受付職員ジェイデン・エバンズの受難
これほどハンドガンが頼りないものだとは思わなかった。
「はぁ…!はぁ…!くそッ!!」
普段は受付でドーナツを食ってる俺——ジェイデン・エバンズもゾンビの掃討に駆り出されている。だがもう街は壊滅的な状況で多数の犠牲者と殉職者を出している。俺はたまたま生き残ってR.P.D.内の安全を守っているが、正直限界だ。もう死にたい。死んだ方がマシなんじゃないか。
「ジェイデン!こっち!」
そんな事をふと思った時、背後から少女の声が聞こえた。振り返ると俺がずっと守っているリリィ・フローレスという少女がそこにいて、ちょうどそこにあった扉を開けて手招きしていた。
「はぁ……助かった。ありがとな」
その扉の向こうへ一緒に入り、俺は扉を背で押さえながらリリィに微笑む。バンバンと扉を叩くゾンビ共の勢いが半端じゃなく、彼女も扉を手で押さえて加勢してくれた。
リリィはR.P.D.内に1人で逃げ込んできた少女だ。父親と一緒だったが、そいつは道中でリリィを庇って死んだらしい。泣きじゃくりながらここに来た彼女の御守りに抜擢されたのは何故か俺だった。
("子供の扱いに慣れてそうだから"とかどんな理由だよ……好きで慣れたわけじゃねえよ)
逃げ込んだのは奇しくもS.T.A.R.S.のオフィスだった。今はもうS.T.A.R.S.は事実的に解散となっているが、それよりも印象的だったのは"S.T.A.R.S.の隊長に会わせてください"といつかに頼み込んできた少女の存在だった。
少女と言ってもリリィとは違う。"あれ"はかなり無鉄砲だと思う。リリィは気弱だが意外と冷静で、ちゃんとした常識も持ち合わせている。"あれ"とは違う。
「ここって……S.T.A.R.S.のオフィス、ですよね」
何とかゾンビの猛攻も収まり、リリィは息を吐きながらこの部屋を見渡す。壁に掲げられた特徴的なエンブレムは誰だって見覚えがあるだろう。
"明るいラクーン計画"。その一環として特殊部隊S.T.A.R.S.が設立された。平和だけども何かと小さな事件が起きるこの街では、彼らが駆り出される事も少なくはない。
制服や装備もR.P.D.職員とは異なるため、何かと目立つ。おまけに変わり者も多い。特に隊長のアルバート・ウェスカーは金髪オールバックにサングラスだ。その出で立ちに慄く者も多い。
警察?特殊部隊?
(何処ぞの暴力団の間違いじゃないのか?)
いつかに乗り込んできた少女もよくこんな隊長に会いたいと思ったな。
「あ、これ集合写真ですかね」
うろうろと室内を散策していたリリィがエンブレムが掲げられた壁の隅にある写真を見つけた。普段は受付番ばかりの俺はS.T.A.R.S.の部署に立ち入る機会はそうそうない。これも何かの縁だと思いそこに足を向けると写真を覗き込んだ。
「そうだな。……こう見ると確かに部隊っぽいな」
ヘリをバックに微笑む隊員達。この時点ではブラヴォーチーム所属のレベッカ・チェンバースは入隊していなかったらしい。女性隊員はアルファチーム所属のジル・バレンタインだけだった。
「って、ウェスカー隊長がセンターじゃないのかよ」
よく見ると写真のセンターを堂々と飾っていたのはアルファチーム所属のクリス・レッドフィールドであり、隊長ウェスカーは2列目のセンターに程近い位置に立っている。
「本当だ。隊長さん、ああ見えて恥ずかしがり屋さんなのかな」
思わず苦笑いを零すと、リリィもクスクスと笑い声を漏らしていた。状況に似つかわしくないが、少しでも癒しがほしかった俺からすれば、その少女の微笑みはまさにそれそのものに感じられた。
「私の友達がね、隊長さんの事が好きなんですよ。私は全然好みじゃないんだけど」
「へえ、変わった子だな。もしかして意外とウェスカー隊長って子供に人気なのかねぇ」
今思えば、これは同じ少女を連想していたのかもしれない。
俺は背後にある書類が山積みになった机に視線を向ける。大体の予想を付けるとすれば、位置的にウェスカー隊長の机だ。リリィ以外誰もいないのをいい事に、俺はその机を物色し始める。隊長なんておエライ位置にいる人間の机をいじり回せる機会なんてこれから先あるか分からない。というか、確実にないと思う。
「ん、なんだこれ」
1番下の引き出しを開けてファイルの間を覗くと、1枚の写真がヒラリと落ちた。拾い上げて確認してみるとそれは——
「おいおい……そういう趣味かよ、おっさん」
レベッカが市内バスケ大会の選手に抜擢された時のグラビア写真だった。眩しい笑顔で写っているそれ自体は癒し効果が半端じゃない。だってレベッカはS.T.A.R.S.なんて勿体無いくらい可愛くて天使みたいな子だし、この写真は男なら誰だって鼻の下伸びるやつだ。
「わ、すごく可愛い人!」
「だよな!そうだよなぁ、女子から見たってレベッカは可愛いよなぁ!」
リリィが覗き込んで目を輝かせるのを見て、俺は同意するように何度も頷く。
ピチピチの18歳。若すぎる。可愛くて当然だ。
だが、問題なのはこの写真が出てきた場所だ。
(なんだよ、ウェスカー隊長も鼻の下伸ばしてるただのおっさんじゃねえか)
こんな場所に天使の写真を隠しておくなんて、隊長も大概だ。けど分かるぜ、警察職務は何かと忙しい。このくらいの癒しを求めたってバチは当たらないはずだ。
俺は写真をそっと引き出しに戻して閉め、敬礼した。
隊長、いつもお疲れ様です。もし俺があの世に逝っちまったら酒でも呑み交わしましょう。レベッカの事話しながら。
「さて、どうしたもんかね」
アルファチーム所属のバリー・バートンの机から銃弾を拝借して自分の物に再装填すると、これから先の事を考える。
警察署に籠城する?それとも外にもっと別の、助かる可能性のある場所に避難するか?
