地図から消えた街   作:斎草

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本編執筆中に構想してたバレンタインほのぼのネタです。
※事件が起きなかった平和な世界線のお話です。


バレンタインデーの話

 

「うーん……」

メアリーは雑誌を片手に悩んでいた。かれこれこの雑誌と睨み合いを続けて1時間は経つ。

「あー……」

一週間後に控えたバレンタインデーはあっという間に当日を迎えてしまうだろう。例年通り日頃からお世話になってる友達に手作りのチョコをプレゼントするつもりなのだが、今年は少し違った。

「どんなのが好みだろう……」

大きな溜息を吐きながら天井を見上げる。今年はS.T.A.R.S.の面々にもチョコをプレゼントしようと思うのだが、大人向けのチョコは作った事がなかった。だが、それだけではない。

「特に隊長……」

S.T.A.R.S.の隊長であるアルバート・ウェスカーはいかにも甘い物なんて食べなさそうな顔をしている。もしかしたら苦手かもしれないと思うほどに、彼と甘い物とは結びつかない。

机に突っ伏してダラッと腕を下げる。友達にあげる物とは別に作った方が良さそうだ。

「ジルに訊こうかな……」

そんな呟きはしんみりとした寒さを感じる部屋に溶けていった。

 

翌日、学校の帰り。

メアリーはR.P.D.に立ち寄りジルに会おうとした。

「あー、またキミか。今日はS.T.A.R.S.の誰?」

受付の職員——ジェイデン・エバンズは見知った顔の登場にお決まりの溜息を吐く。メアリーがR.P.D.に来るのは決まってS.T.A.R.S.の面々に用がある時である。中でも呼び出されるのはジルとウェスカーが断トツで多い。

「ジルをお願いします」

「ふーん、ウェスカー隊長じゃないんだ」

こんな年端もいかない少女が警察署に足繁く通うのは珍しい。ここの職員は少女がウェスカーに恋心を抱いている事くらい周知の案件だ。ジルは頼れる相談相手で、また彼女自身もどこか楽しんでいるようでこの少女とウェスカーが少しでも近付けるように画策している、という噂もちょくちょく耳にする。

「違うよ!違くないけど……違うよ!」

「はいはいー。……あ、ジル?例の子が来てるから引き取ってくれないですかねぇ」

一生懸命に抗議している少女を尻目にジェイデンは目的の部署に内線を繋げて呼び出す。

勿論職員やS.T.A.R.S.だって暇なわけではない。だがこの少女はここで追い返したところで次の日も来る。何なら当日のうちに電話で用件を伝えようとしてくる。だったらここで用事を済ませてやった方が手間が掛からない……そういう事である。

(にしてもウェスカー隊長、よくこんなうるさい子を野放しにしとくよなぁ)

ジェイデンはいつもメアリーの相手をしている。だからこそ不思議だ。この少女がウェスカーに恋をするきっかけ自体は山で遭難しかけていたところを助けてもらったから、なんて単純な理由だったが、いかにも子供なんて苦手そうな雰囲気の彼が拒む事をしないとは。彼が1発ガツンと言ってやれば、ここまで付き纏う事もないはずなのだが。

(もしかして胃袋掴まれてるとか……)

座って待つ事にしたのか、ベンチまで移動してそこに座る少女を片手で頬杖をつきながら眺める。

少女が現れるのは不定期だが、必ず姿を見せる日がある。それはウェスカーの宿直の日だ。その時の彼女はいつも弁当箱を入れるようなランチバッグを携えてやって来る。恐らく中身は夜食だ。彼女は片親で父親がいつも帰ってこないほど忙しいらしく、家事は一通り出来るらしい。という事はその夜食も当然、彼女のお手製だろう。

(なんだそれ。ちょっと羨ましー)

別にメアリーの事をそういう意味で好いているわけではない。が、誰かの手料理なんて随分食べていないジェイデンからしたら羨望の的だ。ウェスカーも渡されては普通に受け取っているので、普通に美味しいのだろう。

 

というか宿直の日教えてまで食いてえのかよ、おっさん。やべえよ。

 

