それは金曜日の夜八時。CiRCLEでバイトをしてして帰る途中だった。CiRCLEを出てすぐに私はある人物に捕まった。
「華那!」
「あれ、沙綾?」
タイミングよく沙綾が私に声をかけてきた。確か今日、ポピパは練習無いんじゃなかったっけ?なぜか、ポピパのグループトークに私も入れられていて、香澄ちゃんが課題提出ギリギリだからという事で、有咲と一緒に放課後やる事になったと連絡が来たのが昨日の夜の事。だから、沙綾が今この時間にいる事に驚きを隠せなかった。
その私の様子を見て察したのか、沙綾は小さく笑って
「ちょっと、用事があってね。そしたら華那の姿見えたから」
あ、なるほど。それなら納得だね。でも、暗いのによく分かったね。私じゃなかったらどうするつもりだったの?
「私が華那の姿を見間違える事は絶対無いよ。だって、もう何年友人として付き合いしてると思ってるの」
と、頬を膨らませて私に抗議する沙綾。ごめんごめん。怒らないでよ。それで、沙綾も今から帰るの?それとも今から用事?あ、今から帰りなんだ。なら、一緒に帰ろう。途中までだけど。
「そのつもりで声かけたの!全く華那と来たら……その口?私を怒らせる悪い口はー」
「ちょっ!?
と、私の両頬をつねり上下左右に腕を動かす沙綾。お願いだから引っ張らないで!!痛いから!痛いから!そう言うのだけれども、上手く言葉になっていないので沙綾に
「ん~?何言ってるか分からないよ、華那?」
と、弄られてしばらく沙綾の玩具になったのでした。五分ぐらい経ってからやっと解放された私は、両手で頬をさする。ひ、酷い目にあった。なんか、毎回沙綾と会うとこんな事されているような記憶しかないのだけれど気のせいだよね?
「気のせいだよ」
と満面の笑みを浮かべて言ってくださる沙綾。あ、これ気のせいじゃないパターンだ。そう思ったけれど、口には出さずに私は話題を変えた。沙綾の用事って何だったの?そう聞いた途端、私たち二人の間を流れる空気が変わったような――そんな錯覚。気のせいだと思って沙綾の顔見れば、それが気のせいではないと知らされた。だって、沙綾の表情は――
「華那、明日学校休みだし、私の家に来れないかな?」
「……分かったよ。その前に、家に連絡させて」
あまりにも真剣な表情の沙綾に、私は断るという選択は出来なかった。その時点で、沙綾の用事というのは私である事を理解していたから。沙綾があれだけ真剣な表情をする……何があったんだろう。きっと、相談事だとその時の私は考えていた。
スマホを操作してお母さんに連絡を取ると、既に沙綾のお母さんから連絡が行っていたようで、すんなりと許可が下りた。根回しが凄すぎない!?というか、本当仲いいよね、うちのお母さんと沙綾のお母さん。あ、姉さんにも連絡を入れておこう。……これでヨシ、と。
「じゃ、行こっか」
「うん。そういえば――」
と、家に行くまでは別の明るい話題で沙綾と歩く。だって、沙綾とはできるだけ笑い合いたいから。内心ではどんな相談受けるのだろうかと色々とイメージしながら。もしかして好きな人が出来たとか?……それはないか。だって、沙綾も私と同じで女子高だし。出会う機会はないはずだしね。
そんなことを思いつつ沙綾と話しているうちに、あっという間に沙綾の家についた。お邪魔しますと言うと、沙綾のお母さんが出てきた。私を見ると、満面の笑みを浮かべて
「いらっしゃい華那ちゃん」
「こんばんは、千紘さん。急に来てすみません」
本当、急な話しだったから頭を下げて謝る私。先月といい、今回といい、山吹家には迷惑かけていると本当に思う。前回だって急で、一週間近くお泊りしていた訳だし。紗南ちゃんと純くんは喜んでくれていたみたいだけど……。あ、純くんは、喜んでいたというか照れていたというか……そんな感じだったね。
