?――ああ、貴女でしたか。珍しいですね、一人でいるなんて。今日ですか?自主練習ですよ。貴女の方は?ああ、これからですか。?……一時間ぐらい時間あるのですか?自主練習でもするつもりで?……え?私と華那さんとの出会いを教えてほしい?
貴女には関係ないのでは?――どうしても気になる?……はあ。話すのはいいですが、少し長くなりますよ?それでもいいのなら――いいのですね。分かりました。
その前に少し飲み物を用意させて――あ、ありがとうございます。気の利く方なのですね。貴女は。では、ご厚意に甘えさせていただきます。
それで――私と華那さんとの出会いでしたね?初めて会ったのは、前まで所属していたバンドのライブが終わった後でしたね――
…
……
………
その頃の私というのは、自分の世界だけでしかギターを弾いていなかった。分かりやすく言えばバンドメンバーの音をまともに聞かずに、ただ正確でより高度な演奏技術を求めて演奏する事にしか集中していなかった。
だから、徐々に当時のバンドメンバーと軋轢が生じていた。私は
「あ、あの!」
「?なんでしょうか?」
ライブが終わってから帰ろうとした時だった。突然、声をかけられた私は振り返ると、そこには私より十センチほど小さい少女がギターケースを背負って息を切らせていた。どうやら、走ってきたようだけれど、私になんのようですか?
「は、初めまして。私、湊華那と言います。気軽に華那とでも呼んでください」
と、息を整えてから自己紹介する湊華那さん。また律儀な子ですね。こういう子は好きですよ。礼儀正しい子は。では、私も名乗らなければいけませんね。
「初めまして湊さん。私は氷川紗夜と言います。……それで何か用でしょうか?」
冷たい口調になってしまったが、仕方のない事。今から自宅に帰って今日の反省をして練習しようとしているのに、見知らぬ人に声をかけられて不機嫌にならない人間がいるでしょうか。と言っても、湊さんは私より年下に見える。少し大人げなかったかもしれない。そう思っていた私に湊さんは笑みを浮かべて
「氷川さん、先ほどのライブ見させてもらいました。本当に素晴らしい演奏でした!聞き惚れちゃいました」
「え……あ、ありがとうございます」
突然の褒め言葉に私は困惑するしかなかった。いい演奏だと褒めてくれるのは正直に言えば嬉しい。でも、まだまだ。今日のライブではコードチェンジが遅れたのと、半音だけ弦を抑える箇所を間違えてしまった。その個所をもう一度練習しなければいけませんね。と、私が思っていると湊さんは何か考えているようでしたが、意を決したようで私に
「あの……迷惑じゃなければ、私の姉さんとバンド組んでもらえませんか!」
「……はい?」
突然の申し出に、私が素っ頓狂な声を上げたのは悪くないはず。そんな私を見て、彼女は慌てて説明し始めた。どうやら彼女の姉は、とあるフェスに出て優勝する事が目標となっているらしく、そのフェスに出る為には、バンドである事が最低条件であり、そのメンバーにはある程度の実力者が必要との事らしい。
そして、その実力者を探す手伝いを湊さんがしているという事。姉想いのいい妹さんですね。少し――いえ、私にとって羨ましい関係です。でも、どうして私なのですか?他にもいいギタリストはいるはずです。と湊さんに言うと、彼女は首を横に振り
「いえ、いませんでした。隣県のライブハウスにも何度も足を運んだんですけど、氷川さんみたいに向上心に溢れた素晴らしい演奏する人はいませんでした……。それに姉さんの声に合うギターは氷川さんしかいません!」
「なっ……隣県ですって!?」
そんな。彼女はまだ見たところ中学生になったばかりにしか見えない。それなのに、姉の為に……隣県のライブハウスにまでギタリストを探しに行ったというの!?私が驚きを隠せず
言葉を失ってしまった。
「お願いします!一度だけでも姉さんの歌声聴いてください!それから判断してくださって構いません!この通りです!」
と、すごい勢いで頭を下げてくる湊さん。その彼女を見て、私はどうしてそこまで真剣になって、姉の為に動けるのだろうかと疑問に思い聞いてみた。
「どうして、そこまでするのですか?確かに湊さんにとって、お姉さんは大切な人かもしれません。でも、姉のためだからと言って……そこまで湊さんがする必要があるように思えないのですが?」
そう。
「……ここじゃなんですから、ちょっと座ってお話ししませんか?結構長くなっちゃうんで……」