「メアリー、どうしたの?」

ジトッとした目をしながらそんな事を考えていると、ようやくジルが受付までやって来た。メアリーは立ち上がり彼女まで小走りで駆け寄る。

「あの、もうすぐバレンタインでしょ?あ、ジルの事じゃなくて……」

「ふふ、分かってるわ」

受付前で繰り広げられる会話はバレンタインの相談らしい。和やかな雰囲気が辺りに漂っていた。

「それで、S.T.A.R.S.のみんなにもあげようと思って……甘いのが苦手な人とかいる?」

少女は手指をもぞもぞといじりながらジルを見ている。

わざわざそんな事を訊きにここまで来たのか。小学生は暇でいいな、とジェイデンは何度目かの溜息を吐きながら聞き耳を立てていた。

「特にいなかったと思うけど……あ、ウェスカーはああ見えて甘いものも食べるわよ」

「えっ、そうなの?」

メアリーは目を輝かせ、ジェイデンはズルッと頬杖をついていた手を滑らせる。

「いや、そこピンポイントで隊長の事教えます?」

「えっ、いけなかった?」

ジルはきょとんとしながら受付にいる彼を見て首を傾げる。

いや、いけなくはないが。というか少女は訊きたかったのはまさにその事だろうが。

(ほら見ろ、策略に掛かった少女が頬を染めている)

視線を転じてメアリーに向ければ、想像通りの様子だ。ジルは少女のああいう様子が可愛くて仕方がないらしい。だからといってからかっていい理由にはならないが。

「ジル!私は別に隊長にだけじゃなくてみんなにあげたくて…!」

「分かってる、分かってるわ」

ニヤついた顔を隠せていないジルに頭を撫でられ、メアリーは地団駄を踏む。よほど彼女には可愛く映っているらしい。ジェイデンから見れば、ジルがただ少女をからかって遊んでいるようにしか見えなかったが。

「俺は甘い物めちゃくちゃ好きだけど」

メアリーが気の毒に思え、流れを変えようとジェイデンがスッと手を挙げて会話に割り込むと、2人はきょとんとしながら動きを止めて彼に視線を向ける。

「? ジェイデンには訊いてないよ」

が、子供はそんな気遣いになど気付かない。バッサリと言い捨てられたのを受けて彼は溜息を吐きながら腕枕に頭を突っ伏した。

「ジェイデンにも作ってあげれば?」

「んー、どうしよう」

確実に話の流れは変わったが、何故か続きは聞きたくなかった。

 

そうして迎えたバレンタイン当日。

R.P.D.内でも親しい部署や者同士でチョコのやり取りがされていた。何かと慌ただしい職場だが、今日ばかりは和やかな雰囲気に包まれている。ジェイデンも今日は大きめの紙袋を持参し、そこに貰ったチョコを詰め込んでいた。

「あ、来た」

夕方になり、メアリーの姿を見つけポツリと呟くと、彼女はジェイデンの前まで走って来た。

「S.T.A.R.S.の部署に行かせて!」

「はいはい。じゃ、ここに名前書いてねぇ」

急いで来たらしく息を切らせながら受付台に手を置く様子を見て、チェックリストと来館許可証の入ったネックストラップを渡しながら溜息を吐く。まぁ、そろそろ退勤する連中もいるだろうし、焦る気持ちは分からないでもない。特にウェスカーが帰ってしまっていたらと思うと気が気ではないだろう。

だが、ジェイデンが知る限りではS.T.A.R.S.のメンバーはまだ誰も帰っていない。そう伝えようとした時には少女の姿は既になく、彼女の名前が追加されたチェックリストだけがそこにあった。

「まーったく……これだからお子ちゃまは」

 

