今日はCiRCLEのカフェでバイト――の予定だったのだけれど、練習スタジオのアンプから音が出ないというトラブルが発生した影響で、ある程度機材を構った事のある私にありえないところから白羽の矢が飛んできた。なんでも、機材関係のメンテに強い男性社員が、
で、流石にこう……短期間で何回も倒れられては、CiRCLEが巷で話題の「ブラック企業と化しちゃうなー」とまりなさんが頭を抱えながら看病に向かってしまったので、もう一人の女性社員さんが、私にどういう状況か見て、直せそうなら直しちゃってと言ってきたのが発端だった。
あの、私、そういう分野のスペシャリストじゃないですよ!?と言いながら、故障した機材を分解していく。うーん。目立った損傷はないんだけどなぁ……。あ、これ、もしかしたら分解して、再度組み立てしたら直っているとかいうパターンかも!私がそう判断して組み直そうとした時だった。
「ちょっと待つッス!今そこで組み立てても、直ってる事はないですよ!」
「わにゃ!?」
突然背後から声をかけられて、私はビックリして小さく飛び上がった。恐る恐る振り返ると、そこには眼鏡をかけ、ショートカットの羽丘女子高の制服を着た女性がしゃがみこんで私が分解した機材を見ていた。
で、制服から二年生だというのに気付いた私。でも、この先輩、どこかで見た事のあるような女性だなぁと思いながら、私はその女性にどう声をかけていいのか悩みつつ口を開いた。
「え、えと。先輩は?」
「あ、ごめんなさいッス!ジブン大和麻弥って言います!えと……」
「あ、私、湊華那って言います。姉がいるので、華那とでも気軽に呼んでください」
私の名前を知らない大和さんが困惑していたので、私は素早く名乗る。湊さんだと、姉さんも反応しちゃうからね。で、大和先輩?どうして、直っているって事が無いって分かったのでしょうか?
「あ、それについてなんですが……華那さん、ここっス」
と、私の隣に座ってある個所を指さす大和先輩。その指さされた場所を見ると、配線が並んでいた。配線はきちんと基盤に半田で固定されているように見えたので、問題はなさそうなのだけど……。それを大和先輩に伝えると
「着眼点はいいですね!でも、まだまだです。そこじゃなくて、配線自体を見て欲しいんです」
そう言われた私は、目で配線を一本一本丁寧に追っていく。そして気付いた。赤い色の配線が途中で断線していた。これじゃあ、音が出ないわけだよね。それにしても、よく見ていましたね、大和先輩。
「フヘヘヘ。こういう機械弄りは大好きなんですよ。デビューする前は、よく機材の準備とかで、分解して修理もしていたので慣れているんですよ!」
デビュー?と首を傾げそうになりつつも、機材について詳しいとなれば、今回の件については心強いなと思った私は、大和先輩に頭を下げて一緒に修理をして頂けないかとお願いしたら、速攻でOKもらえたのには驚いた。
そういう事があって、二人でさっそく機材の修理に入ったのだけれど……
「なるほど、なるほど。このメーカーは、ここはこういう風に半田で固定しているんですねぇ。面白いです。フヘヘヘ……」
「……あ、アハハ」
トリップしているというか、完全に故障している機材がどうなっているか調べる方向に動いている大和先輩を見て、私は渇いた笑い声をあげるしかできなかった。頼みの大和先輩がこの状態だと……これ、本当に直せるかなぁ。不安になってきた。
でも、その私の不安は杞憂に終わった。大和先輩は、他の部分が故障していないか確認しながら、断線している線を素早く外して、その線を断線している箇所から先が短い方をハサミで切った。
それで、長い方の切った先を、これまたハサミでコーティングの部分だけ上手い具合に外して、中の銅線みたいなのを取り出した。ここまでの作業時間は、五分とかかってない。プロの犯行か何かかな?
