今日はバイトのある日なのだけれど、私は姉さんとリサ姉さんと一緒に目的地へと向かっていた。方向が一緒というより、
「華那、大丈夫かしら?」
と、私の横を歩く姉さんが心配そうに声をかけてくる。ん?だいじょぶだよ?日菜先輩によって挫いた足も治ったし、何が心配なの?
「いえ、華那がしっかりとアルバイトしている姿が、どうしても想像できないのよ……」
と、右手を口に当てて不安そうな表情で言う姉さん。姉さん、そこは妹を信じようよ!?というかその言葉、そのままそっくり姉さんに返すよ!?私、姉さんがしっかりと学校生活送れているか、いっつも不安なんだよ!?
「アハハッ!確かに、華那の場合、オロオロして涙目になってるイメージしかないなぁ」
「り、リサ姉さんまで!?」
まさかの裏切り(?)に私は絶望すら覚える。いや、だって、確かにドジな面があるのは自覚しているけれど、そこまでじゃないよ!……多分。
と、自分自身ですら不安になりながら、私や姉さん達、Roseliaがよく練習で使っているライブハウスCiRCLEにやってきた。入口から入り、受付にいる月島まりなさんに声をかける。
「まりなさんおはようございます。今日もよろしくお願いします」
「あ!華那ちゃん来たね!こっちこそよろしくだよ!……で、二人は保護者か何かかな?」
と、挨拶を返してくれたまりなさんは、姉さんとリサ姉さんの姿を見て笑みを浮かべていた。いえ、違いますから!姉さんたちはお客さんとして来てますよ!はあ……姉さんほら、ここにサインして、鍵まりなさんからもらって、ね?
「ええ。華那、無理はしないようにね」
「分かってるって、姉さん。えっと、まりなさん。時間早いですけど、準備しますねー」
「はーい。あ、タイムカードきちんと出勤で押すんだよー」
「分かりました」と伝えながらまりなさんの後ろを通ってバックヤードに入り、鞄を用意されていたロッカーに入れて着替えを済ませる。と言っても、指定された服装がジーンズに黒のTシャツというラフな格好なんだけどね。
ここ、CiRCLEで私がバイトする事になったのは先週の事。アルバイトの子が、転校する事になって辞める事になったそうで、急遽のアルバイトの募集かけたそう。でも、昨今のアルバイトやパートの募集状況を考えると、新しいアルバイトが来てくれるか不透明な状況。
そこでまりなさんが打った手が、ここを利用しているお客さんの知り合いにアルバイトしたがっている子がいないか聞く――という作戦だった。いや、確かにそれなら来てくれるかもしれないけれど、来ない確率の方が高いわけで――と、姉さんから話しを聞いたとき私は思ってしまった。
で、月々のお小遣いだけじゃ欲しいギター(ギブソンレスポールの
あ、ギターはね、中古で出ていれば五十万以上するやつなのだけれど、音がいいのは間違いない。一番欲しい理由は、ギターのカラーが好きなの。アクアブルーなんだよね。それまでのギブソンが出してきた青系のギターとはまた違った色合いで、凄く私好みなんだよね。
その次に欲しいのが、トラ柄というかヒョウ柄というか……茶色が基調となっているんだけど、黒の模様が入ったギターなんだよね。確かあの人が2004年頃に使用してたギターだったかな。ただ問題は二つとも中古でも価格が高い事。それとギター本体が重い事かな?
って、話しが脱線したけれど、面接を受けたのだけれど、最初に姉さんと間違えられたのはいつもの事。そんなに似てるかなぁ。身長は私の方が低いからわかりやすいと思うんだけど……。
で、履歴書を渡して面接を開始した直後に聞かれたのが――
…
……
………
「ギター弾けるんだよね?って事は、機材系もいじれるかな?」
「あ、はい。用意ぐらいならできますけど、修理になるとさすがに無理ですよ?」
「あ、修理は担当者いるからだいじょーぶだよ!あと、料理できるかな?って言ってもカフェのコーヒー淹れたり、オーダー取ってもらうぐらいなんだけどね」
そのぐらいならできるはず。オーダー取るのは難しそうだけど、レジ打ちが無ければだいじょぶ……なはず。
「うん、それならいいかな!受け答えもいい感じだったし。何よりも友希那ちゃんの妹だから、信頼できるしね!じゃ、来週から来てもらっていいかな?」
「……え?面接これだけですか!?」
と、驚いた私は悪くないはず。いや、確かに料理できるけど、もっと何か質問するとか、疑ってかかってきたり、圧迫面接とかあるんじゃないですか!?ってか、そういうものだと思って、身構えてきたんですけど!?
