【完結】地図から消えた街   作:斎草

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9/28 - ⑦ 〜 10/1 - ①

時計塔の入口が瓦礫で塞がっている。外には逃げられない。

「メアリー。こっちに来い」

ニコライが扉を開けてホールに入ってきている。それを視界に入れてサッと青ざめた。

捕まれば自分の身は必ず危機に晒される。階段で2階に上がる事も考えたが、恐らく2階は一方通行。他に出口があるとすれば、今いる1階である。

「まだ続けるのか?」

ニコライは愉しそうに笑いながら歩いて追い掛けてきている。ハンデのつもりなのか、それが逆に恐怖を煽る。

メアリーは向かいにある扉を開け、閲覧自由の読書スペースからまた次の扉を開けてそこに逃げ込んだ。

「……!!」

そこは美術品の展示場所で、それなりの広さのある部屋だった。だが、時計塔の近くの店で売られる絵葉書の絵柄にもなっている絵画の傍らに、人2人の遺体があり思わず息を呑んで後ずさった。

「あ……あ……っ」

カルロス達と同じエンブレムの入った服。それを纏った男に抱かれて息絶えている少女はちょうど自分と同じ年代に見える。虚ろに開かれた眼に光はない。

腰が抜けて立てない。遺体なんてここ数時間でそれなりの数を見てきたはずなのに、目の前の2人は格好も相まって自分やカルロス達と重なる。

ミハイルは死んだ。回収用のヘリも墜落した。カルロスやジルや自分も、こんな風に死んでしまうのだろうか。今までに死んだ人達の姿が脳裏にフラッシュバックし、発狂しそうになる。

化け物に殺されてしまったブラッド。ハンドガンで頭を貫いて死んでいた警察署の職員。決死の自爆で化け物と共に散ったミハイル。そして、彼女の願いを聞き入れ自分の手で殺したリリィ。

咆哮のような己の叫び声が部屋に響く。ジルとカルロスも今はいない。完全に自分1人きりになってしまった。恐怖と不安と絶望が一気に押し寄せ、呼吸が乱れ体が小刻みに震える。

 

「もう頼れる大人は俺しかいないだろう?」

暗闇に覆われたかのような世界に不意に男の声が降ってきた。弾かれたように振り向くと、そこには歪な笑みを浮かべるニコライが立っていて、体は腰を抜かしていても反射的に後退りを始めた。

「鬼ごっこは終わりだ。悪いが遊んでいる時間もあまりないからな」

ニコライは一気にメアリーと距離を詰めると腰を屈めて彼女の脚を鷲掴みにし動きを止める。とうとう捕まってしまった恐怖に少女は目に涙を浮かべながら過呼吸になり、それを眺めながら引き寄せて逃げ出さないように、少女の下半身に馬乗りになった。

「なんでっ……あなたは……、ッ!!」

メアリーが何か言い掛けると、ニコライは少女の体を押し倒し細い首を片手で締め上げ始める。途端に苦しそうな呻き声が耳を掠め、小さな手が締め上げる手を剥がそうと懸命に抵抗していた。

「そうだな……お前がただの子供ならば、とっくに殺しているところだ」

このまま締め殺してしまってもいい。だが、ニコライには彼女と初めて会った時から手中にしたかった理由がある。己の腕を掴んでいた両手のうち片方が外され、その行方を目だけで追いながら徐々に締める手に力を入れていく。

「お前には"T"の抗体がある。……ああ、Tというのは、この街で頻発しているゾンビ化現象を引き起こすウィルスの事だ」

T-ウィルス。それこそがこの悪夢の元凶であり、アンブレラ社が開発した生物兵器ウィルスである。そしてこのTには、10人に1人の割合で抗体を持つ人間が存在すると謂れている。ラクーンシティには抗体を持つ者が極端に少なかったが、そんな中で今も生きているのがこの少女であった。

「俺は普通の傭兵とは違う。アンブレラからの戦闘データの記録や証拠隠滅等の任務を極秘に請け負う"監視員"に当たる。ミハイルやカルロスのように、野垂れ死ぬような連中とは違うのだよ」

監視員は金のためなら忠実に任務を遂行するため、U.B.C.S.の中でも特別優遇されている存在だ。任務時には他の隊員よりも強い抗薬を投与され、脱出経路も複数確保されている。生き残ってさえいれば、この街から脱出する方法はいくらでもあるのだ。

「抗体持ちを連れ帰れば賞金も上がる。俺の目的はそれさ」

言い終えると同時に少女の手が上がる。その手にはハンドガンが握られており、既に引き金に指が置かれていた。

 

刹那。

銃声が静かな室内に響く。外はいつの間に降っていたのか、雨粒が窓を叩いていた。

 