「あ、華那さん。ちょっとマイナスドライバー取ってもらっていいですか?」
「あ、はい」
私の足下にあったマイナスドライバーを大和先輩に渡し、作業の様子を見守る。というか、どこをいじっているかを真剣に見て覚えようとしているのだけど、手際良すぎて理解できないよぉ……。「ふぇぇぇぇ」と、松原さんの真似を心の中で呟きながら、理解できないなりに大和先輩の動きを見る。
「……あ、あの華那さん?そこまで真剣に見られると、ジブン緊張しちゃいます」
「あ……ご、ごめんなさい!」
と、私を見て苦笑を浮かべる大和先輩。やってしまった。真剣に見ていたので、周りがきちんと見えてなかった。そうだよね。隣でずっと見ていられたら、緊張しちゃうよね。しょんぼりしながら大和先輩との距離を置いて、作業を見守る。
しばらく大和先輩がドライバーでネジを回す音や、組み立てる音などが静かな部屋に響く。組み立てる時は流石に二人がかりで作業をしたのだけど、今思うと、よく私一人で分解したなぁ。
「これでオッケーだと思います。華那さん、ちょっとテストしてみてください」
「は、はい!」
大和先輩に言われて慌ててギターを準備する私。ギターはCiRCLEの貸し出し用の安物ギター。音の確認にはうってつけってやつだね。と、誰に説明しているんだかと心の中で呟きながら、素早くアンプとギターをコードで繋ぐ。ギターの方のボリュームを調整して、アルペジオ奏法で音を奏でていく。アンプからはギターの軽い音が聞こえてきた。
「す、すごい!な、直りましたよ大和先輩!!」
「ふう……よかった。これで練習できますね」
と、私が直った事に歓喜の声を上げながら大和先輩を見る。きちんと直っているか不安だったのか、大和先輩は小さく息をついてから笑みを浮かべそう答えてくれた。私は近寄って、大和先輩の手を取って感謝を伝える。大和先輩は慌てて空いている方の手を左右に振りながら
「ジ、ジブン。ただ趣味で知っていただけで口出しただけですから、そこまで感謝されるような事じゃないッスよ?」
謙遜する大和先輩。でも、私が助かったのは事実なんです。(と言っても本当の意味で助かったのはCiRCLEだけど)
「そうね、華那ちゃん。でも麻弥ちゃん……時間は確認しなきゃダメよ?お説教が必要かしらね」
「「!!??」」
ここにはいないはずの人の声が背後から聞こえたので、二人して振り返った。そこには某防人さんと、毘沙門天の化身の女性が、裸足で泣きながら逃げ出すんじゃないか――というぐらいの笑みを浮かべた千聖さんがいた。ナンデ!?ナンデチサトサンガココニ!?
「あら?華那ちゃん。気付いていなかったのかしら。華那ちゃんの隣にいる麻弥ちゃん。パスパレでドラムをしているあのアイドルの麻弥ちゃんよ?」
「ほへ?…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
右手を顎に当て、首を傾げながら私に大和先輩がどういう人物か説明してくれた千聖さん。私は一瞬、その意味を理解できず、気の抜けた声を上げてから、驚きの声を上げてしまったけれど、私は悪くない!!……よね?
いや、確かに同姓同名だったのには気付いていたけれど、眼鏡していたし、メイクだってテレビ出る時のメイクじゃなくて、普段用(?)のメイクだったし……と心の中で言い訳をしながら大和先輩を見ると、右頬を掻きながら
「いやぁ……ジブン。よくアイドルらしくないって言われるんすよねー」
と、苦笑いを浮かべていた。いや、だって、パスパレで活動している時の大和先輩と今の大和先輩のギャップが凄すぎるんですって!!と、伝えようとしたら、私の前に千聖さんが立って
「で、麻弥ちゃん。正座」
「え……千聖さ「正座……できるわよね?」!は、はい!!」
二度目の正座と言われた瞬間、大和先輩が目にも見えぬ速さで床に正座した。というか、こういう光景前もどこかで見た記憶があるのですけど、最近流行っているのでしょうか?そんな事を頭の片隅で思いつつも、目の間で繰り広げられるお説教劇に、私は恐怖から震えるしかなかった。
「アイドルという自覚もそうだけれども、社会人という自覚をもって行動しなきゃ――」
「……はい。申し訳ないです……」
両手を腰に当てながら正座している大和先輩に説教を続ける千聖さん。それを聞きながら、項垂れた状態で謝る大和先輩。うーん、やっぱりアイドルの“大和麻弥”さんとは似ているけど、私の中でイコールとして繋がらないな。
「マヤさーん!チサトさーん!どこですかー!あ、ここですね!?」
と、突然部屋に入ってきた外国人の、雪のような白色に近い髪を持った女の子――って、若宮イブさん!?え??なんでCiRCLEにパスパレのメンバー五人中三人が集結しちゃっているんですか!?
「?……あなたはどちら様ですか?」
と、左側に首を傾けて私に聞いてくる若宮さん。本当にそういう仕草が似合う人だなぁって思った私は悪くない。というか、テレビや雑誌で見るよりすごく可愛い人なんですけど!?あ、千聖さんも同じぐらい綺麗ですよ。
「あ、私、湊華那って言います。CiRCLEのカフェでアルバイトしています」
と、緊張しながら若宮さんに挨拶をする。
「私は若宮イヴって言います!そちらにいるチサトさんとマヤさんと一緒にパスパレでばんどしてます!よろしくお願いします、カナさん!」
「わぷっ!?」
言うや否や、私を抱きしめてくる若宮さん。え?ええええ!?ど、どういうじょうきょう!?頭の中が若干パニックに陥る私を見た千聖さんが小さく笑いながら
「イヴちゃん。この間、話した私のお友達の華那ちゃんってのが、いまハグしてる華那ちゃんよ」
「そうなんですね!本当に、可愛らしいです!まるでお人形さんのようです!!」
と、抱きしめる力が強くなる若宮さん。千聖さん!それ助け舟にもなってないですよ!?というか、何話したのか聞きたいのですが!あ、ちょっと!?若宮さん苦しい!!息できなっ……!?
