【完結】地図から消えた街   作:斎草

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9/28 - ⑤

 

ニコライが信じられない事を言った。

「どういう事だよ!ジル達を置いていくなんて!」

カルロスが食って掛かる勢いでニコライに掴みかかるのを、ミハイルが必死で抑えている。ニコライはそれに動じる素振りを見せず、ただ彼らを見下ろしていた。

「何回も言っただろう。あの女は危険だ。我々もリスクを背負う事になる」

「リスクなんてなぁ!今だって背負ってんだろうが!」

彼が犬のように吠えているのを、ニコライは呆れた様子で肩を竦める。

「ニコライ……何故ジルを置いていくなんて言う?メアリーはどうするつもりだ?」

ミハイルが彼を抑えながらニコライに問い掛けた。自分達は生存者の救助を任務としている。ジルが生存者である以上、彼女を助けないわけにはいかない。

ニコライは顎を撫でさすり、窓の外に視線を向ける。

「メアリーは助ける。だがジルは……少々厄介な物に目を付けられている可能性がある」

外は相変わらずゾンビが道を闊歩している。ここまでの道は背の低い資材でバリケードを張ったが、力尽くで突破されないとも限らない。

そしてその"厄介な物"は、バリケードすらいとも簡単に破壊してしまう。

ミハイルとカルロスはその言葉に動きを止めて疑問符を浮かべる。そしてその疑問を投げ掛けようとした時、そのバリケードを抜けてこちらに戻ってくるジルとメアリーの姿が3人の視界に映った。

「……とにかく、ジルは危険だ。お前達もじきに分かる」

口喧嘩などしていた事を悟られてはいけない。ミハイルはカルロスを解放し、彼もまた自分の頭をくしゃくしゃと乱しながら椅子にドカッと腰掛ける。

少しして電車の扉が開くと、カルロスはそちらに向かってひらりと手を振った。

「よう。友達は……一緒じゃないんだな」

窓から見ていた通り、帰ってきたのはジルとメアリーの2人だけ。迎えに行くと言っていた友達の姿はなく、どう言葉を掛けたら良いものかと3人は閉口した。

「……だが、無事で良かった」

その沈黙を破ったのはミハイルで、彼はメアリーに近付くと頭を撫でてやった。彼女はミハイルの体にトンと頭を預け、再び涙が溢れそうになるのを堪えている。

「確か、この先の時計塔の鐘を鳴らせば回収用のヘリが来てくれるのよね?」

ジルがニコライに歩み寄り確認を取る。回収される先はアンブレラの基地だろうが、そこから抜け出すための方法はこの街から脱出した後で考えても遅くはないはずだ。まずはこの地獄から抜け出す事。それが最優先事項である。

「そうだ。時計塔の鐘は作戦終了の合図になっている。すぐに脱出出来るはずだ」

ニコライは頷く。勿論、何もなければだが。

「よし、なら俺が運転する。さっき直したんだし、ちゃんと動くはずだ」

「私も行くわ。運転出来るか見ててあげる」

カルロスが立ち上がり先頭車両へ移動を始め、茶化しながら着いてくるジルに苦笑いを零して2人は扉を開けてそちらへ行ってしまった。

 

後方車両にはメアリーとミハイルとニコライの3人が残され、怪我をしているミハイルを座らせるとメアリーはその隣に腰を下ろした。

「友達の事は……残念だったな」

ミハイルは先程よりも元気ではないメアリーの様子を見て、やはりどう言葉を連ねればいいのか分からなかった。自分の中では昨日仲間だった者が今日屍に姿を変える事は日常茶飯事であり、それは現役で軍に属していた時も、アンブレラに雇われてからも同じ。だが、隣にいる少女は違う。こんなに早く友達を亡くしてしまうなんて想像もつかなったはずだ。それも、こんな絶望の中で。

「でも私は……リリィの分まで生きるって、そう思ったから。リリィは私にたくさん、いろんな物を遺してくれたから……」

電車が動き出す中、メアリーはリュックのポケットに入れていた手帳を取り出して大事そうに手で包む。その仕草を見て、それが友達の遺してくれた物なのだとミハイルは直感した。

「ちゃんとしまっておかなきゃ」

ポケットに入れて何かの拍子になくしてしまっては敵わない。だがリュックのファスナーを開けて中身を見ると、そこがスカスカな事に気付いた。

「……え、あれ……」

「どうした…?」

サッと青ざめる彼女を見て、ミハイルは心配そうに声を掛ける。

中を探るまでもなく、スクラップ帳がリュックから消えている。当然リュックが底抜けになったなどではなく、何故かスクラップ帳だけが忽然と姿を消していた。これには思わずリュックの中を覗き込んだミハイルも眉を潜める。

