スカウトの澤野さんに宣戦布告をした三日後。今日はRoseliaとしての練習日。私はこの二日間、
Roseliaのレベルが低いというのなら、私自身もレベルが低い事になる。だというのに、あの澤野さんは私だけを引き抜こうとした。つまり、
巫山戯ないで欲しいものね。私達は、頂点を目指してやっているバンドよ。全員のレベルが低いというのなら、全員のレベルを上げて行けば良いだけの話し。それに、最高の作曲陣に、最高のバンドメンバー?それはあの人にとっての話し。ただ、その最高だと思っているバンドメンバーに私という
それに――あのメンバーは華那が私の為に……いえ、
勿論、それだけが理由じゃないわ。あのメンバーが揃って演奏した瞬間に私達が共有した感覚。あの感覚をさらに向上させたいという想いが強い。あの感覚を突き詰めていければ――
そう考えながら、私は
タイトルは「Re:birth day」。Roseliaとして、もう一度産声を上げた日という意味を込めた。今回のように、レベルが低いと言われて悔しい思いをする事は、今後もあると思うわ。それを乗り越えられるぐらいのバンドに生まれなおす……。二日で作り上げた曲だけれども、完成度は高いと自負しているわ。
みんなに今回の事を話してから、この曲を聴いてもらったら、どんな反応するか……いまから楽しみね。そう思いながら私はスタジオへ向かう。ただ、この時私は知らなかった。スタジオに華那がいる事を。
だから、スタジオに入って華那が腕を組んで私を待っている姿を見て、驚いたのは仕方のない事だと思うわ。それに、私以外のメンバーも揃っていた。全員が全員、真剣な表情で私を見ている。なにかあったかしら?と思いながら、華那にどうしているのか問う。
「姉さん……スカウトされたって本当?」
「!……ええ。本当よ」
どうして華那が知っているのか分からなかったけれど、嘘をつく必要もないので平静を装って答える。でも、どうして華那が聞いてくるの?そう思っていた私に華那は
「姉さん。Roseliaとしてじゃなくて、姉さんだけのスカウトだったんだよね?……昨日、澤野さんが私を姉さんと間違えて声かけてきたの」
「なんですって?」
華那の言葉に私は驚くと同時に怒りが湧いてくる。まさか二日続けてスカウトの話をしに来るとは思っていなかった自分に対してと、私と華那を間違える程度の実力しか持っていない澤野さんに対してだ。
その程度の実力しかないのに私を勧誘しに来た?巫山戯ないでもらいたいわ。いったい華那は澤野さんとどんな話をしたのか。それを聞く前に華那が続ける。
「その際、Roseliaの事を『あんなお遊びバンド』って私に言ってきた……。ねえ、姉さん。姉さんはなんて答えたの?」
「華那……?」
俯いて私に問いかけてくる華那の声は震えていた。……よく見れば体も震えている。私の為に華那が集めてくれたメンバーをそのような言葉で片付けられてしまったのだから、華那が悲しむのは理解できるわ。でも……どうしてここで問う必要が――
「そんな言葉を言う人に……姉さんがついて行くって言うなら……」
震える声を振り絞る華那が、顔をあげて私を睨むようにして視線を向ける。その両目からは涙が零れていて、私の胸に痛みが走る。私の行動で華那を悲しませたという事実が重くのしかかる。そんな私に華那は言葉を続ける。
「私が姉さんの代わりに……姉さんの代わりにRoseliaのボーカルをやる!」
「華那!?」
予想外の華那の言葉に私は驚く事しかできなかった。あの子が歌う――それは一歩間違えれば二度と声が出なくなるかもしれないという事。それだけの覚悟を華那はしてきたというの?……誤解しているという事を伝えなければと頭の中では理解しているつもりなのに、言葉として出てこなかった。それだけ、華那がしてきた覚悟に私は衝撃を受けていた。
「それで……それで姉さんが目を覚ますって言うなら……私は……私は!二度と声が出なくなったって構わない!!」
「っ!?」
華那の発言に私は言葉を失った。そこまで……そこまでするだけの覚悟を、華那は短い期間でしてきた。私の軽率な行動が華那をここまで苦しめてしまった。そう考えると私は何も言えなかった。いえ、そうなるとまでは考えていなかったから言葉が出てこなかった。
誰かが私とあのスカウトの人が会う場面を見ていて、華那に伝えたのだろうという所までは何とか頭の中で考えていた。
