ネメシスを包囲している状態なのでこちらの方が有利なはずだった。だがゴミを蹴散らして3人を強襲してくる巨体はその機動力も相まって苦戦を強いられてしまう。
「クソッ、4分なんてあっという間だぞ!!」
水が流れる音が徐々に近付いてくる。恐らく壁にある排水口から大量の水がこちらに押し寄せ、壁のような鉄の扉が開くのと同時にこの部屋内のゴミも別の場所に流す仕組みなのだろう。もしそんな量の水が流れてきたら、抵抗する事など到底無理だ。
だが上手く脱出出来れば、ネメシスだけを水で流せる。さすがに怪物でも激しい水流の中を泳ぐなど出来ないだろう。
「メアリー!ここの扉を開けるための物を探してくれる!?私達でネメシスを引き付けるわ!」
いくら頭が良くても標的の数が多い方に引き付けられるだろうと思い、ジルはゴミの山を飛び越えカルロスと並んだ。
「S.T.A.R.S.のお手並み拝見、ってところか?」
「そっちこそ。U.B.C.S.の実力、見せてもらうからね!」
そんなやり取りの後、山の向こうでは銃声が絶えず響く。
メアリーは頼まれた通り、まずは扉まで駆け寄る。その付近の壁に視線を巡らせると、パネルとその横に付いているカードリーダーを発見した。パネルの画面には淡々と残り時間が刻まれており、既に1分の時間が過ぎていた。
(ボタンは見当たらないから、カードキーを探せば開きそう…!)
振り返るとネメシスと対峙する2人が見える。2人は自分に扉を開ける物を探すという重要な役割を与えてくれた。決して足手纏いにせず、信用してくれた。何としても全うしなければ。
メアリーは再びゴミの山に戻るとカードキーのような物がないかそこを漁り始める。汚いなどと考えている場合ではない。とにかく虱潰しに探さなければ。
だがゴミの山は他にもあり、後3分足らずで探すには時間がなさすぎる。
(何か、何か、考えろ、考えろ……!!)
ここにあるゴミの山は、どれも薬品の臭いが染み付いているように感じる。恐らくここに廃棄されている物は普通の生活で出るような家庭ゴミとは違う物だ。ここがアンブレラの関連施設であり、そのアンブレラが危険なウィルス実験を繰り返していたとすれば、もしかすればこのゴミの山は——
(ネメシスみたいな生物兵器や実験台に使われた人間……!?)
瓦礫や実験に使われていたと思われる器具も混じっているので全てがそうとは限らないが、可能性は無きにしもあらずといったところ。途端に吐き気が込み上げるような心地になるが、今はそれをグッと堪えた。
「ッ……!!」
だが違う山を探そうと移動すると、まだ人の形をしている遺体と目が合い思わず息を呑む。白衣を着ている事から、恐らく研究員だったのだろう。しかし、その髪色や背格好は何処か見覚えがあり、恐る恐る遺体に近付く。
「あ……っ」
思わず口許を抑える。見覚えがあるどころか、その姿は1番身近にある人物だった。
「パパ……?嘘でしょ……?」
遺体の前でガクリと膝をつく。その頬に手を添えると体温は既になく、瓦礫と生物兵器に埋もれた体は抱き締める事すら叶わない。
「パパ…!いつも返事がないのは、こういう事だったの…!?」
アンブレラに勤めていた己の父親は、そこで研究員をしていたらしい。どんな研究かは分からないが、おおよそウィルス関連のものである事は容易に想像でき、それを己に伝える事をしなかった。それが危険な物である事を理解し、たった1人の娘である己を心配させないために。
こうなった経緯は分からないが、ウィルスの実験台にされたのか、それとも何らかの事故に巻き込まれたのか。
涙が溢れて止まらない。言葉すら出ない。虚ろな瞳が己の姿を捉える事はもうないのだ。
「メアリー!やったわ!!」
そこにやっとの思いでネメシスを一時的に停止させたジルとカルロスが姿を見せたが、遺体の前で静かに嗚咽を漏らす少女の姿を見て一瞬動きを止めた。
「メアリー……」
その遺体が少女の親しい者だと察し、ジルはそっと彼女に寄り添い背中を優しくさする。
が、ついにアラート音が一層大きくなり水流による地響きが起こり始めた。
「時間がねえぞ!何かないのか!?」
カルロスが足掻くようにゴミの山を漁る。その声と音に、少女は意識がこちらに戻ってきたように肩を揺らした。視線を上げると地響きの振動で出てきたらしい、父親の白衣の胸ポケットからアンブレラの社章が入ったカードと携帯型テープレコーダーが床に落ちる。
「こ、これは?使えない?」
メアリーが震える手でカードをカルロスに手渡すと、彼はそれを試すために扉へと駆け出していった。
「メアリー、この人はあなたの……」
ジルは背中をさすりながら少女の顔を覗き込む。少女はテープレコーダーを拾い上げ、中に入っているカセットのラベルを見る。
"Mary Watson"
「もしかして、あなたのお父さん……?」
ラベルに書かれた名前を見て、ジルはようやくその遺体の正体に察しが付いた。