「あははー。まあ、正社員に登用する場合なら結構硬めになるけど、今回の華那ちゃんはアルバイトだしね。楽しくやろうよ!って思ってね」
ダメだったかな?と首を傾げて聞いてくる。いや、そう言われましても、そんな簡単に決めてだいじょぶなんでしょうか?
「だいじょーぶだよ!華那ちゃんとは前から知り合ってるわけだし、信頼関係もあるしね!」
「しんら……い?」
今度は私が首を傾げる番になってしまった。いや、確かに私も何度かここで練習させてもらったり、氷川さんとセッションした時も一人分の料金でいいって言ってくれて、学生の身分の私達にはありがたい事だった。――けど
「急にスタッフの方が来れなくなったからって、バイトでもない私を六時間ほど店番させて、挙句はお駄賃という名の五百円を私に渡しただけという、ブラックバイトも真っ青な事をしたまりなさんと私に信頼関係はありますか?」
そう。忘れもしない。姉さんがRoseliaを組んで間もない頃。一日練習だと言って練習に行ったはいいけど、私がみんなで食べて――と、作ったお弁当を忘れていってしまった姉さん。私が食べるには流石に量が多すぎるので、届ける為にCiRCLEを目指して家を出た。受付にいたまりなさんに姉さん達が練習している場所を聞いて、お弁当を無事に届け終わり家に帰ろうとした時だった。
まりなさんが慌ただしく作業をしているのを見て、私は声をかけたのだった。話しを聞けば、昼から来る予定だった正社員のスタッフが風邪でダウンして急遽休みになってしまったそうだ。それは仕方ない。風邪なのだから休ませないといけないよね?とまりなさんは話していたのだけれど、一つ問題があった。今日、まりなさんが少しの間外回りをしに行かないといけない日だった。
アルバイトの子達も出てきてもらってはいるけれど、カフェとスタジオの整備でアップアップの状態で、受付が誰もいなくなってしまう。そこで私に白羽の矢が飛んできた。まりなさんが帰ってくるまでの間、臨時で受付をして欲しいと頼まれた。私は、いつも姉さん共々ここでお世話になっているので、その話しを受ける事にした。
どういう事をすればいいかを簡潔に説明を受けた私は受付で予約をしたバンドの方々が来るのを待った。
そこまではよかった。そこまでは。で、まりなさんが戻ってくる時間は、予定では四時間もあれば帰ってくるとの事だったのだけれど、四時間過ぎても戻ってこない。黙って帰るわけにはいかないと思い、まりなさんが帰ってくるまでは受付の仕事をしようと決める私。
途中、私が受付にいる事に驚いた姉さん達。心配して私に声をかけてきたので、詳細を説明すると姉さん達が差し入れとして、隣接されているカフェでサンドイッチとコーヒーを買ってきてくれた。
姉さん達に感謝しながらそれを受け取った私は受付で食べて、まりなさんの帰りを待っていた。あ、きちんと受付の仕事はしていたよ?
途中、AfterglowとPoppin'Partyのみんながやってきて、私を見て驚いたので姉さん達にした説明を三度する事になった。解せぬ。
尚、二つのバンドともなぜか差し入れをくれた。特にモカちゃん。パン十個って、そんなに食べられないんだけど……。
そして臨時の仕事を始めて六時間経過。姉さん達が練習終えた頃にまりなさんが戻ってきた。いや、まりなさんもお仕事だから長くなるのは仕方ないけど、連絡は欲しいよね?そう思った私は間違ってないよね?