華那は言いたい事を言ったからか、黙って私を見ているけれど、その目からは涙が零れ落ちている。沈黙が支配する。唯一聞こえてくるのは華那が泣いている声だけ。誰もが声を出せない状況。私が否定すればいいだけの話しなのだけれど、華那の姿を、華那の悲壮な決意を前に言葉が出なくなってしまっていた。
「……あこ。まだRoseliaで……友希那さんがボーカルのRoseliaでバンドやりたいです!だから!だから、お願いです友希那さん!Roseliaに残ってください!」
「私も……あこちゃんと……同じです……。このメンバーで……このRoseliaで……音楽をやりたいです……!」
華那の後にあこと燐子が続けて私に懇願してきた。あこはまだ分かるけれど、燐子がここまでハッキリと自分の意思を口に出すだなんて思ってもいなかったので驚いた。本当に……華那はいいメンバーを集めてくれたわ。そう思いながら華那に近づく。
それを見て紗夜が動こうとしていたけれど、リサがそれを制していた。きっとリサは私が今からする事を理解してくれているのだろう。幼馴染だから、分かるわよね?そう思いながら私は華那の前に立つ。華那は先ほどからずっと泣いていて、何度も何度も右手でその涙を拭っていた。その華那の右手を見れば、昨日の夜と同様、包帯がまかれていた。きっと、澤野さんの言葉に右手を強く握りしめて血を流したのね。
それだけ私達……Roseliaの事を真剣に、本気で応援してくれているという事。それと……私達の事を好きでいてくれているという事。その華那に私は悲痛な決意をさせてしまった。
「華那……」
私は華那の前に立ち、小さく名を呼んだ。華那は俯いていたけれど、顔をあげて私を見ようとした。それと同時に私は華那を優しく抱きしめる。華那が驚いて息を飲む音が聞こえた。私はそのまま華那に聞こえるように優しい声で
「華那……落ち着いて聞いて頂戴。あの人……澤野さんの誘いはその場で断ったの。私がRoseliaを捨てるだなんてする事は無いわ」
「え……」
驚きの声を上げる華那の体から力が抜けて、華那が私の腕を抜けるように地面に座り込んだ。突然の事に私は反応できず、驚きの声を上げるしかなかった。か、華那!?
「華那さん!?」
「ちょ、華那!?」
「華那ちゃん!?」
「え、か、華那さん!?」
やりとりを見守っていたみんなも驚きの声を上げながら華那に駆け寄る。私は座り込んだ華那を再度抱きしめながら大丈夫かと問うと、華那は小さく頷いてから泣き声で
「ひっぐ……ぐすっ……よか……た……よかった……」
と、安心したのか、私の腕の中で泣く華那。本当……大切な
「ごめんなさい、華那。大切な妹にそんな覚悟をさせた
「姉さん……姉さん……!」
私の背中に手を回し、私の名を呼ぶ華那。私はそんな華那を優しく、壊れ物を扱うように撫でる。本当にごめんなさい、華那。私は華那が泣き止むまで華那を抱きしめながら撫でた。
「――という訳よ。だから、皆も安心して頂戴。私だけが誘いに応じるという事は無いわ」
あの後、華那が落ち着いたところで、私はメンバー全員に先日スカウトされた経緯と、澤野さんとのやり取りを話す。全員黙って聞いてくれていて、話し終わった後に全員ホッとした表情を浮かべていた。
で、誰が私と澤野さんが会ったところを見たのかしら?それを聞くとあこと燐子が偶然、私と澤野さんがファミレスに入る姿を見たと答えてくれた。はあ。今回は確かに私の軽率な判断から起きた事だから強くは言えないわね。今後は注意するわ。
「ええ……その方がよろしいかと。しかし……みな……友希那さんから直接話しを聞いて思ったのですが、私達を否定されるのはやはり腹が立ちますね」
「そうですよ!でもその澤野さんでしたっけ?RoseliaはこのメンバーだからRoseliaなのに、そんな否定しなくたっていいじゃないですか!」
「あ、あこちゃん……落ち着いて」
私に注意しながら怒りを隠さない紗夜。紗夜が怒る姿を見たのは二度目かしらね。ただ、静かに怒るというのは紗夜らしいけれど。あこはあこでかなり憤りを感じているようだけれど、それを必死に燐子が宥めていた。
その様子を微笑ましそうに見守るリサ。リサ、見守るのはいいけれどあの人の言葉は貴女の想いを否定しているのと同じなのよ?そんな余裕あるのかしら?
