時系列は9/27 - 23:00〜辺り
※後の話も考えてはいますが触りだけ。
ジルに謝りに、そしてリリィの無事を確かめに。籠城していた家からなんとか飛び出してきたは良いが、やはり外は地獄のようだった。
メアリーは自転車に乗って街を駆け抜けていたが、散乱した瓦礫やガラスの飛び散った道を走り続けていたためタイヤがパンクしてしまい、仕方なくそれを乗り捨てたばかりだった。
「はぁ……はぁ……」
炎上した街。9月も末だというのに蒸し暑い。砂と汗に塗れた体は不快感を煽る。ゾンビと化した人間がバリケードをひっきりなしに叩く音がそこかしこで響いて頭がおかしくなりそうだった。
「足自体は速いわけじゃないけど……数が多すぎるよ」
建物の陰から通りの様子を窺う。生きている人間を捕まえては群がり、肉を貪る。今までも少なからず目にしてきた光景はすぐそこでも繰り広げられていた。それはホラー映画のワンシーンにも負けず劣らず恐ろしいもので、何よりそれが現実で起こっている事が恐ろしかった。
「……ッ!!」
それを唖然とするように見つめているとすぐ近くで呻き声が耳を掠めた。反射的に振り向くと目と鼻の先にゾンビの爛れた顔があり、息を呑んで後退しようとするが咄嗟の事で脚がもつれてバランスを崩し転倒する。それをチャンスと見たか、ゾンビはメアリーの足首を掴んだ。振り解こうとするがその力は加減など知らない様子でギリギリと握力を強め——、
「うあッ!!」
メアリーの脹脛に喰らい付いた。
「いやぁぁぁぁッ!!」
何が起きたのか一瞬理解出来なかったが、己の脚に容赦なく歯を立てる姿を視界に入れると途端に痛みが全身を駆け巡り自分でも驚くほどの悲鳴が辺りに響いた。夢中になって脚をバタバタと振り乱すとようやくゾンビはそこから離れたが、噛み跡は歯形に合わせてみるみるうちに血が滲み始めゾッと青ざめる。なんとか痛みを堪えながら立ち上がり、鞭打つようにその場から離れるべく走り始めた。
「ううぅ……っ」
暫くよろよろと脚を引きずりながら走って逃げ続け、路地にあったゴミ収集用のボックスの中に身を潜めるとそこの蓋を閉める。ちょうどゴミはなく子供1人をすっぽりと隠してしまえるその空間は狭いながらも少しだけ安心出来た。
ボックスの通気穴から差し込む外灯の明かりを頼りに先程の噛み跡に止血のために包帯を巻く。しかし巻いた側から包帯には血が滲んでいき、本当にこれで大丈夫なのかと不安に駆られる。
「どうしたらいいの……」
なんとか包帯を巻き終え、通気穴から様子を窺う。今のところゾンビの姿はない。生きている人間も。銃声と叫び声だけが遠くから響き、途端に心細くなる。
だがそれも束の間、引きずるような足音が路地の向こうから聞こえてきた。生きている人間の足取りではないその音は何度も聞いている。身を隠しているボックスの中から必死で見つからないよう祈ったが、やはり今のラクーンシティには救いの神なんて存在しないらしい。
「ッ!!」
ボックスににじり寄ったゾンビはその中にいるメアリーを脅かすようにあの加減なしな力でボックスを叩きバンバンと激しい音を立てた。ビクッと肩を跳ねさせるも、声を出さなかったのは自分でも褒めたいところだった。が、その音に反応して何処にいたのか他のゾンビ達もボックスに群がりそれを叩き始めた。
「ひっ…!!」
責め立てるような無数の音。気がおかしくなりそうな音に咄嗟に耳を塞いだが、指の隙間からも音がガンガンに響くような心地だった。加えて複数人なためボックス自体も揺れ始め、何か間違えればひっくり返されそうにも思える。
「やだっ、やだっ、怖いよ…!誰かっ……!!」
掠れた声は無意識に助けを求めていた。通気穴から漏れる薄明かりがゾンビの蠢く影に遮られてチカチカと揺れ、視覚と聴覚で伝わる恐怖に嗚咽が漏れる。
その時だった。
マシンガンのような銃声が立て続けに響き渡り、それと同時にゾンビ達の悲鳴が目の前で聞こえてきた。飛び散った血飛沫はボックスにも付着し、通気穴を通してメアリーの服にも少しだけ染みを作る。
「こちらカルロス。生存者の姿は見当たらないな」
次いで男の声が聞こえ、彼はボックスの前に立つと差し込む薄明かりを遮った。
「ああ、分かってる。この区画ももうくまなく捜査した。これからそっちに戻る」
誰かと無線機で話しているらしい。男は話し終えると踵を返して元来た道を戻ろうとした。
「あのっ!待って!」
このチャンスを逃したらもう生きている人間には会えないかもしれない。メアリーがボックスから顔を覗かせると、その声に振り向いた男は驚いたように肩を跳ねさせていた。
「……何かと思ったら、随分と可愛らしいプレゼントだな」
