ジル達の昼休憩が終わるまでバーガーショップに居座り、解散したところでリリィとメアリーは再び街へ繰り出した。夕方まで遊び回り、リリィは今日は父親が早く帰ってくる日だと言って彼女の家の前で解散となった。
「またね、メアリー」
「うん、またね〜」
自転車に跨り、メアリーは彼女の家を後にして別の場所へ向かった。
自転車で十数分。
メアリーは自転車を降り、スタンドを立てて高い門を見上げた。
ラクーン市警。通称R.P.D.——元々は美術館だったらしい大きな建物を前に、その門を開けて中に入る。すると大きな女神像が内部中心に聳え立っていて、思わず見上げながら息を呑んでいた。さすがは元美術館なだけはある。
メアリーは先程からこちらを凝視している受付の職員の前までやって来ると、子供には少し高いカウンターに手を付いた。
「すみません。S.T.A.R.S.の隊長に会わせてくれませんか」
「S.T.A.R.S.の?どういったご用件なのかな、お嬢ちゃん」
まずそこで行き詰まった。夕方という微妙な時間帯。警察としては長期休暇で浮かれている子供を早く家に帰したいところだ。
加えて、最近はアークレイ山付近で怪しい事件も多く街に降りてこないとも限らない。
「そ、それは……」
「特に用事がないなら家に帰りなさい。もうすぐ夕飯の時間だろ?」
それは至極真っ当な指摘である。職員も困ったように眉を下げていた。
だが、メアリーには家に帰っても夕飯を用意して待ってくれる親なんていない。
彼女にとってはそちらの言葉の方が重かったようで、顔を俯かせ唇を噛む。
「……家は?電話を貸してやるから、迎えに来てもらいなさい」
職員がカウンターの中へメアリーを通そうとする。そうしていると、ちょうど階段を降りてくる人影があった。
「あれ、メアリー?こんな所で何してるんだ?」
「クリス!」
昼間に居合わせた見知った顔を見て、メアリーはパッと表情を明るくさせる。それとは対照的に職員は溜息を吐いた。
「あー……今日のS.T.A.R.S.部署の宿直はあんたか。この子知り合い?」
「ああ、昼間知り合ったばかりだけどな」
ハハハ、と暢気に笑うクリスを見てもう一度溜息を吐くと職員はメアリーを彼の方へ押し出した。
「隊長さんに用があるんだと。頼める?」
「いいけど……ウェスカーはもう帰ったぞ?」
その言葉に、メアリーは頭を打ち付けられたようなガーンとしたショックを受けてしまった。
「そ、そんなぁ……」
来るのが遅かった。しゅんと俯くメアリーの反応に、クリスも職員もオロオロと戸惑う。恐らく2人とも子供の扱いに慣れていないのだろう。
尤も、警察署に用がある子供なんてそうそういない。
「ま、まぁ……迷子っぽいし、保護って名目でそっちで管理してくんない?知り合いの方が安心出来るでしょ」
「あ、ああ、そうだな。こっちのオフィスに通すよ」
おいで、とクリスが手招きする。
迷子ではなく自分の意思で、ウェスカーに聞きたい事があってここに来たのだが、これも何かの縁だと思って、しかし大部分を占めていた好奇心を満たすためにメアリーはS.T.A.R.S.オフィスの世話になる事にした。
「どうぞ。紅茶飲める?」
「あ、ありがとうございます」
クリスはメアリーをS.T.A.R.S.のオフィスに通すと、自分の机の隣の椅子に座るよう促し、落ち着かせるように温かい飲み物を振る舞った。
彼女はオフィス自体が珍しいのか、忙しなく周囲を見回している。
「で、ウェスカーに何の用事だったんだ?」
自分の分もコーヒーを淹れ、メアリーの隣の自分の席に座る。そこでやはり彼女は言葉を詰まらせた。
メアリーがウェスカーに聞きたかった事。それは、あの夜何故山にいたのか、という単純なものだった。
昼間に見た蛇のような鋭い眼差し。あれは何かを隠し、嗅ぎ回るのを阻止するような威圧感を持っていた。
だからこそメアリーはその質問をウェスカーにし、答えを聞いてからこの事件に関して調べるのをやめようと思っていたのだが。
カップを包み込むように添えた手に力が籠る。何か並々ならぬ事情を感じ取ったクリスはそれ以上を追求するのをやめた。
「あー……ひょっとしてウェスカーの事が好き、とか?」
クリスは話題を変えようと明後日の方向を向きながらぎこちなく笑みを浮かべる。
しかしその質問は予想外のクリーンヒットだったらしく、メアリーは勢いよく彼の方を向いてしどろもどろになった。
「へっ!?いや、いやっ!べ、別にそんな事は、ないんですよ!?」
声まで裏返っている。もしかしてジルが昼間、メアリーの席の方にウェスカーを通したのはそういう事だったのか。
クリスは少々驚きながらも真っ赤な顔になった目の前の少女の反応が面白く感じ、ぎこちなかった笑みを自然とニマニマしたものに変えていく。
「ウェスカーはやめた方がいいぞ〜?怒ると怖いし、何されるか分からんぞ〜?」
「うぇ!?そ、そうなんですか!?」
"怒られるのは嫌だな"と子供らしい事を零しながら未だオロオロするメアリーを見て微笑ましくもなってくる。
実に簡単に暴かれてしまった少女の恋慕は、彼が怒ると怖いという事を知っても熱を帯びているようで染まった頬を両手で包んでいる。
「誰が"怒ると怖い"だと?」
しかし突如降りかかった低い声に2人はそのまま固まった。
「ウェスカー!?なんでここに!?」
