Sisterhood(version51) 作:弱い男
読者の皆さん「いや、イチブでいいよ(ほんわか返せ)」
シリアスさん「あ、ちょっとやめてもらえます?(カメラマンに今後の展開が書かれた紙を突き出す)」
前書きのネタが無いんや……
十二月に入って、日に日に弱くなっていく華那を見て、あたしは何か出来ないか考えていた。華那は「いつも通りに過ごして欲しい」って言っていたけれど、その“いつも”に華那がいなければ、あたし達にとってのいつも通りじゃない。
華那には黙っていたけれど、こころに頼んで、日本国内で癌治療の経験が豊富で、治療した患者の生存率が高い医師に、華那の診断書を見てもらった。結果は……華那の担当医師の石田先生と同じ事を言われた。
この状態では、現在の医療では手術は無理だ――
それを聞いた私達は呆然とするしかなかった。このまま華那が弱っていく
「蘭ちゃん……どしたの?」
「あ、ううん。何でもない。ボーとしてた。……ごめん華那」
見舞いに来たはずなのに、華那に心配されてしまうこの体たらく。本当、なにやってるんだろ、あたし。意識不明になる前は、華那は体を動かす事も出来ていた。なのに……今は上半身を起こすだけで精一杯な状態だった。
「そういえば……もうじきクリスマスだね……」
「だね……」
「蘭ちゃん。私に気を使わなくていいから……楽しんでね?」
笑みを浮かべながら、そう私に伝えてくる華那。それを聞いて「はい、分かりました」だなんて、あたしが言えるわけない……。華那は……華那は華那で独りこの病室で病気と闘っているのに、あたし達が華那を置いて楽しめる訳がない……。
「アハハ……私ね……
「華那?」
突然の、華那の独白にあたしは困惑するしかなかった。足枷って……どういう意味?そう問いかけようとしたけれど、あたしは華那の表情を見て口を閉じた。窓から見える夕焼けで赤く染まった空を見ている華那の表情を見てしまったら、誰も何も言えなくなると思う。だって、華那の表情は――
「私も、皆と楽しめればいいと思う。でも……今は外に出る事は……できないし……病室で騒ぐだなんて……許されない。だからって……皆が私に気をつかって……自粛するのも……違うって思うの」
「……」
儚げな笑みを浮かべて、ゆっくりとした口調で私に話す華那。私は黙って華那の次の言葉を待つ。
「今は……私は動けないけど……必ず……必ず……また皆と一緒に出掛けたり……遊んだり……演奏したり……それが実現できるように……今は休んでるだけだから……」
「華那……」
視線を窓から見える赤い空から私に戻して、笑みを浮かべる華那。その表情に私は名前を呼ぶ事しかできなかった。なんで……なんで、一番辛いはずの華那が、あたし達の心配をするの?あたし達が“いつも通り”に過ごせるようにって、気遣いが出来るの?
華那が無理しないで、あたし達と楽しめる……そんな都合の良い案なんて――
結局、その後も、あたしがいい案を思い浮かべる訳がなく、華那と少し会話をして病院を後にするしかできなかった。家に帰る途中、華那の「気を使わなくていいよ」という言葉があたしの頭の中で何度もリピートされていた。
「華那の体調がもっと良ければ……」
「華那がどうしたの。蘭?」
突然、背後から声をかけられて、あたしは内心驚いた。それを表に出さなかったあたしは褒めらえていいと思う。うん。だって、声をかけてきた相手を見た瞬間、体中に寒気が走ったのだから。いや、笑っているのに、どこか黒いオーラというか、何故か分からないけど……怒っているというか、そんな印象を受けたのだから――
「さ、沙綾。こんばんは……かな?」
「蘭、こんばんは。……それで、改めて聞くけど、華那がどうかしたの?」
笑みを浮かべながら、私から見て左側に首を傾げるようにして問いかけてくる沙綾。あの、その……沙綾。華那の体調が悪かったとか、そんな訳じゃなくて……と、あたしは沙綾に言い訳をするかのように説明をする。
華那があたし達に“いつも通り”に過ごして欲しいと願っている事。あたしは、華那もその“いつも通り”に入れたい事。沙綾の家に向かいながら、あたしが華那の見舞いに行って抱えた問題を話した。
「そっか……華那は『足枷になりたくない』って言ったんだ……」
「……あたし、何も言えなかった。華那が苦しんで戦っているのに……でも、あたし達だけ楽しむってのは……なんか違う気がする」
「蘭……気持ちは分かるけど……私も、華那の意見に賛成だね」
と、思ってもいなかった事にあたしは歩みを止めてしまった。今、沙綾はなんて言った?華那の意見に賛成?なんで?