で、長くいてもらったお駄賃として五百円をまりなさんが私に渡してきた。……えっ?となった私は悪くない。悪くないよね?六時間で五百円……単純計算一時間で八十三.三円……最低賃金以下すぎて何も言えねぇ……ってなりましたよ。ええ。
「あハハ……ゴメンナサイ。ほらきちんと華那ちゃんとアルバイト契約してなかったからさ、その時あった私のお金を出すしかなかったんだ」
「……手持ち五百円って、まりなさん(いろんな意味で)だいじょぶですか?」
「だいじょーぶ!そのあと急いでATMに行ってお金下してきたから!」
それはだいじょぶと言うのでしょうか?もう少し余裕をもっておいた方がいいのではと言いたくなった私は悪くないよね?そんな話しをしながら、最終的に私はCiRCLEでバイトする事になった。尚、臨時で働いた六時間分は最初のバイト代に入れてくれるとの事になった。
もともと、きちんと支払う予定だったらしいけれど、なかなか私と会う機会がなくてまりなさんは困っていたそうだ。姉さん達経由だと姉さんが怒りそうだからと思って、言えなかったそうだ。
確かに、姉さんが知ったら間違いなく怒る案件だなと思いながら、私はまりなさんに週何回入れるかを伝えて、アルバイト登録の書類に必要な事を記入していったのだった。
………
……
…
というのがあったのが先週。そして今現在、私は絶賛仕事のレクチャーを受けている最中。あ、今回は二回目なのだけど、一回目は受付業務と、ライブ開催時のチケットのもぎりのやり方。後は練習スタジオの整備について教わって、実践していました。で、今回はカフェの注文や商品の運び方についてレクチャーを受けている最中。
「――って感じで、オーダー受けたらこの端末に入力してデータを飛ばせば、厨房のスタッフが見て作ってくれるって流れ。大丈夫かな?」
「はい。分かりました」
と、まりなさんの説明をしっかりとメモを取りながら答える。メモ取らなくてもだいじょぶな気がしたけれど、分からなくなった時に見直せるようにしたいからメモは重要だよね。
メモ取らなくてもだいじょぶな人もいるけど、よくそれでできるなと感心するよ。特に日菜先輩。あの人は一度聞いたり見たりしただけでできるんだから、氷川さんの心中は穏やかじゃないだろうなと思う。
前に氷川さんが私に質問してきた事がある。『妹というのは総じて姉の事を追いかけるものなのでしょうか?』って。どう回答すればいいか困ったけれど、身近に尊敬できる存在だから姉を追うんですよ――って私は答えた。
それを聞いた氷川さんは考えこんでしまった。結局、結論は出せなかったようだけれど、その時は私に感謝を言って帰ってしまった。結局、氷川さん答え出せたのかな?
そうこう説明を受けて、さっそくオーダーだけでもやってみる事になった私は、先輩アルバイトの人達から、色々アドバイスをもらいながら仕事をこなしていく。途中、姉さんが心配そうにCiRCLEの出入口から私を見ている姿が片隅に見えたけれど、仕事に集中しなくちゃと気持ちを入れなおして、私は接客を続けた。
練習中だよね姉さん……。ってか、あこちゃんに氷川さんもリサ姉さんも見てたし。あ、燐子さんも後ろの方でこっそり見てる。……なんでRoseliaフルメンバーで様子見てるんですか!?Roseliaに全部賭けてよ!そういう話ししたって姉さん言ってたじゃん!?
