そんなテンションで書き上げました。
「うーん……」
植松先輩のお誘いを断ってから三日後の朝。学校に来ても胸の辺りの違和感が無くならない事に、右手を胸に当てて首を傾げている私を見て、蘭ちゃんが声をかけてきた。
「どうしたの、華那?」
「あ、蘭ちゃんおはよう。ちょっと昨日から、胸の辺りに
一昨日はそんな事無かったのだけれど、昨日の夜。お風呂上がった時に、あれ?っと思ったのが最初。で、寝れば治るかなと思って寝たのだけれど、治っていなかった訳で……。まあ、普通に過ごしている分には何にも影響ないからだいじょぶなんだけどね。
「華那、ギター練習しすぎなんじゃない?ギターストラップして演奏しているなら、肩の疲れの感覚かもしれない」
「あー……確かに、立ちながら練習しているからそれかも。しばらくは座って弾いてみるね。ありがとう蘭ちゃん」
「べ、別に……」
感謝したら、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう蘭ちゃん。相変わらずのツンデレさんですなあ。と思いつつ、その蘭ちゃんの頬を突っつこうとした時だった。
「かーなーちゃん!!」
「みゅにゃ!?」
「……誰?」
突然、教室の扉が勢いよく開いたかと思ったら、大きな声で私を呼びながら現れたのは植松先輩でした。蘭ちゃんがすっごい表情で植松先輩の方向睨んでいるんですけど!?他の人が見たら、裸足になって逃げだすレベルだよ。なんでそんな表情を!?と思っている間に、植松先輩が私の所にやってきて、私の両手を取ると
「一緒に演奏しなくてもいいからアドバイス頂戴!!」
「あ、あのどういう事ですか!?」
突然の発言にそんな言葉しか私は出せなかった。というかアドバイスってなんですか!?困惑している私に隣にいる蘭ちゃんが、あまりの展開についていけなくなったようで、何とか絞り出すような声で
「……華那、この人誰?」
「蘭ちゃん、こうみえても先輩だよ!?失礼だよ!?」
「アハハっ!『こう見えても』って落ち込むわぁ……」
「テンションの落差激しいですね!?」
私の発言にいじけるように床に“の”の字を書き始める植松先輩。さっきまでの勢いどこ行ったんですか!?ど、どうしたらいいんだろう――と、蘭ちゃんと顔を見合わせて途方に暮れていると
「この馬鹿ミカ。朝から後輩達に迷惑かけてるんじゃないよ」
「ふぇ?あ、ゆっか、ぎゃん!?」
背後から鋭い拳骨が植松先輩を襲ったのでした。あ、私、知ってるこれ。お約束って言うんだよね?ね、蘭ちゃん?
「アタシに振らないで……」
疲れのあまりゲッソリした様子の蘭ちゃん。あ、朝から結構テンポ速すぎてついていけないよね。私も正直ついて行けてない。で、予想通り植松先輩に鉄拳制裁をしたのは、明石先輩でした。
「ごめんなさいね、華那。この馬鹿は責任もって回収していくから」
「あ、は、はい」
私に謝ってきた明石先輩に私はそう返すしかできなかった。明石先輩は植松先輩の首根っこを右手で掴むと、植松先輩を引き摺るようにして教室から出て行った。嵐のように現れて、嵐のように去っていったので、教室内は困惑する私たちだけが取り残される格好となったのでした。本当、なんだったんだろう?
「急に集まってもらってごめんなさいね」
私は小さく頭を下げる。学校が終わり、放課後のCiRCLE内にあるラウンジにて私と美竹さん。山吹さんに戸山さん、そして市ヶ谷さんの五人が緊急集合していた。
「大丈夫です!友希那先輩のお願いならすぐに集まりますよ!」
「ばっ香澄!声の大きさ考えろ!!あ、私も大丈夫ですよ。気にしなくていいですよ」
「いえ……今日は暇でしたし」
「大丈夫ですよ。友希那先輩。それで話しってのはなんでしょうか?」
若干不貞腐れた様子の美竹さんを見て、苦笑いを浮かべている山吹さんが今日集まった理由を聞いてきた。今日集まってもらったのは華那の事よ。そう伝えると、部屋の空気が一変した。さっきまでの緩い空気から、一気に部屋の温度が五度以上下がったのではないかと錯覚するぐらいだった。その空気の中、私は華那が三日前に吹奏楽部の部長から、吹奏楽部と一緒に演奏してほしいと依頼された事を話す。
「華那はその依頼を断った訳なのよ」
「……もしかして、今朝の件と繋がってる?」
「今朝?どういう事、蘭?」
全員の視線が美竹さんに集中した。美竹さんは「やばっ」と小さな声で言ったようだけれども、私にはしっかりと聞こえていたわよ。それで……今朝何があったか話してもらえるかしら?私の問いに悩んだ様子の美竹さんだったけれども、小さく息を吐いてから話し始めた。
「繋がっているか分かりませんけど……今朝。その植松先輩って方が、突然教室にやってきて、華那に『一緒に演奏しなくてもいいからアドバイス頂戴』ってお願いしてきたんですよ」
その後、来た先輩に殴られて退場したんですけどね、と付け加える美竹さん。その時の様子が手に取るように分かってしまった私。なんで、そんな行動をとったのかしら。明日、リサと一緒に注意しておく必要があるわね。
「でも、なんで華那の奴、断ったんですか?華那なら、演奏できると思うんですけど……」
