【完結】地図から消えた街   作:斎草

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「よし、いけた!」

部屋の角にぴったりと寄り添うように立て掛けた剥き出しの鉈の刃をロープにこすり続ける事数分。手首を拘束する物がなくなり自由になった両手でその鉈を掴み、今度は足のロープも切ってようやくメアリーは自由を手にした。

すぐさま基地に戻りスクラップ帳を取り返すと、床に無造作に置かれていたリュックの中に収める。これでやっと事件をより正確に伝える事が出来る。リュックのすぐそばにあったハンドガンも回収し、ホルスターを腰に装着する。

ロープを切っていた最中、外で爆発音が聞こえた。恐らく、ニコライが病院の破壊工作を終えたのだろう。きっと彼はすぐこの場所に戻ってくる。だが、ここがアンブレラからの極秘任務を請け負う"監視員"の基地であるなら、重要書類もあるはずだ。例えばテーブルに広げられているマーキング付きの地図は、事件当時の状況を的確に示している。メアリーはその地図を折り畳んでリュックに収め、他の書類も吟味する。

表紙に"報告書"と書かれたクリップ留めの書類を捲っていくと、ゾンビの写真と共にそれに関するレポートがまとめられており、1番最後のページにはゾンビとは違う物のレポートがあった。

「"NEMESIS"……ネメシス」

そう見出しの書かれたレポートをサッと読んでいく。身体的な特徴を捉えた文から始まるそれは、どうやらたびたび襲ってきた巨人の怪物の物のようだった。一通り読んでいくが

、ある一文に目が留まる。

"D小隊隊長、ミハイル・ヴィクトールが自身を犠牲にしてでもネメシスを倒す事は出来なかった。"

その一文で確信する。このレポートはニコライが書いたものだ。彼はあの電車の中で、ミハイルを助けに行こうとはしなかった。それどころか、その身に価値のあるメアリーを連れて真っ先に退避した。

レポートを持つ手が怒りで震える。彼はやはりこの怪物の存在を事前に知っていたのだ。これを持ち出せば、少しは報いになるだろうか。メアリーはレポートをリュックに入れ、先程までそれが置いてあった場所に目を向けるともう一枚書類が置いてあるのが見えた。

「"明朝米軍は作戦を実行する。街は夜明けと共に確実に消滅する。"……!?」

書類には短く文が連なっていた。だが、その末尾にあった一文は一際目を引く。

街が消滅する。その街というのは、ラクーンシティの事だった。

"ラクーンシティは見捨てられた。"

「ラクーンシティが、消える……!?」

それも、米軍の手で。

クラクラと眩暈のような感覚に陥る。自分の生まれ育った街が消える。どんな手法が用いられるのかは分からないが、とにかく消える。

「そうだ。早くこの街を脱出しなければな」

ふらりと身が揺らぐと、誰かに後ろから支えるように両肩に手を置かれた。その手の主を確認しようと顔を上げて静かに息を呑む。

「メアリー。お前は本当に頭の回る奴だ」

ニコライが戻ってきてしまった。バッと振り返って距離を取り、じりじりと後退すると彼もその分だけ距離を詰める。

「地図と報告書を盗ったな?仕返しのつもりか?」

"返せ"とニコライは手を伸ばす。その顔はあまり余裕がないのか険しいもので、街が消滅するというのは本当の事である事を示しているようだった。

「この街はミサイルでじきに吹き飛ぶ。夜明けなんてすぐだ。死にたくはないだろう?」

テーブルを囲んで距離を保っていたが、一向に脚を止めないメアリーに痺れを切らしたのか、彼は踏み出すと一気に距離を詰めようと身を乗り出してその脚を速める。

しかしメアリーは一周して暖炉まで辿り着くとその前で一瞬脚を止めて彼を振り返った。

「あなたと脱出するくらいなら、この街で死んだ方がマシ!」

そう声を張り上げ暖炉の抜け穴に身を滑らせ、すぐにこの空間から外に出た。暖炉の抜け穴は背が低く、彼ほどの体格であれば抜け出すのに少女よりは時間が掛かるはずだ。

外は細い雨が降り続いており、外灯はあるものの夜で薄暗い。

「ここ……公園の墓地だ」

すぐにこの場所が何処なのか思い当たった。この小屋は公園の整備に使う道具が入っている物置だった。

記憶を頼りに小走りで墓地の中を駆け回ると、あるひとつの墓石の前で足を止める。

"Albert Wesker"

