【完結】地図から消えた街   作:斎草

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Epilogue

 

あれから数ヶ月が経った。世間は冬の装いで賑わっている。

ジルはクリス達と合流するためにヨーロッパへと旅立っていった。

メアリーはといえば、カルロスと共に小さな港町で暮らしている。本当は2人ともジルについて行きたかったが、危険な事には巻き込めないと彼女は申し出を断り、結局置き手紙だけ残して強引に出て行ってしまった。

「メアリー、勉強もイイけどちゃんと食えよ?」

メアリーは何かに夢中になると寝食を怠りがちだ。カルロスはこの数ヶ月でそれを学んだ。こうして自分の朝食だけはしっかり作ってくれるが、彼女は食パンと参考書を手に持っている。

「カルロスはお仕事だから、量が違うんだよ」

「いや、だからって極端すぎるだろ」

彼の前にあるのはとても元気が出そうなモリモリの朝食であり、確かに見比べてみるとその差は歴然である。まぁ、彼は遠慮なく食べるのだが。

「……じゃあ明日からやる」

「いつ来るんだよ、"明日"」

昨日も聞いたぞ、とカルロスは溜息を吐く。このやり取りは最早恒例である。進歩といえば、昨日はなかった紅茶の入ったティーカップが彼女の前にある事くらいだ。

「もう、カルロスお兄ちゃんみたい」

途端にムス、とむくれた少女。こういった子供らしい一面を垣間見るのも珍しい事ではなくなった。あの事件の時にも時折見たものの、カルロスには終始彼女は賢くて頼りがいのある子供として映っていた。

「あ、それは悪くないかもな」

ぽろっと本音が漏れ出る。今も家事のほとんどをやってくれているので頼りがいはあるのだが、年相応の彼女は何というか、少々天然でマイペースだ。そして可愛らしい。さすがに9つも年下なので恋愛対象としては見れないが、妹なら大歓迎だ。カルロスは素直にそう思った。

「やべ、もう出ねえと」

唖然としているメアリーを尻目にガツガツと朝食を平らげてしまうと、コートとカバンを持ってリビングを出る。

「行ってくる」

「あ、行ってらっしゃい」

互いに手を振り合う。もう定着した朝だった。

 

「うっ、さむ……」

一通りの家事を終え、メアリーは夕飯の買い出しのために市場へと繰り出した。コートを着ていても感じる寒さが身に染みる。薄く積もった雪をブーツで踏み鳴らしながらこれから本格的に来るであろう雪かきシーズンを思い、帰ったらシャベルを軒先に置いておこうと考えていた。

(ジル、どうしてるかな)

白い吐息を遊ばせながら、今は遠い彼女に思いを馳せる。クリス達には会えたのだろうか。今この瞬間も、アンブレラを倒すために画策しているのだろうか。

彼女は勇ましくて強い人間だ。きっと彼にも会えたし、彼と共に動いているに違いない。だって、己を幾度となく救ってくれた人なのだから。

「わっ」

そんな事を考えていると真正面から何かにぶつかってしまい、それの正体を確認するために見上げる。そこにはワインレッドのコートを着込んだ黒髪の女性が立っていた。

「あら、ごめんなさいね。怪我はない?」

女性は少女の目線の高さまで屈み、その顔を覗き込む。サングラスから覗く黒い瞳と顔立ちは東洋人を思わせる。

「あっ、はい。こっちこそごめんなさい」

メアリーは反射的に頭を下げた。いくら考え事をしていたとはいえ人にぶつかってしまうなんて。

だが、いつのまに前にいたのだろうか。先程までこんなに目立つ色のコートを着た人間はいなかったはずだが。

「いいのよ、私も全然平気だから。あなたこの街の子?」

「は、はい。少し前に越してきたばかりだけど……」

だがその疑問も女性がしてきた質問に打ち消された。この街に流れ着いたのは数ヶ月前の事で、やっとこの生活にも慣れてきたところだった。カルロスは外に出て働き、自分は家事をしながら勉強もしている。やっている事自体はラクーンに住んでいた頃もやっていた事なので、慣れていなかったのはこの地域の環境くらいである。

その返事を聞いて女性は口許に笑みを浮かべた。

「ちょうど良かったわ。ここ初めてなのよ。どこか美味しいお店知ってる?」

サングラス越しでも分かる綺麗な微笑みは思わずメアリーも心臓が高鳴った。

 

「ここの魚料理がとっても美味しいんですよ!」

メアリーが女性に案内したのは初めてこの街に来た時にジルとカルロスと3人で入った店だった。今でもカルロスと2人でここに食事をしに来る程気に入っている店で、美味しい店と言われたらここが真っ先に思い当たる。