「2冊ともそれなりの厚さがあったはずだが……」

念のため椅子の下等も探してみるが見つからない。

ニコライにも探してもらおうとメアリーが彼に視線を向ける。しかし彼は向かいの椅子に座り——口許に歪な笑みを浮かべて、床に這い蹲りながら目当ての物を探す2人を見つめていた。

「探し物はひょっとして……これかな?」

その笑みを見て固まっているメアリーが面白いのか、彼は目を細めながらサイドバッグから2冊の冊子を出して掲げる。

「ミハイル、お前だけずるいな。メアリーと秘密を共有するだなんて」

言葉とは裏腹に愉快そうに歪に笑うニコライとその手にある物を見て、2人は得体の知れない恐怖にも似た何かを感じた。

「……ニコライ。何のつもりでそれを奪ったか知らないが、今すぐメアリーに返せ」

ミハイルは彼に手を伸ばす。彼の手にある2冊のスクラップ帳には、ラクーンシティに起きた一連の事件に関する記事が収められている。それを奪う事が何を意味するか。

ニコライは伸ばされた手から遠ざけるようにスクラップ帳を持つ手を引く。元より、距離は十分に空いているが。

「条件がある。メアリーを俺に預けろ」

その言葉に2人は目を見張る。だがすぐに警戒の色を見せ、ミハイルは無意識だろうか、メアリーを自分の方に引き寄せた。

「一体何が目的だ」

「そう警戒してくれるな。俺もメアリーと仲良くしたいだけだ」

ニコライは立ち上がり、ゆっくりと2人に近付いてくる。

どう考えても彼の言動は矛盾している。仲良くしたいだけならば他にも方法はあったはずだ。この少女を手中にしたい理由が他にある。そしてそれはおおよそ良いものではない。

(同じだ……)

ミハイルに身を引き寄せられながら、メアリーはニコライを見上げる。

口許に浮かぶ歪な笑み。夢の中のウェスカーと同じだ。自分をどこかへ連れて行こうとするあの笑みと同じだ。

直感的な恐怖を感じて身を強張らせる。伸びてくる彼の手が、夢で見たウェスカーの伸ばす腕のビジョンと重なった。

 

その時だった。

「——!!」

ズンッとこの車両の上に何か大きな物が降ってきたような衝撃があり、車体が大きく揺れた。天井を見ると車両の後ろ部分が大きくヘコんでおり、それはまた衝撃を伴って深くなっていく。

「あっ…!!」

そしてそれは3度目の衝撃で天井を破り、車両の中に降ってきた。

「くっ、やはり来たか…!!」

正体は先程R.P.D.で見た化け物だった。ブラッドがあの化け物に体を貫かれて息絶えたシーンがフラッシュバックし、メアリーは吐き気が戻ってくるような感覚になる。

ニコライがスクラップ帳をサイドバッグにしまい、ハンドガンを降ってきた化け物に向ける。それを見てミハイルもメアリーを背に隠しアサルトライフルを構えた。

「今のは何!?」

そこにジルの声と共に背後の扉が開き、彼女は化け物の姿を見て息を呑む。撃退したと思っていた物が目の前にまた現れ、動揺を露わにした。

その一瞬をつき、ニコライはメアリーの手を引き先頭車両へ逃げ込んだ。

「メアリー!!」

「ミハイル!!」

互いに手を伸ばすが、一寸の差でニコライが扉を閉めて繋がるのを阻止した。扉に付いている窓から手を伸ばしながら必死で抵抗するメアリーの姿が見えたが、次いで背後で発せられた銃声に咄嗟に意識が向き振り返る。そこには化け物に1人で果敢に立ち向かうジルの姿があった。

「くそ…ッ!!」

化け物はジルに気を取られているようで、こちらには攻撃を仕掛けてこない。もう一度扉の窓を見ると、ニコライに手を掴まれながらもこちらを見ているメアリーの姿が見える。カルロスの姿もあるが、彼にはニコライがメアリーを連れて退避したようにしか見えないだろう。

ニコライにメアリーを渡してはいけない。彼が何をしようとしているのかは分からないが、良からぬ事である事は確かだ。

だが自分が今そちらに向かえば、ジルを1人で化け物と戦わせてしまう事になる。

"ジルは危険だ。お前達もじきに分かる。"

