ここ二日ほど、華那の様子がおかしい。何があったか聞いても、はぐらかして答えてくれない。食事の最中もボーっとする事が増えたし、家庭生活や部屋でギターを弾いていても些細なミスが増えたように思える。いったい何があったの華那……。
自分の部屋の椅子に座り、この二日間何があったかを思い返す。家では特に問題はなかったはずよ。なら、学校かアルバイト先のCiRCLEか……それともそれ以外の場所での問題なのか……。でも、アルバイト先での問題なら、まりなさんから私に連絡が来るようになっている。……なら何が――
「二日前……二日前なにがあった?」
腕を組んで真剣に考える。家を出て、学校に行く時はいつも通りだった。帰ってきてから様子がおかしくなった。ならその間。昼休み……放課後?待って。昼休み、私とリサはある人物と話をしているわ。となれば――
「放課後、植松さんと話した後?」
昼休みに、植松さんと話したのだけれど、華那本人と話した方がいいと言ったのは私だ。でも、それで華那の様子がおかしくなるような話しではないはず。……これは、植松さんに確認した方がいいわね。明日にでも――明日学校休みだったわ。どうしたものかしらね……これは。
本来なら、本人に聞くというのが一番なのだろうけれど、それが出来れば苦労はしないわね。……リサに相談してみようかしら。そう思いってスマホを取ると、タイミングよくリサから電話がかかってきた。相変わらずいいタイミングね、リサ。そう思いつつ、私は通話ボタンをタップしリサからの電話に出た。
「もしもし、どうかしたのリサ?」
『あ、友希那。ごめんね、遅くに』
別に大丈夫よ。まだそこまで遅い時間ではないから。それで急にどうしたの?
『ちょっと華那の様子がおかしい件について話をしようと思ってさ……ここ数日、どこか上の空じゃん?』
「ええ……それについては、私もリサに相談しようとしていた所よ」
『あー……やっぱり友希那も気付いてたんだ?でも、今の言葉だと何かあったか分かってないって感じ?』
リサの言葉にそうよと伝えつつ、椅子からベッドに移動する。リサも気付いているぐらいだから、他の人ですら気付いているでしょうね。でも、華那は弱音を誰かに言う事はなかなかしない。だから、こうやってリサと相談して、何とかその弱音を聞き出そうとしているわけ。
『なにか、不自然というか、気になってる事って、友希那の方である?』
「ええ……一つだけあるわ」
『だよねー……な……い?……えっ!?あるの!?』
私の発言に驚きの声を上げるリサ。その声は、私がスマホから耳を放しても聞こえるぐらいだったから、電話の向こうで遠くからリサのお母さんが「リサーうるさいわよー」と言っている声が聞こえた。
『母さん、ごめーん!……で、友希那。その気になってる事、教えてもらえるかな?』
「ええ……そうしたいのだけれど、電話だと隣の部屋の華那に聞かれる可能性があるわ。明日、練習後に話し合いましょう」
そう。夜も遅いという理由もあるけれど、華那にこの会話を聞かれる恐れがある。となると、華那の性格上、私達に迷惑かけないようにとして動くから――
『あー……確かに。華那に聞かれたら、逆に問題解決しなくなるもんね……。分かったよ。明日の練習後ね、友希那』
「ええ」
華那の事は心配。でも、本人に直接聞くと、絶対に「だいじょぶ!」って言うに決まっているわ。今までがそうだったから。本当……私の妹は手のかかる子ね。って、リサ?なんでそこで笑うのかしら。
『だって、友希那が華那の事、言える立場なのかなって、思ったらちょっと……ね?』
笑いながら言うリサに、私はどういう事か問い詰める。結局、リサにはぐらかされてしまい、理由は分からずじまいだった。もう……リサったら。盛大に溜息を吐いてから、また明日と言って通話を終わらせた。
華那……何を悩んでいるというの――
「……」
私はベッドに腰かけ、ギタースタンドに立たせてある愛用のエピフォンの黒色ギターを見ていた。ここ最近、練習していてもミスの連発で、自分自身でも集中できていない事は理解していた。
その理由――吹奏楽部のコンサートでギターを弾いて欲しいという、吹奏楽部の部長である植松先輩からのお誘い。やってみたいという気持ちは少なからずある。でも、その気持ちを上回っているものがある。それは――
「私にできるのかな……」
小さく呟く。ギターはいっぱい練習してきた。でも、バンド活動をしているみんなと比べてしまうと、自分は劣っているって感じていた。だから、私より上手い人がいるなら、その方が植松先輩達に迷惑が掛からないと思うし、きっとそっちの方が吹奏楽部の評判はよくなるはずだから。
それこそ、同じ学校の日菜先輩から、瀬田先輩にモカちゃん。学校違うけど紗夜さんにおたえちゃん。そして香澄ちゃん……と、挙げれば私より上手い人は大勢いる。確かに
「はあ……」
ベッドに倒れ込む私。夏のライブは、正直そこまで深く考えていなかった。だって、姉さんにどうやって気持ち伝えるかだけを考えてライブした訳だし……。その気持ちをポピパの皆が理解してくれて、サポートしてくれたから上手くいった訳だ。なら、今回は?
