タイトル通りの話です。IFストーリー。
ウェスカーとメアリーの話が書きたかっただけなのにどうしてこうなった。
炎上した街の中。焦げ付くような匂いと瓦礫の山が己の周りを囲っている。
ここはよく知っている街だった。今はもう、面影も残っているか怪しいが。
己を囲うのは案の定、炎と瓦礫だけではない。無数の呻き声と共に蘇った悪夢の波は容易に己を飲み込んでしまいそうだった。
「……!!」
メアリーは立ち上がるとすぐに路地の中へ逃げ込む。波のような呻き声はこちらを探すように近付いてきていた。足を止める事なく小走りで路地を駆け、空のゴミ収集用ボックスに身を潜めると蓋を閉める。
「やっぱり無理、受け入れられない…!」
先程見たのは近所に住んでいる初老の男性に容姿がそっくりだった。毎朝挨拶をしていたから見間違えるはずがない。夢なら早く醒めてほしいと願いながらボックスの中で身を縮こませて祈る。遠くの方で聞こえるサイレンも、銃声も、何も聞きたくなくて耳を両手で塞いだ。ぶるぶると体が震える。呼吸が乱れる。誰もそばにいない心細さは恐怖を増幅させる。
そうしていると不意にボックスの蓋が開き、反射的に薄く涙の溜まった目でそちらを振り向いた。
「ここで何をしている」
メアリーは目を疑った。そこにいた金髪をオールバックにしサングラスを掛けたの男は見覚えがあるどころか、既に故人だと思っていた己の想い人だったから。
「隊長!!」
ボックスから身を乗り出して抱きつけば彼は驚いたように少しだけ体を跳ねさせたが、少女の泣きつく姿を見て頭を撫でた後にボックスからその体を出して落ち着かせるように背を撫で叩いた。
「メアリー、随分探したぞ。俺の近くにいれば安全だ」
感じるぬくもりが愛おしい、ウェスカーはそんな事すら思ったが、懐柔するつもりがまさか自分まで絆されるのかとその思考を振り切る。その過程で彼女の二の腕に巻かれた包帯を見るや、そこに手を添えた。
「これは?」
「えっと、ゾンビに引っ掻かれて……」
その言葉にウェスカーは眉間にシワを寄せた。包帯は日数の経った古いもので、それを解き傷を見ると確かに爪で引っ掻かれたような傷跡がある。
「これはいつのものだ?」
サングラス越しでも分かる険しい顔でそう訊くものだから、メアリーにも緊張が走る。
ゾンビに襲われるとゾンビになる。この手のもののセオリーだ。だが多くは噛まれる事で感染する描写がほとんどで、引っ掻かれて感染するというケースはあまり見ない。少なくともメアリーの知識ではそうだった。
もし己が感染していると分かったら彼はどうするのだろう。殺されてしまうかそのまま放置されるかの2択である事は間違いなく、メアリーはそのどちらも嫌だった。
「メアリー、答えろ」
しかしゾンビに引っ掻かれたと答えた時点でそうされてもおかしくはない。なのに敢えて"いつの傷か"を訊くのには理由があるのだろうか。
サングラス越しに見える瞳は変わらず険しいが、メアリーは意を決して口を開いた。
「24日、です……」
日付を聞き、腕時計を確認するウェスカーを緊張しながら見上げる。すると彼はふと口角を上げ、不安そうな面持ちの少女の頬にそっと手を添えた。
「改めて言おう。"君を迎えに来た"、とな……」
現時刻9月27日22時34分。
予定より早く、アルバート・ウェスカーはメアリー・ワトソンの確保に成功する事となる。
彼女が有している情報量は多い。それは必ず己の役に立つはずだ。T-ウィルスへの抗体まで持ち合わせているのは更に嬉しい。あとは彼女を連れてラクーンシティを脱出し、エイダ・ウォンからの報告を待つだけ。
「隊長、リリィやジルも連れて行かなきゃ」
そんな事を考えながら道を塞ぐゾンビを特注のハンドガンであるサムライエッジのみで蹴散らしていくウェスカーだったが、細い路地に差し掛かったところでメアリーの声が薄暗い中に響き、彼はその声の主を振り返った。