「あ、イヴちゃん!ハグはそこまで!華那ちゃん息できてないわ!」
「え?あっ!カナさん大丈夫ですか!?」
「むきゅぅ……」
結果、私はいつぞやの日菜先輩抱き着き事件のように、目を回して意識を失うのだった。
「という事があってね……」
「アハハハッ!華那、大変だったねぇ」
「華那……どうして、そう……いつも気絶するぐらい抱きしめられるのかしら?」
「みな……友希那さん。それだけ華那さんが可愛らしいという事じゃないでしょうか?」
若宮さんのハグハグ事件(命名者:私)
また姉さん達に迷惑かけちゃったという負い目を抱えつつ、まだ起きたばかりだからという事で、少しラウンジで休憩しつつ、何があったかを私は姉さん達に説明していた。バイトの方は、若宮さんと千聖さん達が社員さんに説明してくれたらしく、起きたら
「し、仕方ないでしょう!華那さんと友希那さん以外は苗字呼びなのですから!」
と、顔を真っ赤にして明後日の方向を向きながら、早口でまくし立てた紗夜さん。そんな怒らなくてもいいじゃないですか……。としょんぼりしていたらリサ姉さんが更なる火種を投下した。
「そういえばそうだねぇ……ねえ紗夜ー?アタシの事も名前で呼んでみてよ」
「い、今井さんまで弄りますか!?」
と、紗夜さんに近寄って催促するリサ姉さん。あちゃ、リサ姉さん
姉さんをチラリと見れば、右手を額に当てて盛大に溜息を吐いていた。きっと、姉さんも紗夜さんの頑固さと、リサ姉さんの行動に頭を悩ませているのだろうと勝手に推測しながら、リサ姉さんと紗夜さんのやり取りを見守る。
「えー。なんで華那と友希那だけよくて、アタシはダメなの?」
「なんでと言われましても……今井さんは今井さんじゃないですか!姉か妹がいれば、混乱しないように変えますが……今井さんにはいないじゃないですか!」
上目遣いで紗夜さんに言い寄るリサ姉さん。いや、そういうのは紗夜さんに効果ないんじゃないかなぁなんて思いつつ、私は姉さんに帰る準備してくると言ってバックヤードへ向かった。
「あ、カナさーん!!」
「ほぇ?」
素早く着替えて、バックヤードから出てきたら若宮さんが駆け寄ってきた。え?え?ええ?なんでまだいるのですか?お仕事とかは?と困惑していると私の両手をとって
「先ほどはすみませんでした!カナさんがあまりに可愛らしくて、暴走してしまいました!本当にすみませんでした!」
と言って頭を下げてくる若宮さん。い、いや、そ、そんな謝らないでください!それに可愛らしいって……若宮さんの方が可愛いじゃないですか!!
「そんなことありません!カナさんはじゅーぶん!可愛いらしいです!」
「あう……」
若宮さんの
「イヴちゃん。華那ちゃんが困っているわ。とりあえず、手を離しましょう?」
「あ、はい!」
と、手を離してくれた若宮さん。まだ困惑が抜けない頭を働かせて気にしてない旨を伝えるも、若宮さんは
「いいえ、そう言っても、ワタシのブシドーが、カナさんを気絶させたという事実を許せません!」
「なぜそこで、ブシドー!?」
謎の発言に私はついツッコミを入れてしまった。それと同時に頭の中でどういうわけか、白い仮面をつけた男性が「まさに愛だ!」とか叫んでくれたものだから、困惑している思考がさらにカオスな状態になったのは言わずもがな。というか、頭の中で出てきた男性誰!?
「華那ちゃん……気にしたら負けよ」
「千聖さん!?」
私の様子を見てそう諦めの入った口調で言ってくる千聖さんに、つい大きな声を上げてしまった私は悪くないよ!悪くないって言ったら悪くないの!!
で、落ち着いたところで話を聞けば、若宮さんは私に正式にお詫びがしたいそうだ。でも、そこまでして頂く必要はないと思っている私。何か妥協案を考えないと……という事で――
「一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「それでいいんですか?」
「はい!」
色々考えたけれど、これが一番手っ取り早いし、若宮さんや千聖さん達に迷惑がかかるような事じゃないからだいじょぶなはず!そこまで考えた私だったのだけれど、最終的には大和先輩と千聖さんも入って四人で写真を撮る事になった。私ただの一般人なのに、パスパレのメンバーと写真撮ってもらっていいのかなと思ったのでした。
四人一緒の写真を撮った後に、何故かツーショット写真も撮る事になったのは本当に謎。そして、その数日後。私がアルバイトしている最中に、彩さんと日菜さんがCiRCLEのカフェに突撃してきて、二人とも写真を撮る事になる事をこの時の私は知らない。