「あ、華那おねーちゃん!!」
「あ、紗南ちゃん。元気そうだね」
「うん、元気!!」
私はしゃがんで紗南ちゃんと視線を合わせて、頭を撫でる。本当、可愛い。紗南ちゃんみたいな子が妹にいたら、毎日可愛がってあげるのになあ。そう思いつつ、紗南ちゃんを一通り撫でてから、沙綾の家に上がる。
「紗南。今から華那お姉ちゃん、私とお話しあるから、遊ぶのは明日まで我慢して」
「はーい」
上がってすぐに、沙綾が紗南ちゃんに今日は私と遊べない事を伝えていた。す、素早い行動だね。確かに今日は、沙綾の悩み……だと思うんだけど、それで来てるわけだからね。紗南ちゃんとは明日、また来てキチンと遊んであげよう。うん。そう心に決めつつ、紗南ちゃんと別れて沙綾の部屋に向かう私達。その二人の間に会話はなく、階段を上がる音と、紗南ちゃんと千紘さん達の声が遠くから聞こえてきた。
部屋に入っても、しばらくの間は二人とも沈黙。張りつめた空気が部屋を支配していた。どちらから話しかけていいか分からない――という訳じゃないのに、私は沙綾に声をかけるという事ができなかった。
時間だけが経過していって、それが十分なのか、三十分なのか分からないほど、沈黙と張りつめた空気の中に私達はいた。どれだけ重い話なのだろうかと頭の中で色々と考える。私だけにしかできない相談ってなると……バンド止めるとか、引っ越しする事になった?……冷静に考えて引っ越しは無いかな。なら――
「華那……
色々と考えていた私に、沙綾が吹奏楽部の事を聞いてきた。なんで学校の違う沙綾が知っているの。そんな疑問が私の中に渦巻いてはいたけれど、私は苦笑いを浮かべて頷きながら
「あはは……情報網広いね、沙綾は。うん、そう。断ったんだ」
「……理由聞いてもいい?」
沙綾の表情を見れば、笑いながら言う私とは対照的に真剣そのもの。これは冗談を言うような状況じゃない事ぐらい、私でも分かるし、沙綾がそれだけ私の事を心配しているという事。小さく息を吐いてから
「私には出来ないって思ったのが一番の理由なんだ。だって、うちの吹奏楽部って全国で最優秀賞争うようなハイレベルなんだよ?そんな中で、私みたいな素人より少しまともぐらいな技術を持ったギタリストが入ったら不協和音起こすだけ。それこそ、吹奏楽部の皆に迷惑かけちゃう」
そう。どんなに素晴らしいオーケストラの演奏だったとしても、私がその音を壊すようなことはしたくなかった。それが理由。
「華那……本音は?」
私が説明した後、黙っていた沙綾がそう聞いてきた。本音?今のが本音だよ。それ以上何があるって言うの、沙綾。私、沙綾に隠し事なんてしたくないから、本当の事言ったよ?
「華那、自分で気付いてないだけ……ううん。気付かないようにしているだけって言えばいいかな。本音じゃない」
沙綾は私の目をしっかりと見つめながらそう言った。まるで私の想いなんて全部見透かしているかのように――
「っ!沙綾に何が分かるの!!」
沙綾の家という事もあって、私は大きな声を出さないように心掛けたつもりだったけれど、荒っぽい口調になってしまった。私の考え知らないのに、そんな言い方するのか私には理解できなかったし、何よりも自分が悩んで出した結論を否定されているような気がして―――
「分からないよ!!でも、本音じゃない事だけは分かるの。だから教えて欲しいの!華那の本音を!!」
目元に涙を浮かべながら、沙綾が怒鳴り声に近い口調で私に言った。本音って……今言ったのが本音なのに、他に何を言えばいいのよ!!