想い人の名前が彫られている。今は少し怖い存在だが、それでもあの時の気持ちに嘘はない。

メアリーは彼の墓石の前に膝をつくと、静かに手を合わせた。きっともうこの場所には戻れない。きっとこれが最後だ。

「メアリー、何処に行った?」

その時、小屋の方から声が聞こえる。抜け穴を抜けた先も念入りに探していたのであろう、ニコライがやっと外に出てきたようだが、こちらにはまだ気付いていないようだった。

(まずい…!)

メアリーはパッとウェスカーの墓石の陰に身を隠す。子供1人なら隠れられそうな大きさのそれの陰からニコライの様子を窺い、移動に合わせてぐるぐると己もしゃがみながら陰になるように移動する。

(お願い、隊長……!)

こんな時だけ畏怖を感じる彼に頼るのは虫が良すぎると思った。だが、救いの神が存在しないラクーンシティでは神には祈れない。

その祈りが届いたのか、ニコライは門を開けて墓地から出て行ってしまった。

ホッと安堵の溜息を吐き、メアリーは立ち上がると墓石に敬礼をする。本当にこれで最後だ。

少女は少し時間を空けてから門を開け、ニコライの手から逃げ出す事に成功した。

 

公園から時計塔までの道のりは遠くなく、寧ろ隣接している。そこまで距離を移動したわけではなくメアリーはまた内心安堵していた。

気絶していた間、どれくらいの時間が経っていたのかは分からない。もしかしたら2人とも移動しているかもしれない。だが、確認せずにはいられない。

メアリーは一縷の望みに縋りながら時計塔に入り、礼拝堂へと走った。

「ジル!カルロス!」

彼らの名前を呼びながら礼拝堂の扉を開けると、そこにいた人2人が弾かれるように振り返る。そしてそこにいた少女を視認して、安堵したように表情を明るめた。

「メアリー!無事だったのね!」

「良かった……!戻ったらいなくてビックリしたぜ!」

間違いない。ジルとカルロスだ。メアリーもまた表情を明るめだが、やっと束の間の恐怖から脱した事で途端に出なかった分の涙が溢れ落ち、2人に駆け寄って抱きつくとなり振り構わず泣きじゃくる。それを見た2人は少女を落ち着かせるように頭や背中を優しく撫でていた。

だが、泣いている時間もあまりない。なんとか嗚咽を落ち着かせ、まだ手の中にあったクシャクシャの紙を2人に見せる。

「ニコライ、やっぱり敵だった…!この街から早く出なきゃ!」

2人は少女が示した街が消滅する旨の書かれた紙を見て眉を顰める。カルロスは心当たりがあるようで舌打ちをした。

「クソッ、ニコライの奴…!仲間殺しの他にこんな事まで…!」

メアリーはその紙の他にも基地から持ってきた地図とレポートも2人に見せる。その過程でニコライが"監視員"と呼ばれる普通の傭兵とは違う立場にいる事や、アンブレラから出る報酬のために色々画策していた事、己の身柄にすら手を出した事も全て話した。

「ニコライ……あなたにそんな酷い事をしたのね。でももう大丈夫よ」

「ああ。これからはなるべく3人一緒に行動しようぜ。なんとか脱出する方法を見つけよう」

3人で頷き合う。もう信じられるのも、生存者も3人しかいない。だが全員で結束すれば道が拓けるかもしれない。

「監視員にはまだ脱出手段が残されてるみたいだし、先回り出来ればそれで脱出出来るかもしれないわ……」

生きてこの街から脱出し、賞金を稼ごうと画策するニコライがまだこの街にいるという事は、脱出の手立てが残っているという事だ。だが、闇雲に探し回ってもすぐに夜明けを迎えてしまうだろう。ある程度場所を絞らなければならない。