難しい……。ここまで悩むだなんて思ってもいなかった。どうしたらいいんだろう。やっぱり断るのがいいよね。途中で「やっぱり無理です」って言って投げ出すのは一番迷惑だから。そうだ。そうしよう。明後日、学校で言おう。そう決めて、私は部屋の明かりを消して目を閉じた。
「それで、友希那さん。今井さんと二人で、何を話そうとしていたのですか?」
Roseliaの練習後。CiRCLE隣接のカフェでリサと話をしようとしていたのだけれど、紗夜がついてきた。私とリサが知らない所で悩んでいる可能性もあったから、紗夜の参加について私は特に何も言わなかった。リサも私と同じようで、「紗夜も意見言ってねー」と笑みを浮かべながら言っていた。私の隣にリサが座り、テーブルを挟んで紗夜が正面に座ったのを確認してから、私は口を開いた。
「ここ数日、華那の様子がおかしいのだけれど、紗夜は何か知っているかしら?」
こういう時は、変に探りを入れずに直接聞いた方がいいと判断し、私は紗夜に問う。私の言葉を聞いた紗夜は、腕を組んで思案顔を浮かべていた。しばらく経ってから首を左右に振って
「いいえ。特に私の方では問題という問題はなかったと記憶してます。が……昨日の個人練習時に、ミスが多かったのは気になりました。今まであんな小さいミスをした事があまりなかったので……」
「そう……やっぱりそんな状況だったのね」
「やっぱり?……という事は、自宅でも?」
「ええ」
コーヒーを飲みながら答えた私は、ここ数日、華那が家でボーっとする事が増えた事。自宅で練習していても些細なミスが増えた事を伝える。それを聞いて紗夜がどういう所でミスしたのかと聞いてきたので、今までだったらした事の無い、弦を抑えるのをミスったり、弾く弦を間違えたりしていると伝える。
「そう……ですか。昨日の練習も、友希那さんが言った通り、そういうミスばっかりだったので、ちょっと長めに休憩したんです」
「これは……重症だねぇ……」
私たちの会話を聞いたリサが溜息交じりにそう呟いた。ここまで重症だった事は、私の記憶の中にも無い。確かに何かに悩んでいる時はあったけれども、そういう時は誰かしらに相談していた。それこそ、私だったりリサだったり。山吹さんもそうね。あとは、当時の教師にも相談していたわね。だからこそ、華那が何に悩んでいるか分からない。
「そういえば昨日の夜、友希那は原因が何か、分かっているって言っていたよね?」
「そうなんですか?」
右人差し指を顎に当て、リサが昨日の夜の電話のやり取りを思い出しながら言ってきた。
「分かっているとは断言していないわ。ただ、要因になったのではないかって、私が勝手に思っているだけよ」
「友希那さん。それを聞いてもいいですか?」
真剣な眼差しで私に聞いてくる紗夜。小さく息を吐いてから、まず紗夜に二日前に学校で、吹奏楽部の部長からコンサートをするから華那を貸して欲しいとの依頼があった事を話す。
「その時は、華那本人の意思を確認して頂戴と言ったのよ」
「そうでしょうね……。私も日菜を貸して欲しいと言われても、日菜の意思がありますから、そのような状況になれば、友希那さんと同じ事を言うと思います。ですが、華那さんの不調とそれが何か問題が?」
同じ妹を持つ(双子だけど)紗夜が理解を示してくれた。でも、私の話しを聞いた紗夜が疑問を持つのは当たり前だ。ただ、そこだけを見れば問題なんてないように見えるのだから。私は一つだけ問題視すべき点を二人に話す。
「その話しがあって、その日の放課後に華那と吹奏楽部部長の植松さんが会っているはずなのよ。そして、華那の様子がおかしくなったのはその日の夜。つまり――」
「その間に、何かあったと考えるべき――そう、友希那さんは言いたいのですね?」
「ええ。その通りよ」
紗夜の言葉に頷く。それでなのだけれど……どう思うかしら二人は?
