親に夜遅くに外出し警察の世話になった事を連絡しない代わりに、あの夜の出来事を誰にも言うなと言われた。
あれが夢ではない事を示すような口止め。リリィとメアリーは不思議に思いながらも長期休暇を満喫していた。
いつものバーガーショップでハンバーガーとポテトとドリンクのセットを頼み、席に座ってトレーのペーパーナフキンの上にお互いのポテトをザラザラと乗せてシェアする。なんら変わりないお昼時。
「最近の山の事件、すごいよね……」
6月も下旬。蒸し暑くじっとりとした空気。そんな中、件のアークレイ山の事件は大きな展開を迎えていた。
登山客が遭難したり行方不明になったり、つい最近では山の近くに住む家族が暴徒に押し入られ惨殺された、なんて過激な事件もあったばかりだ。
これらについては様々な報道機関が知らせており、2人が喋らなくても山の奇怪な事件は広まっていく事態となっていた。だからと言って、ジル伝手に施されたウェスカーとの約束を破るつもりはないのだが。
「それについて、スクラップ帳にまとめてみたんだけど……」
メアリーはハンバーガーを一旦置いて、リュックから一冊のノートを取り出した。
表紙を開き、新聞や雑誌の切り抜きが所狭しと並べられているのを見てリリィは"へぇー"と声を漏らす。
「すごいね、新聞社の数も雑誌も……これ全部メアリーが?」
「ううん、近所の人からもらったのもあるよ」
あれからメアリーは近所の人に掛け合ってアークレイ山の怪事件についての情報を集めていた。2人が凶暴化したドーベルマンに襲われた日の周辺にはそういった記事が少なく、やはり最近になってから事件について報じる記事が増えてスクラップ帳のページも日を追うごとに充実していっていた。
「私は何かの陰謀説だと思うな」
両腕を組んでメアリーは得意げだ。確かに報じられているのは一様に山周辺での事件であり、凶暴化した何かに襲われる事件もある。しかし。
「何かって、何?」
「そ、それは……」
リリィの言葉に彼女は言葉を詰まらせた。肝心の"何か"の正体に繋がる決定的なものがない。複雑怪奇とはまさにこの事を言うのであろう。
「ほら、アンブレラとか!」
「は?有り得ないでしょ」
出任せを言うメアリーを前に、リリィはスクラップ帳を彼女に返却しながら溜息を吐いた。
「ほら……犬とか人を凶暴化させる薬とか……!」
アンブレラといえば、世界規模の大手製薬会社だ。この街はアンブレラの介入があったからこそここまで発展しており、その名を知らない者はいない。ラクーンシティの市民は皆、アンブレラに感謝しているのだ。
そのアンブレラが何かを企んでいる?
人差し指を立てて苦しい言葉を連ねるメアリーを向かいに、リリィはドリンクを一口飲んで椅子の背もたれに寄りかかる。
「そうだとして、なんで山の中?大体、目的は?」
「う……それは……っ」
メアリーは今一度自分がまとめたスクラップ帳の整然と貼り付けられた記事に目を向ける。アンブレラの"ア"の字もなかった。
「推理のし直しだね、ワトソン君?」
「うわぁ〜っ…!完璧だと思ったのにな!」
何をもってして完璧だと思ったのか。追求してみたかったが、さすがに可哀想だとリリィはクスクス笑うだけに留めておいた。
「あら、随分楽しそうね」
そこに女性の声が不意に降りかかった。轟沈していたメアリーが頭を上げると、そこにはジルの姿ともう1人男性の姿があった。
「ジル!」
「久しぶりね、リリィにメアリー」
ジルがトレーを片手に2人に軽く手を振っていると、隣にいた男性がひょこりと彼女らを覗き込む。
「ああ、ひょっとしてこの子達が例の!」
パッと男性は表情を明るめた。どうやら2人の事はS.T.A.R.S全体に知られる事となっていたらしい。
「こっちはクリスよ。私の同僚なの」
「よろしくな。どっちがリリィでどっちがメアリー?」
男性——クリスは指を2人の間で彷徨わせている。すかさずメアリーが手を挙げて"私がメアリー!"と元気な声を上げた。
