってほしい事があると言われて、断るに断れず手伝う羽目になった。と言っても、本当に書類を一緒に運ぶ程度だったので、すぐに終わったのが救いかな。
学校を出る前に、紗夜さんとリサ姉さん。あこちゃんと燐子さんに連絡を入れておく。【若干遅れます】っと。スマホを鞄に入れて急ぎ足で集合場所のCiRCLEのカフェへと急ぐ。あと少しでカフェだというところで、知らない女性に呼び止められた。
「湊さん!」
「はいぃ?」
振り返れば私より身長の高いスーツ姿の女性が笑みを浮かべて立っていた。うわっ。凄く、
「じ、冗談ですよね?昨日スカウトの話したじゃないですか」
「……何のことかしら?」
私の言葉に右頬を引き攣らせながら冷静に言ってくる女性。この人が昨日あこちゃんと燐子さんが見たスカウトの女性のようだ。姉さんと勘違いしているようなので、情報を聞き出すため、私はわざと姉さんの口調を真似して知らないフリをする。
正直、そんな真似したくはなかったけれど、姉さんと妹である私の区別もつかない人に姉さんを任せたくない。そんな事を思っている私を見て両手を合わせて
「ああ!妹の華那ちゃんだったかな?ごめんね、お姉さんとよく似てたからすぐには分からなかったの。私こういうものなんだけど……お姉さんから何か聞いてないかな?」
と、妹である事に気付いたようで、名刺を差し出してくる女性。名前は澤野さんと言うらしい。それで、姉さんに何の用ですか?私は何も聞いていないので、と答えると少し困った様子で
「ごめんね。昨日、ちょっと事務所に所属しないかって話をさせてもらったのだけれど……いい返事もらえなかったから、今日もお話させてもらおうかなって思って」
「……それはRoseliaとしてですか?それとも姉さんだけ引き抜く形ですか?」
家族として知っておきたいという気持ちと、Roseliaの今後の事を考えれば、いくら情報が有ってもいいだろうという判断から、私は
「
コノヒトハナニヲイッテイルノダロウ?今モ何カ話シテイルケレド声ガ聞コエナイ。ダレガモッタイナイ?Roseliaガオ遊ビバンド?
フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ――ふざけないで!!」
突然の私の大きな声に饒舌に話していた澤野さんは驚きの表情を浮かべる。そんな表情浮かべたって許されない。さっきの発言は真剣に音楽をやっているRoseliaの皆への……バンド活動をやっている全ての人間に対する侮辱だ。
「貴女が今、発した言葉は、本気でやっているRoseliaの皆への……全てのバンドの人達に対する侮辱です!確かに……貴女から見ればレベルが低いかもしれない。でも……それでもRoseliaは間違いなく貴女の言う最高のバンドメンバーなんかには負けない!!」
目に涙が浮かぶ。紗夜さん、リサ姉さん、燐子さん、あこちゃん、そして……姉さん。私は大切な人達を目の前で侮辱されて、黙っていられるような人間じゃない。睨むように澤野さんを見て
「それに、姉さんをただの
力を込めて言い切る。私が侮辱されるのは一向に構わない。けれど、姉さんを道具として扱うような人間に、姉さんの将来を任せていいわけがないし、間違いなく姉さんがズタボロにされてしまう。そんな事、絶対にさせない。私の言葉を聞いた澤野さんからは、先ほどまでの笑みが消えて、忌々しそうな表情で私を見下しながら舌打ちをした。これがこの人の本性かな?と頭の中で冷静に考える。
「黙っていれば好き放題言ってくれるわね……。まあいいわ。全ては友希那さんが決める事だもの。
この人……私が喉を痛めたことを知っている。まあ、そうだよね。私が姉さんの妹である事も調査しているぐらいだもの。そのぐらいで驚く必要はない。でも、ギターに逃げたって表現は違う。私は逃げてなんかいない。この人の言葉は絶対に許しちゃいけない。Roseliaの皆の為にも。私自身の為にも。私は涙を拭って宣言する
