読者の皆さん「出てくんな!」
そんな感じではじまります
小さい頃、私はよく病院に入院していた。体が弱かったと言われればそうだったと思う。入院する
「華那……しなないよね?」
「おねーちゃん……だいじょぶ。わたし、しなないから、なかないで?」
私が思い出せる古い記憶。病室で荒い息をしている私に、泣いている姉さんが私が死ぬんじゃないかって心配している姿。きっとこれは、私が小学校に行くか行かないかの時のはず。結局その時は一週間ぐらい入院したはず。家に帰ってきてから姉さんに抱き着かれて、泣かれたのは覚えている。それが私に残っている、一番古い病院の記憶。
そんな過去の夢を見ていた私は目を開けると、そこは見慣れた天井ではなく――
「知らない天井だ……」
なんてボケをかましてみる。左手にぬくもりを感じたので、左手の方を見れば、姉さんが両手で私の左手を握っていた。その光景を見て、私は体育の授業で倒れた事を思い出した。そっか……また、姉さんに心配かけちゃったんだ……私。
「華那……目が覚めたのね」
「う……ん」
姉さんの言葉に答えつつ、起き上がろうとしたけれど、姉さんに止められた。姉さんは今にも泣きそうな表情を浮かべていたけれど、お母さんとお父さんを呼んでくると言って、病室……だよね、ここ。顔だけ動かして部屋を確認する私。今いる場所が個室だということぐらいかな。あと、右手に点滴が刺さっている事ぐら……点滴……?
「……やめとこ。考えるのは先生の話しを聞いてからにしよ」
いやな予感が頭を
「湊華那さんだね?私は担当医師の石田よ。よろしくね」
「あ、よろしくお願いします」
笑みを浮かべて自己紹介してくださる石田先生。私もいつもの癖で挨拶を返す。でも、今“担当医師”って言ったよね?どういう事――
「華那さん。心して聞いて欲しいんだけど……華那さんが運ばれてきて、検査した結果……
「え……」
私の左手を優しく包み込むように握った石田先生は、私に宣告するのが辛そうな表情を浮かべていたけれど、私の体に癌が見つかったと宣告してきた。その宣告に私は言葉を失うしかなかった。
「でも、安心してほしいの。初期だから手術しないで投薬治療だけですむの。でも、薬の副作用とかあって、華那さん辛い事がたくさん起きると思うの……」
私を安心させようと、続けてくださる先生。でも、やっぱり副作用とかあるみたいで、辛い病気との戦いになるみたい。正直に言って実感がわかない。なぜか自分自身の話しではなく、他人の話しのような気がしてしまっている。
「でも、華那さんがね、辛くならないように私も看護師の皆も全力でサポートするから……」
「だいじょぶです。初期なんですよね?なら、私、どんな治療でも我慢しますし、諦めません」
先生の言葉を遮って、自分に言い聞かせるように言葉にする。初期なんでしょ?治るって言うか、薬でどうにかできるのなら、私は諦めてたまるもんか――そんな気持ちで言ったのだけれど、皆の顔が暗い。もう。初期癌ならまだだいじょぶだって!
「……そう。分かったわ。治療については明日以降、もう一度詳しく検査してからになるから、今日はしっかり休んで。私も、全力で治療にあたるから、頑張ろうね」
優しく私の手を握る石田先生の目には涙がうっすらと浮かんでいるように見えたけれど、それについては気のせいと自分に言い聞かせながら頷く。お母さん達は一度家に帰って、私が入院するための下着やら小物を用意してくれるらしい。それなら、ついでにと思い、私は姉さんにあるお願いをした。
「姉さん、私の部屋に置いてある音楽プレーヤーとイヤホン持ってきてもらっていい?病室に一人だと暇だから」
「……分かったわ」
頷く姉さんだったけれど、どこか上の空――というより、私が癌だという事にショックを隠せていない様子。姉さん。私もショックだけれど、
「!……今日中に用意してくるから、待ってて華那」
「うん。お願いね、姉さん」
そう言って、姉さん達を見送ってから、ふと気付いた。あれ?もし長期入院になったら、私もう一度高校一年生やり直しになるんじゃない――
お父さんが運転する車に乗って、病院から帰ってくる間、私達家族に会話はなかった。それもそうだ。
家に到着後、お母さんと一緒に華那の部屋に行き、衣類や華那からお願いされた音楽プレーヤーとイヤホンを用意する。音楽プレーヤーは衣類を入れた袋の一番上に置く。それと……スマホも一応持って行かないと――と、考えた時に、華那のスマホなどは学校に置いてある事を思いだした。
明日届けるべきね――と、考えた時に玄関のチャイムが鳴った。こんな忙しい時に誰よ。今は出る事は出来な――って、お父さん出てくれたみたいね。しばらく誰かと話している声が聞こえた。すぐにお父さんが私を呼んだ。何か用かしら。お母さんに断ってから、一度下へ降りて、玄関へ向かう。そこには目を真っ赤にした山吹さんと美竹さん。そして、リサがいた。
「友希那。リサちゃんと、華那の友人が華那の荷物持ってきてくれたそうだ」
「……そう。ありがとう。美竹さん、山吹さん。リサ」
「友希那先輩!華那は、華那は!!」
少し取り乱した様子の山吹さんを抑える美竹さん。ただ、目で私に訴えかけて来ていた。『華那は無事なんですよね?』と――リサも不安そうな表情を浮かべていた。
「友希那。病院には俺と母さんが行くから、きちんと話しておきなさい」
父さんがそう提案してきた。突然の提案だったので私は言い淀む。確かにいつかは話しをしなければいけない。でも、今話すべきなの?