「――で御注文はよろしいでしょうか?――――はい。御持ちいたしますので、しばらくお待ちください」
慣れない接客用語を使いながらオーダーをとっていく。若い女性が多く、なぜか私の顔を見て驚く人が続出したけれど、きっと姉さんと勘違いしているのだろうと勝手に思っておく。姉さんはRoseliaとしてCiRCLEでライブやってるから、ここに来る人達には結構知られているからね。
「華那ちゃん、お疲れ様!時間だよ!」
と、厨房前に戻ったらまりなさんが笑顔で迎えてくれた。って、もう時間?腕時計を見れば、確かに説明を受けてから働き始めて早三時間が過ぎていた。まったく気づかなかったなと思いながら、ほかのスタッフさんにお疲れ様ですと伝えてバックヤードに向かう。
ロッカーを開けて素早く上着だけ着替えて、受付にいるまりなさんに声をかける。
「まりなさん。シフト表ってもらえます?」
「あ……ごめーん!今月のシフトまだ未完成なんだ!」
と、慌てた様子のまりなさん。……なん……ですと?次の仕事が決まってないなんて事があっていいの?と思っていると、まりなさんはパソコンを素早く操作して、画面を見ながら
「えっと……次は火曜日の夕方から来てもらおうかな。ちょうどそこなら人数もいて、今日やった仕事以外の事も教えられるから。で、その時までに正式なシフト表作っておくから!お願いね、華那ちゃん!」
「火曜日ですね。分かりました!お先失礼します。まりなさん、お疲れ様でした」
スケジュール帳を取り出して、翌火曜日の欄にバイトと記載する。夕方という事は五時から九時までのシフトになる。家に帰ったら母さんたちに伝えないとなあ。遅くなって怒られるのだけは避けないと。
「華那」
「あ、姉さん。待ってたの?先に帰ってもよかったのに……」
そう考えながらCiRCLEを出ると、カフェでコーヒーを飲んでいた姉さんが声をかけてきた。私は急ぎ足で姉さんのいるテーブルに向かうと、そこにはRoseliaメンバーが揃っていた。いや、何やってるの姉さん達?
「華那のバイトが終わるまで私が待つと言ったら、なぜか全員で待つ事になったのよ」
「あははー。華那お疲れー。二回目のバイトどうだったー?」
と、若干困惑気味に答えてくれる姉さん。その後にリサ姉さんが笑いながら聞いてきたので私は姉さんの隣の席に座りながら
「ちょっと疲れたかな。慣れない事やったから」
「だと思います。それでも、華那さんは初めてにしては動き回れていたように思えますが?」
と、目の前でフライドポテトを食べながら氷川さんが聞いてきた。あ、やっぱりフライドポテト食べていたんですね?と視線で問うと冷めた視線で「口に出したら、今度の練習、厳しくいきますので、そのつもりで」と返ってきた。……はず。
あ、前に日菜先輩に抱き着かれて意識無くした後に氷川さんに謝られた時は、慌てすぎてつい「紗夜さん」って言っちゃったんだけど、気付かれてないよね?多分……。
氷川さんがよければ、紗夜さんって呼びたいなと思ってる。日菜先輩が名前呼びで氷川さんだけ苗字呼びってのも不公平だしね!
で、初日なのに動けていたって話しでしたよね?そうかな?自分ではいっぱいいっぱいだったんだけど……。
「あこも見てたけど、他のスタッフさんと同じように、スムーズにこう……パパッと!って感じで動けてたように思えたよ?」
「私も……少しだけですけど……見ていて疑問に思いました……。華那ちゃん、何かしてた……?」
と、いつもの擬音満載の口調のあこちゃんと、おっとりというか気弱というか、途切れ途切れに話す白金燐子さん。燐子さんに私は今日がバイト初めてですよと答える。だって、今年の三月まで中学生だったのだから、バイトなんてできる訳ないからね?
「それでも、テキパキと動いていて驚きました。初めてであそこまでしっかり接客できていれば大丈夫かと」
「だねぇ。あたしもコンビニで接客してるけどさぁ、華那みたいに最初からあんなに動けなかったよー」
「うーん。ほかのスタッフの方の教え方が上手だからじゃないかな?私自身、内心冷や汗流しながら仕事してたから」
これは本当。姉さんが働いていると勘違いされていたのもあるけれど、言葉遣いがおかしくないか、オーダーミスがないか本当に冷や冷やだった。
それでもミスなく終われたのはほかのスタッフの方がよく教えてくれたのと、結構気を使って話しかけてくれたおかげだと思う。
「で、姉さん達は練習どうだったの?」
「そうね……全員揃っているからちょうどいいわね。さっき時間が無くてできなかった反省会するわよ」
「そうですね。きちんと直すべきところを指摘しておかないと、上のレベルに行けませんからね」
「だねぇ……。やってこっか☆」
「はーい」
「私も……賛成です……」
「(あれ?私いていいの?)」
と、姉さんに聞くと、今日の反省会を始めるRoseliaメンバー。私いる必要ないよなあ……。と、私は思いながら注文したカフェオレを飲むのだった。