「吹奏楽部の演奏聴いたんでしょ?その時どう思ったのか教えてよ」
さっきとは打って変わった優しい声で、私に語り掛ける沙綾。どうしてそこまで知っているの――という疑問は浮かんだけれども、どうせ姉さんの差し金だろうと判断する。どうして、勝手な事するかな……そんな想いが私の中に生まれたけれど、自分も人の事を言えない。
あの時――Roseliaがバラバラになった時――に私が勝手に行動して、ポピパの皆に協力してもらって歌ったライブだって、違う視点から見れば余計な事だったから。そう考えれば、姉さんが今回やってくれた事ってのは、私を気遣っての事。私は小さく息を吐いて、吹奏楽部の演奏を聴いた時の想いを言葉に出した。
「あの時……吹奏楽部の部長さん、植松さんって言うんだけどね。に、断りに行った時。演奏していた楽曲が『LOVE PHANTOM』だったの。主旋律はギターが演奏するようにアレンジされていて無かったんだけ、楽曲への理解度高くて、それでいて全部の楽器の音がまとまっていて……そんな中でできたらすごい楽しいだろうなって……」
「うん……」
「でも……私……それを聴いて怖くなった。もし、自分が入ったとして、その中で本当に演奏できるかどうか、分からなかったから」
そう。吹奏楽部のすごい演奏を聴いてしまった私の中に生まれた物。それは不安。本当に自分がこの中で演奏できるのか。失敗したらどうしよう。そんな想いが強くなった。それと、断る前から思っていた事だけれど……やっぱり自分みたいなギタリストより、もっと上手いギタリストにお願いしたほうがいいと強く思った。
「だから、断ったんだ……これが私の本音」
盛大に息を吐いてから沙綾を見た。沙綾の表情はなんて言いていいのかな……怒っているような、悲しんでいるような……その二つの感情が入り乱れているように見えた。それと、また目元に涙浮かべていた。
「華那……酷い事言うよ」
「え?」
沙綾が小さく呟いた声。その声は小さかったはずなのに、私にはハッキリと聞こえた。何を言うの――
「華那、それは逃げてるだけだよ」
「え……」
真剣な表情で私に言ってきた沙綾の言葉に、私は固まるしかなかった。逃げているって、なにから逃げて――
「『失敗したらどうしよう』『迷惑になったらどうしよう』だなんて、やってみなきゃわからない事だよ。それに……それに、華那と一緒にやりたいって言ってくれた先輩達は、そんな事、絶対に考えていないよ。ただ華那と一緒に演奏したい――それだけだと思うよ」
「そんな事――」
「あるよ。だって、私があの時そうだったから」
私が否定しようとした言葉を遮って、笑みを浮かべながら言う沙綾。あの時って……夏休みのライブの事?そう聞くと、沙綾は頷いて
「そう。あの時だけじゃないんだ。華那とはいつか一緒にライブがしたい。演奏したいってずっと思っていたし、あの時はずっと恩返ししたかった華那の力になりたいって思ってたのもあるかな。その時、失敗するとか、迷惑になったらだなんて考えてなかったよ。だって、華那と一緒にできるっていう嬉しさの方が強かったから」
「うれし……さ」
沙綾はその時を思い出しながらだからだと思うけれど、嬉しそうに笑みを浮かべて話してくれた。私も、あの時、姉さんに音楽で届けたいという想いが強かった。けれど……心のどこかで沙綾やポピパのみんなと一緒に演奏できる事が楽しみになっていた所もあった。
確かに、あの時は失敗したらどうしようとか考えた事無かった。失敗しても、想いを込めて――
「やりたいなら、やってみればいいと思うよ。それこそ、『この人達の楽曲の好きなのは誰にも譲れない』って気持ちを込めれば、聴いている人達には伝わるから」
「あっ……」
沙綾に言われて気付いた。私はみんなに比べたら技術的には下手だ。でも、そうだ。あの人達の音楽に対しての想いは誰にも負けないって自負は――
「だから、華那が本当にやりたい事をやればいいと思うよ。自分の気持ちにさ、嘘つかないで……ね?」
優しく私を抱きしめて、私の頭を撫でる沙綾。あの、子供じゃないんだけど……と、思いつつも、沙綾に感謝を伝える。沙綾は、私が吹奏楽部と一緒に演奏しないで、将来後悔するって、そこまで考えて今日行動に移してくれたんだ。中学時代から、学校は違うけれど、友人として隣を歩いてきた沙綾だから分かったんだと思う。
ありがとう沙綾。私……やってみるね。やらないで後悔するより、やって後悔の方がまだ前に進めるもんね。
「うん。それ、私に教えてくれたの華那なんだからね?」
「私?」
そんな事言った記憶が無い私は首を傾げる。いや、本当にいつ言った?まったく記憶ないんだけど?そう思いつつ、真剣に考える私を見た沙綾が小さく笑いながら
「私がポピパに加入する直前だよ。病院の前で言ってくれたじゃない。『行かなきゃ後悔する』って」
「あ……」
言われて思い出した。確かに言ったね。でも、あの時は必死だったから。沙綾のお母さん倒れたって連絡来て、走って病院に向かった訳で、息も絶え絶えに沙綾に想いぶつけた訳だから。言われなきゃ何言ったか忘れていたというか、それだけ必死だったから何を言ったかしっかり覚えてないってのが正しいかな。
「なにそれ。もう、華那ったら」
と、笑う沙綾に釣られて私も笑う。沙綾のお陰で、ここ数日モヤモヤしていた気持ちは消えた。本当ありがとうね沙綾。沙綾が話してくれなかったら、私、後悔の海を漂う事になっていたはずだから。本当、私はいい友達をもったなと改めて思った。
その後、少しだけ雑談をしてから、私が帰ろうとしたら何故か山吹家に泊まる事になっていたらしく、あれよあれよという間に泊まる準備が終わっていた。あの……私の意思は?……あ、紗南ちゃん!泣きそうな顔しないで!嫌いじゃないから!泊まるから!!と、一騒動あったのだった……。や、山吹家とうちの関係、どうなっているの!?