顔を上げるとやはりそこにいたのは噂をしていたウェスカーご本人で、相変わらずサングラスに阻まれて目こそ見えないものの眉間にシワが寄っているのが確認できた。
「いてはいけないのか。忘れ物を取りに来ただけだ」
ウェスカーは自分の机に向かっていくと資料をカバンに入れて早々にオフィスを後にしようとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!メアリーがお前に用事があったらしいんだ!」
クリスはそれをすかさず呼び止めると、扉の前で動きを止めたウェスカーにコーヒー片手に小走りで近付き彼女の方へ押しやる。
「じゃあ俺は外にいるから!」
そう言い残して彼はオフィスの外に出て扉を閉めた。
「あ……」
嵐が去ったかのような、しんとした室内にウェスカーとメアリーだけが残された。
ウェスカーは困ったように頭を掻いてから、先程までクリスが座っていた椅子に腰掛ける。椅子の向いていた方向の関係で向かい合う形になるが、クリスと話していた時のように彼を前にして顔に熱が集中する事はなかった。
「俺に何の用だ」
彼は短く問い掛ける。
"どうしてあの夜、山にいたんですか。"
それを訊きたいだけなのに、上手く言葉が出てこない。あの蛇のような目が怖い。
メアリーは彼に恋慕を抱くと同時に畏怖を感じていた。
「あの山に俺がいた事か?」
一向に口を開かない彼女に痺れを切らしたのか、ウェスカーが逆にそう訊ねると彼女は勢いよく頭を上げた。その反応を見て、これが正解だと判断してウェスカーは言葉を続けた。
「あまり物騒な噂を立てられても困るからな。実際に山に入って調べるのが良いと思ったからだ。結果的に対処が追い付かず、君達の他にも被害者を出してしまったがな」
努めて優しく、柔らかい声音で話したつもりだ。しかしウェスカーの目の前にいる少女は緊張しているのか身を固くしている。
「この件には関わるなと言ったはずだ。君はどうやら好奇心が強い。次も守れるとは限らないのだよ」
ウェスカーはポンポンと優しく彼女の頭を撫でてやった。
メアリーはそこでようやく、昼間の忠告は彼の優しさと心配ゆえなのだと気付いた。陰謀説や黒幕がいる、などと考えていたばかりにそれに気付けなかった悔しさと、改めて感じた彼の優しさに薄く涙が滲む。
「さて、あまり遅くなっては困るだろう。俺も家に帰らなければならないし、家まで送って行こう」
彼は立ち上がると、彼女にも立つよう促す。薄らと目に涙が見え、彼は再びその頭を撫でた。
「お、話終わったのか?」
「ああ。彼女を家まで送ってから帰る」
オフィスを出ると律儀にも扉のすぐ近くでコーヒーを啜っているクリスがいた。彼はウェスカーとメアリーが手を繋いでいるのを見て、安心したように笑みを見せる。
「そうか。またな、メアリー。いつでも遊びに来いよ」
「ここは遊び場ではない。行くぞ」
クリスは片手をあげて2人を見送った。メアリーも本日何度目かの溜息を吐いたウェスカーに手を引かれながら振り返って手を振る。
「またね、クリス。紅茶ありがとう」
日が沈み、薄暗くなった空を車の中から見上げる。遠くの方にアークレイ山が見え、メアリーは溜息を吐いた。
夢のような出来事だったが、夢じゃない。
だがそれも、胸の奥にしまい込む事にした。
「じきにアークレイ山も全面的に封鎖になる。あとは警察と我々に任せたまえ」
今はウェスカーのその言葉が頼もしく思える。今までがそうでなかったわけではないが、より一層そう感じられるようになった。
「しかし、君の情報収集の才能は評価しよう。子供にしては上出来だ」
その言葉に、メアリーはパッと顔を運転席に向けた。それをミラー越しに確認して口角を上げる。
「あの、隊長!」
するとすかさず彼女が運転席のシートまで身を乗り出してそこに手を添えたので、ウェスカーは笑みを悟られないよう口を一文字に結び直した。
「私、これからたくさん勉強して頑張るので!だからその時まで、S.T.A.R.S.の隊長でいてくれますか…?」
信号待ちで停車し、彼女の方を振り向くと予想していたよりずっと距離が近く、目と鼻の先に真剣な表情を捉えた。その頬に手を伸ばし、するりと指先でそこを撫でてやる。
「真剣な顔で随分と途方もない事を言うな」
冗談でも何でもない、彼女の口から飛び出した言葉にウェスカーは堪らず鼻で笑った。
「飛び級しますので!」
それでも彼女は真剣だった。思わずクッと喉奥で笑みが漏れてしまう。
信号待ちも終わり再び前を向くと車を発進させ、それと同時にメアリーも後部座席に腰掛けた。
「本当に使えるようになれば、俺から迎えに行くのも良いかもな」
何を思ったか、ウェスカーはそんな事を口走っていた。
ミラーに映る少女の顔はといえば、分かりやすく喜びを露わにした笑顔を浮かべていた。
メアリーを家まで送り届け、ウェスカーは家への道を辿った。
「……能力はあっても子供だ。このまま懐柔すれば良いように扱える」
彼女の興味はアークレイ山地で起きた事件ではなくS.T.A.R.S.に配属されるための勉学の方へ移ったはずだ。
正直あそこまで熱心に事件について調べていたのは想定外であったし、昼間も当てずっぽうとはいえ惜しいところまで突き詰めていた。彼女の秘めた能力の高さは警戒を強めなければならないかと思ったが、やはり子供は子供だ。
だからといって、警戒を解くつもりはないが。
すっかり日が落ちた街の風景を眺めながら、車は公道を走り抜けていた。