「ええ。たとえどんな結果になろうと、
そう言って私は自分より背の高い澤野さんを再び睨む。向こうも見下すように私を睨んでくる。お互いの視線がぶつかり合う。絶対に負けない。ここで負けたら、
だから私は目に力を込めて睨み返し続ける。貴女のやっている事は音楽をする事じゃない。ただ売上を作る道具を揃えたいだけという想いを込めて。
「……ちっ。こんな子供に時間取ってる場合じゃないわね。じゃあね。生意気な妹さん」
と、舌打ちをした後にそう言って去っていく澤野さん。私は黙って両手を握りしめて後ろ姿を見送るしかできなかった。何か言ってやろうと思ったけれど、言葉が出てこなかった。右手で涙を拭う。悔しい。悔しいよ。
Roseliaは何度もライブやってきて、そのライブを見に来た人達が「またRoseliaのライブ来ようね」って言って、CiRCLEから出ていくところを見てきた。それにRoseliaの皆が真剣に練習に練習を重ねて、自分達の音楽を追求してきている姿を見ている私からすれば、あの言葉は自分を侮辱されたのと変わらない。
悔しくて涙が止まらない。あんな人にRoseliaの皆が侮辱された事が悔しくて。何度も涙を拭うけれど止まる気配はない。悔しい、悔しいよ……!
「華那さん!」
「華那!」
私を呼ぶ声が聞こえたので、振り返るとそこにはリサ姉さんと紗夜さんが立っていた。二人とも私が涙を流しているのを見て駆け寄ってきた。私はもう一度右腕で涙を拭うと、その私の右手をリサ姉さんがとって慌てた様子で
「華那、血出てる!ちょっと、右手開いて!」
「え?」
言われるままに右手を見れば赤い雫が手の指の隙間から一滴一滴落ちていた。あれ?どこで怪我したのかな?なんて思っていると、リサ姉さんがテキパキとポーチからハンカチと消毒液を取り出して私の手のひらに消毒液を塗ったハンカチで処置をしてくれていた。
「り、リサ姉さん。自分でできるよ!?」
「いいから!」
「でも……」
「華那さん。いいから大人しく治療を受けなさい。それとほら、涙、まだ流れているわ」
自分でできるのに、二人ともいいから治療を受けろと言ってきた。しかも紗夜さんに至っては紗夜さん自身もハンカチを取り出して、私の頬を流れる涙を拭いてくれている。何この状況。わけがわからないよ?
「今は何も言わなくていいです。だから……」
と言って私を抱きしめる紗夜さんは頭を撫でてくれて、私を落ち着かせようとしてくれた。リサ姉さんはなんで持っていたかは知りたくないけれど、ガーゼと包帯を取り出して右手に巻いていく。「はい、完成」と言って私の頭を一撫でするリサ姉さん。いや、私子猫かなにかじゃないからね?
「アハハ。……ごめん華那。さっきのあたし達、見てたんだ……」
「今井さん!まだ言わない方が――」
乾いた笑い声をあげてから真剣な声で私に謝るリサ姉さん。紗夜さんは動揺しながらリサ姉さんにどうしてこのタイミングで言ったのかと問い詰めている。でも、なんとなくだけれど、私はそうじゃないかなって思っていた。だから気にしないでくださいと紗夜さんに伝えた後に、私とさっきの女性――澤野さんの事だ――と何を話していたかを説明するから、あこちゃんと燐子さんと合流しようと提案した。
「そう……ですね。華那さんに二回も同じ話をさせたくはないですからね」
「オッケー!じゃ行こっか!」
と、無理やり明るく振舞うリサ姉さんに呆れた表情で注意をする紗夜さん。私はそのやり取りを小さく笑いながら、カフェへと三人で向かった。カフェに着くと、既にあこちゃんと燐子さんが席を確保して待っていた。私達は二人に謝りながらあこちゃん達が座っている反対側の席に座る。
通路の奥側から紗夜さん、私、リサ姉さんの順に座って、飲み物とさりげなくフライドポテトを私が大盛で二皿注文しておく。何かつまみながら話したい気分だったのもそうだけれど、紗夜さんがメニューを見ている時に、目がフライドポテトの絵に行っているのに気付いたから。
