Sisterhood(version51)   作:弱い男

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#3

 土曜日のある日。私――氷川紗夜――はライブハウスCiRCLEのスタジオで個別練習をしていた。左手でギターの弦を押え、右手に持ったピックで音を奏でる。今日練習しているのは新曲陽だまりロードナイト。これは今井さんが練習に来れなかった日があった。いえ、今のは語弊があるわね。練習が終わった後に今井さんは来たのだけれど――その際、スタジオの中はかなりの混乱を招いていた。

 

 それを見た今井さんが、各自に的確な指示を出して、あっという間に問題は解決した。今井さんがRoseliaの精神的支柱になっている事にその時改めて認識した私達。そしてその体験から、湊さんが今井さんへの感謝の想いを歌にしたのが、この陽だまりロードナイトだった。

 

 その曲を今度のライブで演奏する――それが決まったのが昨日。さっそく私は家に帰って練習をしていた。ある程度弾ける事は弾けるけれど、完成度に納得できずに今日、飛び込みでスタジオを借りたという訳だ。

 

「一度休憩しましょう。確か……あら?飲み物忘れてきた?」

 

 鞄の中を探すも、朝、私がライブでも使っているマグボトルが無い。これは困った事態ね。仕方ない。CiRCLEの外にカフェがあったから、そこで飲み物を買ってきたほうがいいわね。脱水症状を起こしたらRoselia脱退もあり得るわ。それに日菜に笑われ――いえ心配されてしまう。それだけは避けなくては――

 

「ん?あれは……湊さん?」

 

 と、カフェに向かっていると、私と同じようにカフェへと歩いていく見慣れた後ろ姿があった。ただいつもと違うのは、背中まで伸ばした髪を一つに縛っている事と、ギターケースを背負っている事ね。となると、あの子は――私はカフェへと急ぎ足で向かい、その子に声をかける。私の声に反応してその子は振り返り

 

「あ、()()()()こんにちは。どうしたんですか?今日は練習お休みじゃ?」

 

 と、私より身長の低い湊さんが一日でさらに低くなっていた。という冗談はさて置き、目の前で小さくお辞儀をしてから可愛らしく首をかしげているのは、湊さんの妹である華那さんだった。私に湊さんのバンドに参加してくれないか――とお願いしに来たのが華那さんとの出会いだった。最初は何を言いだすのだろうかと思っていたけれど、今となってはその華那さんとの出会いに感謝している。

 湊さん――華那さんの姉である友希那さんの方ですが――と華那さんと呼び方を変えているのは、華那さんからそう呼んでほしいと要望があったからです。ほかに他意はありません。湊さんもそう呼んでと言うのならそう呼びますが……。二人とも“湊”なわけですから。

 

「こんにちは、華那さん。ええ。練習は休みですが個人練習をしているんですよ」

 

「あ、そうなんですね!流石氷川さんです!それだけ練習しているから、私が追いつけないんですね……」

 

 と、すごく嬉しそうな表情をしたかと思ったら、少し寂しそうな表情を浮かべる華那さん。いつ会っても喜怒哀楽の忙しい子だ。でも、華那さん。貴女もかなり練習しているじゃないですか。でなければあの日本でも屈指のギタリスト、松本孝弘さんの名曲を弾けるわけがないでしょうに。それを言うと

 

「いえ、私が言いたのは……あの自分の色って言うんですか?自分の音というか……そういうのが私にはまだなくて……氷川さんなら、クールな音と正確なギターが特徴じゃないですか?私はただのカバー止まりなんです。だから最近上手くならなくて……」

 

「クールな音と正確なギターが私の特徴?」

 

 と、しょんぼりとする華那さん。私は思っていなかった言葉に困惑していた。けれど、彼女の言う自分の色がないというのは間違っていると思う。華那さんのギターは何度か聞いた事があるけれど、確かに酷い言い方かもしれないが、華那さんの演奏技術は凄い速弾きができる訳でも、個性的な弾き方ができる訳でもない。