階段を昇り、廊下を抜けて、メアリーはノックもせずにS.T.A.R.S.部署のオフィスの扉を開けた。その音に誰もが入り口に顔を向ける。

「……ノックをしろ。それと廊下を走るな」

「す、すみませ……っ」

息を切らせて佇む少女に最初に口を出したのはウェスカーだった。彼はその姿を見るなり溜息を吐いて席を立ち、彼女のすぐそばまで歩み寄る。

「髪まで乱れているな。そんなに急いでいたのか」

手櫛でサラリと少女の乱れ髪を直してやると、彼女はシュンと俯いてぽつりと呟いた。

「みんな帰っちゃうかと思って……」

その言葉にウェスカー以外の全員が和やかな笑顔を浮かべていた。

「帰らないわよ。みんなあなたの事を待ってたんだから」

聞けば、ジルが今日ここにメアリーが来る事を皆に伝えていたらしい。今日は平日なので学校が終わる時間までに全員が業務を終えて帰らずにここで待っていた、という事のようだ。

「どうやら君は愛されているらしい」

ポンと少女の頭に手を置き、ウェスカーは口許に笑みを浮かべる。

「そういうウェスカーだって、今日は仕事終わらすの滅茶苦茶早かったじゃないか!」

「黙れクリス。お前は変わらず業務を終えたのが最後だったな」

ここぞとばかりに囃し立てたクリスだったが、サングラス越しでも分かる睨みを効かせながら近付いてくる彼に、"げっ"と声を上げた直後にガミガミとお説教を喰らっていた。少女が唖然とその様子を眺めていると、隣にデスクのあるジルと目が合い苦笑いをしながら肩を竦めてくる。

「あっ、あの!お待たせしちゃってごめんなさい。みんなにちゃんと持ってきたから…!」

ハッと本来の目的を思い出して紙袋を掲げると、1番端にデスクのあるレベッカにまずは小走りで駆け寄り、チョコを渡す。

「私にもくれるの?ありがとう!」

手軽に食べられて且つ見た目も可愛いカップケーキ。綺麗にラッピングされたそれを見てレベッカは嬉しそうに微笑み、彼女もカバンからチョコを出してメアリーにあげる。

なんと全員がお返しのチョコを用意してくれていた。少し高めの物から普通の店で売ってる物まで様々だったが、値段や種類は関係ない。メアリーはその気持ちが嬉しかった。

「あの、隊長もどうぞ…!」

最後にデスクに戻ったウェスカーにもカップケーキを渡す。夜食はたびたびあげているが、お菓子をあげるのは初めての事で妙に緊張してしまう。他の面々は気を遣ってか少女からチョコを貰うと早々に帰り支度を始め、次々と部署を後にしていった。メアリーがウェスカーに渡す頃には誰も残っておらず、2人きりの室内は緊張を増幅させる。

ウェスカーはそんな少女とカップケーキを幾度か交互に見てからそれを受け取った。

「いつもすまないな」

「いえ、好きでやっている事なので……あ、夜食もちゃんとありますから」

「うむ」

メアリーはリュックからランチバッグを取り出してそれも渡し、ひとつ頷きながら彼が受け取るのを見て安堵するように息を吐いた。

「俺からも礼の品がある」

それも束の間、その言葉にまたピンと背筋が伸びるように緊張が走った。いや、緊張とは違うかもしれない。ドキドキと心臓が高鳴る音が外にまで響くような心地になる。

ウェスカーはそんな様子を一瞥してから机の隅に置いた箱を少女に渡す。

「ドーナツだ。あとこれもやろう」

取手付きの箱の側面にはムーンドーナツ店の文字とドーナツの絵が描かれており、次いで彼が摘む物を見るとそれはドーナツを持ったラクーン君のマスコットだった。

「限定品らしい。レア物だ」

「そんな!もらっちゃっていいんですか?」

反射的に受け取ってしまったが、"レア物"という単語にパッとマスコットから視線を変えてウェスカーを見る。すると彼はどうしてか含み笑いを漏らし、制服のポケットからある物を取り出した。

「既に1つ持っているからな。2つは不要だ」

姿を現したのは今メアリーの手の中にあるマスコットと同じ物であり、先程のように摘んでゆらゆらと軽く揺らしていた。

「俺と揃いでは不満かな?」

"お揃い"。魅惑の単語に心臓が高鳴る。何度も頭の中で繰り返しながら手の中のマスコットと彼に摘まれているマスコットを交互に見る。

ウェスカーがこんなに可愛らしい物を"もう持っているから"と渡すだろうか。多分、購入した時に既に返却しているだろう。しかも1つならまだしも2つである。わざわざ並び直してまで持ち帰ったのだろうか。それとも別の手段を使ったのだろうか。