「パパ……どうして私の名前を……」
しかしこのカセットにメアリーは心当たりがないらしい。不思議に思いながらもカセットをレコーダーに戻すと、あの硬い扉が開く音が聞こえた。
「当たりみたいだ!早く出るぞ!!」
扉の前でカルロスが手を振っている。ジルはメアリーに立ち上がるように促すと、その小さな手を引きながらゴミ置き場を後にした。その間、メアリーは父親の遺体の方をずっと見ていた。
やがて水の流れる音がゴミ置き場の中に響き、全てが流されていった。メアリーが扉に手を合わせるのを横目に、ジルはカルロスに事情を説明する。手を合わせ終えると、カルロスは少女に先程のカードを渡した。
「これ、キミの親父のなんだろ?ちゃんと持ってな」
そう言ってポンと頭に手を置く。裏側を見ると磁気ストライプの下に名前が書かれていた。
"Alan Watson"
直筆のその文字は少女の涙を更に誘う。
「アラン……絶対に彼の死を無駄にしてはいけないわ」
アランだけではない。リリィも、ミハイルも、他にも犠牲になった人間はたくさんいる。自分達は数少ない生き残りであり、この事件の証人だ。ここまで来て今更死ぬわけにはいかない。
ジルとカルロスも扉の向こうに黙祷し、顔を上げる。
「さっきここのヘリポートにヘリが一機あるのを見たぜ。ここはだいぶ上の階だから、下に降りよう」
先程まで離れ離れだったが、今は3人ちゃんと生きてここにいる。3人共に生きている限り、希望は消えない。
3人はヘリのある場所に出るための道を探り始めた。
先程のカードキーを使い工場の管理室へ入ると大きな窓の下にヘリがあるのが見えた。恐らくニコライが脱出するために使う予定だったのだろう。しかし彼はもういない。彼の死に対して、誰も情など湧かなかった。
「あれだけの事をしたんだ。当然だろ」
カルロスは舌打ちする。最初から裏切り者で、仲間殺しにまで手を染め、少女を無理矢理誘拐しようとした。あの惨たらしい死に方は当然の報いと言える。勿論、ひとつの命と見ればその死に少しは憐みも持てるだろう。が、彼の鬼畜の所業は到底許されるものではない。
「ここは開かないみたいね。他を探しましょう」
管理室には下に続くハシゴがあるようだが、それに繋がる扉は固く閉じられていて開く気配はない。
仕方なく他の道を探そうとした時、けたたましく警告音が管理室に響いた。
『警告 警告 ミサイルの発射を確認しました。総員速やかに退避してください』
その機械音声に弾かれるように視線を窓に向けると夜明け前の薄暗い空が見える。ミサイルを視認する事は出来ないが、きっとあの黒い雲を引き裂いて街へ落ちてくるのだ。
"街は夜明けと共に確実に消滅する。"
「ついに来たか!クソッ!!」
カルロスがガンッと管理室の操作パネルに拳を打ち付ける。そこにはミサイルが街に近付いている事を示すレーダーが表示されていた。
「落ち着いて!まだ何か手立てがあるはず!」
ジルはその隣でパネルに付いているキーボードを打ち込み始める。すると背後で何かが開くような音が聞こえた。
「ジル!カルロス!この扉が開いたみたい!」
その声に2人が振り向くとメアリーがハシゴに繋がる扉を持ち上げて開けていた。下に伸びているそのハシゴを降りた先もしっかり電気が通っているようで安全に降りられそうだ。
「よし、これならヘリまであと少しね!行きましょう!」
3人は頷き合い、ハシゴを降りて先を急ぐ。その先にあった扉から外に出ると、まだ最下層ではなかったが確実にヘリには近付いている。
ギリギリだが、あともう一回ハシゴか階段を下ればヘリのある場所まで行ける。3人は希望を胸に次のフロアへの扉を開けた。
「わっ、なんだろうこれ……」
そのフロアに入った時、真っ先に視界に入ったのは巨大なレールキャノンだった。映画でしか見れないような巨大兵器の登場にメアリーは目を輝かせたが、カルロスに手を引かれながらフロアにあるエレベーターまで小走りで駆ける。
「珍しいかもしれねえけど、今は降りるのが先だぜ?」
「こんな状況じゃなかったら、もう少しゆっくり見てても良かったんだけどね」
こんな時に彼女の子供らしい一面を垣間見て、2人は苦笑いを零しながらも気持ちが少しだけ楽になった。張り詰めっぱなしでは支障も出やすい。少女の存在は2人にほんの少しの安らぎを与えていた。
「ッ!!」
だがそれも束の間、フロア全体が軋むように大きく揺れ、すぐそこの天井が破れて薬品塗れの水を滴らせながらドロドロのネメシスが落ちてきた。それはみるみるうちに変異し、前よりもおぞましい姿になっていく。
「しつこいわよ、化け物!!」
まさかこんな姿になっても自分達を追い掛け続けるなんて。
ジルがネメシスに向かって銃口を向けると、カルロスがその隣に並び肩を叩く。
「1人で戦おうとするなよな」
彼が同じようにネメシスに銃口を向けるのを見て、ジルはフッと笑みを溢す。