「だよね有咲。華那がオーケストラと一緒に演奏するってかっこいいと思うし、できると思うんだけどなぁ……」
市ケ谷さんと戸山さん達が不思議そうに聞いてきた。それは貴女達にあって、華那にないものが影響しているわ。そう私が言うと、戸山さんと市ヶ谷さんは顔を見合わせて首を傾げ、美竹さんは腕を組んで思案し始めた。まあ、言い方が悪かったわね。それは――
「バンド経験ですよね。友希那先輩」
「え、沙綾?どゆこと?」
この中で、華那や私と付き合いの長い山吹さんが、華那に無い物を言ってくれた。その通りよ。華那は今までバンドを組んだ事が無いのよ。あるとすれば、この前Poppin’Partyのみんなと一緒にやった三曲だけよ。それ以外は、音源に合わせて演奏したという経験だけ。
「でも、ライブ経験はありますよね!?なら!!」
「確かに、単独や私の横でギター演奏はしていたわ。でも、バンド経験……人と音を合わせる経験は皆無なのよ。この前のは、よく泊りにも行っていて、信頼している貴女達だから合わせる事ができたのよ。確かに、オーケストラの演奏にただ合わせるだけって考えたら華那ならできるでしょうけれど……華那はそう考えなかったのよ」
そう。ただ合わせるだけなら、華那ならどんな音源にでも合わせる事が出来るだろう。でも、華那はそう考える事をしなかった。あの子の事だ。自分の演奏だと吹奏楽部の評価が落ちるとか、自分の演奏では吹奏楽部の演奏を壊すとか、そう考えて断ったのだと思うわ。
でも、華那にそうじゃないと私が言って、やるように言ってしまえば、それは『命令』になってしまうのよ。
「だから、貴女達にお願いしたいの。このままだと、華那はずっと後悔する事になる。『あの時、一緒に演奏しておけば……』って。そんな後悔を姉としてさせたくないのよ」
「湊さん……」
「友希那先輩……」
私は頭を下げながら、四人にお願いする。これは私のエゴだ。それは分かっている。でも、華那がこの後ずっと後悔するような事になるのは避けたい。それに、華那が教えてくれた。音楽は楽しむ事だという事を。なら、今度は私の番だ。華那の姉として、支えるだけじゃなく、今度は華那を助ける番なの。だから――
「分かりました。演奏させられるかは約束できませんけど、やってみます。私も、華那に救われて、まだその恩を返せてないですし」
「沙綾!!私も、私も手伝うよ!!」
「……私もやる。あいつ、いっつもいっつも自分で抱え込んで終わらせるしさ、もう見てらんねえ……って、なんで笑う必要あんだよ、沙綾に香澄!」
真剣な表情で、私のお願いを受けてくれた山吹さん。それを聞いて嬉しそうに山吹さんに抱き着く戸山さん。それを横目で見て、呆れた表情を浮かべていたけれど、やってくれると言ってくれた市ヶ谷さんだった。けれど、最後の方は笑みを浮かべていたので、それを見た戸山さんと山吹さんが笑った。
相変わらず仲が良いわね。そう思いつつ、何も言わない美竹さんを見る。真剣に悩んでいる様子で、下を向いて考えていた。
「……無理やりやらせるって訳じゃないんですよね?」
「ええ。それは華那の意思に背く行為よ。私がお願いしたいのは、やらないで後悔するより、やって後悔しなさいって事を伝えて欲しいのよ」
それを私が言ったら、華那の中で「姉さんが言うなら」ってなってしまって、華那の意思ではなく、
「分かりました。アタシもできる限りの事はしてみます」
「ありがとう、美竹さん」
「べ、べつに湊さんにお願いされたからやるって訳じゃないです。華那の為です」
と、顔を赤くして明後日の方向を向きながら早口で言う美竹さん。赤面する理由が分からないけれども、本当にありがとう。
「でも、どうして吹奏楽部の部長さんは華那と演奏したいって言い出したんですか?」
「確かに……ギターなら羽丘にはモカもいるし、瀬田さんもいるし」
華那がお願いされた事に疑問を抱く戸山さんと美竹さん。ああ、それは
「貴女達……どうして華那と演奏したいの――」
「友希那?」
「友希那さん?」
私の問いに驚いた様子を見せるリサと紗夜。私がそんな問いをするとは思ってもいなかったのだろう。でも、よく考えてみて欲しい。別にギターが華那じゃなくても、演奏できるはずよ。なのに、華那にこだわった様子を見せる植松さん。それが気にならないというのは嘘になってしまう。だから、私は植松さん達に問う。
「それは、華那ちゃんの演奏で、私がファンになったから」
「……華那の演奏を聴いて?」
涙を浮かべたまま頷く植松さん。その背中を優しくさすっている明石さん。ぐずってはいるけれど話せるようなので、植松さんにそのまま続けるように促す。
「えとね。この前、ポピパと一緒にライブやった時あったでしょ?私もその会場にいたんだけど、華那ちゃんのギターを聴いて、華那ちゃんの演奏に引き込まれたの。あれだけ自分の感情を音に乗せられるギタリストってそうそういない。あ、勿論紗夜ちゃんも凄いギタリストだよ?」
「あ、ありがとうございます?」
紗夜を褒める事を忘れない植松さんだけれど、その言い方はちょっとどうなのかしらね……。それは後にして、それで?