 

 でも――哀愁ある音色と本当に楽しそうに、それでいて音楽が本当に(いと)おしいというのが見ている人間がわかるほどのギタープレイ。それが彼女の特徴だと私は思っている。本当にギターが鳴いている――いえ、歌っているかと思うぐらいだ。それを伝えると

 

「あ、あはは。そんな事言われたの初めてなので照れますね」

 

 と、右手で頭を掻く華那さん。そんな彼女を見て私はある事を提案してみる事にした。

 

「華那さん。この後用事ありますか?ギター持っているみたいですから、セッションでもどうですか?」

 

「え!?私が氷川さんとですか!?」

 

 「無理無理、無理ですって!」と言い出す華那さん。湊さんの妹だけれど、ここまで感情表現が豊かだと面白いわね。まるで私と日菜のように正反対ね。……今は日菜の事を考えるのはやめておきましょう。

 「あうあう」と混乱している様子を見てクスリと笑う。結局、華那さんは私と一緒にカフェに行って、飲み物を購入して練習スタジオへと来てくれた。そういえば、あの時――初めて会った時――華那さんは私のギターを今日のように褒めてくれたわね。

 

「それで……氷川さん。何を弾きますか?」

 

「そうね……」

 

 スタジオに入り、ギターのチューニングをしながら私に聞いてくる華那さん。ギターを持った瞬間から、いつものほんわかした雰囲気が消えてなくなり、周囲の空気がピシッとするような錯覚すら覚える。そう。まるで職人が自分の仕事用具を持った瞬間のような、そんなイメージ。

 さて、セッションする楽曲を決めないといけないわね。華那さんはジャズも弾くと言っていたからこの曲を弾けるかもしれないわね。

 

「room335なんてどうでしょうか?」

 

「ラリーさんの名曲ですね!やっと通して弾けるようになった曲なんで、是非!」

 

 と、ノリノリの華那さん。よかった。弾けるようになった曲ならちょうどよかった。しかし……湊さんも時々練習後の会話で笑みを浮かべるけれど、本当に似てるわね。姉妹だから当然と言えば当然なのだけれど。

 華那さんとの話し合いの結果、私がメインを担当して華那さんがハモりやバッキング・カッティング等のする事になった。

 

「それでは……ワン・ツー・ツリー」

 

 まずは私が一人で弾く。スタジオにギターの音が響く。華那さんが私の音に合わせるように入ってくる。私は立ちながら、華那さんは椅子に座りながらお互いの音を意識しながら弾く。途中、お互いミスを連発するも、弾いていて楽しいと思えるセッションになった。

 room335という曲を弾くにはジャズとブルースを理解していないと無理なわけで、かなりの難易度の高い楽曲だと私は個人的に思っている。私自身、ロック色の強い楽曲中心に弾いてきたからミスがかなりあった。今度はこういう曲も練習していこうと終わってから心に決めた。

 

「……あー楽しかったです!」

 

「そうね……お互いかなり間違っていたりしたけれど、私も華那さんと弾いていて楽しかったわ」

 

 弾き終えた華那さんが満面の笑みを浮かべて言うので、私も自然と笑みがこぼれる。弾いている最中に、お互いが声を出さなくても次はこう弾くというのが分かっていたから、やりやすかったというのもある。けれど、それ以上に、華那さんが楽しそうに弾いている姿が見えて、それが音にも表れていた。私もそれに引っ張られるように、終わる頃には珍しく楽しくギターを弾いている自分がいた。

 もし、叶うなら是非Roseliaで華那さんと一緒にギターをやってみたい。今のメンバーも素晴らしい演奏だけれど、それをさらに良くするには華那さんが入ってくれたら心強い。

 

「ミスしたところはまた練習するとして……氷川さんからみて私のプレイどうでした?」

 

 期待に満ちた目で私に問いかけてくる華那さん。そういうところはどこか宇田川さんと似ているような気がするわね。私は少し考えた後

 