「どう……とは、今の友希那さんの考えについてでいいのですか?」
「ええ」
「そうだねぇ……確かに、時系列的に考えればそこが怪しい所だよね」
リサも時系列を頭の中で考えているようで、右手を額に当てていた。ただ、そうじゃない可能性があるのも否定できないのよね。例えばクラス内だったり、帰り道での事だったりすると、私達では分からないわね。
「そう……ですね」
「うーん……クラスの方は蘭に聞いてみる?」
悩む私と紗夜だったけれども、リサがクラスの方は美竹さんに聞こうかと提案してくれたので、私は即座にそうしてもらえるように頼んだ。
「オッケー!」
私の頼みに即座にスマホを取り出して、メッセージを打ち込むリサ。は、速い。そこまで早く撃ち込まなくてもいいのよ、リサ?と思っていると
「あれ?友希那ちゃんに、リサじゃん。なしたなした?こんなところで?」
「馬鹿。もっときちんとした挨拶して。湊さん、リサ。こんにちは」
「植松さんに……明石さんだったかしら?こんにちは」
「あっ、ミカにゆかりじゃん。そっちこそどうしたの、こんなところで?」
現れたのは同じクラスで、今話題に上がっていた植松さんだった。それと明石さん?だったと思うのだけれども、どうして二人がここに?
「って、Roseliaのギター氷川さんじゃん!?うわっ!本物だー!!あ、私、植松ミカって言うんだ!よろしく!」
「え、あ、は、はい。よ、よろしくお願いします?」
「きちんと挨拶しろ、馬鹿ミカ」
「ギャフン!?」
紗夜の両手を取って、騒ぐ植松さんだったけれども、明石さんに拳骨喰らって頭を押さえてその場に蹲った。大丈夫なのかしら?え?これがいつも行われている?……大変ね、明石さんも。
「本当……なんでこんな奴と幼馴染なんだか……」
盛大に溜息を吐きながら、同席してもいいかと聞いてきたので、紗夜とリサの二人から同意を得てから、いいわよと伝える。紗夜の隣に明石さん。その隣に拳骨の痛みから復帰した植松さんが座った。
「んでんで、Roseliaのメンバー三人が集まって何話してたの!?」
「ミカは
「ゆかりん、意味ふぎゃん!?」
植松さんは、目を輝かせながら聞いてきたはいいけれども、再び明石さんから拳骨を喰らって悶絶していた。……話し進めていいかしら?
「ごめんなさい、湊さん。この馬鹿は後で
そ、そう。なら、話しをさせてもらうわ。ちょうどいいタイミングで来てくれたわ。あなた達に聞きたい事があるのよ。
「私達に?……うちの馬鹿が何か問題でも起こした?」
「あ、あははー。ゆかり?馬鹿馬鹿言っちゃ、ミカが可哀想だよ?」
「私もそう思います。いくら発言や言動が馬鹿っぽいかもしれませんが、あまりそういう発言はしない方がいいかと……」
苦笑のリサに、盛大に溜息を吐きながら注意する紗夜。リサと紗夜の言いたい事は分かるのだけれども、話しを進めたいのだけれど……。それに、紗夜。それは追い打ちよ。気をつけなさい。
「す、すみません。友希那さん」
「ごめんごめん。だから不貞腐れないでよ、友希那ー」
少し顔を赤くしながら謝ってくる紗夜に、笑いながら私の頬をつついてくるリサ。こら、リサ。話しが進まないじゃない。ワザと咳ばらいをして、話しを進めるわよと伝えてから、二人にも妹の華那の様子がここ数日おかしい事を伝えて
「二人は何か知っている事あるかしら?」
二人とも顔を見合わせ、その後、各自悩む様子を見せる。
「うーん……私はないよ!」
「ごめん、湊さん。この馬鹿後で拷問かけておく……。でも、あるとすれば、私達が原因かもしれない」
「ご、拷問!?ちょっとゆかぎゃん!?」
騒ぐ植松さんを物理で黙らせる明石さん。……本当、その関係でよく今までやってこれたわね。声には出さないけれども、目がそう言っていたのか、明石さんは右手を額に当てて
「私だって、なんでこれで生まれてからずっと一緒にいられたか分からない……」
「あの……その……大変でしたね……」
明石さんの隣に座る紗夜が明石さんを慰める。そ、それで、二人が原因というのはどういう事か聞いても?