正直R.P.D.はもうダメだ。殉職者の中にはゾンビになった奴らも多数いる。避難してきた連中にも犠牲になった奴らがいる。ここにはもう数人の生き残りしかおらず、全員散り散りに違う場所にいた。
固まっているより、バラバラでいた方が生存率はもしかしたら高いのかもしれない。団体でいればいる程、誰かが感染した時の損害は大きくなる。
「クソッ、外に誰かいねえのかよ」
オフィスの隅にある大型の無線機械に触れて適当にいじくる。チャンネルを合わせてみるが、無線はどれも息をしていないように感じた。
『……ッ、こちらD小隊……分隊、』
「!?」
そこに突如ノイズまみれの人間の声が聞こえ思わず俺はチューニングしていた手を止め、隣にいたリリィと顔を見合わせる。
『……なんとか耐え抜け!…つも…勢いはどうした!』
『ミハ……隊長!っ、うわぁぁぁぁ!!』
『……ックソォォ……っ!!』
銃声と呻き声の混じった無線のやり取りに思わず口が半開きになっていた。口の中が乾き、顔から血の気が引いていくのが分かる。
「ジェイデン……今のは……」
リリィが無意識か、俺の体にしがみついてきた。
外から来た警官が言っていた事を思い出した。どこからか救助部隊がこの街に派遣されてきていたらしい。という事は、今の無線のやり取りはその部隊のものなのだろうか。
R.P.D.には救助部隊なんて来ていなかったから俺はその存在を信じていなかったが、今も遠くで聞こえてくる銃声は彼らのものだったのだろうか。
「……大丈夫だ、リリィ。……クソッ、もしかしたら籠城するならここが1番いいのかもしんねえな」
しがみついてきた少女の背中を励ますように叩き、オフィスから出るために歩き始める。すると俺の無線機が通信を受信した。
『全員聞こえるか』
「マービン巡査!何かあったのか?」
無線機を耳に当てると聞こえてきたのはマービン・ブラナー巡査の声だった。続いて生存している警官達も応答し、全員が無事である事を確認出来てひとまずホッとしていた。
『リタが救援を呼んでくれた。すぐに玄関ホールに集まってくれ』
リタは超可愛い婦警だ。……じゃなくて、安全に外に出るための抜け道でもあったのだろう。俺達がこの複雑な造りの署内を逃げ回っている間、マービン達が活路を拓いてくれたらしい。
とにかく、救援さえ来てくれればリリィだけでも助けてやれる。
俺は互いにはぐれてしまわぬよう、リリィと手をしっかりと繋いでS.T.A.R.S.のオフィスを後にした。
だが玄関ホールは既に突破され、ゾンビ達がホールを侵略していて思わずヒュッと息を呑んだ。玄関口にはリタを乗せたトラックが荷台を開けて待機しているのが見えたが、そちらにもゾンビ共が群がっていて長く保ちそうにない。
「クソッ!リリィ、お前だけは絶対に助けるからな!!」
「きゃっ!」
俺はリリィを横抱きにして玄関口まで走る。ゾンビの群れの隙間を掻い潜り、何とか外まで出た。
もう少しでトラックまで行ける——!