「リサちゃんもそうだけど、華那の友人なのだろ?なら、
「……ええ」
お父さんの言葉に私は頷くしかできなかった。三人を家に上げて居間に通す。お父さんとお母さんはタイミングよく、準備ができたようで私を置いて病院へ向かった。
お茶を出し、座るように促す。私も三人と対面するように座るのだけれど、誰も口を開かなった。四人もいる居間だというのに、誰も発言をしないから重い空気が部屋を支配していた。私自身、どう説明したらいいのか分からない。
「それで……友希那先輩。華那の状態は……どうなんですか?」
今にも泣きそうな表情の山吹さんがやっとの事で言葉を紡ぎだした。
「今は、意識も取り戻して安静にしているわ……今は」
嘘ではない。確かに華那は意識を取り戻して、安静にしている。でも、三人はそういう話しを聞きたいわけではないのは理解しているつもり。美竹さんがすぐに退院して学校に戻ってこられるかどうか聞いてきた。私はどう答えるべきか悩んだけれど、最終的にこの三人に嘘を言う訳にはいかないと判断して
「……悪性腫瘍が見つかったわ」
「え」
「それって」
「友希那……嘘だよね?」
三者三様の反応。信じたくない。嘘だと言って欲しいと誰もが願っていると思う。でも――
「
そう。華那に初期癌と言ったのは、私達家族と医師の石田先生と話し合って決めた事。あの時――
「ステージⅣの癌……分かりやすく言うと末期癌です」
どう伝えていいか悩んで悩んで、言葉にした先生。その宣告は、私達家族にとってあまりにも唐突で、絶望に叩き落す宣告だった。お母さんが震えた声で嘘ですよねと、藁にも縋る思いで先生に改めて確認をする。
私も信じたくはなかった。華那が末期癌?そんな馬鹿な話しが――
「嘘ではありません。こちらの画像をご覧下さい。これは華那さんの体をスキャンした画像なのですが――」
先生が張り出してあった、体の内部を映した白黒画像を指さしながら私達に説明をし始めた。最初は胸。その部分に大きい白い影が映っていた。その後、胃と腸。そして最後は食道。全部の画像の一部に白い影が映っていた。
「正直、ここまで転移しているというのに、今まで異常が無かったのが不思議なぐらいです。ここまで転移してしまうと、どんな名医でも手術は……できません……華那さんの体に凄い負担がかかってしまいます」
「そんな……」
崩れ落ちそうになったかお母さんを支えるお父さん。私もお母さんと一緒で、信じたくなかった。このまま、華那が弱っていくのを見ていくしかできないというの?
「……正直に言います。たとえ投薬治療をしたとしても……もって三ヵ月です」
「さ、三ヵ月……」
さらに追い打ちをかけるような先生の発言に、私達は絶句するしかなかった。ただ、薬で治療しなかったら、もっと短くなる恐れがあるとの事らしい。それと、本人にはまだ伝えない方がいいという事になった。
『痾も気から』という言葉があるように、華那が生きる事を諦めてしまっては意味がない。だから、華那には初期癌という事で話しをするという事になった。華那に嘘をつくのは躊躇われたけれど、これも必要な事だと自分に言い聞かせた。
「末期……癌?」
「湊先輩……嘘じゃないんですよね?」
「嘘でしょ……友希那」
家族の私達ですら言葉を失った。華那との付き合いが長い山吹さん。クラスメイトで仲の良い美竹さん。そして華那の事を本当の妹のように接していたリサ。その三人が受けたショックというのは私と同等のはず。
私だって。私だって……
「私だって信じたくないわよ!!余命三ヵ月!?あれだけ元気だった華那が!?突然言われたって、誰が信じられるって言うのよ!!」
私は涙を流しながら声を荒げた。いつも元気に私と話して、音楽談義に花を咲かせ、アルバイトで疲れ切っているはずなのに、帰ってくれば私に笑顔を見せてくれる……そんな華那が三ヵ月の命?誰が信じ切れるというのよ!?