「それで、ライブハウスの方にお願いして、映像入手して、ゆかりんにも聴いてもらって、この子とならやりたい!って二人でなったからお願いしたんだ」
そうなのね。でも、それだけで華那にする理由にしては弱いわ。そう思って口を開こうとしたけれど、植松さんには理由がまだあるようで、恥ずかしそうに右手で頬を掻いてから
「それに……その……華那ちゃんのようなギタリストがいるんだよ!ってみんなに知らしめたいって言うか……教えてあげたいんだよね。これだけのギタリストがうちの学校にいるんだ!バンド組んでないけど、凄いんだよ――って」
それを聞いた私達は黙り込んだ。本当に華那のギターサウンドのファンになったのだろうという事が伝わってきた。そう。それなら大丈夫そうね。分かったわ。
「ただ、さっきも言ったけれど、華那が“やりたい”って言わない限り、姉としても無理やりやらせようとするなら……分かっているわよね?」
「う、うん。わ、分かってるって。嫌だな友希那ちゃん。アハハー」
「ごめん湊さん。後でしっかり調教しておくから、今は耐えて頂戴」
「ゆ、ゆかり?調教って――」
「今井さん……気にしたら負けだと思います……多分ですが……」
目を逸らしながら言う植松さんに対し、その横にいる明石さんがとんでもない発言をしたものだから、私たち三人は困惑するしかなかった。いや、貴女達二人の関係性にとやかく言うつもりはないのだけれども、本当に大丈夫なのよね?
「そこは大丈夫。私がキチンとミカの事を監視するから、心配しないで欲しい」
「え、ゆかりんそれってどういう意味!?」
「それだけアンタが信頼されていないって事。いい加減気付きなさい」
「ミギャ!!」
立ち上がって不満を言おうとした植松さんを鉄拳制裁で黙らせる明石さん。……本当に大丈夫なのよね?
「あ、アハハ……はぁ」
「い、今井さん諦めないでください!!」
「紗夜……流石に私も諦めてるわよ?」
「友希那さんですら!?」
珍しい物を見たかのような表情を浮かべる紗夜。失礼ね。私だってそういう時はあるわ。流石に音楽の時はないわよ。安心しなさい。
「あ、いえ。友希那さんもそういう時ありますよね。ええ……」
少し困惑した表情の紗夜だけれども、言葉にして納得しようと努めているようなので、私は何も言わずにコーヒーが入ったカップに手を伸ばしたのだった。
「――という事だったのよ。だから、他のギタリストと演奏するつもりはないとも言っていたわ」
「そうなんですね……ん?それ、本人に伝えればよかったんじゃ……」
美竹さんが気付いたようで、そう提案してきたけれども、私は首を左右に振る。確かに本人たちからそう言った方が伝わる可能性はあるだろう。でも、今の華那ではきちんと真意が届く事はないはずよ。
華那は、自分がやりたいじゃなくて、吹奏楽部に迷惑になるからという視点でしか考えていないのよ。その視点を変えなくてはいけないのよ。分かってもらえるかしら?
「分かりました。すみません。余計な事言って」
「美竹さん、そんな事無いわ。そういう視点も重要だから、気にしなくていいわ」
一番の問題点は華那がそういう所で頑固な面があるという事。さっきも言ったけれども、私が言っては意味が無い。改めて聞くけれどお願いできるかしら?
「友希那先輩、任せてください!」
「突然大きな声出すんじゃねぇ、バ香澄!あ、私も大丈夫です」
「やってみます」
元気よく答えてくれる戸山さんに怒りながらも、やってくれると市ヶ谷さんが答えてくれた。美竹さんも真剣な表情で意思表明をしてくれたので、私は安堵の息を吐こうとして気付いた。山吹さんが何も言っていない事に。山吹さん、何か問題でもあるのかしら?あるのなら言って欲しいのだけれども。
「あっ、すみません。考えごとしてました」
私の声に慌てて反応する山吹さん。華那との付き合いは長い山吹さんだから、すぐに了承を得れると思ったのだけれども、なにかあるというのかしら。もしあるのなら、無理しなくてもいいわよ。そう伝えようとした私より先に、山吹さんが口を開いた――
「……友希那先輩、みんな。この件。私に任せてもらえませんか――」
選ばれたのは……沙綾でした。