あ、私が泊まると決まった瞬間、紗南ちゃんがベッタリくっついてきて可愛かったです。まる。
次の週の月曜日、朝。私はいつもより早めに学校に来て二年生の階にやってきていた。理由は――
「おっ、華那ちゃん!どったの?お姉ちゃんに用?」
「あっ、植松先輩。おはようございます」
探していた人物に声を掛けられたけれども、きちんと挨拶は忘れない。えと、先輩。今お時間宜しいですか?
「ん?どったどった?」
「あの、一度はお断りしたんですけど……ご迷惑でなければ、吹奏楽部の皆さんと一緒に演奏させて下さい!!」
そう言って私は勢いよく頭を下げる。静寂。他の人も来ていて、廊下だから騒がしいはずなのに、私が頭を下げた瞬間に静かになったと言うべきかもしれない。植松先輩の言葉を、私は頭を下げたまま待つ。短い時間だっと思うのだけれど、私にはその時間が凄く長く感じられた。
「……ありがとう華那ちゃん!!!!」
「わにゃ!?」
唐突に抱きしめられた私は困惑の声を上げるしかできなかった。あ、あの植松先輩!?
「あーもう。そうやって困惑する表情も可愛いんだからぁ。お持ち帰りしたいぃ!」
「お持ち帰りってどこにですか!?」
頬をスリスリさせながら言う植松先輩に、私はツッコミを入れる事しかできなかった。いや、私人形とかそんなんじゃないですからね!?と、言っていたら、植松先輩の背後に立つ影が――あ……。
「んー?どったの華那ちゃん?」
「『どったの?』じゃねぇよ……この馬鹿ミカぁ!!」
「ふべらっ!?」
と、今まで見た事の無い威力の拳骨が植松先輩を襲った。あ、あの……植松先輩、生きてます?あ、呼吸はしているからだいじょぶ……なはず。
「まったく……それで華那。なにもされてない?大丈夫?なんなら姉呼んでくる?」
「だだだだ、だいじょぶです!姉さん呼ぶ前に、植松先輩を保健室に――」
「運ばなくて大丈夫だから」
と、私が植松先輩を心配するのをよそに、満面の笑みで連れて行かなくていいと仰られるのは、植松先輩に鉄拳制裁をした明石先輩だった。
「え、でも……」
「大丈夫だから」
「アッハイ」
満面の笑みを浮かべて、私の両肩に手を置く明石先輩。それに対して頷く以外方法が無いと威圧された私は、壊れた動く人形のように頷くしかできなかった。それで何があったと聞かれたので、明石先輩にも、一度断って、やらせてくださいって言うのも迷惑だと思いますけど、一緒に演奏させてくださいと頭を下げる。
「……よく決断したね。
「え……」
頭を上げると、先ほどの笑みとは違い、慈愛に満ちた表情で私の頭を撫でる明石先輩。あの、先輩?その待っていたってどういう事ですか?
「ああ。一週間前までなら華那を待とうと、部員とも話し合っていてな。もし心変わりしなかったら、バイオリンの私が主旋律やるという話しになっていたんだ」
「そういう事ー!!だから、迷惑だなんて思ってもいないし、私達は全然ウェルカムだよ、華那ちゃん!!」
いつの間にか復活した植松先輩に抱き着かれる私。先輩達の言葉に目頭が熱くなる。一度断ったのに、待っていただなんてどれだけバカなんですか……。本当ありがとうございます。それと、宜しくお願いします。
「うん!こちらこそよろしくだよ!」
「よろしく、華那」
三人で笑みを浮かべ合う。沙綾……私、頑張るね。好きな人達の楽曲を演奏する事は譲れないって所、見せるから!そう心の中で決心した私だったのだけれど、すぐにギターで大きな問題に直面する事になるだなんて、その時は知りもしなかった――
正直、最後の「全然ウェルカム~」の「全然」の使い方は、古い人間なので認めたくないのですが、高校生だと使っていると思い、この使い方にしました。
全然は……否定形だろ……!