私の問いに、寂しそうな表情を浮かべた湊さんがそう提案してきた。私はどうするか悩む事なく、彼女の意見に同意して場所を移した。あんな寂しそうな表情をされたら、気になってしまう。それに日菜――妹のいる私にとって、彼女の原動力を知りたいと思ってしまった。
やってきたのは近くのファミレス。お互いドリンクバーと、軽くつまめるフライドポテトを注文した。互いに飲み物を入れてから席に座る。しばらく沈黙が続いたけれど、先に口を開いたのは湊さんだった。
「……姉さんの為にどうしてここまでするかって話でしたよね?……二年前まで、私と姉さんは一緒にダブルボーカルでライブやっていたんです。でも、私が喉痛めて、歌えなくなっちゃって……。姉さんと私の夢が、私のせいで諦めざるを得なくなって……。なら、姉さんが目標とする舞台に立てるようにサポートしたい。そう思って、まずバンドメンバー探しをしているんです」
「夢?」
湊さんの夢という単語に、何なのか気になってしまい、つい言葉として口から出てしまった。
「はい。私と姉さんの夢。二人で同じステージでライブをする事。ただのライブハウスとかじゃない。武道館なんて当たり前で、それこそ五万人とか六万人収容するようなスタジアム級のライブ。それが私と姉さんの
と、悲しそうな表情を浮かべて話す湊さん。喉を痛めた――と、彼女は話していたので詳しく聞けば、歌っている途中でかすれ声になってしまい、最後まで歌えないとの事。それ以来ギターを練習してきたけれど、姉の求めるレベルにまで辿り着けず、こうやってギタリストを探しているらしい。
でも探しているのはギタリストだけではなく、バンドメンバーになってくれる人だった。しかもある程度の実力がある人でなければ駄目。その実力の持ち主が私だったらしい。
「……それについては分かりました。では二つ目の夢というのは?一つ目の夢があったという事は二つ目があるのですよね?」
私の問いに湊さんはしばらく黙っていましたが、覚悟を決めたようで口を開いた。
「……FWFというフェスはご存知ですか?」
「FWFですって!?あのプロですら簡単に落とされるというフェスですか!?」
「はい……。そのフェスに出て優勝する。それが私達姉妹の二つ目の夢です」
そう言って下を向いて、その夢も叶わない。そんな絶望的な状況です――と付け加える湊さん。優勝する以前に、参加するには三人以上のバンドである事――それがネックとなっているとの事らしい。
そういう発言から考えるに――バンドメンバーは集まっていないみたいね。
「……優勝するだけの自信があっての事なのですか?」
「はい。もし、姉さんだけでも参加できるなら……あの歌声なら間違いなく優勝できると信じています」
あ、姉妹だからとか、そういう目では見てないですよ!と、慌てたように右手をパタパタと動かして否定する湊さん。その様子が可愛らしくて、つい私は小さく笑ってしまった。
「あう……」
と、顔を赤くして恥ずかしがる湊さん。年相応の表情なのだけれど、可愛らしくて撫でたくなった。けれど、さすがに今日出会ったばかりの人間に撫でられるのはどうなのだろうかと自制する。
少し脱線したけれど、話しを聞く限りだと、湊さんのお姉さんはかなりの歌声の持ち主なのだろう。FWFに一人で出て、優勝できると信じられているのだから、一度聴くだけでもありかと考える。――けれど、今は自分のバンドで精いっぱいやらなければいけない。たとえ最終的に喧嘩別れするとしても――
「ごめんなさい……せっかく話してくださったのですが、ご存知だと思いますが私もバンドに所属しているので、湊さんの希望には答えられません」
申し訳なさそうに湊さんに伝える。そう。これでいい。今は自分のバンドが優先。今日出会ったばかりの子のお願いを聞くわけにはいかない。そう自分に言い聞かせる。
「そう……ですよね。こちらこそごめんなさい。急な話しだったのに、お話しを聞いてくださってありがとうございます」
と、頭を下げて謝ってくる湊さん。その様子を見て心が痛む。湊さんは一息ついてアイスコーヒーを口にしてから
「あの、姉さんのバンドとは関係ないのですが……」
「……なんでしょうか?」
真っすぐ私を見つめる瞳に、私は内心身構える。つい今し方、誘いを断った人間に対して何を求めるというの?
「ご迷惑じゃなければギター教えてください!」
「……はい?」
すごい勢いで頭を下げてお願いしてくる湊さん。えっと……誰が誰にギターを教えるのでしょうか?
