【完結】地図から消えた街   作:斎草

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9/27 - ② 〜 9/28 - ①

 

 

 なんとか車両基地まで辿り着くと、路面電車の車両前に1人の青年が既に待機しているのが見えた。

 ミハイルやニコライよりも若い顔立ちの彼は、ミハイル達を視界に入れるとすぐさま手を貸してくれた。

 そうしてなんとか車両の中に4人入り終え、椅子にミハイルを寝かせてニコライが残った物資で彼の手当てを始める。

 

「カルロス、お前は彼女の手当てを頼む」

「了解」

 カルロスと呼ばれた青年はメアリーの肩に優しく手を当て、彼らの向かいの椅子に彼女を座らせた。

「大丈夫か?今までよく頑張ったな、エラいぞ」

 ぽんぽんと頭を撫でてから、まずは彼女の砂で汚れた肌を拭ってやる。

 先程ニコライに施してもらった手当てから更に傷が増えてしまった。

 メインストリートで転んだ時に出来た傷は思ったより大きく、ミハイルを運ぶのを手伝うので夢中だったが、改めて確認すると今更のようにじんわりと痛みが襲う。

「〜っ……」

 スプレー式の消毒液が傷口に滲みる。思わずギュッと固く目を瞑って刺激に耐えているのを見て、カルロスはその年相応な表情に彼女には悪いがほんの少しだけ和んだ心地になった。

 

「俺はアンブレラのバイオハザード対策部隊、D小隊A分隊所属のカルロス・オリヴェイラだ。キミは?」

 脚に包帯を巻いてやりながらカルロスは顔を上げる。

「あ……メアリーです。メアリー・ワトソン」

 メアリーはハッと意識をそちらに戻すと、自分も名乗った。

 

 やはりアンブレラの部隊が市民の救出や事件の鎮静化を図っているなんておかしい。

 こんな事をするなら、最初から全世界に事実を報道して救援を煽るべきだ。この街を陸の孤島にしておきながら、今更自社の部隊を投入するだなんて。

 ここまでの被害を出しながらも外部への情報の漏洩を阻止しているのは、何かしらの理由があるはずだ。

「くぅ…っ、くそっ、奴らに囲まれて…ッ!!」

「ミハイル、落ち着け。大丈夫だ」

 向かいの椅子では身を横たえたミハイルが汗を噴き出しながら魘されているのを、ニコライが落ち着かせるように肩を叩いている。

 その投入した部隊だってこの有様だ。生き残りは恐らく、この車両にいる3人の軍人くらいなのだろう。

「私のせいで、ミハイルが……っ」

 だが、あの過酷な状況の中生き残ったミハイルに大怪我を負わせてしまったのは紛れもなく自分のせいだ。

 けれどもあの時、逃げる事しか出来なかった。

 逃げる事だけが正しかった。

 それがたまらなく悔しくて俯いて唇を噛む。

「何もキミだけのせいじゃないさ……寧ろ隊長は、キミを守ってエラいぜ」

 子供の扱いに慣れていないらしい、カルロスは戸惑いながらも"泣かないでくれ"と彼女の膝に落ちた涙を見て慌てていた。

「我々は市民救助を任務としている。生存者を身を呈してでも守るのは当然の事だ。あまり自分を責めるのはよせ、ミハイルが悲しんでしまう」

 ニコライもメアリーに近付くと片膝をつき、優しく頭を撫でてやった。そのぬくもりが堰を切ったように少女の目に涙を溢れさせる。今まで堪えてきた分まで溢れているかのようで、嗚咽で呼吸が苦しくなる。

 少女の精神状態が思わしくないのは明白だ。

「カルロス。今日の市民救助はこれにて中断とする。車両の施錠をしろ」

「…!了解」

 ニコライは少女の背中を落ち着かせるようにさすりながらカルロスに作戦中断を言い渡した。

 D小隊の総隊長であるミハイルが正常な状態でない以上は、B分隊の隊長であるニコライが指揮しなければならない。指示された通り、カルロスはまずこの車両の施錠を始める。

「君も疲れただろう。ここはカルロスと私で確保する。君は何も気にせずに眠るといい」

 ニコライに促されるまま、メアリーは椅子に身を横たえた。

 ベッドほどではないものの、床とは違う硬すぎない質感のそこは幾分快適にも思える。サイドバッグを枕代わりにし、幼子を寝かしつけるように背中を規則的なリズムで穏やかに叩かれ、とろとろと視界が狭まっていく。

 思えば、あの日からしっかり睡眠を摂れていない。泣き疲れ、そして軍人がすぐそばにいるという安心感が更に眠気を促進していく。

「おやすみ、メアリー」

 そんな声と共に、彼女の意識は眠りへと落ちていった。

 

「……Tの抗体持ちか。持ち帰ればいい金になりそうだ」

 穏やかに眠る少女の腕の包帯を撫で、ほくそ笑む姿がそこにあった。

 

 

 ———

 