「うがッ!?」
しかし何者かに脚を掴まれて体は前のめりに傾いた。俺は咄嗟に錐揉みのように背中が地面に来るように体勢を変え、リリィが俺の体で下敷きになるのを阻止した。が、次に視界に映るのは真夜中の暗い空とゾンビ共の顔であり、少女をゾンビで埋まっていない空間に押し込めるように突き飛ばす。
「ジェイデン!!」
「リリィ!トラックまで走れ!!」
リリィが映っていた視界にはすぐにゾンビの脚が見え、腕や脚を引っ張られる感覚の後に鋭い痛みが全身を伝った。
「ぐぁ…ッ!!あぁぁあぁぁッ!!!!」
四肢を掴まれて動けない。そんな状態で飢えたゾンビに喰らいつかれたらどうなるかなんて考えたくなかった。不快な咀嚼音が耳を掠め、痛みは全身に広がっていく。
遠くの方でリタの悲痛な叫び声とリリィの泣き声が聞こえる。少し後にトラックが走り去る音が聞こえ、それと同時に銃声が聞こえた。
「ジェイデン!!」
その声で意識がグッと戻ってきた。俺の周りには倒れているゾンビ共がいて、何故かリリィが目に涙を浮かべながらマービンに抱えられていた。
「おい……リリィ、なんで……」
情けないほどの掠れ声しか出ない。伸ばした手は血塗れだった。
「ごめんなさい、私……っ噛まれちゃった」
その涙声に目を見張った。
ゾンビは正常な人間を噛んだり引っ掻いたりする事で感染させ、仲間にしていく化け物だ。リリィの脚を見ると、噛み跡のような傷から血が溢れているのが見える。
こうなれば助からない。もしあのトラックに乗れたとしても、化け物になって密室の中で自我を失い暴れ回る事になる。そうなる危険性がある以上、子供でも助ける事は出来ない。
「クソォォォォッ……!!」
俺も複数箇所を噛まれている。もう何処が痛いのかも分からない。訳も分からない。頭が混乱してどうにかなりそうだった。
「ジェイデン、気をしっかり持て。まだ手立てはあるはずだ」
それでもマービン巡査は俺を励まし、助けようとしてくれた。巡査はリリィを腕に座らせるように抱え直し、俺に肩を貸してくれた。そのマービン巡査だって、腹にデカい傷を負っている。奴らに噛まれたのかどうかは教えてくれなかったが、多分、噛まれてる。
(全員仲良くゾンビ予備軍ですってかよ…!!)
ズルズルと引きずるように玄関ホールに戻ってくる。マービン巡査がやったのか、侵入を許したゾンビ共が倒れ伏していた。
「うッ、ゴホッ…!!」
突然何かが込み上げてきて思わず吐き出す。目下に映る床に血溜まりが出来た。その直後また出血が酷くなり、俺は自立する事が出来なくなった。
「ジェイデン!!」
巡査とリリィの悲鳴にも似た呼び声が遠くの方に感じた。リリィが強引に巡査の腕から下りて俺の手を握って何かを言っていたが、モヤが掛かったかのように聞き取りづらくて半分も聞こえなかった。
なんだよ。こんな呆気ないモンなのか。
俺何かした?何もしてないだろ?
誰だよ、こんな事したの。
「巡査……リリィの事、頼むよ……」
守れなかった。俺じゃダメだった。何が"市民を守る警官"だ。これじゃもう機能すらしてないじゃねえか。
目から溢れてくるのは涙なのか血なのか。言葉もちゃんと話せてるか分からない。ただ、ぼやける視界からふたつの人影が離れていくのだけは分かった。
俺にはもう立ち上がる力も残っておらず、這いつくばって移動する。向かった先はいつも俺が陣取っている受付だった。
何故ここに向かったかは分からない。帰巣本能ってやつなのか、だとしたら俺は相当なワーカホリックだ。
けど、ここに入ると何故か、平和な日々を思い出した。あの窓からは溢れんばかりの陽射しが見えて、差し入れのドーナツを食べながらここに用がある奴らにチェックリストと来館許可証を渡すだけの簡単なお仕事。
そこに紛れるように現れた少女は"S.T.A.R.Sの隊長に会わせてください!"ってバカな事言うんだ。
「ウェスカー隊長なんてやめとけ……あのおっさん、結構変態だぜ」
へら、と笑ってみた。頭おかしい。
体からは痛みが消えて、代わりに冷たい何かが体中を駆け巡るような心地になった。ゾッとするようなその感覚に、俺は死ぬのではなく別の何かになる事を悟る。
(無様に這いつくばって肉を喰らうなんて御免だな……)
クールじゃないしな。
俺はホルスターからハンドガンを抜き、頭に当てがう。
あの日投げ捨てたドーナツの箱に、ピシャリと赤黒いものがこびり着いた。
3/27 レベッカの写真を見つけて浮かれていたジェイデンくんの考えを改めさせました。(訳:この時点で公では隊長は故人になっている事をすっかり忘れてあまりに自然なミスをしていました)
ついでに誤字修正。