「その事、本人に――」
美竹さんの言葉に、私は立ち上がり
「言える訳ないでしょ!?『あなたは、あと三ヵ月しか生きれないの』って、私や家族があの子に言えると思う!?」
「友希那!落ち着いて!」
リサが私の隣にきて、背中を撫でながら座るように促す。息を荒げたまま、私はリサと一緒にソファーに座る。まだ涙が零れ落ちる私の頬に、リサがハンカチを当ててくれている。リサも涙が浮かんでいるというのに――だ。
「友希那先輩……華那の病状について他の人にはまだ言ってませんよね?」
ショックを隠し切れていない山吹さんが、震えた声で聞いてきた。私は頷きながら
「皆には悪いと思うのだけれど……華那と同じ説明をさせてもらうわ」
「なんで……なんでそんな事を!」
「誰か一人でも華那につい言ってしまうリスクを考えたのよ!私だって……私だって、華那に対しても、バンドメンバーに対しも嘘なんてつきたくはないわよ!でも……みんなが知ってしまって、本当の状態を黙ったまま華那と接する事が、自分の日常を送る事が出来ると思う!?」
怒った表情の美竹さんがその理由を聞いてきた。どうしてその事を理解してくれないの!?私だって心苦しいに決まっているじゃない!
「友希那……大丈夫。少し落ち着こう、ね?」
私の頭を抱き寄せるようにして、自分の頭と合わせるようにするリサ。どうして、どうして華那だけがこんな辛い目に合わなきゃいけないのよ。喉を痛めて歌えなくなって、夢を奪われ、やっとギタリストとして一歩踏み出せた演奏会を成功させたばかりだというのに――
「分かりました……」
「沙綾!?どういう意味か分かって……」
覚悟を決めたような表情の山吹さんの発言に、美竹さんが問い詰めようとしたけれど、その言葉が最後まで出てくる事はなかった。私と同じように山吹さんの表情を見たからだ。
「華那の場合ですけど……本当の事を言ったら『みんなに迷惑かけるから』と言いだして、治療を受けない可能性は否定できないです。それと……他の人に本当の事を言って、動揺しないかと言われたら……動揺するとしか言えません。特にポピパの皆は、華那と仲良かったから尚更……」
淡々と話しを続ける山吹さん。ただ、まだショックを隠し切れていないからか、目が彷徨っているように私は見えた。それでも、私の意見に同意してくれたのはありがたい。本当に辛い思いさせてごめんなさい、山吹さん。そう私が言うと、小さく首を振って「謝らないでください」とだけ言って口を閉じた。
それを聞いても、まだ納得していない様子の美竹さん。美竹さんの言いたい事も気持ちも分かるつもりよ。でも、本当の事を言えば、
「……皆が華那の事を大切にしてくれているのは私も知っているわ。……だからこそ、華那の事で皆の精神や日常を不安定にさせたくはないのよ。理解してとは言わないけれど、協力してもらえないかしら、美竹さん……かなり負担のかかるお願いだというのは分かっているわ。でも、お願い」
少し落ち着いてきた私はそう言って、美竹さんに協力を求めて頭を下げる。驚きの声が聞こえた気がしたけれど、なりふり構っていられるような状況じゃない。沈黙が部屋を支配した。美竹さんも考えているのか、何も言わずにただ時間だけが過ぎていく。その間も、私は頭を下げたままでいた。
「頭……上げてください。湊さん」
小さく紡がれた声に、私は顔を上げて美竹さんを見る。その表情は苦渋に満ちた表情に見えた。
「正直、あたしがどこまで
「そう……ありがとう、美竹さん」
下を向きながら話す美竹さん。苦しい気持ちなのは手に取るように分かる。私自身がそうだから。もう一度頭を下げて感謝の言葉を伝える。それと三人ともごめんなさいね。巻き込んでしまって……。
「ううん、気にしないで友希那。私が友希那と同じ立場なら、間違いなく同じ事やっていたから、謝らないで」
「私も……紗南達が同じ状況になったら、そうしていたと思います。だから……友希那先輩が謝る必要はないですよ」
「あたしは……分かりません……きっと、一人で悩んで悩んで悩んで……答え出せないまま時間だけが過ぎていくと思います。だから、謝らないでください」
三人がそれぞれ、私と同じ立場なら――という仮定の話しをして、私に謝らないでと言って来てくれた。本当ありがとう……。
その後は、このメンバーで時々集まって話し合いをする事を決めて、その日は解散となったのだけれど、三人とも、私を独りにしておけないという事で、お父さんとお母さんが病院から帰ってくるまでうちにいたのだった。
美竹さんと山吹さんはうちのお父さんが、車に乗せて家まで送っていった。リサは、自分の家から着替えとか持ってきて、私の家に泊まる事になった。どれだけ心配性なのよ……。でも、ありがとう、リサ。
明日から、私達家族の……いえ、華那の闘病生活が始まる……。不安しかない。でも、華那なら……三ヵ月という余命宣告を乗り越えてくれると、自分に無理矢理信じ込ませながら、リサの手を握り眠りにつく。
華那……お願いだから、私を置いていかないで――
読者の皆さん「これ以上書かせるなぁぁ!!」
作者「いいや、限界だね!俺は書くぜ!」
あ、ダメ?
( ´・ω・`)ソンナー