リリィ・フローレス。メアリーの親友であり控えめな性格の少女。6月も始めの頃に彼女とも接触している。だが予想するに、彼女にはメアリーほどの情報も価値もない。足手纏いになるだけだ。
ジル・バレンタインとはここで接触するにはリスクが高い。得策とは言えない。
だが目の前の少女はよほど2人の事が心配らしく、服の裾を離してくれない。
己にはメアリーがいてくれれば十分だ。こんな状況下でなければ、それで彼女はコロッと落ちる。何せ彼女は己を慕っているのだから。しかしその"こんな状況"がまさに今である。
「……悪いが君をあまり連れ回す訳にもいかない。アンブレラの連中が君を狙っている可能性がある」
だからウェスカーは別の理由を当て付ける事にした。
彼女がT-ウィルスの抗体を持っている事が知れたら、恐らくアンブレラは私設部隊を差し向けるだろう。その中でも"監視員"という厄介な連中をだ。彼らはアンブレラにとって不利益な情報や証拠の隠滅、破壊工作などを請け負っている。
メアリーにはあのスクラップ帳もあるのだ。余計に知られてはならない。
「なるべく急ぎたい。俺の部下達に2人の救助を要請しておく。それで構わないな?」
"部下"。その単語にメアリーはピクリと反応した。脳裏に浮かんだのはアークレイ山の火事においてS.T.A.R.S.隊員が多数殉職したという記事である。
メアリーにはジルとクリス以外の生存者が分からない。でも少なくとも、そのうちのジルは明らかにウェスカーを敵視していた。
では彼の言う"部下"とは誰の事なのか?
もう一度ウェスカーを見ると、サングラスの奥の瞳は同意を促すように己を見つめていた。
このまま彼に着いていって良いのだろうか。疑念が奥底から湧くのを感じるが、ある答えに辿り着きそれをひとまずは飲み込んだ。
「……分かりました。行きましょう、隊長」
頷いた。本当に飲み込む仕草のようだった。視界に映るウェスカーは満足げに笑みを深くしていた。
脱出用ヘリに無事に乗り込み、メアリーとウェスカーはラクーンシティを後にした。あの街がどうなるかは、このウィルスの広まり様だと大方予想がつく。メアリーはやはり名残惜しいのか窓越しに街を見ていたが、やがて見えなくなると疲労からかウェスカーに寄りかかって寝息を立て始めた。
大した怪我もなく彼女を連れ出せたのは大きい。彼女はこちら側に引き込むと洋館事件の時、いや、その前から決めていた。
だが、少女はきっと違和感に気付いたに違いない。頷く際、嫌に冷静な声音になったのをウェスカーは聞き逃さなかった。やはり己が目を付けた少女は簡単に騙されてくれるほどバカでも甘くもないらしい。
「お前は俺からどれほどの情報を絞り取れるかな?」
疑問を与えれば彼女はどこまでも貪欲に情報を集め始める。あのスクラップ帳がいい例だろう。ウェスカーが目を付けた理由はまさにその性質だ。それに上乗せするかのような知識の吸収率や推理能力、解析能力など、幼さが内包する多彩な才能は目を見張るものがある。それを開花させるのは己の役目であり、己の情報を集めさせるのはほんの足掛かりでしかない。
彼女が全てを理解した時、既に彼女は己の手中にあるのだ。どこにも逃げられないし逃すつもりもない。そのための安全装置だって既に手の中にある。
「俺の手足になり得る者だ。しっかり愛してやらなければな?」
彼女は己を慕っている。ならばそれに応えてやればいい。愛とは単純でありながら相手を縛り付ける事すら出来る代物だ。片親でその父親から十分な愛情を注がれていなかった彼女が陥落するのは時間の問題である。ただ、その愛も偽りである事を悟られないように工夫はしなければならないが。
少女の肩を片腕で抱いて引き寄せ頬を撫でると柔らかく、己にはない感触を暫し堪能する。
彼女はどんな成長を見せてくれるだろうか。有望な将来は想像するだけで面白い。
ヘリを降りたら何から見せようか。ウェスカーは知らずのうちに含み笑いを漏らしていた。
メアリーは悪おじホイホイ。