へら、と戯けながら近付いてくる男は映画で見るような軍人の装備を身に付け、わざとなのかあまり整っていない黒髪、そして顔には髭を生やしていた。
「大丈夫か?怖かったろ、よく頑張ったな」
男はボックスの蓋を完全に上げてからそこに手を突っ込み、メアリーの体を引っ張り上げる。そうしてから地面に下ろしたが、少女はよろめいて再び男に体を預けた。
「!脚を怪我してるのか……待ってろ」
「わわっ…!」
血の滲んだ包帯が巻かれた脚を見てハッと息を呑むと、男は少女を己の背に乗せ膝裏に手を回して支える。少女は驚いたような声を上げたが、お構いなしに男は今度こそ踵を返し来た道を引き返し始めた。
「あのっ、自分で歩きます…!」
「ちゃんと立ててなかっただろ。ダメだ。もっと酷くなるぞ」
路地から顔を出すと通りの様子を確認し、そこにあった小さな瓦礫を拾い上げると向かい側に見えるガードレールに向かって投げる。カン!と小気味のいい音がそこに響くと、ゾンビはその音に反応してこちらに背を向けた。その隙に通りを小走りで横断し、また路地に入って息を吐く。
「俺はカルロス・オリヴェイラ。アンブレラのバイオハザード対策部隊として、キミ達市民を助けに来たんだ」
少女を背負い直し、男——カルロスは名乗る。
通称U.B.C.S.と呼ばれる部隊に所属する彼らは荒くれた傭兵の集まりといえども戦闘のプロ集団である。まだ不安そうにしている少女に対し、ここは自分達に任せておけば大丈夫だと身分を明かす事で伝えたかったわけだが。
「アンブレラ……?」
少女の疑問は終始そちらに注がれていた。カルロスはその事に疑問符を浮かべたが、前方から人影が見えそちらに向き直る。
「隊長!」
「カルロス!状況は……、報告と違うようだな」
路地の奥から小走りで近寄ってきた隊長と呼ばれた初老の男は、カルロスが背負う少女を覗き見て険しかった顔を少しだけ和らげてみせた。
「まぁ、生存者であれば喜ばしい事この上ない。よく頑張ったな、偉いぞ」
よしよしと頭を撫でてやれば、少女は目を細める。
「脚を怪我してる。早くちゃんと手当てしてやらないと」
「地下鉄に医療品がまだある。休める場所もな」
言われて少女の足元を見てみれば血の滲む包帯が見え、隊長は案内するように前を歩き始めた。
「あの人は隊長のミハイル・ヴィクトールっていうんだ。すげえ頼りになるんだぜ。お小言が多いけどな」
隊長——ミハイルの紹介をするカルロスは最後に一言付け加えてまたへらりと笑った。一足先にシャッター前で待機していたミハイルが肩を竦めている様子が見えるが日常茶飯事なのか小言が出る事はなく、半開きになっているシャッターを潜る。
「さて、ここまで来れば大丈夫だ」
先にメアリーをシャッターの中に通し、カルロスも中に入るともう一度少女を背負い直す。
「ここは……?」
打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれる広めの空間に一瞬疑問符を浮かべたが、目の前に見える階段を下る過程で見覚えのある案内板を見て"あっ"とメアリーは思い出したように声を上げた。
「駅に止まっていた地下鉄車両をシェルター代わりに使っているんだ。キミも見覚えがあるだろう?」
階段を下り切った先で待っていたミハイルが鉄道を指し示す。ホームの看板を見ると"レッドストーン駅"と書かれていて、自宅からさほど遠くない移動距離だった事に驚いてしまった。というのも街には至る所にバリケードが張ってあり迂回を余儀なくされる場面も多く、体感ではもっと遠く離れた場所に移動している心地になっていたからである。
だがそんなメアリーの様子はお構いなしに視界はどんどん移動して車両の中に入り、椅子に座らせられる。カルロスが少し離れた椅子から医療品の入った道具箱を持ってくると、少女の足に巻かれた包帯を解いて適切に処置を施していく。
「完全に噛み跡だな」
消毒液の染みるような痛みにギュッと目を瞑った時、不意に上から声が降ってきてメアリーは思わず視界を押し開いた。
「ニコライ!合流したのか」
カルロスがニコライと呼んだ銀髪の男は、すぐに膝を曲げて腰を下ろすと彼の声に応える事なくメアリーの脚の傷を手を添えて眺める。次いで少女の頬に手を添え体温を確かめ、ソロソロと首筋や腕を触っていく。
「おい、ベタベタ触るなよ。女の子だぞ」
居心地が悪そうなメアリーの様子を見たカルロスが彼の何かを探るような手を掴んで阻止した。しかしまだ何か探るようにニコライは少女の体を上から下まで眺めている。
「あの、私なにかまずいですか…?」
堪らずメアリーが声を上げるとミハイルが隣の車両からこちらに戻り、どうしたのかと3人のところに歩み寄った。
「ミハイル。これをどう思う?」