「それ、あなたが言えるセリフかしら?」
「さて、どうかな」
変異したネメシスとジルとカルロス。そんな光景を見てメアリーは立ち竦んだ。
「私……私は……」
自分に出来る事は。きっと自分がこの場にいたところで何も出来ない。それこそ足手纏いになってしまう。
それでも、きっとこの2人は少女を足手纏いにさせないだろう。
「ジル!カルロス!私はヘリを確保してくる!」
その声に2人は顔だけ振り向いて少女を見ると、微笑みを浮かべてひとつだけ頷いてくれた。
「絶対来てね!信じてるから!!」
信じてくれる絶対的な存在。それがメアリーという少女だ。
彼女が信じてくれるだけで、こんなにも力が湧いてくる。
そして少女にとっても、2人は生きる力だった。彼女はずっと2人を信じてついてきた。ニコライに捕まってしまった時も、2人が生きている可能性を信じて生きようと思った。
そうしてこそ今がある。変異した化け物には、今更この絆を断ち切る事など出来ない。
そう信じている。
メアリーは作業用エレベーターを使って最下層まで降りると、すぐ目の前にヘリが一機止まっているのを発見した。
「本当にあった…!」
先程まで見ていたのが幻覚だったらどうしようかと思ったが、しっかりそこに存在している。駆け寄るとまず操縦席を見たが、何をいじればいいのか分からない。マニュアルのような物が座席に置いてあったが、下手にいじって自分だけ空に行ってしまっては意味がない。メアリーは後ろの座席に座り、ほんの少しの空間に脚を伸ばした。
傷だらけで、泥や砂で薄汚れている。カルロスに電車の中で巻いてもらった包帯は取り替える暇がなく、いろんな物が滲んでいた。それをそっと取ると、メインストリートで転んだ時に出来た傷が顔を覗かせる。
あの時だ、ミハイルが大きな傷を負ったのは。自分のせいだと悔やんだ時、自分を責めるなと慰めてくれたのはニコライだった。だが彼にとっては少女に気に入られるための演技であり、ミハイルに肩を貸したのも少女を信用させるためだったのだ。彼の思惑を知っている今、その時の動向全てに感じていたものが一気に変貌していく。
(いい人だと思ってたんだけどな……)
彼の事は素直に頼りになる軍人だと思っていた。頭が良くて強い。でも、敵に回ると物凄く厄介な人物だった。
"お友達を殺したのか"
ニコライにそう言われた時、一気に鳥肌が立った。もしかしたら自分がした事は間違いだったのかと一瞬思った。
だが、リリィは自らメアリーに殺される事を望んだのだ。それしかもう、助かる道はなかったから。そして己もリリィの立場だったなら、自我が崩壊する前に彼女に殺される事を望んだだろう。
メアリーはニコライに向けたハンドガンを手に取って眺める。これはミハイルから護身用にと持たされた物で、リリィを救う時にも使った物だった。
気付けばメアリーは、いろんな人からいろんな物をもらっていた。今手元にあるだけでも、ミハイルのハンドガン、リリィの手帳、そして父親のカードキーとテープレコーダーがある。
全てが大切な物だ。
(お願い、ジルとカルロスを守って…!)
メアリーはそれらを胸に抱き締めるように包む。己には祈り、信じる事しか出来ない。けれども、きっとそれは何よりも力になる。そう信じてる。
少し間を置いて、工場のあのフロアから壁を突き破るような音が響いた。そこに顔を向けると、プラズマのようなものが一瞬見えては消え、辺りは静まり返った。
終わったんだ。
少女は漠然とそう思った。
「メアリー、大丈夫?」
ハッと意識が戻ってきた時にはジルが隣にいた。操縦席にはカルロスが座り、離陸するための準備をしている。
「大丈夫か?もう出るぞ」
カルロスも顔色を窺うように振り向き覗き込む。2人とも傷だらけの泥だらけだった。
なのに、まず無事でいた事が嬉しくて、メアリーは隣にいたジルの体をギュッと抱き締めた。それを受けて彼女もその小さな体を抱き締める。カルロスは安心したように微笑んでからヘリを離陸させた。
街が離れていく。
メアリーはジルから離れ、窓に手を付いてその様子を見ていた。程なくしてヘリと入れ違いになるように空から何か落ちてくるのが見える。
「来るぞ!!」
カルロスのその声と同時に、街の中心が光を放った。
遅れて大きな爆発音と共に、赤いマグマのような爆煙が街並みを呑み込んでいく。
「うわっ!!」
大きなキノコ雲が巻き起こり、爆風がヘリを襲う。機体が大きく揺れたが、墜落は免れたようでしっかりと前進を続けていた。その頃には街は跡形もなく消え去っており、煙だけがそこを覆っていた。
慣れ親しんだ街が、いとも簡単に消え去った。ゾンビ化したままの住人達も、親友の遺体も、全てを巻き込んで地図から消えていく。
まるで実感が湧かない。遠い土地での出来事を見ているかのような、どこか他人事のように上の空だった。
やがてその場所は見えなくなり、3人を乗せたヘリは朝日に向かうように飛び去っていった。