「ええ。多分、三人が予測している通り、私達は華那に今度の吹奏楽部の単独公演でギターとして参加してほしいと依頼したわ」
明石さんが淡々と説明する。その時の華那は驚いていたけれども、同じアーティストのファンという事で話しは盛り上がったとの事。そこまではよくある話しのように思えるのだけれど、何があったのかしら?
「それで、華那が返事を来週まで待ってくれって言った訳なんだけど、その時の表情……不安、恐怖の
「えー?ゆかりんちょっと大げ……いえ何でもありません」
真剣に話していた明石さんだったけれども、植松さんが何か言おうとした為、明石さんが冷めた表情で横にいる植松さんを見たら、植松さんが黙った。……少しは学習してほしいものね。そう思いながら私は考える。
華那の表情は不安、恐怖の類だと明石さんは言った。そして、その日の夜から華那の様子がおかしくなった。やっぱり、これが華那にとって大きな問題になっているようね。まったくあの子は……本当に、自分の評価が低い。困ったものね。
「あの……友希那?勝手に納得しているところ悪いんだけどさ、説明してもらってもいい?アタシはまだしも、紗夜とミカは理解してないようだしさ」
隣にいるリサが、少し呆れた様子で私に言ってきたので、そこで紗夜と植松さんが私を見ていることに気付いた。私が考えていた事が、少し口に出ていたようだ。これは……恥ずかしいわね。
「そ、そうね。華那の自己評価が低いのは……紗夜。知っているわよね?」
「はい。それについては、よく注意しているのですが……」
なかなか治らないとボヤく紗夜。姉の私ですら治せないのだから、紗夜が治せたら姉である私の立場が無いわね。で、話しを戻すわよ。はっきり言ってしまえば、このままだと華那は貴女達、吹奏楽部の誘いを断るわ。ほぼ間違いなく。
「そんな!」
「……だと思う」
テーブルに手を置いて前のめりに反応する植松さんと、腕を組んで冷静に反応する明石さん。本当全く別々の反応するのね。そう思いつつ私は話しを続ける。
「そもそも、華那がどうして断るかなのだけれども……あの子の周りには、ギタリストが多いわ。ここにいる紗夜、Afterglowの美竹さんに青葉さん。Poppin’Partyの戸山さんに花園さん。Pastel*Palettesの紗夜の妹でもある日菜。あとは……ああ、ハロー、ハッピーワールド!の瀬田さんもそうね。他にもCiRCLEにはたくさんのギタリストがいるわ」
「そう考えると、うちの学校。知り合いのバンド多いね、友希那」
私が挙げただけでも、数人は羽丘内のギタリストだ。そして華那。で、二人に聞くわ。そのメンバーにあって、華那にない物って何か分かるかしら?
「え?……可愛さは華那ちゃんあるし……なんだろう?ゆかりん分かる?」
「…………経験?」
しばし沈黙していた明石さんが何とか聞き取れるぐらいの声で呟いた。そう。華那にない物。それはバンドとしてライブをした経験。確かに、私のサポートをやっている時にギタリストとして何度かステージに立った事はある。でも、生音であるバンドとして合わせた事があるのは
「友希那さん。それって……」
「ええ。先月のライブだけよ」
そう。華那は今までバンドを組むという事した事が無い。ギタリストとしては、練習やセッション。そしてステージ上でCD音源に合わせて弾いただけ。それに、華那の場合、他のギタリストより自分が劣っていると思い込んでいるわ。
だから、華那は断った時に違う人を推薦するのではないかと思っている。あの子はそういう子よ。たとえ、どんなに貴女達が華那とやりたいと思っていても、あの子の意思は梃子でも動かないわ。
「そんな……」
「……湊さん。何か手は?」
下を向いて、力なく座り直す植松さん。それだけ、華那のギターに惚れ込んでいたのだと思うし、一緒にやってみたかったのだろう。でも、このまま引き下がれないと明石さんは私に聞いてきた。……あの子の意思を変えるのは難しいわ。姉である私ですら。
「そう……ですか」
「……やだっ!やだやだやだやだ!!私は華那ちゃんと一緒に演奏したいの!!」
落ち着いた様子の明石さんの隣で、少し涙目になりながら、駄々をこねる子供のようにテーブルを何度か叩く植松さん。……リサ。
「アハハ……アタシでもどうにもできないよ……」
「友希那さん。だからと言って、私に振らないでください」
左右に頭を振るリサを見てから、無言で紗夜を見たのだけれど、先手を打たれてしまったわね。明石さんが植松さんを宥めているけれども、完全に植松さんは泣いてしまっているわね。小さくため息を吐いてから、私は二人に疑問に思っていた事をぶつけてみた。
「貴女達……どうして華那と演奏したいの――」