「……逆に、あたし達が気を使えば使うほど、華那が追い詰められていく……そんな気がするんだ」
「追い詰められる?なんで?」
沙綾は頷きながら、華那ならどう考えるか教えてくれた。
「華那はね……本当に優しいんだ。だから、自分が苦しくて、辛くて、逃げ出したくなったとしても、そのせいで周りの人が辛そうな表情するの見たくない……そう考えるの」
「それ……最終的に自分を責める……って事?」
沙綾にあたしが問うと、沙綾は小さく頷く。確かに、華那ならそう考えるかもしれない。というか、あたしと話している時に、自分の事より他人の事を考えていたっけ……。じゃあ、あたし達に何ができる?
あたしと沙綾の二人で、考えるけれど、誰もが満足いくような答えが出てくる訳がなく、沙綾の家についたので、あたしと沙綾は別れたのだった。その後も、スマホで連絡を取り合って考えるけれど、なかなかいい案が出てこなかった。そして数日後。あたしは華那の覚悟を目の当たりにする。
「あ……沙綾」
「寝てていいよ、華那」
「だいじょぶ……今日は調子……いいんだ」
私がノックをしてから病室に入ると、華那は私の顔を見て笑みを浮かべ、体を起こそうとした。慌てて止めたけれど、華那は笑みを浮かべてそう言って上半身だけ起こしたのだった。
それを見た私は、改めて華那の体が弱くなっていると認識させられた。数日前なら、起き上がる時に両手使わなくても、ベッドの手すりに片方の手を掴んで起き上がる事が出来たのに、今日は両手で掴んでいた。昨日会った友希那先輩は、気丈に振る舞っていたけれど、かなり精神的に参っているのは誰が見ても明らかだった。
病室に用意されている、見舞いに来た人用の椅子に座って、華那と談笑をする。その談笑のペースも華那に合わせている。華那が
それだけ、華那が話すという力も衰えているという事。それを理解した時、私の背筋が寒くなるような……そんな感覚に襲われていた。
それに……今日の華那はいつもと違う。なにか、私に言いたそうにしていて、タイミングを見計らっているように見える。ここで、私が聞くのも手かなと思ったけれど、華那のペースがあるはずだから――と、私は気付いていないフリをした。しばらくして、華那が小さく息を吐いてから、私に
「ねえ……沙綾。お願いが……あるの」
「お願い?」
聞き返した私に頷く華那。なんだろう、お願いって。首を傾げる私を見た華那は、右手で自分の髪の毛を触りながら
「髪の毛……切ってもらえないかな?」
「え……」
突然の事に私は声を失った。どうして今ここにきて、急に髪の毛を切るだなんて言いだしたのか……。私には理解できなかった。だって、中学時代から、華那はお姉さんである友希那先輩のように、髪の毛を伸ばしてきたのに……なんで……なんでなの華那?
「あのね……最近、また一段とね……薬強くしたんだ……。その副作用で……髪の毛……抜けるようになっちゃったんだ……」
苦笑いを浮かべながら、私に説明してくれる華那。でも、それでも切るだなんてっ……。目に涙を浮かべながら華那に言うけれど、華那は力なく首を横に振って
「朝起きてね……枕に大量の髪の毛あると……結構……大変なんだよ?」
「か……な……」
華那の言葉に、私は華那の名前しか言えなかった。私の想像を遥かに超える状態なのに、華那は明るく振る舞おうと、笑顔を浮かべている。
「あ……、みんな呼んで……断髪式みたいに……やろ?みんなで……ワイワイ騒ぎながら……や――」
「だめっ!」
華那の言葉を遮って、私は拒絶する。なんで、ダメと言ったのか……後で考えても答えは出なかった。その時の私は、色々と混乱していたんだと思う。そんな私の言葉に、華那は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたけれど、微笑んで優しい声色で私に
「沙綾……お願いしていい?」
「……うん」
その言葉に私は小さく頷いたのだった。
「華那……本当に大丈夫?」
「うん……座っているだけ……なら、だいじょぶ……」
椅子に座る華那を心配する私。途中で倒れないか心配になる。本人は大丈夫だって言っているけれど……ダメそうだったらすぐに止めるからと言って、看護師さんにお願いして用意してもらった髪切り用のハサミを右手に持つ。
華那の背中って、こんなに小さかったっけ?そう思えるほど、華那の体はこの一、二ヵ月で弱まってしまった。あの時――Roseliaがバラバラになったと聞いた時に、一緒に演奏した#1090やロストシンフォニー、そしてGO FURTHER……。その時、背後から見ていた姿とは全くの別人に思えてしまった。