 目が醒めると朝だった。

 ベッドの上から部屋の様子を見ると、机は定位置にあり扉もいつも通りで穴は空いていない。

「……夢オチ?」

 ゆっくりと身を起こして呆然とする。

 まるで何もなかったかのように、開きっぱなしのカーテンからは朝日が眩しいくらいに輝っている。呆れ返るほど普通の朝だった。

『今日も全国的に晴れ。ラクーンでは夏の名残のように、まだ少し汗ばむ陽気になりそうですね』

 ラクーンのローカルラジオ局からは手紙を読む傍らそんな情報をくれていた。窓から外を覗くと、いつも通り普通の人間が道を歩き、車の往来もいつも通りだった。

 メアリーが下の階に降りてリビングに入ると、珍しく父親が新聞を片手にコーヒーを飲んでいる。

 

「パパだ……」

 その声に反応した父親が新聞をどけて顔を見せる。

「おはよう、メアリー。今日は学校じゃないか?」

 いつぶりかに見た笑顔だった。その破顔に思わず涙が溢れる。

「パパ!私すっごく怖い夢を見たの!!」

 気が付くとメアリーは父親に抱きついてすすり泣いていた。彼は驚いたように体を跳ねさせたが、やがてその頭を撫でてやる。

 

「それは……」

 しかし、そこで違和感に気付いた。

 何故かぬくもりを感じられない。

 人に抱きつこうものなら、人の体温が全身に伝わってくるはずだ。

 それなのに、抱きついた父親の体温は氷のように冷たい。

 それに気付き顔を上げると、父親は——いや、父親"だったもの"は爛れた肌を晒して声にならない声を発する。

「こんな夢だろうか……!?」

 ただ、先程の言葉に答えを与えるようなその声だけは、はっきりと聞き取れた。

 メアリーは悲鳴を上げる余裕もなく無理矢理に父親から離れると、こちらに腕を伸ばしてゆっくり近付いてくる父親の姿から目を逸らすようにリビングから出て家を急いで出た。

 

 だが、外は相変わらず平和そのもので、血相を変えて家から飛び出してきたメアリーは道ゆく人達から怪訝な眼差しを投げかけられていた。

「あれ、メアリーどうしたの?」

 あまりの落差に混乱状態になった頭を落ち着かせるようにそこを押さえていると、背後から肩を叩かれて跳ねながら弾かれたように振り返る。

 そこには、その様子に驚いた顔をしているリリィの姿があった。

「リリィ…!?ここにいたら危ないから!ゾンビに襲われるから!!」

「うわっ、ちょ、落ち着きなよ…!」

 すぐさま彼女の肩を揺さぶりながら危険を報せたが、その彼女はいつもの調子でメアリーを窘めようとした。

 しかしメアリーはそれを聞き入れる前に玄関先に置いた自転車のスタンドを上げてそれに跨る。

「警察に行ってくる!!早くみんなを避難させなきゃ!!」

「えっ、えっ!?ちょっと、メアリー!?」

 よほどパニックになっているらしい。

 メアリーの様子は明らかにおかしかったが、リリィが制止する前に彼女は走り去ってしまった。

 

「すみません!!今すぐ警察の部隊を出動させてください!今ならまだ間に合いますから!!」

 メアリーはそう言ってR.P.D.に乗り込んだ。

 すると、あの受付の職員が面倒くさそうに彼女の首根っこを掴む。

「コラコラ、またそんな訳の分からない事を言って…!キミ、これで3度目。今度こそ摘み出すからねぇー」

「本当なんです!信じてください!!」

 引きずりながら外に連行されそうになるのをジタバタと手足を動かして抵抗していると、マービンが苦笑いしながら後ろから職員の肩を掴んで制止させた。

「まぁまぁ、子供とはいえ女性を乱暴に扱うのはスマートじゃないだろ?さ、家に送ってあげよう」

 マービンはメアリーの身長に合わせて身を屈めた。

 しかし、家に送り返されるという事は、また父親のゾンビと対峙しなければならないという事である。もう父親のあんな姿は見たくない。

「おい、何の騒ぎだ」

 メアリーがブンブンと首を横に振ってマービンの申し出を断っていると、奥の方から何者かがこちらに向かってきているのが見えた。

「ああ、ウェスカー隊長!また例の子ですよ!」

「例の?……ああ、君かね」

 職員がメアリーを指差すと、その人物はサングラスを指先で直しながら歩き続ける。

「あ……隊長」

 その姿を視認して、メアリーはスッと大人しくなり見上げながら息を呑んだ。

 ウェスカーが目の前にいる。

 なのに、初恋のようなときめきは形を潜め、畏怖だけが心を支配している。

 ウェスカーはその揺れる瞳を視界に入れ、いつかの夢のように愉快そうに口許に歪な笑みを浮かべていた。

 

「戸惑っているのかね。君の答えは正しい」

 