「……遊んでいる時間はもうないと言ったはずだ」

天井に銃弾による穴が空いているのが見える。首を締めていない方の手で、ニコライは少女の持つハンドガンの銃口を逸らし銃弾の軌道を変えていた。

「俺がお前の弾を喰らう訳がないだろう?素人、子供が、しかも片手で撃つ銃なんて」

ニコライは首絞めの影響で緩まっていく手からハンドガンを奪う。そしてそれを少女の眉間に銃口を向けて突き立てた。

「覚えておけ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけだ」

口許から笑みは消え、蔑むように目を細めて視界に映る少女を見る。死に怯える絶望的な表情は今の状況を象徴するかのようだった。

勿論、ニコライに彼女を殺す気はない。先程までの話でそれを理解出来ないほど、目の前の少女の頭は悪くないはずだ。それほど今の状況は彼女にとって負荷が掛かっている。だが、ニコライはそれを憐む素振りを見せなかった。

「……何故こんな物を持っているのかと思えば、そうか。これはミハイルの物だったな」

彼は眉間から銃口を外し、まじまじとその銃身を眺める。UBCSの装備は基本的に支給品であるが、禁止されているわけではないので、中には自分の使いやすい物を取り寄せる者もいる。そのため、長くこの部隊にいる者ほど愛用品がある。ミハイルもそのうちの1人だった。

「かえ…して……っ」

銃身を眺めていたが、突如聞こえた掠れた声を辿ると少女が苦しそうな表情を浮かべながら彼の持つハンドガンに手を伸ばしていた。

「返すさ、大事な物だからな」

ニコライはそれを受け入れ、ハンドガンを彼女の腰のホルスターに収める。

「大事な大事な、ミハイルの遺品だ。自ら率先して生物兵器のマトになり、戦闘データの糧になったミハイルの遺品だ」

彼はまた歪んだ笑みを口許に浮かべた。

この街は既に広大な試験場であり、もう監視員以外の隊員達が何をしてもアンブレラの思う壺だ。足掻けば足掻くほど、彼らを喜ばせる事になる。

そしてそれは、巡り巡ってニコライの儲けになる。

「こらこら、暴れるな。もう返しただろう」

怒っているのか、手足をバタバタと暴れさせるメアリーの首を一層強く締める。再び苦しそうに呻き始め、ついに少女は意識を手放した。

「……まったく、手間を掛けさせる」

溜息を吐きながら立ち上がり、少女の体を肩に担ぐ。ジルやミハイルに懐いていたのでどうなるかと思ったが、これでようやく己の手中に収まった。まだ重要任務がいくつか残っているが、監視員の基地に監禁していればまず外に出る事は叶わない。

ニコライはこの部屋にある裏口の扉を開き、時計塔を後にした。

 

———

「私以外の手に落ちるのか」

声が響いた。地べたに這い蹲るように倒れている体は何故か動かず、真っ暗な空間はどこを見渡しても声の出所が分からない。

「死んでいないだけマシとも言えるがな」

その声はいつもの声だった。

———

 

ハッと息を呑んで目が覚めた。

夢の中と同じく、地面に這い蹲って倒れている。手足はロープで固く縛られていてメアリーの力では解けそうになかった。頭を動かすとすぐ近くにテーブルがあるようで、それの裏側が見える。向こうには人が椅子に座っており、脚が貧乏ゆすりで小刻みに揺れている。どうやらあちらからは少女が目覚めている様子は見えていないようだ。

すると向かいの暖炉の壁の一部が崩れ、2つの人影が現れた。どんな人物なのかはテーブルのせいで視界を上げても見えなかったが、椅子に座っていた人物に挨拶をした後、己のすぐ近くに人影が移動してくるのを見ると目を瞑って気絶したフリを決め込む。

「タイレル。ライフラインの切断は済んでいるな」

「ああ、抜かりない。そちらも新聞社の焼却は済んでいるのか、ニコライ」

「当たり前だ」

話し声と共にテーブルにバサリと書類が置かれる音が聞こえ、次いで厚みのある物が置かれる音が聞こえる。

「それが例のスクラップ帳か……」

「そこにいる子供が作った物だ。物好きもいるもんさ」

足音が近付き、体を動かされる。砂利のような感触があったので、恐らく足による動作なのだろう。

「重要書類の作り手かつ、"T"の抗体持ち……至れり尽くせりだな。賞金はいくらになるんだ」

「交渉次第だが、高値がつくのは間違いない」

クツクツと喉奥で笑う声が聞こえる。メアリーは心臓が飛び出そうになる程に鼓動が煩く鳴り響くのを感じた。

やはり自分は売り渡される。報酬目当てでアンブレラに従っているのがニコライだけではない事も衝撃だったが、自分に高値がつくという事実はそれを上回り、後頭部を何かで打ち付けられるような感覚に陥った。