「もしかしたら、ここに書いてあるかも……」

もう一度基地から持ってきた地図を広げ、通行止めの箇所に付けられた印や重要施設を示すマーキングがしてあるそれを3人で囲む。マークされている施設を各々指でなぞり、そうする事ほんの数秒で3人の指がある1箇所で止まった。

「基地があった墓地から近い……」

「昔アンブレラの融資で建てられた……」

「長く使われていない場所……」

顔を見合わせて頷く。3人が示した場所は公園の外れに位置する廃工場だった。

きっとニコライはまだメアリーを探している。公園内を探している可能性があるのでそこからの道は使えないが、工場は下水の管理会社を併設している。下水の方から通っていけば彼に見つからずに済むかもしれない。

3人は身支度を整えてから時計塔を後にし、外のマンホールから下水の方へ降りていった。

 

「大丈夫か?疲れてたら俺がおぶってやるよ」

ハシゴを降りたところでジルに支えられているメアリーを見て、カルロスはすぐに少女に手を伸ばす。

「ううん、大丈夫。迷惑掛けられないし……」

少女は緩く首を振っていた。夜明けまでに脱出しなければならないが、信頼出来る2人と再会した事で幾分緊張が抜けたのであろう。疲れが顔にモロに出ているのをカルロスとジルが見逃すはずがなかった。

「迷惑じゃないわ。寧ろ掛けてるのは心配の方」

ジルがカルロスに目配せすると彼は姿勢を低くし、それを確認してからジルはメアリーの体を持ち上げて彼の背に乗せた。

「わわっ…!」

「もう1人で抱えちゃダメだぜ?俺達はチームだ。助け合うのは当たり前だろ?」

少女の膝裏を手で支えてから立ち上がり、彼はニッと振り向いて笑う。その前でジルもグレネードランチャーを抱えながら笑い掛けていた。

「メアリーは後ろからライトで道を照らしててくれる?それだけで十分助かるから」

今はマンホールから差す薄明かりのお陰でこの場は足元が辛うじて見えるが、向かう先は吸い込まれそうな程の暗闇が広がっている。メアリーがリュックから提げたタクティカルライトを点灯させると、一筋の光が真っ直ぐに道を照らし始めた。

「ありがとう。……よし、前は私に任せて!」

「お、さすがジル。頼もしいねぇ!じゃあさっさとこの街から出ちまおうぜ!」

カルロスが口笛を吹きながら囃し立て、そうしてからジルを先頭に小走りで工事までの道を辿り始める。

足音が反響して大きく聞こえる中、メアリーは背に揺られながら2人を見ていた。

2人はとても頼もしい。ジルはS.T.A.R.S.の隊員で、カルロスはU.B.C.S.の傭兵だ。自分はただの子供なのにこうして役割を与え、足手纏いにさせない。その優しさにまた涙が溢れそうになった。

「行き止まりかしら……」

だが、そんなジルの声でハッと我に帰り涙を堪えた。今まで走ってきたのは作業員が使う足場で、点検作業用の通路である。メアリーがライトを左右に動かすと、左手にある汚水の流れる水路はまだ奥に続いている。

「げ、もしかしてこの汚ねえ水の中に入るのか!?」

「仕方がないわ」

今更地上に戻ってマンホールを選び直すなど出来ない。ジルが躊躇いもなく汚水に身を沈めると、それは腰ほどの水かさがあった。

「うひー……マジ最高」

カルロスは少女に汚水が掛からないよう高さを調整してから背負い直し、そこに浸かる。

「なんか……ごめんね、カルロス」

少し高くなった視界にすぐに己に気を遣っているのだと悟ったメアリーはカルロスを見る。だが彼は首を横に振った。

「キミが汚れるのに比べたら、俺の体が汚れちまうなんてどうって事ないさ。本当はジルの事も抱えて歩きたいくらいだ」

カルロスは先行するジルを見る。何食わぬ顔で汚水の中を歩く背中は勇ましく、この街の特殊部隊に選抜されるのも納得がいった。しかしやはり彼女はそうである前に1人の女性であり、女性としてのジルを考えるとカルロスは気が気ではないらしい。