「いや、アタシだって腹立ってるよ?でもさ、こうやってみんなが一つになるような感じって言うの?アタシは好きだな~って思ってさ」
と笑みを浮かべながらリサはそう言いながら華那の頭を撫でる。華那は突然頭を撫でられたので「わぷっ」と声を上げていた。はあ。私達Roseliaには馴れ合いは不要だと思うわ。そう思いながらも、私もこの感じは嫌ではなかった。
本当、いいメンバーが揃ったわ。さて、今日話そうと思っていた事から脱線してしまったけれど、新曲についても話さないといけないわね。皆一ついいかしら?と聞くとみんな真剣な表情を浮かべて私を見る。私は小さく息を吐いてから
「私達、Roseliaの目標はFWFで頂点に立つこと――だけれども、それはあくまで通過点よ」
「え……FWFが通過点なんですか!?」
「友希那?」
「姉さん……」
驚きの声を上げるあこと、どういうことかと聞いてくるリサ。華那は心配そうに私を見ているけれど大丈夫だと目で訴えてから
「私達、RoseliaはFWFだけで終わるようなバンドじゃないわ。その先、もっと高みを目指せると私は思っているわ。あの澤野って人には私達のバンドは“お遊び”と言われてしまったけれど、今日改めてRoseliaとして生まれ直すつもりで私はいるわ。その覚悟……貴女達にある?」
私の問いかけに全員黙る。でも、私は全員の表情を見て確信した。このバンドは間違いなく先を目指せるバンドだと――
「あります!あこは友希那さんと……Roseliaで頂点に立つって決めたんですから!!」
「私も……みんなで……もっとバンド活動……したいです」
「ええ、私もこのバンドで更に技術を高めたいという気持ちでいます。なにより……その為に友希那さんの誘いに応じたのですから」
「あたしも、友希那の為に、Roseliaの為に頑張るよ」
と、全員がそれぞれの想いを伝えてくれた。私は小さく頷いてから華那を見て
「華那。これで安心できたかしら?私達Roseliaはあの人の言う“最高の音楽”には負けないわ」
「!……うん!」
私の言葉に目に涙を浮かべながら笑みを浮かべる華那。全く。すぐ泣く癖はどうにかしなさい、華那。そう思いながら、私は新曲を書いた楽譜を鞄から取り出して全員に見せる。
「スカウトの話の後に、Roseliaとしてもう一度生まれなおすという意味を込めて作った楽曲よ。どうかしら?」
「……すごい。この楽曲を二日足らずで作ったのですか?」
と、楽譜を見て驚く紗夜に私はそうよと答えながら全員に感想を求めると、全員さっそく練習したいと意思表示してきてくれた。かなり遅くなったけれど、練習開始ね。ああ、華那。
「何、姉さん?」
「今日は練習を見て頂戴。それでダメな所があった指摘して頂戴。私達だけだと視野が狭くなってしまうから」
「分かったよ!」
と、笑顔を浮かべて了承してくれる華那。ああ、やっぱり華那には笑顔が似合うわ。この笑顔が消えないように前に進まないといけないわね。そう考えてからすぐに練習に集中する。間奏のギターは紗夜が一度フィーリングでやってみたけれど、納得いくメロディーじゃなかったようで、何度もやり直して納得のいくメロディーを探していく。
途中で華那もギターメロディーに関して案を出してくれて、いい形で初めてやる楽曲としてはまとまりがあって、全員の楽曲への理解度が浸透したと思う。開始は遅れてしまったけれど、かなり濃い練習内容になったわね。
練習後、時間も時間だったので今日は解散する事になったのだけれど、その際に燐子からある提案があった。
衣装を作ろうと思うんです――
なんでも、この間CiRCLE雑誌の特集を受けた後、その雑誌を見た時にバンドとしての統一感が無いと思ったらしく、ならお揃いの衣装を着れば少しは違うんじゃないかと思ったらしい。演奏の邪魔にならない衣装ならいいわよと私は了承する。紗夜も同意見だった。
「ありがとう……ございます。華那ちゃんにも……作ってあげるからね」
「え!?わ、私のはいいですよ!?衣装作るの大変じゃないですか!」
「大丈夫……一人分増えるぐらい……変わらないから……今度寸法……させてね?」
「あう……でも……」
と、もう華那の分も作る気満々の燐子。それをどう断ろうかと困惑している華那。最終的には華那が言いくるめられて、燐子にお願いしていた。ただ、作ってもらうだけじゃ悪いので、材料費だけは全員で出す事になった。
そして解散した帰り道。リサと華那と一緒に歩いていたら華那のスマホが鳴った。華那が首を傾げてスマホを取り出して画面を見て固まっていた。華那?
「あ、ごめん姉さん。あの、澤野さんについて調べてもらったんだけど……」
「調べてもらった?」
私とリサは顔を見合わせて首を傾げる。華那の交友関係がどうなっているか不安になってきたのだけれど……大丈夫よね?
「だいじょぶだよ!それで……ここ最近、企業として結果出してないから、ここで大きな成果を出したがっているみたい。特に上層部からの圧力が凄いみたいなんだけど、どんどんアーティストが会社から離れてるみたい」
「そう……そういう事なら、尚更負けるわけにはいかないわね。私達にはそんな裏事情なんて関係ないわ」
どこから情報を手に入れたか不安を覚えたけれど、あちらの状況は私達に関係ないのは事実。私達は私達の音楽をやる。それだけよ。そうでしょ、リサ?
「そうだね!FWFまでには『Re:birth day』を完璧に演奏できるようにしなきゃね!」
と、やる気満々のリサ。そうね。あの楽曲は今の私達にとって重要な楽曲ね。このメンバーなら必ず予選は勝ち抜ける。その為にはさらに練習が必要ね。華那が支えてくれているのよ。必ず私達は頂点へ駆け抜けるわ。
翌日もかなりハードな練習を重ねる私達。FWF予選会は目の前に迫っていた――