 一歩距離を縮められるたびに、少女も一歩ずつ後退して一定の距離を保つ。しかしそれも長くはもたず、警察署の扉に背中が当たり動けなくなった。

「君の能力は素晴らしい。あの短期間で急速に成長を遂げた。全て私の計画通りだ」

 追い詰められ、するりと指先で顎を掬われ必然的に顔が上がりウェスカーを視界に入れる。サングラスの中の瞳が赤く光っているように見えた。

「さぁ、私と共に来たまえ」

 いつかの夢と同じ口上。

 彼の背後には従えるかのようにゾンビが蠢いていた。

 

 

 ———

 

 

 ゴトッ!と何かが落ちる音がすぐそこで響いた。

 目を開けると床がすぐ近くに見え、何故か呼吸も忙しない。遅れて体に痛みが走り、寝起きの頭はようやくこの体が椅子から落ちた事を認識した。

 次いで車両を繋ぐ扉が開くと、見知った顔に抱き起こされて意識が完全に覚醒した。

「大丈夫か?汗かいてるな……嫌な夢でも見たか?」

 カルロスだ。

 メアリーは彼の顔を見て、現実に戻ってくれた事に安堵した。本当はどちらも悪夢のような状況だったが、こちらの方が今は安心出来る要素が多い。

「何があったの?」

 と、そこに聞き覚えのある女性の声が響いた。

 その声の持ち主が誰だったか思い出そうとするが、彼女が姿を現す方が早かった。

 

「……!ジル!!」

「メアリー!?無事だったのね!」

 互いに名を呼び、ジルは駆け寄るとメアリーの体をギュッと力一杯抱き締めた。メアリーもまた彼女の背に腕を回し、そのぬくもりを感じて涙を溢れさせた。冷たくない。生きてる。

「ジル、私…!!」

 メアリーはずっと謝りたかった事を口にしようとする。

 しかし嗚咽で、それ以上に胸がいっぱいになり言葉が詰まる。ジルはそんな彼女を安心させるように頭を撫でた。

 

「…………」

 それを静観していたニコライが2人に近付く。

「ジル。この列車は特殊な部品がないと走行出来ないようだ。君ならここの地理に詳しいだろう」

 ニコライは路面電車に関する資料を彼女に見せる。

「この列車を移動式のトーチカとして利用するには、部品は必要不可欠だ。頼めるかね」

 ジルはその資料を視界に入れ、メアリーから名残惜しそうに体を離しそれを受け取る。

「……分かったわ。あなたはここを確保してくれるのよね?」

 2人の間には火花のようなものが散っているのが見える。

 いや、ジルが一方的に飛ばしているようにも見えた。

「ああ。約束しよう」

 ニコライは顎をさすりながらメアリーを見る。彼女はきょとんとした顔で2人を見ていた。

「俺もジルについていくぜ。1人に負担を掛けさせるのは良くないだろ?」

 何やら剣幕のようなものを感じたカルロスがジルとニコライの間に割り込み、同行を提案する。ニコライはそれを了承すると、元来た車両の方へと移動した。

 

「よし、早速行こうぜ」

「ええ、時間もあまりないしね」

 先にカルロスが外に出て、ジルを待つように振り返る。

「あの、ジル……」

 彼女も外に出ようとしたが、メアリーに呼び止められると振り向いた。

「……ごめんなさい。嘘吐きだなんて、ひどい事言っちゃった」

 少女は頭を深々と下げる。

 自分だけでも信じてあげられたら、もっと前から何か策を出し合えたかもしれない。メアリーはまず1番に彼女に謝りたくて、外に飛び出してきた。許してもらえなくても、それでも謝らなければならないと思っていた。

 ジルはそんなメアリーに一瞬驚いて目を見張ったが、すぐに優しく目を細めて頭にぽんと手を置く。

「立場が逆なら、私だって無理だったわ。悩ませていたなら、私も……ごめんなさい」

 もう一度小さな少女の体を抱き締める。

 今は互いに感じられるこの体温がとても愛しいものに思える。

「ジル……絶対に帰ってきてね」

「ええ、勿論」

 体を離し、互いに笑顔を見せた。本当に安心を感じられるからこそ、強がりではない笑顔を見せる事が出来る。

「あ……あの、もしリリィを見つけたら……」

 そこではたと思い出すと、メアリーは遠慮がちに言葉を紡ぐ。親友の無事をまだ確認出来ていない。

 彼女の事を思うと、受話器越しに聞いたあの怯えた声を思い出すと、気が気でなくなる。

 途端に不安そうな顔になったメアリーを見て、本当にリリィの事が大切なのだろうとジルは実感して彼女の肩を叩く。

「見つけたら絶対に連れてくるわ」

 力強く頷いてみせると、メアリーはまた安堵したかのように息を吐いた。そうしてから覚悟を決めたように少女は自分の頬をパチッと叩き、ジルを見据え直す。

 

「いってらっしゃい、ジル」

 その言葉は、ジルにとってどんな激励よりも心強いものだった。

 

 

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