「……」
それと、同時に私の目からは涙が零れ落ちそうになっていて、視界がぼやけてしまっていた。手も震える。なんで……なんで華那がこんな目に合わなきゃいけないの?華那はただ、音楽を……ギターを演奏していたいだけなのに……。神様……華那の歌声を奪っておいて、今度は華那の命まで奪うって言うんですか?信じる者すら救わないって言うのなら私は――
「沙綾?」
なかなか切らない私の様子がおかしい事に気付いた華那が、私の名前を呼んだ。そこで、私は何を考えていたのか気付いた。なんて考えしていたんだろう、私。左腕で涙を拭ってから、華那に謝って息を吐いて、震える手で持ったハサミで華那の髪を慎重に切っていく。
その
「……終わったよ、華那」
「うん……ありがとう、沙綾」
左手で短くなった髪の毛を触りながら、華那は私にそうお礼の言葉を伝えてきた。なんで……なんで華那……
「なんで私にお願いしたの?」
「沙綾?」
気付けば、私は疑問を口に出していた。でも実際、私じゃなくてもよかったはず。それこそ友希那先輩でも、リサさんでも……頼めばやってくれる人は華那の周りには沢山いる。なんで私に頼んだのだろう。その疑問に華那は
「……本当は自分で……切ろうって……思っていたんだ……けどね……。できなくて……誰かに切って……もらうって、なった時に……真っ先に思い浮かんだのが……沙綾の顔だったの……」
「華那……」
「ごめんね……沙綾。……迷惑だったよね?」
私に向き合い、頭を下げて謝罪の言葉を口にする華那。やめて、華那。迷惑じゃないから……迷惑じゃないから!そう言いながら、私は華那を優しく抱きしめた。そして気付いてしまった。華那の体が、本当に細く、弱くなってしまった事に。
「ごめんね……沙綾。本当……ごめん……」
私の腕の中で泣きながら謝る華那。私は優しく、短くなってしまった華那の髪の毛を優しく撫でる。お願いです、神様。いるのなら、私の大切な親友を奪わないでください。私は……私にとって華那は本当に大切な親友なんです。まだ、華那と一緒に色々な景色を見たいんです。音楽がやりたいんです。だから……だから――
「華那……大丈夫。華那の我が儘はさ、中学時代から聞いてきたから、このぐらい迷惑じゃないよ」
心の中で、いるかどうかも分からない神様に祈りつつ、明るい声で華那に伝える。華那は顔を上げて、笑みを浮かべている私を見て
「私……そんなに……我が儘言ってないし……」
と、頬を膨らませて抗議の声を上げたのだった。その姿は、入院する前の華那と変わっていなかった。ああ、そっか……。根本的な事を私は忘れていたんだ。確かに入院してから、華那は弱くなったけど、華那の本質は変わっていなかったんだ。それに気付けなかった。どんどん弱まっていく華那の姿を見ていたから……。
切った髪の毛は、下に敷くように置いといた新聞紙の上に全部落ちていたから、片づけは簡単だった。片づけを終えた私は、華那を強制的にベッドに寝かせた。体力落ちているのだから、無理は禁物だから。その後は、学校で何があったとか、香澄と有咲はいつも通りだよとか、そんな会話を華那としていた。
「華那、入るわよ……あら、山吹さんも来ていたのね」
「あ、姉さん」
「友希那先輩、こんにちは。お邪魔しています」
ノックをして入ってきた友希那先輩に、私は立ち上がって頭を下げて挨拶をする。友希那先輩は「そこまでしなくていいわよ」と、少し複雑そうな表情を浮かべていたけれど、どうしたのだろう。と思ったけれど、友希那先輩が華那の髪を見てショックを受けた様子で
「か……な……どうしたの、その……髪は?」
「あ……うん……切って……もらったんだ……似合っている?」
と、友希那先輩の問いかけに、場違いな笑みを浮かべる華那。いや、華那……友希那先輩は、そういう事を聞きたいんじゃないと思うよ。と、私が伝えるけれど、華那は首を傾げてなんでと言いたげ。いや、あのね……
「いえ……山吹さん。説明はいいわ……だいたい予測は……できているわ」
と、いまだショックから立ち直れていない様子の友希那先輩。でも、理由は分かっているとの事なので、しばらくすれば立ち直ってくれると信じるしかないかな……。正直、ロングヘアーだった華那が、突然ショートカットにすれば、誰だって驚くよね。その後、私の予想通り、立ち直った友希那先輩を交えて会話をしたのだった。
尚、後日。切った華那の髪の一部を、お守り用の袋に入れたのは内緒。
沙綾、ヤンデレ待ったなし?