ニコライは立ち上がりながらミハイルに少女の傷を指し示す。もう片手はホルスターに収まるハンドガンに添えられ、カルロスはそれを視界に入れた後に依然少女の正面を陣取ったままミハイルを見上げた。
「……噛み跡だな。歯形も人のものだ」
「隊長!」
その顔は途端に険しい物になり、カルロスも思わず声を荒げる。
「この子は感染してない!肌の血色も正常だ!兆候もないだろ!」
「経過観察をしていては手遅れになる事もある。こいつではなく、俺達がな」
ニコライはハンドガンを抜きメアリーに向けようとした。しかし少女の肩が跳ねるのと同時にミハイルがそれを片手で制し、彼女の前に膝をついてその脚に手を伸ばした。
「まぁ、そう焦るな。カルロスの言った通り、ゾンビ化の兆候は見られない。ここは私が彼女の面倒を見るという事でいいだろう?」
彼はカルロスが施していた手当ての続きをするように包帯を巻いてやりながら少女に笑顔を見せる。
「大丈夫だ。キミはゾンビにはならない。ここにいれば安全だ」
「甘すぎる。相手が子供でも油断は出来ない」
処置を終え少女の頭を撫でる様子を見て、ニコライは溜息を吐きながら斜め前の椅子に移動しそこに脚を組んでドカリと座る。そんな彼の言い分を2人は無視し、カルロスは少女の隣に腰掛けた。
「驚かせて悪かったな。多分、ピリピリしてるだけだ。心配いらないさ」
まだ不安げな表情を見せる少女の顔を覗き込み、彼は微笑みかける。
メアリーは己の手のひらを見、手を握ったり腕を見たりと今一度見れる範囲で自分の体の様子を確かめていく。確かに噛まれはしたが、目立った異常は見られない。体調も良く、疲労はあれど他は正常だ。
ゾンビに襲われると感染する。暴徒に襲われた人間も暴徒化していくという旨のニュースを見た時から薄々感じていた。だが何故か己はその兆候がない。不思議な心地だった。
ニコライの方に視線を向けると、彼は見張るようにジッとこちらを見つめていた。それは観察しているかのようにも感じ、気まずい感情が膨らむ。
「キミも疲れているだろう。ゆっくり眠るといい。後の事は我々に任せなさい」
ミハイルの声にハッとそちらに視線を向けるとブランケットを折り畳んで簡易的な枕を作り、椅子に置いてそこに寝るように促していた。
「俺の膝枕でもいいぜ?」
もう一枚ブランケットを彼から受け取ると隣でカルロスがその膝を叩く。メアリーは何を思ったか彼の膝に手を伸ばしポンポンと軽く叩いた。
「いや……固いし何かあった時に邪魔だと思うから、いいです」
「マジメだね。ま、確かにそっちの方がいいか」
ブランケットを広げて羽織るように包まった少女に肩を竦めつつも、眠るまでを見守るようにカルロスは優しい眼差しを向けていた。
「そうだ、まだキミの名前を聞いてなかったな。教えてくれるか?」
寝転がる直前、ふと思い出したように彼が問い掛けると少女は傾けた体をもう一度起こす。
「メアリーです。メアリー・ワトソン」
「そうか。メアリー、おやすみ」
そんな短い会話の後、メアリーは今度こそ椅子に身を横たえて泥のように眠りに落ちた。
「ふむ……進行はなしか。抗体持ちで確定だな」
数時間後。少女を囲むように椅子に座り仮眠を取るカルロスとミハイルに気付かれないようニコライは少女の体を探っていた。
肌色も良好、寝息も穏やかで規則的。今まで己がデータを取った人間とは明らかに様子が違い、彼は記録を見てほくそ笑む。彼の受けた"依頼"には抗体持ちの記録や身柄確保も含まれており、思いがけない状況に密かに喜んでいた。
まさか途方もないと思っていた事柄がこうも上手く運ぶとは。あとは連れ出せる条件さえ揃えばこちらのものだ。
ニコライは車両を降り、階段を昇ってシャッター前まで来ると設置したカメラを起動させる。M隊は仮眠の後に再び生存者の捜索に出るはずだ。その時に作戦を実行させる。
ほとんどの部隊が壊滅してもまだ機能しているM隊。隊長の出来がいいもので、今車両内にいるメンバーの他にも街にはまだ生き残りの隊員達が生存者を随時この地下鉄に避難させている。
そんな部隊がここで大量のゾンビを相手に室内戦を繰り広げたらどんなデータが取れるのか。
(さて、次のショーはどうなるかな?)
カメラが正常に起動している事を確認するとニコライは再び車両に戻る。隊員達は何も知らない。自分達がモルモットである事も、彼が裏切り者である事も。
(いい金になってくれよ、ミハイル。それと……)
ニコライはミハイルの正面に座り、歪な笑みを口許に浮かべながらその横で眠る少女にも視線を向ける。
(メアリー・ワトソン。お前もな)
勝つのはいつだって力と知恵のある者だ。今までだってそうしてきた。
彼の密かな含み笑いを聞く者はいない。