紗夜さんは何か言いたげだったけれど、私が「食べながら話しましょう」と、紗夜さんに言われる前に言ったので黙っていた。けれど、だからと言って私のわき腹を誰にも見えないようにつまむのはやめてください!変な声出そうになりましたから!と、とりあえず飲み物が来たので私が口を開く。
「昨日の夜、皆さんに連絡した通り、今日はうちの姉さん……友希那のスカウト問題についてなんですけど……進展というか、スカウトした人間から声かけられました」
「えっ!?」
「か……華那ちゃん?」
私の発言に驚く二人。リサ姉さんと紗夜さんは驚く事なく、次の言葉を待っているように見えた。一度自分の心を落ち着かせるように息を吐いて、私はあの人とのやり取りを詳細に話す。その途中で注文していたポテトを店員さんが持ってきたので、話しを中断する事があったけれど、全員真剣に私の話しを聞いていた。
「あの人は、Roseliaの皆の事を『
途中から私は泣きながら話していた。リサ姉さんが私の肩を引き寄せて私の頭を無言で撫でてきた。紗夜さんも私の背中を優しくさすってくれた。
「私の事を侮辱するのは構わないんです……でも……でも!頂点目指して、一生懸命……やってる……Roseliaの皆を……侮辱するのが許せなかった……!!」
「華那……ありがとね。私達の為に怒ってくれて」
声も体も震える。それでも必死に皆に澤野さんとのやり取りを伝える。澤野さんのあの見下した笑みが目に浮かぶ。あんな人に姉さんがついて行くというなら私は――そんな私にリサ姉さんは優しく声をかけてくれた。
「友希那さん……なんて答えたんだろう」
全部話し終えた後、ポツリとあこちゃんが呟く。そう。私達は姉さんが澤野さんになんて答えたか現時点で知らないのが現状。昨日は姉さん、食事とお風呂以外は部屋に籠っていたなと、涙を流している私はリサ姉さんに頭を撫でられ続けられながら思い出していた。
「分からないわ……でも、華那さんを友希那さんと間違えたとはいえ、二日続けて接触したのは、勝算があるからでしょうね……」
「そ……そんな……」
あこちゃんの言葉を聞いて冷静に分析する紗夜さん。それに対し言葉を失う燐子さん。その後は全員沈黙するしかなかった。聞こえてくるのは私が泣いている声と、カフェに流れる静かなBGMぐらいだった。その沈黙を破ったのはリサ姉さんが呟いた言葉だった。
「友希那いなくなったら……Roselia……解散するしかないのかな……」
その後ろ向きの言葉にすぐさま反応したのはあこちゃんだった。テーブルを叩いて立ち上がり
「やだっ!あこ、まだみんなで!Roseliaの皆とバンドやりたい!!」
「私も……私も……あこちゃんと……同じです!……みんなとRoseliaとして……音楽したいです……!」
「私も同じです。……友希那さんがどう考えているか、今は分かりませんが……Roseliaで音楽を続けたいです」
と、燐子さんと紗夜さんがそれぞれ本音を口に出す。それを聞いて私は昨日の夜にした覚悟を口に出す。
「……させない」
「華那……」
自分でも驚くぐらい小さく呟いたぐらいの声。でもリサ姉さんは聞き取っていたみたいで、私を抱きしめる力が強くなった。私は顔をあげて決意を口にする。
「Roseliaを解散なんてさせない!!」
「華那さん……」
「華那ちゃん……」
「華那さん!」
紗夜さんと燐子さんは驚いた表情で私を見て、あこちゃんは目を輝かせながら見ていた。私は左手で涙を拭ってから
「姉さんがRoseliaを見捨てるって言うなら、私が姉さんの代わりに歌います!」
「ち、ちょっと華那!!自分が言っている意味わかってるの!?もしかしたら二度と声出なくなるかもしれないんだよ!?」