「氷川さんが、私にです」
満面の笑みを浮かべる湊さん。笑顔も似合う子ね……って違う違う。そうじゃないわよ氷川紗夜。今はそれについては頭の片隅に置いておきなさい。
「……あのねぇ。私もまだ未熟なギタリストよ?それなのに人に教えるなんてできないわ」
と、自然と冷たい口調になる。けれど彼女――湊さんは引き下がらなかった。
「お願いします!教えて頂いた時間の分の授業料も払います。だから……お願いします」
再び頭を下げる湊さん。その時勢い余ってテーブルに額がぶつかっていたけれど……だ、大丈夫?
「だ、だいじょぶです……痛い……」
と、頭を上げながら大丈夫と言い張る湊さん。額が少し赤くなっていて、小さく痛いと呟いていたけれど、聞こえなかったフリをするのがいいのでしょうね。でも、ギターを教えると言っても彼女のレベルが分からない。
仕方ないけれど、一度彼女の演奏を聴いてから判断する事にしよう。……本当なら断るべきなのだけれど、その時の私は彼女の熱意に負けた。いいえ。これ以上、湊さんに悲しそうな表情を浮かべさせるのは申し訳ないと思った――のだとその時、気付かないうちに考えてしまっていた。それだけ、彼女――湊さんは悲しそうな表情より、笑顔の方が似合っているから――
「分かりました」
「!」
「一度だけ貴女の演奏を聴かせてください。それから、ギターを教えるかの判断をさせてください」
「は、はい!お願いします!」
再び頭を下げる湊さん。そして頭を上げた時。満面の笑みを浮かべて「よかった」と小さく呟いていた。純粋な子だなというのが話していて私が抱いた湊さんの印象だ。お互いフライドポテトを食べ終わってから、湊さんがよく使うという練習場所へと向かった。
スタジオに入ってすぐ湊さんがギターのセッティングを始めた。ワウペダルやボリュームペダル等を用意して、アンプに電源を入れてギターのチューニングがあっているか確認している。
それを見ていた私は、彼女の準備をする手際の良さに感心していた。慣れというのもあるのだろうけれど、それだけでここまで短時間で準備ができるわけがない。私も手伝おうかと思ったけれど、逆に邪魔になりそうだったので、湊さんの準備を黙って見ていた。そして準備が終わり、湊さんが口を開いた。
「えっと……演奏する曲はどうしましょうか?」
「そうですね……湊さんが得意とする曲でいいです。演奏を見て、聴けばどのぐらいのレベルかわかるはずですので」
「わかりました!なら私の大好きな曲やります」
と言って、スピーカーにコードで接続させたスマホをいじって音楽を再生させて演奏を始める湊さん。ピアノ旋律がスタジオに流れる。しばらくしてから優しい音色でギターを弾き始める湊さん。申し訳ないけれど、私はこの曲を当時知らなかった。
でも聞いていてとても和をイメージさせるような曲構成だなという印象を受けた。それと同時に、湊さんの演奏技術を見て思った事がある。基礎がまだ固まっていないけれど、楽しそうに、それでいてこの曲が本当に愛おしいというのが見て聴いていて私に伝わってきた。
演奏を聴いていて華が舞い落ちるようなイメージが私の中に生まれた。はっきり言って、演奏レベルは私より下手だった。でも、表現――ギターの音色だけで、ここまで表現できるかと言われたら私はできない。
曲も終わり、ボリュームペダルで音が鳴らないようにしてから湊さんは私の方を見る。
「すごい……」
演奏が終わってから私は自然に拍手をしていた。彼女の奏でる音楽の世界観に引き込まれた事。未熟ながら、ギターが、音楽が好きだという事がこちらに伝わる感情の籠ったギタープレイ。それに対しての拍手です。
「え……あ、あの、氷川さん?」
それに戸惑う湊さんを見て私は冷静さを取り戻し、拍手を止めてコホンと一度咳払いをしてから
「素晴らしい演奏でした。貴女の世界観に引き込まれてしまいました」
「あ、ありがとうございます」
私の言葉に戸惑いながら礼を言う湊さん。ただ、気になる点がいくつかあったのも事実なので、そこを指摘していく。
「――以上の点ですね。それと基礎的な事ですが左手の小指がうまく使えていません。小指で弦を
「小指だけ……できません」