「そうね……百点満点でいえば……四十五点かしらね」

 

「そのぐらいですよね……もっと練習しないと!」

 

 と、しょんぼりとしたかと思ったら右手を握り締めてやる気を出す華那さん。その様子が可愛らしくて、私は小さく微笑んでしまった。宇田川さんとはまた違った可愛らしさ。これを湊さんがやったらみんな心配するだろうと思いつつ、私は華那さんと一緒にセッションを続ける。

 バラードからロック、そしてジャズ。様々なジャンルを演奏していったけれど、華那さんはその度に違うギタリストとしての顔を出してきた。本当にこの子の演奏幅はどうなっているのかと思った瞬間でもあり、負けられないという感情が芽生えた瞬間でもあった。いえ、本当に演奏技術ではまだ私の方が上ですが、様々な楽曲が演奏できるという力は華那さんの方が上かもしれません。

 

 

 

「氷川さん、今日はありがとうございました。飲み物まで奢ってもらっちゃって……」

 

 時間になり、片づけをしてCiRCLEを出ると華那さんがそう言って頭を下げてきた。本当に礼儀正しい子だと思いつつ

 

「いえ、気にしなくていいんですよ。私が誘ったんですから。逆に迷惑じゃなかったですか?」

 

「迷惑だなんて!氷川さんのようなギタリストとセッションさせて頂いて光栄に思う事があっても、迷惑に思う事なんてないですよ!」

 

「そ、そうですか。ならいいのですが」

 

 目を輝かせながら話す華那さんに、私は少し引いてしまった。まさかそこまで私の事を評価してくれているとは思っていなかった。自分自身ではまだまだだと思っている。それに……いえ止めておきましょう。今は華那さんの目の前です。心配かけるのも悪いですから。

 

「氷川さんには“氷川さんの音”があるから、一緒に弾いていて新しい発見があったから楽しかったです。本当にありがとうございました」

 

「ふふっ。私もいろいろと勉強になりました。また機会がありましたら、セッションしましょう」

 

「はい!お願いします!」

 

 笑みを浮かべて答えてくれる華那さん。今日は帰ったらまた練習しようと思いながら彼女に挨拶をして別れようとしたとき、華那さんが口を開いた。

 

「氷川さん」

 

「なんでしょうか?」

 

 少し言い辛そうな華那さん。どうかしましたか?

 

「……あの、Roseliaで姉さんの事お願いします。私、力になれないから……」

 

 寂しそうな表情を浮かべながら、頭を下げて頼んでくる華那さん。……全く。この子は――私は小さくため息を吐いてから華那さんの頭に右手を置いて撫でる。

 

「え、ひ、氷川さん?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫です。華那さんが力になれてないなんて事はないですよ」

 

 華那さんがいなければRoseliaに私は入っていなかった。宇田川さんも今井さんもだ。そして宇田川さんがいなければ白金さんもいなかった。間違いなくこの子がいなければ、Roseliaというバンドは結成する事なんてなかった。

 だから自信を持ってください。それに湊さんを本当に身近で支えられるのは貴女しかいないのですから。

 

「あっ……はい!」

 

 私の言葉に満面の笑みを浮かべる。本当に笑顔の似合う子だなと思いながら、私は華那さんと別れた。あの子が妹だから、湊さんは目標へ突き進めるのだろうと改めて思った。……今日は少しだけでも日菜に優しくしてみるのもいいかもしれない。湊さんたちのようにうまくいかなくても、少しずつ昔みたいに――

 

「全く。華那さんは自分に力ないと言いますけど、私達に様々な影響与えてくれますね……いい意味でですが」

 

 小さく笑いながら私は呟く。今日は少し気分で日菜と話せそうだ。そう思いながら家へと帰る。ちなみにその日の夜。少し優しくしたら、日菜にべったりくっつかれて疲弊したのはまた別のお話し。

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