私のまさかの発言にリサ姉さんが慌てて話してくる。だいじょぶ。十分に理解したうえで発言しているよ、リサ姉さん。
「え……?」
「華那さん……どうゆうこと?」
私が歌えない事情を知らないあこちゃんと燐子さんは驚いた表情で私を見ている。紗夜さんは一度、そのことを話しているから慌てた様子は見せずに黙って私を見ていた。私は喉を一度痛めた事があって、歌うと途中で声が掠れる事を二人に伝えた後
「それでも……二度と歌えなくなったとしても……!姉さんが目を覚ますなら……!私は……私は二度と声が出なくなってもいい……!それで……それでRoseliaが解散しないですむなら……!!私は歌います……!!」
涙で視界がぼやける。姉さんの想いはまだ分からない。本当にあの人のスカウトを受けたというのなら、私は姉さんの敵となる覚悟はある。でも、姉さん以外のRoseliaの皆はその覚悟があるのかなと不安になる。
「……はあ。そこまで言い切られたらアタシからは何も言えないよ。よし!そんな華那の想いにおねーさんも応えようじゃない!」
「わぷっ!リサ姉さん……」
「ええ……そこまで言うのなら、その時はしっかりと歌ってもらいますよ、華那さん?」
私の頭を乱雑に撫でながら笑顔を浮かべるリサ姉さん。紗夜さんも仕方ないといったような口調で発言してくれた。あこちゃんと燐子さんは二人して目を合わせて小さく頷いてから
「あこも!もし、友希那さんが騙されてそのスカウトの人のとこ行くって言うなら、華那さんの力になります!それでRoseliaを取り戻しましょう!!」
「私も……頑張るよ……華那ちゃん」
「皆……ありがとう……ございます……!!」
「あーまた泣く。華那は泣き虫だなぁ……もう」
と、笑いながらリサ姉が私を抱きしめて頭を撫でる。だって、拒否されたらどうしようって頭の片隅で思っていたから……。でも、まだ姉さんがなんて答えたか分からないから、Roseliaはまだ解散とかボーカル入れ替えとか……そんな事態にはなっていない。それを考えて、全員で話し合う。この後、どうやって姉さんを引き留めるのかと、何を話したかを聞き出すかを。
そして決まったのは、次の練習日に私も行って私から姉さんに問う形。家で聞いてもいいけれど、全員の前で答えてもらった方が気持ち的にも違うんじゃないかなって思って、私が提案したのがそのまま通った形。
「華那さん……本当に大丈夫ですか?」
それが決まった時に、紗夜さんが心配そうに聞いてきたのでだいじょぶと答える。だって、妹である私が言った方が姉さんの心に届くはずだから。その後に、Roseliaの皆が言えば効果あるはずだから。
「次の……練習日は明日……ですね」
「決戦ですね!」
「華那……本当に大丈夫だよね?」
「だいじょぶ!みんながいるから!」
「そう……ね。あまり無理はしない事ですよ、華那さん」
と、優しく頭を撫でる紗夜さん。あう。今日は本当にリサ姉さんと紗夜さんに迷惑かけてばっかりだなぁ。そう思いつつも、みんなで最終確認をしてその日は解散となった。帰りにリサ姉さんと話しながらふと閃いた。そうだ……
でも、忙しい人だし、迷惑かな……。そう思いつつも私は家に帰ってすぐにスマホのアプリで連絡を取る。すぐさま返信が来たのには驚いたけれど、詳しく説明したら快く承諾してくれた。名刺を撮ってメールで送る。それと「お仕事でお忙しいのに、私情でお願いしてごめんなさい」と送る。数分もしないうちに返信が帰ってきた。
『大丈夫よ。華那ちゃんのお姉さんのためだもの。私も手伝わせてもらうわ。だから、気にしないで頂戴』
本当……私いい人達に恵まれたな。そう思うと自然と涙が浮かぶ。本当にありがとうございますと送り、スマホを机に置いて小さく息を吐く。姉さんは部屋に籠っている。ねえ、姉さん。Roseliaの皆は姉さんを必要としているんだよ?だから……姉さん。Roseliaを捨てないで……。そう願いながら私は涙を拭うのだった。