私の指摘にやってみる湊さん。薬指が少し連動しているのを見ると、まだ練習が足りないようだったので、私が小指だけ動かすのをやって見せると驚いた表情を浮かべる湊さん。いえ、この程度で驚かれても困るのですが……。それを指摘すると湊さんは右手で首を掻きながら困った様子で
「すみません。本当に独学でやってきたので、人から教えてもらいながら基礎を学ぶ機会が少なくて……」
「なるほど……しばらくは基礎練習中心でいった方が湊さんの為になりそうですね」
「え……」
私の言葉に驚く湊さん。なんですか。教えてくれと言ったのは湊さんじゃないですか。基礎がなっていないのにあれほどの演奏を聴かせてもらったのです。さらに上を目指せるようにある程度教えてあげます。
「あ、ありがとうございます!よろしくお願いいたします、氷川さん!」
と、私の言葉を聞いてパァッと笑顔を浮かべたかと思うと勢いよく頭を下げる湊さん。喜怒哀楽の激しい子だなと思いながら私はこの子にどう教えようかと考える。それに基礎を教えながら、もう一度私自身基礎を固めよう。
その日は、みっちりと基礎練習をし、湊さんと携帯の番号とメールアドレスを交換して別れた。次に練習できる日はお互い空いている日を連絡しあって決めていった。それが続いて、湊さんのお姉さん――友希那さん――の歌声を聞くのはすぐでしたね。
「――それが華那さんと私の出会いです。これでよろしいですか?山吹さん」
私は目の前に座るPoppin'Partyのドラマーである山吹沙綾さんに聞く。満足そうな表情を浮かべた山吹さんは頭を下げて
「ありがとうございます、氷川先輩。華那、氷川先輩のギタープレイについて語るんですよ?それに、氷川先輩との練習は、いつも楽しいとも言っていましたよ」
「あの子は……困ったものですね。今度の練習は楽しいと言えないほど厳しくしてみましょうか?」
「あ、アハハ……話し変わるんですけど、華那は先輩の前で何を弾いたんですか?」
練習が楽しいと言っている華那さんの姿を想像して、今度は厳しくしようかと呟いたら苦笑を浮かべた山吹さんがそう聞いてきたので、私は右手を顎に当てて曲名を思い出す。確か――
「その後、曲名を聞いたら『華』という曲だと教えてくれましたよ。尊敬するギタリストの楽曲だとも言って、CDも貸してくれましたよ」
あのアルバムを聞いて衝撃的だったのは、ギターが歌うようにメロディーを奏でている事だった。そのギタリストのソロは聴いた事がなかったけれど、華那さんから借りたCDを聴いて以来、レンタルや中古CDショップに足を運んでそのギタリストのCDを全部集めたのはいい記憶ね。
「華那が大好きな曲の一つですね」
「そうみたいですね。ギターもそのギタリストが持っているギターに似た物を使うぐらいですからね。それぐらい尊敬しているのでしょうね」
「ですね。氷川先輩。今日はありがとうございました。貴重なお話聞けてよかったです」
と、頭を下げる山吹さん。いえ、こちらこそ飲み物ご馳走様ですと伝える。彼女は笑みを浮かべて「そろそろみんな来る頃なので」との旨を伝えてきたので、私も帰る準備をする。
「あ、ちなみに私と華那ちゃん。中学校からの知り合いなんですよ?」
「そうなのですか?」
山吹さんの突然の発言に私は驚く。華那さんと山吹さんの通っていた中学校は違うはずなのにどうやって知り合ったのだろうか。そう疑問に思っていると山吹さんが
「はい。SPACEってライブハウスで知り合ったんですよ。だから、氷川先輩とどうやって知り合ったのか気になっちゃいまして」
と、本当にごめんなさいと言ってきたので、私は気にしないように伝える。こちらとしても理由を聞けたので十分ですよ。確かに、どこで知り合ったか友人として気になりますからね。私はギターを背負いながら立ち上がり、山吹さんに
「それでは山吹さん。また」
「はい。氷川先輩。本当に今日はありがとうございました」
礼を言う彼女に、私はただ話しただけですよ。と、苦笑を浮かべCiRCLEを後にする。敢えて言いませんでしたが、華那さんと練習をしていく中で、前まで所属していたバンドメンバーとの確執はなくなったのですが、それはまた別の機会にでも話したほうがいいのでしょうか?
まあ……あちらから聞かれれば答えればいいですね。ただ、言える事は――華那さんがいたから私は今Roseliaのギタリストとしている。それだけですね――