「一際騒がしいと思えば、君達か」
そこにもう1人、男性の声が掛かった。それは聞き覚えのある低い声だった。
「た、隊長!?」
姿を現したのはあの夜2人を助けてくれたウェスカーであった。メアリーは素っ頓狂な声をあげながら見よう見まねの敬礼をする。ウェスカーはやはりそれに応えるように敬礼を返してくれた。
「ウェスカーはこういった所は苦手らしいんだけど、無理矢理連れてきて良かったわ」
ジルがにこやかな笑みを浮かべながらトレーを2人の隣のテーブルに置き、それをグイッと引いて2人のテーブルと連結させる。そうしてからウェスカーをメアリーの隣の席へと誘導するように背中を押した。
憧れの隊長がすぐ隣に座り、わたわたと慌てるメアリーを尻目にジルは自分とリリィの間にクリスを入れて向かいの席に腰掛ける。
「お、それいいな!俺達のも合わせようぜ」
クリスはペーパーナフキンの上に広がっているポテトの山を見るとすかさずその上に自分の分のポテトを追加させる。それを見てジルも自分のものを山に追加し、ウェスカーのポテトも承諾なしに乗せた。
「おい……」
「わぁ、ポテト山ですね!」
こんもりと1つの山になったポテト。ウェスカーの機嫌の悪そうな声はリリィの発言によって掻き消された。
5人分のポテトが折り重なった山から各々が思い思いに抜き出して頬張るのを見て、ウェスカーは溜息を吐きながらハンバーガーの封を開けた。
と、その過程で隣にいるメアリーの手元に目をやると、アークレイ山に関する一連の記事がまとめられているスクラップ帳が見えてそれを彼女の手元から引き抜く。
「あっ、それは……」
同時にメアリーの戸惑ったような声音が鼓膜を震わせた。ハンバーガーを咀嚼しながら丁寧に記事が切り貼りされたノートを、ウェスカーは無言で眺めている。
「それ何?」
それに気付いたジルが今はウェスカーの手にあるスクラップ帳を指差すと、リリィと話していたクリスもそちらに目線を向けた。
「アークレイ山の事件に関するスクラップ帳だ」
ウェスカーは問い掛けに応えるようにスクラップ帳をジルに手渡す。受け取ったジルもまたスクラップ帳を開き、クリスも覗き込む形で確認していた。
「よくまとめられてるな。新聞社も雑誌も複数ある」
「これはリリィの物かしら?」
綺麗にまとめられた几帳面な構成から、ジルはリリィに視線を向ける。しかし彼女は首を横に振り、向かいにいるメアリーを指した。
「いえ、メアリーの物です」
「これをメアリーが?」
ジルはこの前受けた印象と違い、困惑した。
あの時一度会ったきりだが、ジルは彼女の事を天然気質の無鉄砲な性格だと思っていた。大方、彼女に連れられる形でリリィも夜の山へと足を踏み入れる事になったのだと思う。リリィだったらまず、彼女の事がなければ山に近付こうとすらしないかもしれない。
当のメアリーは照れているのかへらりと笑っているのを見て、やはりジルは少々頭を悩ませる事になった。
「この事件には関わろうとするな」
しかし、ウェスカーのバッサリとした言葉にその笑みも、彼女の悩みも消える事となった。
まるでその場に響いたかのように聞こえた低い声。そちらに目線を向けると、彼はメアリーの方を真っ直ぐに捉えていた。
「……っ」
メアリーには見えていた。サングラス越しの青い瞳がギラリと光っているのを。
「子供には少々刺激が過ぎるのでな」
だがそれも一瞬の事で、ウェスカーはサングラスをクイと持ち上げて正すとメアリーから視線を外した。
「そうね……よくまとめてあるけど、もう子供だけで山の中に入ったりしちゃダメよ」
ジルがメアリーにスクラップ帳を返却する。そこでハッと意識が戻ってくるとメアリーはそれを受け取った。
まるで蛇に睨まれたかのように体が動かなかった。
再度隣にいるウェスカーに視線を向けると、彼は何食わぬ顔でハンバーガーを咀嚼していた。
尤も、彼の表情なんてサングラスが邪魔をしてほとんど見えないのだが。