そして売られた先で何をされるのか。想像するだけで体が小刻みに震えそうになるが、意識が戻っている事を悟られてはいけない。

「しかしこの街は破壊工作をする箇所が多すぎる。加えて市民共が無駄に足掻いたせいで通行止めも多い」

ペンが紙の上を滑る音が聞こえる。地図の通行止めの箇所に印を付けているのだろう。

「だが、これでようやく病院の破壊工作に着手出来るな。タイレル、先行してくれるか」

「分かった」

1人の足音が少女から遠ざかり、薄目を開けて確認すると先程入ってきた暖炉から出て行く姿が見えた。

「俺はまたここの番をしていればいいな?」

椅子に座っていた男が残っているニコライに確認を取る。が、ニコライは無言で彼に近付き、———

「お前は俺のために死んでいればいい」

銃声が響いた後には、男はぐったりと姿勢を崩し椅子から倒れ、額から血を流しながら虚な瞳をメアリーに向けていた。

「ッ……!!」

思わずヒュッと息を呑む。その声に気付いたのか、ニコライはすぐにメアリーの方を振り向きそちらに足を向けた。

「起きたか、メアリー。それとも前から起きていたか?」

喉奥で笑いながらしゃがみ、前髪を掴んでその顔を覗き込む。

「なんで仲間を殺したの…!」

メアリーは頭皮の痛みに表情を歪めながらも、虚な瞳を晒す死体を示すように目を向けてからニコライを視界に映す。しかし彼はつまらない様子で彼女を見下ろしていた。

「仲間がいたら取り分が減るだろう。今回の任務の報酬はそれなりに高額だ。美味しい物は1人で戴くのが俺の流儀でね」

彼はチラリと死体を見遣り、ハンドガンをホルスターに収める。何食わぬ顔で、そんな理由で仲間を殺した。

「卑怯者ッ……!」

ギリッと奥歯を噛む。ミハイルの死すら彼の前では儲け話に過ぎない。彼と同じ隊に所属していながら、こんな汚い手口で金を稼いでいる輩がいると思うと憎しみしか湧かない。

「何とでも言えばいい。それが俺のやり方だ。アンブレラだって認めている」

寧ろアンブレラは、監視員のような連中を好んで使っている。金さえ積めば何だってしてくれるのだから、変に信念や正義感を持っている者よりも余程使い勝手がいい。

ニコライは少女の頭を床に打ち付けるように離し、立ち上がると足で死体を隅に移動させ暖炉まで移動する。

「ここの工作は病院で最後だ。終わり次第、俺とこの街を脱出する。お前に拒否権などない」

彼はそう言い残して基地を後にし、暖炉の抜け道を隠すようにレンガを積んだ。

 

「……なんとかしなきゃ……!!」

早くしないとニコライが戻ってきてしまう。あんな奴と脱出だなんて死んだ方がマシだ。それに、ジルとカルロスが死んだとはまだ決まっていない。もしかしたら、生きて合流出来るかもしれない。

メアリーは何とか身を起こしてテーブルの上を確認する。ラクーンシティの地図と、何か色々な書類、そして己のスクラップ帳がそこに乗っていた。改めて狭い室内を見回してみると古い作業用具がちらほらと並んでいる。蜘蛛の巣があちこちに張ってある事から、長らく使われていなかった隠し部屋を基地として使っている事が窺えた。

「!!」

何か使えそうな物はないかと視線を巡らせていると、背の低い棚にナイフが置いてあるのが見えた。足を揃えて縛られているため、座った体勢で膝を伸ばしては曲げるのを繰り返しながら移動し、体をぶつけて棚からナイフを落とし、それを持ってまずは脚のロープを切ろうと奮闘し始めるが。

「……だめだぁ」

後ろ手に縛られているため、上手く脚まで手が届かなかった。

「こ、こうなったらこのまま……」

先程のように膝を伸ばして曲げるのを繰り返しながら暖炉まで移動し、脚で積んであるレンガを蹴り崩す。抜けた先は雰囲気は変わらないものの基地よりも広い空間で、扉が見える事からあそこから外に出られる事を示していた。だが、この状態ではドアノブは回せない。

このまま終われない。己の身に高値が付くなら、彼ら監視員の手で殺される事はまずない。

この命がある限り、最期まで足掻く。死んでいったリリィやミハイル達に何か出来るとすれば、この事件の生き証人になる事だ。

メアリーは再び手足を拘束するロープをどうにか出来ないかと、不自由ながらも部屋内の探索を始めた。

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