どちらにしてもこの彼らしかぬ行動はメアリーのためである。

「不満なんてないです!嬉しいです!ありがとうございます、隊長!」

ガバッと頭を下げたメアリーに思わずウェスカーも体を少し引きながら驚いたが、顔を上げた時に見せてくれた笑顔に自然と口角が上がった。喜ぶとは思っていたが、予想以上に喜んでいる様子で心の内で密かに安堵した。

「構わん、いつもの礼だと思え。……さて、もう遅くなる。家まで送ってやろう」

時刻を確認して椅子から腰を上げると車のキーを片手に、もう片手は笑顔の少女の手を握りウェスカーはオフィスを後にした。

 

下に降りてメアリーの来館許可証を返却しに受付に行くとジェイデンが窓口の奥で帰り支度をしているところだった。

「あ、ウェスカー隊長。お先でーす」

「うむ」

その声にウェスカーはひとつ頷き、彼と交代で現れた職員に許可証を返しメアリーは奥にいるジェイデンに向かって手を伸ばした。

「ジェイデン!さっき渡し忘れちゃった!」

「だと思いましたぁ」

伸ばされた手にあるカップケーキの袋を受け取り、やれやれと溜息を吐きながら彼も板チョコをその手に乗せる。その過程で少女がラクーン君の限定マスコットを持っている事に気付き目を瞬かせる。

「じゃね!」

早々に少女は離れ、そこで立ち尽くすように待っていたウェスカーに再び手を引かれながら警察署を後にしていった。

「どした?ジェイデン」

顎に手を添えニマニマと笑うジェイデンを見た職員が引き気味に訊ねると、彼はその笑みを一層深くさせた。

「いやぁ、隊長も素直じゃないなぁと思いまして」

 

———

ジェイデンは思い返していた。

今日いつも通りムーンドーナツにドーナツを買いに行き警察署に戻ってきた時、ウェスカーがちょうど受付にいたのだ。

「どうしました?ウェスカー隊長」

「エバンズ。やっと戻ったか」

そう言われたものだから、彼は心当たりもないのにギクッと肩を揺らす。己はただのしがない受付職員であり、S.T.A.R.S.とはそこそこ縁がない上に少し苦手で自分から関わろうとしていない。そんなS.T.A.R.S.の隊長が己の事を直々に待っていれば、緊張もしてしまう。

だが、その話の内容はジェイデンにとって実にどうでもいい事だった。

「限定のラクーン君マスコットがほしい?」

「君なら今日もあの店に行くかと思ってな。勿論タダでとは言わない」

ドーナツの箱を掲げたウェスカーのサングラスがキラリと光った気がする。彼の風貌ではこれがただのマスコットとドーナツのやり取りであるとは信じてもらえないだろう。穏やかな取引なはずなのにまるで危ない物のように感じる。

「え、ええ……まぁ、興味ないんでいいですけど」

仮にマスコットを集めていたとしても、断れる雰囲気ではない。それにジェイデンからしたらマスコットよりドーナツを貰える方が嬉しい。

そういうわけで取引は無事成立したのだが。

———

 

「まさかこのためだったとは。まぁ、俺はいいけどー」

あの時ウェスカーはドーナツの箱を2つ持っていたので当然彼の手にも1つマスコットが行き渡っているはずだが、マスコットのプレゼントは1人1つだ。でもどうしてももう1つ欲しい理由があった。それがアレである。

何を思ってウェスカーがメアリーを好きにさせているのかは分からない。だがどのような形であれ、彼が少女を気に入っている事は確かだ。普段から見ている己には分かる。

(犯罪にならんようにしろよ、おっさん)

まだまだ目が離せない。色々な意味で。

ジェイデンは彼から貰ったドーナツの箱と少女から貰ったカップケーキの袋を整理した紙袋の中にしまい、家路を辿った。


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