「嬢ちゃん!今日は兄ちゃんとじゃないのかい?」

すると店主が出てきて快活な笑顔を見せながら少女と女性とを交互に見ている。メアリーはひとつ頷いて女性を見上げた。

「今日は違くて、この人が美味しいお店教えてって言うから連れてきちゃった」

そう笑顔で経緯を伝えれば、店主もまた人の良さそうな笑顔を見せる。

「さすが嬢ちゃん、分かってるゥ!今お召し上がりですかな?」

「ええ。いい匂いがするからお腹空いちゃったわ」

まだ夕飯には早い時間だが、店内もそのおかげか空席が多いので今食べる事に決めたらしい。女性はメアリーを振り返るとサングラスを外して美しい目元を晒した。

「案内ありがとう。お買い物の邪魔をしてごめんね」

「いえ。観光楽しんでくださいね!」

ばいばい、と手を振ると女性も手を振り返してくれた。それを受けてメアリーはスキップしながら店の軒先を後にする。

「いい子でしょう、あの子。お兄さんと2人暮らしなんだってよ」

その後ろ姿を見送りながら、店主は感心しているように何度も頷く。それに同意するように女性も頷いては笑みを浮かべた。

「ええ、本当に。……言われた通り」

付け加えられたような呟きは、店内に入ると同時にかき消えた。

 

夕飯時にカルロスに今日会った東洋人の女性の事を話したら「羨ましい!」と言われた。確かに彼好みの女性である事は間違いない。ミステリアスな雰囲気を纏っていたが、それも相まってかその美しさに同じ女性であるメアリーもときめいてしまった。ジルとは違う美しさを感じる人だった。

そんな事を思いながらメアリーは全ての家事を終え、自室で勉強をしていた。夜も更け、時計の秒針と鉛筆を紙に滑らせる音だけが室内を満たしている。ノートには中3で習う数式が並んでいた。

「ちょっと休憩〜……」

そう呟いて椅子の上でグッと伸びをする。その時視界の隅に新聞が入り、伸びをした腕をそのままそこに伸ばして手に取る。

"ラクーンシティの消滅……背後にあった黒い影とは"

一面の見出しには大きく文字が連ねられていた。そのページを切り取り、新しいスクラップ帳に貼り付けて折り畳む。前に使っていたスクラップ帳はリリィの手帳と共に然るべき機関に証拠として預けている。今手元にあるのはミハイルのハンドガンと父親のカードキーとテープレコーダーだけだ。

机の上にいつも置いている、己の名前が刻まれたカセットテープが入ったレコーダーの巻き戻しボタンを押し、再生ボタンを押してからスピーカーに耳を当てる。

『……もしもし、パパ?あのね、私S.T.A.R.S.に入る事に決めたんだ!勉強もこれからたくさんして、いい学校に入れるようにする!』

そこに録音されていたのは、いつかに父親宛に残した留守電メッセージだった。最初に聞いた時は驚いた。突然自分の声が聞こえてきたのだから。

だが、録音されていたのはそれだけではなかった。

『お、受話器にレコーダーなんて当てて何してるんだよアラン』

『しっ!今録音してるんだよ』

『ええ〜?なになに、なに録音してんの』

次に聞こえてきたのは男2人の声だった。最初に聞こえた方の男の声には心当たりがないが、アランと呼ばれた男の声は間違いなく父親の声だ。

『娘が珍しく留守電残してたから録音してるんだよ』

『あ、そういえばお前子供いたっけ』

『って……忘れてたのかよ』

無意識に涙がほろほろと溢れる。もう何ヶ月も聞いていなかった父親の声。

『S.T.A.R.S.に入るために勉強するんだってよ。……子供はいつの間にか大きくなるものなんだな』

優しくて、穏やかな、あの声。

『俺も頑張らなきゃダメだな……子供に先越されちゃ世話ないよ』

ノートにぽたぽたと雫が落ちては滲んでいく。

静かな部屋に、時計の秒針の音と押し殺すような嗚咽が響いていた。

 

———

雪が降る夜更け。女性はホテルの1室でワインレッドのコートを脱ぎラフな格好を晒した。通信機を起動させ、ある人物と連絡を取ろうと試みる。

『なんだ』

「私よ。あなたが言ってた子、見つけたわ」

『ご苦労だな。様子はどうだ』

程なくして通信が繋がる。低い男の声が通信機から聞こえ、経過報告をすると男は喉奥で笑い、続きを促した。

「いい子ね、呆れるほど」

女性はベッドの上に座り、脚を組んで夕方に会った少女の事を思い返した。彼女には普通の少女にしか見えず、通信の相手が何故自分に調査させているのか疑問に思うほどだった。

「まさか、あなたってそういう趣味?」

そう質問させるほどに。

『そういう趣味なのは向こうの方だ。私を慕っていた』

「あら。あんないい子、どうやって騙したのかしら」

少女の様子からは想像出来ないその話に思わず失笑する。女性は通信を終えたらシャワーを浴びようと脱衣所に足を向けた。

『定期的に監視しろ。あれは私のものだ』

更に低くなった声に男の眉間にシワが寄る様が容易に想像出来た。

 

通信を終え、男は息を吐く。サングラスを外した青い瞳を細め、オールバックにした金髪を整える。

「あの惨劇を生き抜いたか。悪運の強い娘だ」

喉奥で笑い、アンブレラの疑惑が一面に載った新聞を一撫でする。これもあの少女はスクラップ帳にまとめているのだろうか。だとしたら、ここ最近の記事数ではスクラップ帳はすぐに埋まってしまうだろう。

「だが、そうでなければならない。この俺が見込んだのだから」

クリスやジルと並ぶ"お気に入り"。それがあの少女だ。

男は愉しそうに口角を吊り上げ、通信機を机に置いた。

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