先程のニコライの言葉が蘇る。化け物はやはりジルしか狙ってこない。それらが示す答えは実に単純なものだった。

「ジル!!」

ミハイルは彼女を呼び、こちらに来るようにジェスチャーを送る。それに応えて自分の元に移動し始めるのを見ると、彼は化け物に向かってアサルトライフルを連射した。

「ジル、お前は先頭車両へ退避しろ!」

叫ぶように言い放ち、ジルの体を扉の方へ押す。しかし彼女は拒むようにそこで立ち止まった。

「あれの狙いは私よ!あなたが退避するべきだわ!」

今度は逆にジルがミハイルの服を掴み扉の方へ引き寄せようとしたが、彼はやはり彼女と同じようにその場に踏みとどまり、アサルトライフルでの射撃を止めなかった。

「……ニコライにメアリーを渡すわけにはいかない。だが、お前をここで1人戦わせるわけにもいかない。俺に与えられた選択肢はひとつだ」

化け物がこちらをゆっくりと振り返る。そのおぞましい姿はゾンビの比ではない。だがミハイルは臆する事はなかった。

彼は扉を素早く開け放つとジルを無理矢理その向こうへ突き飛ばすように押し込む。不意の衝撃に受け身を取れなかった彼女は向こう側の床に倒れ、次にミハイルを視界に入れた時には先頭車両側のドアノブを破壊されていた。

「メアリーを頼む」

彼の声を聞くのは、その言葉が最後となった。

 

出来れば自分の手で守ってやりたかった。

少女だけではない。カルロスやジルの事も、本来ならば自分が導かなければならなかった。D小隊の総隊長としての責務を果たさなければならなかった。

自分達の存在意義が何であろうと、与えられた任務はこなさなければならない。それだけが、生きるための道。

よく出来た捨て駒でありモルモット。それがU.B.C.S.だ。

だが反逆が許され、そのチャンスがあるとすれば、確実に今だろう。

化け物は標的をミハイルに変えた。ジルの味方をした事で、化け物の認識が更新されたのだろう。

嬲られ、体を動かす事も叶わない彼に化け物はゆらりと近付く。

(嗚呼、出来る事なら平和なこの街に降り立ちたかった)

ぼんやりとそんな事を思いながらギリギリまで化け物を引き付ける。

 

路面電車は最高に乗り心地がいい。これでのんびりと市内を巡るなんてどんなに素晴らしい事か。美術館を基にした警察署やスポーツ観戦が出来るスタジアム。広い公園に高くそびえ立つ時計塔。田舎町な割に観光に適した場所ばかりだ。

隣には妻がいて、この街の地元民である少女が名所巡りに付き合ってくれる。

それはとても幸せな光景なのだろう。

 

化け物の伸ばした触手がミハイルの体を捉える。

チャンスは一度きりだ。

触手によって化け物と急接近した、一瞬の隙に手榴弾のピンを抜いた。

 

「ミハイルーーッ!!」

凄まじい爆発音と共に後方車両が焼け落ちた。恐らく手榴弾を使ったのだろう、衝撃は先頭車両にも伝わり少女の悲痛な叫び声が車両にこだまする。

「嘘だろ、ブレーキがイカれちまった!」

いち早く操縦席に戻ったカルロスがブレーキのレバーを何度も引くが、車両は止まるどころか爆発の衝撃で脱線しそうな程に傾き始める。

「ッ!!」

車両はついに建物を巻き込み大きく揺れる。それに動揺したのかニコライの手の力が緩まったのを感じ、メアリーはその手を振り解いてジルの方へ走った。

「ジル!」

「メアリー!」

2人が無事に抱き合うのを視界に入れ、ニコライは舌打ちしつつも己の身を最優先にし、ひび割れた窓を破り車両の外へと飛び出す。

「これで止まれッ!!」

カルロスは操縦席の端にあった"非常用ブレーキ"と書かれた蓋を取るとその中のボタンを力強く押した。

だが時既に遅く車両はついに線路を曲がりきれず脱線し、時計塔の垣根を突き破り、遅れてブレーキが効いたのか入口の手前でなんとか停車した。

ジルはメアリーを守るようにしゃがみ込んで抱き締めた体勢のまま、割れた窓から時計塔を見上げる。

多大な犠牲を払ってしまったが、目的地に辿り着いた。これでこの街から脱出出来る。

そう思っていた。

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