「……そういえば、2人とも時計塔から移動はしてなかったんだね。何かあったの?」

メアリーは先程から疑問に思ってた事を問い掛ける。自分がどれくらい昏睡状態だったか分からないが、それなりの時間は経っていたはずだ。自意識過剰かもしれないが、ここまでしてくれる彼らが自分を探そうとしなかったのには疑問が募る。彼は話すかどうか悩む素振りを見せ、やがてぽつぽつとその時の状況を話し始めた。

「実は、ジルがあのバケモン……ネメシスだっけか?あいつにやられてウィルスに感染しちまったんだ。ジルは"自分なんかよりもメアリーを探しに行ってくれ"って言ってたんだが……俺はジルの事も放っておくわけにはいかなくて」

カルロスはその時、とても迷っていたらしい。ジルをとるか、メアリーをとるか。ぐるぐると頭の中で議論をしたが、どちらも彼にとっては大切だった。

彼は少女を背負い直し、再度口を開く。

「けど、病院にウィルス感染者が次々運ばれてたっていうキミの話を思い出したんだ。もしかしたらカルテか何か残ってるんじゃねえかって思って……だからまずは、ジルを助けるために病院に行った」

可能性が少しでもある方へ。カルロスは一縷の望みに縋る思いで病院への道を辿った。そこで目にしたのは医者の死体と蠢く患者の山であったが、もう一つ衝撃的な物を目撃していた。

「そこでニコライに会ったんだ。あいつはキミが言ったように敵で、タイレルを……仲間を殺していた。今思えば、あれはそういうカラクリだったんだな」

少女の膝裏を支える手に、怒りでグッと力が籠る。

タイレル。その名はメアリーも聞き覚えがあった。彼はニコライと同じく監視員であり、ニコライと共に病院の破壊工作へと向かっていた。

再び基地に戻ってきた時にタイレルがいなかったのは、自分が得をするために病院で彼を始末したから。繋がりが見えて思わず唇を噛む。

「……でも、悪い事ばかりじゃなかったぜ?そこの院長はワクチンの作り方を残しておいてくれてた。そのおかげでジルは助かったんだ」

少女の表情が曇ったのを察してか、カルロスは声のトーンを上げた。そうしていると水路だけの道が終わり、また足場が姿を現してジルが一足先にそこに登っているのが見える。

「そうよ。あなた達がいなかったら私は……今頃ゾンビになってた」

ジルはカルロスの背からメアリーを引っ張り上げ、足場に乗せてから彼に手を貸す。

「えっ、私も?」

「?だって、カルロスに病院の事を教えたのはメアリーでしょ?」

あなた"達"と己も括られた事にメアリーは己を指差しながら驚いたような声を上げたが、対して2人は彼女を見て小首を傾げていた。

「キミが教えてくれなかったら、俺達は完全に詰んでこの街でオダブツだったぜ?だから、キミは俺達の命の恩人だ」

「それにまさに今だって、あなたが持ってきてくれた地図を頼りに工場を目指しているところだし……ね?」

トンと2人は少女の肩に手を乗せる。その温かさにジワリと堪えた涙が溢れた。

自分はずっと誰かの役に立ちたくて、そのためにS.T.A.R.S.に入るための勉強を頑張ってきた。だがこの事件が起きてから、自分の無能さをこれでもかという程味わった。

ただのまぐれで生き残っただけの小さな子供。自分の事をそう思っていた。

「さぁ、あまり立ち止まっている時間もないわ。先に進みましょ」

「だな。メアリーも体調が良くなったみたいだし、今度は真ん中で道を照らしてくれ」

少女を列の間に挟み、2人は笑みを見せる。

「あなたの光があれば、私達は前に進める」

ここまで自分がしてきた事は、決して無駄ではなかった。

少女が持つ光は、再び真っ直ぐに道を照らし始めた。

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